第174話第三部「下天の幻器篇」エピローグ

 第三部「下天の幻器うつわ篇」エピローグ


 時間は”鈴原 最嘉さいか”率いる臨海りんかい軍の尾宇美おうみ侵攻より少し前に遡る。


 時刻は既に深夜に入る頃――


 りんかい領都”九郎江くろうえ”の隣、扶路社ふじしろの人里離れた山奥にあるいおりでなにやらガサガサと忙しなく動く影があった。


 「よっと……これで大方の荷物は片づいたかなぁ?」


 お世辞にも整頓が行き届いているとは言い難い山小屋の中で半日以上は悪戦苦闘していた男は、ところどころ纏った埃と蜘蛛の巣をトッピングした出で立ちで額の汗を拭う。


 煤けた全身の男の足下には荷物が二つ。


 ひとつは、標準的な背負い鞄に纏められた旅の必需品一式。


 もうひとつは、かなり大きめのぶくろ


 背丈の半分以上ある背負いの革袋の中身は何本もの剣のようだ。


 ――


 「もう用意できてるんだね、ちょうど良かった」


 そんな”埃り”高き男の背後から不意にかけられる可愛らしい声、


 殆ど気配を感じさせずにそこに立っていたのは、顔の上半分以上を覆うフードを被った少女?が独り。


 顔の殆どがフードに、身体からだをスッポリとマントに覆われて容姿はうかがい難いが……


 整った輪郭の白い顎から、見る者はかなりの美女、美少女を想像することだろう。


 「……」


 そして謎の人物の登場にも驚いた様子はないが、そちらを向いたまま無言で立ち尽くす薄汚れた男。


 「あれ?」


 無言男の視線の先、整った桜色の唇が不意に小さい声を漏らした。


 声と同時に少しだけ動く頭、瞬間的にズレたフードから覗いた”翠玉石エメラルドの瞳”と思わず目が合った男は……


 「うっ!」


 顔を赤らめて目を逸らし、そしてフード少女は桜色の唇を”ああ、そういうことね”と言うように綻ばせていた。


 ――スッ


 そして今度は確信犯的に頭部のフードをそっと背後にズラすと……


 サラサラとプラチナブロンドに輝く長い髪が二束、零れ落ちる。


 「お、おい……うさ……」


 薄暗い明かりの山小屋で、人里離れた山中の闇中を唯一照らす月光の下……


 整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジしたツインテールが白金プラチナの光糸として目映く輝く。


 ――にっこり


 人形のように白い肌に映える、ほのかに桜色に染まる慎ましい唇が笑みを浮かべる。


 そしてフードをズラした事により、一体になっていたマントも足下にはだけ落ちていた。


 「なぁに?」


 少女が身に着けているのは、戦国世界であるのに清楚な淡いグレーのセーラー服。


 有名なお嬢様学校を思わせる上品なシルエットの制服、その襟部分には可憐な白い花の刺繍が施されていた。


 そして視線を少し上げれば、月下に揺れる湖面の如き翠玉石エメラルドの瞳が優しく煌めく。


 その容姿は――


 実際、場違いなほどに可愛いらしい。


 見る者全てが思わず見惚みとれてしまう月下の佳人。


 「…………」


 現に彼女を見知っているだろう男でさえ、その間もずっとぎこちなく固まっていた。


 「帰ってきたよ」


 「…………」


 彼女は白い手の平を肩の高さで控えめに挙げ、男に向けて”ふよふよ”と数回小さく振った。


 「あれ?……どうしたの?」


 少女の整った容姿、そこに輝く翠玉石エメラルドの瞳が不思議そうにくるくると輝き、彼女は今度は頭の上で大きく片手を振っていた。


 「おーーい、立ったまま寝てるのかなぁ?おーーい」


 僅かにつま先立ちになって頭の上でブンブンと手を振る少女、


 左右に束ねたツインテールがサラサラと輝いて揺れる。


 「く、くそっ!なんて可愛らしい仕草を披露するんだ!!……小悪魔プチ・デビルめ!」


 「あ、やっぱり正気じゃない、盾也じゅんやくん。ちゃんと返事してよ?」


 棒立ちから一転、文句をぶつける男に少女は嬉しそうに応える。


 「もう任務へ戻れるのかよ?ならこっちも準備は済んでるから……」


 自分の態度が照れ臭かったのか、流して男はそのまま話を進める。


 「そうだね、”聖剣”もそろそろ限界かもだから急がないと……だから盾也じゅんやくんの”剣達”にはいつも通り期待しているわ。だけど”こっちの世界”の任務はまだ途中だから、ちょっと寄り道するけど最終的には目的も目的地も同じはずだから」


 応える少女に男は頷いてから荷物のひとつを背負い、そしてもう一つのぶくろを”よっこらせ”っと背に担いでから呟くように言う。


 「羽咲うさぎ、お前の”こっちの世界”での立場は俺たち本来の目的のために必要なのは理解出来るけど……俺もちょっと”こっちの世界”に知り合いが無いこともないからなぁ……できれば……」


 まとに視線を合わせずにモゴモゴと言う男に、少女は優しい笑みを向けていた。


 「そうだね、盾也じゅんやくん。ここは”戦争の世界”だから仕方ないかもだけど、私もできるだけ上手く立ち回れるように努力はするよ」


 「…………ああ」


 その応えにぶっきらぼうに頷く男。


 「ふふ、でも……それにしても、あの”引き籠もり”の盾也じゅんやくんがねぇ?友達って大切だよね、ふふふ」


 「ば、ばか!違げぇよ!”知り合い”だ!”友達”なんて一言も言ってねぇ!!」


 その反応が彼女には面白かったのか、茶化すように微笑む少女に男は顔を真っ赤にして抗議する!


 「おまっ!羽咲うさぎ!!羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル!!お前!!」


 しかし、その男自身が実はよくわかっているが、少女の笑みは本当に優しい笑みだったのだ。


 「あ?そういえば……そのお友達、その人たちの剣ってなんで鳥なの?」


 「うっ!!な、なんで今更……」


 とはいえ、抗議する男を軽く躱して平然と質問を向ける少女は、可愛い顔をして一枚上手であり、その戦法はたじろいだ男の反応を見れば極めて効果的だったと言えるだろう。


 「たしか……”黄雀こうじゃく丸”とか”小烏丸こがらすまる”でしょ、あと”鵜丸うまる”?それから”白鷺しらさぎ”と”川蝉かわせみ”って、この世界で創る盾也じゅんやくんの剣って全部鳥だよね?」


 「いや……それは……あれだよ……つまり」


 その質問に急にモゴモゴと口ごもる男。


 「なに?」


 「つまり……だ……鳥はあれだ、一羽、二羽って数えるだろ……兎もあれで……俺は元々、羽咲おまえの剣を作るのを請け負ってるから……あの……あれだ……ええと」


 「あ……………………そう……なんだ」


 ”しどろもどろ”ながら答える男の言葉に、今度は少女の耳まで赤く染まる。


 「……」


 「……」


 そしてお互い顔を赤くしてお見合いする二人。


 「け、けどあれだな!そうそう!羽咲うさぎってこっちでは二十三だってな?はははっ!無理あんじゃね?色気とか?」


 「なっ!?それは私達がこの世界に潜入してから六年も経つからでしょ!」


 照れ隠しだろう、男の軽口に少女は違う意味で顔を赤らめて怒る。


 「大体ねえ!任務で現地の国家に潜り込んでるんだから年取らないとおかしいから!」


 「俺は永遠の十七歳だぞ?」


 「盾也じゅんやくんは他人と殆ど接しないから誤魔化せるけど私はそうはいかないの!!実際は歳とってないから私も同じよ!!なによ永遠の十七歳って!昔のアイドルかっ!!」


 男の目論見通り完全に雰囲気が変わった中で、男は煽るように”はいはい”と頷いてみせる。


 「もういい……それよりそろそろ行かないと」


 「…………お、おう?」


 拗ねたように背を向ける少女に男は多少やり過ぎたかと後悔している様だった。


 「あ、あの……羽咲うさぎ?おーい羽咲うさぎ…………おおっ!?」


 その背に近寄ろうとした男に、絶妙のタイミングで振り向く美少女!


 「……」


 「……」


 鼻先数センチ、息もかかる間近で交わる男の黒い瞳と少女の翠玉石エメラルドの瞳。


 「う……うさ……ぎ?」


 そのまま、まるで誘導されたかのように視線だけが目の前の美少女の整った顔に吸い寄せられる。


 「久しぶりにキス……する?」


 甘い香りと共に艶めく唇。


 「お!?おお……おおっ!!」


 その爆弾発言を受けて瞬時にギシリと強ばる男の顔面!


 しかし視線は悲しい男の性かな、少女の桜色の唇に釘付けになる!


 「じょうだんだよ、ふふふっ」


 プラチナブロンドの美少女はそんな男を見てクスリと微笑わらっていた。


 「おっ!おまえなーー!」


 堪らず羞恥に顔を真っ赤にして男は叫んだ。


 「こっちに来てから殆ど傍にられなかったから……盾也じゅんやくん、寂しかったよね?」


 潤んだ瞳……


 月下に輝く湖面の様に、彼女の翠玉石エメラルドの瞳は煌めきながらゆっくりと揺れる。


 「う……う……ん」


 美少女に翻弄されるまま、間抜けな顔で呆けるのは――


 ”鉾木ほこのき 盾也じゅんや


 我流で少しばかり風変わりした刀剣を打つ、


 この若さで超一流の”刀鍛冶ブレイド・スミス


 「なぁぁんてね!ふふふ、いくら何でもそこまで自惚れてないよ、わたし」


 「あ、あう!?」


 しかし超一流の”刀鍛冶ブレイド・スミス”も最後まで美少女のペースで……


 「ふふっ」


 少女は悪戯な笑みを残し”とんっ”っと両足で可愛らしく半歩後ろに飛び退いた。


 ふわりと緩やかにプラチナのツインテールと清楚なプリーツスカートの裾が踊る。


 プラチナブロンドで、ツインテールで、翠玉石エメラルドの瞳がキラキラした超美少女……


 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル。


 「あとね……剣の事とかすっごく嬉しいけど、現状の私は”兎”じゃなくて”猫”かなぁ?」


 はにかんだ表情でこちらを見るプラチナブロンドの美少女は――


 「……………………駄目だ」


 そして、ようやく男の口から漏れた言葉。


 「え?駄目?」


 意味がわからず少女はキョトンとする。



 「ああ、駄目だ……羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル……お前の可愛さは俺の手には負えない……」


 本気で馬鹿な事を呟いただろう男の言葉を受け、少女は白い頬を僅かに染めてから、


 「ふふ……にぁぁーーお」


 親しみのある優しい笑顔を返したのだった。


 第三部「下天の幻器うつわ篇」エピローグ END




 ー後書きみたいなものー


 ここまでお付き合い頂きました読者の皆様、お疲れ様です。


 第三部「天の幻器(うつわ)篇」も無事書き終えることができました\(^O^)/


 序盤に別小説「黄金の世界、銀の焔」のお人好し主人公、穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびの純愛カップル、


 中盤以降に別小説「神がかり!」のぶっきらぼう最強主人公、折山おりやま 朔太郎さくたろう六花むつのはな てるの訳ありカップル、


 そしてとうとう最後の最後、エピローグにて滑り込みでなんとか「たてたてヨコヨコ。,」のおバカ主人公、鉾木ほこのき 盾也じゅんや羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルのバカップルを登場させることが出来ました!


 これにて主要な人物は出そろい、この物語は最終章、第四部「奈落の麗姫(うるわしひめ)」へと続く……予定です。


 来年の早い内にはストーリーを纏めて書き始めたいと思っておりますが……


 実際、どうなるやら(^0^;)


 ともあれ執筆開始から早五年以上、この「魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-」のために書いた他の作品を含めればもっと、


 ですが、とうとう次でこの作品も次で最終章を迎えるところまで来ました。


 趣味全開の本作を暇つぶしでも飽きずに読んで頂けている方々に感謝です<(_ _)>


 ほんとうに本年も「魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-」がお世話になりました。


 そして出来れば来年も最後までお付き合い頂けたらと願います。


 それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。


 ひろすけほー

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