第173話「竜飛鳳舞」後編(改訂版)

  第六十一話「竜飛鳳舞」後編


 「九波くなみ 九久里くくり五味ごみ 五美いづみ、それに八十神やそがみ 八月はづき香賀美かがみ領へ向かいました。一原いちはら 一枝かずえ臨海りんかい領、九郎江くろうえから出撃した臨海りんかい軍の迎撃に、恐らく岐羽嶌きわしま領と尾宇美おうみ領の境辺り、鷦鷯みそさざい城の周辺で事を構える事になるかと。ここまで全て陽子はるこ様の予測された通り運んでおります」


 細い銀縁フレームの眼鏡をかけた女がかしずいて報告する。


 「……そう」


 それを聞いているだろう人物は豪奢な椅子に腰を掛けた暗黒色の令嬢、京極きょうごく 陽子はるこ


 腰まである緩やかにウェーブのかかった美しい緑の黒髪の絶世の美姫だ。


 「既に初戦を迎える布陣も完了致しました。大方は陽子はるこ様の予測された通りですね」


 「……」


 重ねて報告する眼鏡をかけた側近、十三院じゅそういん 十三子とみこの声にも薄い反応のまま、陽子かのじょは何か別の場所へと思考を傾けている様子だった。


 「天都原あまつはら耶摩代やましろ領、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうを抑えている尾宇美おうみ南部の鷦鷯みそさざい城……それを守備する七山ななやま 七子ななこは今回の臨海りんかい軍の対応もありますし、かなり厳しい状況になりますが……」


 十三院じゅそういん 十三子とみこは実の姉だから……という訳ではないだろうが、苦戦を余儀なくされそうな激戦地に憂慮を見せる。


 「の地には特別の援軍を用意しているわ、心配ないでしょう」


 しかし暗黒の美姫はそれには全く心配していないという応えを返す。


 「…………十二支えと 十二歌たふかですか」


 それに対する反応は、従者かのじょには珍しく不満の隠しきれていない声だった。


 「解りました。この尾宇美おうみ城の守備には十一紋しもん 十一といを筆頭に、右翼、三堂さんどう 三奈みな。左翼、十倉とくら 亜十里あとり。遊撃部隊に六王りくおう 六実むつみと後方支援・予備軍に二宮にのみや 二重ふたえ。本陣の護衛に四栞ししお 四織しおりと後は全て整っております」



 そしてそこはこの完璧主義者で独裁的な主君に仕えて長い十三子とみこ、何ごとも無かったかのように報告を続ける。


 そう、”無垢なる深淵ダークビューティー”の立案した作戦はいつも通り完璧であり不具合イレギュラーなど滅多なことではあり得ない。


 つまり、策が完璧なれば後はその指示通り事を運ぶ優秀な”手駒”……


 ”王族特別親衛隊じぶんたち”の実行能力を示すだけ。


 至上の棋手たる京極きょうごく 陽子はるこの手駒としてその役割を演じるだけ、


 それこそが自分達の最大の存在意義だと信じて疑わない彼女だからこそ……


 「”十二支 十二歌アレ”はそのままで良いわ。十二歌たふかにはいつも通り相応の自由を与えているから」


 「………………はい」


 ――そう、いつも通り


 優れた暗黒姫の手足として、完璧な駒として働く事を至上とし、王族特別親衛隊プリンセス・ガードは存在する。


 でも、だからこそ……


 そのことわりを逸脱するたんな存在を、十三子とみこを含めた多くのメンバーが少なからず不審に思っているのも事実だった。


 「ふふ、十三子とみこ、不満のありそうな顔ね。けれどそれが”寝子ねこ=クイゼル”が王族特別親衛隊プリンセス・ガードに加入する時に交わした条件だし問題ないわ。現実にいつも”十二歌たふか”はそれ以上の仕事をこなしてみせているのだから……違って?」


 「はい、私の憂慮が過ぎました。出過ぎた発言を……申し訳ありません、陽子はるこ様」


 だが王族特別親衛隊かのじょらの心配をよそに、陽子はるこは微塵も気にせず、十二支えと 十二歌たふか、つまり”寝子ねこ=クイゼル”なる人物の、その手腕を信頼している。


 「良いのよ、十三子とみこ。貴女ほどの者がそんな些細な事を気にしなければならないほどに、今度の相手……あの詐欺ペテン師は手強い相手なのだから」


 そして部下の感情を十分理解しているはずの陽子はるこは、それとは別の事に想いを馳せ、実に愉しそうに微笑わらっていたのだった。



 ――


 出陣式の日から一ヶ月ほど後……


 完璧に準備を整えた我が臨海りんかい軍は予定通り、一軍は領土内を北上して敵領土"香賀美かがみ領“を、


もう一軍は南方、九郎江くろうえから出撃し遙か北上させ、


 そして俺の率いる本軍は直接敵の本拠である尾宇美おうみ城へ……


 最終的にそのどの軍も目指すのは、京極きょうごく 陽子はるこが居を構える堅城、尾宇美おうみ城である。


 三方より敵を包囲して攻め落とす……


 その予定が、事もあろうに三方とも先回りされことごとく完璧な対策を取られていた。


 ――相手はあの京極きょうごく 陽子はるこ


 こちらの意図をある程度看破されるとは考えていたが……


 だが、これほど手の内を見透かされるとは流石に思ってもみなかった。


 「……」


 一路、尾宇美おうみ城を目指して行軍中の臨海りんかい軍本隊。


 進軍途中で全軍を休憩させていた俺は、休憩場所の古寺にある石段に腰掛けていたその時に報告を受けた。


 「最嘉さいか様……」


 予期していた以上の不味い状況に、参謀であるアルトォーヌが心配そうな眼差しを向けてくる。


 ――よく解る、ここまでピタリと読まれてはこの先の策も……と、


 だが!ここで俺は立場上、家臣達に弱気を見せるわけにはいかない。


 既に”竜”は水面みなもを叩き”鳳”は天空に舞ったのだ!!


 「問題ない。作戦はこのまま予定通り行う」


 俺はすこぶる平静を装ってそう応えると、目前に片膝を着いた男を見る。


 「いち、お前の部隊はより先行して進め!基本は尾宇美おうみに到着次第”陣容”を整えるのが優先だが、相手の出方によっては交戦も有りだ。全てお前の裁量に任せる」


 古寺の本堂を背に数段高い石段に腰を下ろして――


 自らの左右に参謀のアルトォーヌ・サレン=ロアノフと、副官の鈴原 真琴まことを従えた鈴原 最嘉オレは……


 足下で頭を下げた古参の部下である宗三むねみつ いちにそう命令を下す!


 「はっ!」


 そしていちは俺に一礼すると直ぐさまにその場を去り、


 そしてその後間もなく自軍を率いて一足先に古寺を後にして行った。


 「……」


 ――取りあえずはこれで良し!


 宗三むねみつ いちならば大概の状況に対応し、問題ない陣構えを用意できるだろう。


 俺はそう確信し、そして……


 「さすが最嘉さいかさまっ!既にその胸中には必勝の策をお持ちなのですねっ!!」


 石段の一つ下、座する俺の右隣に立って控えていた鈴原 真琴まことが、ウットリとした表情で俺を見ていた。


 ――うっ……


 真琴まことが俺に見せる、いつも通りの期待値の高さには正直心中で多少戸惑うが……


 先ほどと同じで、ここで家臣達に弱気を見せるわけにはいかない!!


 故に俺はそんな素振りを微塵も顔には出さずに――


 「ま、まぁな……で、そう言えば”扶路社ふじしろ”に奴は居なかったんだってな?」


 俺は”あからさま”に話題を変えた。


 「あ……は、はい!一応、ご指示通りに”手の者”は使わず私自身が向かいましたが……既にあの山小屋は無人でした」


 少し戸惑いはしたが、俺の問いに真琴まことはその時の様子をもう一度、丁寧に俺に伝える。


 この戦を始める少し前に――


 りんかい領内、”九郎江くろうえ”の隣にある”扶路社ふじしろ”という地。


 その山中にあるいおりに住み着いている、”ある刀鍛治の男”の元へと俺は真琴まことを向かわせたのだが……


 結果は今聞いたとおり。


 既にその男の姿は無く、いおりはもぬけの殻だったと報告を受けた。


 極端に他人との接触を嫌がる風変わりな男に、俺は最大限に気を使って面識のある真琴まことのみを向かわせたのだが……


 「あの”引き籠もり男”……どこフラついてんだ?まったく……」


 男の締まりの無い顔を思い出した俺は、報告を聞いた時と同じであきれて呟く。


 「ですが最嘉さいかさま、今回は最嘉さいかさまの”小烏丸こがらすまる”やいちの”鵜丸うまる”の修繕もなく、失っていた雪白ゆきしろの”白鷺しらさぎ”も既に代わりを受け取っていたのですよね?最嘉さいかさまがあの男にお会いする必要は特になかったのでは?」


 「……」


 そう、別に今回は”刀”の話で向かわせた訳ではない。


 ”刀”の話……


 年齢によらず、そういう類い希な腕を持ったその男とは……


 確か十七、十八歳だったか?


 いや、どうでもいいか。


 つまりそういう若さで家族も妻子もいない、独り暮らしで人付き合いが大の苦手の変わり者……


 彼女いない歴イコール年齢であるが、超超可愛い彼女がいると言い張る悲しき妄想男。


 だがその若さで”刀鍛冶ブレイド・スミス”としての腕は超一流という……


 我流で少しばかり風変わりした刀剣を打つ、天下の名刀に引けを取らない逸品を創造する力量を持ちながら全くの無名で異質の”刀鍛冶ブレイド・スミス


 俺の”小烏丸こがらすまる”やいちの”鵜丸うまる”、そして雪白ゆきしろの”白鷺しらさぎ”を鍛え上げた保証付きの腕利き刀鍛冶ブレイド・スミス


 ――その男とは、”鉾木ほこのき 盾也じゅんや”なる大馬鹿者のことだ!


 「最嘉さいかさま?」


 「いや、別に大した用事はなかったが……あんな奴でも貴重な刀鍛治だからな、大戦が始まる前に念のため避難させておいてやろうかと思ったんだが、自主避難してたのなら特にどうと言うことも無い」


 俺は真琴まことの疑問にそう答えながら、


 これはこれで”結果的に上手く話がれた”と、


 内心では”ほっ”としてい――


 「そうですか?そうですね!あんな男はどうと言うこともないです。それより本当に!最嘉さいかさまの生み出される策は魔法ですからっ!今回も勝利は間違いないですねっ!!」


 「……」


 ――いや、全然れてなかった


 鈴原 真琴まことがいつも通り盲目的に俺を崇めたキラキラした瞳で見上げ、


 「そうなのですね。流石は最嘉さいか様です」


 アルトォーヌ譲が先ほどまでの不安を払拭した羨望の、同じような瞳で俺を見る。


 ――うっ!うぅ……


 すっかり話が切り替わったと安心していた俺は……


 そんな自身の考えの甘さに項垂れていた。


 「…………」


 二人の側近が向ける期待の籠もった眼差しに……


 「ふっ、まぁな……未だ子細は言えないが、そんな感じだっ!」


 嘘満載の余裕の笑みで応える!


 ――だって仕方ないじゃん……この状況……


 直後にキャーー!!と、真琴まことの黄色い声が上がったのは言うまでも無い。


 そして俺は……


 高いそらを見上げて独り思うのだった。


 「…………」


 ――さて、実際どうしたもんかなぁ……


 と。


 第六十一話「竜飛鳳舞」後編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る