第172話「問ひたまふこそこひしけれ」
第六十話「問ひたまふこそこひしけれ」
「それで……
「そうだ。
領主としてもそうだが仏法僧の元締めとしてもどうなんだ?という、
「まぁなぁ、一応は当初の目的である
「では……
そんな俺の渋った表情を見て、
――例の件……
それは俺が
戦国の盟主を名乗る大国には必要不可欠な”大義”を得るための避けては通れない道……
「正直、気が進まないけどな、”それ”も含めて今日の出陣式で発表する」
またも渋々ながら頷いた俺はゆっくりと立ち上がりかける。
「はい、それが宜しいかと……」
そんな俺に返事を返しながらも、傍らに控えていた
「……」
「……」
そのまま――
いつもなら完全に立ち上がった後は松葉杖だけで問題がないので、
「……?」
「……」
今日に限って彼女は寄り添ったままで……
――ええと?
俺の胸に小さい手のひらを添えたまま。
二人のその絵面は、まるで聖夜に寄り添う恋人の様である。
「……あ……と、
そしてその彼女の動作をにわかには理解出来ない俺は、多少戸惑いながらそう伝える。
「………………………………”だいじょうぶ”じゃ……ないです」
――うっ!?
「全然……ぜんっぜん!大丈夫じゃないですっ!!」
そして彼女の
「以前は
「…………」
確かにその二度の時、
――しかし
「いや、それは俺の命令だったからで……」
「私がっ!私が力不足だから!!
――う……た、確かにその二度の時、俺の近くに居たのは鈴原
「あ、あのなぁ、
焦りながらも俺がフォローを入れようと
「す、すみません!!私如きがこんな……大事の前にこんな醜態を……お忘れ下さい」
その時はもう……
「…………」
正直、振り返っても俺の人事は間違っていなかったと思う。
軍事に
だが――
最古参の
――確かにそれは俺の慢心だったろう
「
「いいえ、大丈夫です!私は
そして謝罪しようとする俺より先に、気遣いを見せる
「本日は我が
もう大丈夫だと――
鈴原
なんというか……
「…………」
去りゆく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は今更ながら染み染みとそう思ったのだった。
――
―
カッ!
カッ!
――
本日は我が
カッ!
カッ!
――
期間にしてみればそんなものだが、
カッ!
カッ!
――そして”
西方は
東方は新政・
「……」
――そうだ。
カッ!
カッ!
諸将が待つ大広間へと続く廊下を、金属製の松葉杖から発せられる足音を響かせながら向かう途中で俺は……
「……」
その視線の先にある人物を見つける。
「……」
待ち惚け気味に、通路の壁にもたれ掛かって待つ様子の美少女だ。
「…………
一瞬、通路の先に俺の姿を見つけただろう
「…………っ!」
すぐに曇る。
「
極短い
「……べつに……”さいか”なんて……待ってない」
透き通るように白く輝く肌の頬をぷくっと膨らませて、明らかにふて腐れ気味のお嬢様。
――どういう反応だよっ!?
「いや、今日、
そうだ。
――今日のこの”特別な日”……
当然の事ながらそれは、これから
「…………」
しかしそれでも、明らかな嘘と共にご機嫌斜めな
「まぁいい、取りあえず一緒に行くか?」
「………………うん」
そして彼女もまた、膨れた頬を戻して頷いた。
――
カッカッ……
――
カッ……
――
しばらく会話も無く並んで歩く俺と
「…………ここまで……来たね」
「ん?……ああ、そうだな」
なんだか要領を得ない言葉がかけられる。
「……」
「……」
――
カッカッ……
――
こんなところで俺を待っていた事といい、なにか言いたいことがあるのか……
カッカッ……
――
それとも、間を潰すために取りあえず話しかけただけなのか……
カッ……
――いや、それにしても……
この
「……」
「……」
――どちらにしても
カッカッ……
――居心地が良いとは言い難い
「し、しかしアレだよな?お前ももう、あの”怪人”の呪縛から解放された事だし、これ以降は
その言葉は――
なんとなく間を持て余した俺から特に意識せずに放たれたものだったが……
「……………………どうして?」
並んで歩いていた
「いや、ま、まぁなぁ……どう割り引いてみても”
なんとなく口に出してしまったが、この事自体は前々から考えていた事ではある……
だがそれを伝えた俺に対し彼女が向ける不満の強さが解る瞳に、俺は少々タジタジになっていた。
「…………関わるなって?」
「いや、だからな……」
”
引き続き我が
だが――
こと”邪眼魔獣”との一件になると状況は変わってくるだろう。
”魔眼”を奪われた魔眼姫達は
そう、もう奴には近づけない方が無難ではないだろうか?
なにより……
万が一にも、もう一度でも
――俺は”今度こそ”助けられるか自信が無い!
あれ以降、そういうふうに考え始めていた俺は、その考えをつい口にしてしまったのだ。
「私はやめない……それとも……”わたし”は必要ない……の?」
――うっ!
今度は一転、切なそうな
本日は少々安定を欠く
「よ、良いのか?奴の恐ろしさはお前が一番知っているだろう?ある意味で神仏よりも理不尽で
スッ――
そして、その言葉が終わる前に!
「お、おい??
美しい
「……」
透き通る陶器の肌に桜色の愛らしい唇を閉ざしたままで……
”
――おい!まさ……っ!?
解き放つ!!
「っ!?」
――
次の瞬間!
黙した少女の
――か、髪が?
――
美しく輝く
動いたのは”
「くっ!?」
――動作というにはあまりにも静的
――”制止”としか思えない動作
刹那にして。
三つ編みに束ねた光糸の髪が煌めきを
精巧な飾り細工の施された
艶っぽく輝く白漆の鞘から放たれた純白の佳人が……
ヒュォン!
その白刃が
「っ!!」
――こ、これは……”絶剣”!!
――
――いや?違う??これは……
「ゆ、ゆきし……ろ?」
――”ピタリ”と、
元々そこに置いてあったかの如くに首の皮一枚で制止した白い剣先。
宛がわれた首どころか爪先まで硬直し、生唾を呑み込む事さえままならない刹那の剣を前に俺の体温は一気に下がり、まんま蝋人形と化していた。
「……さいか、関係無いの。敵が
そして
「…………」
”刹那”さえが怠惰に感じられる事象――
不意を突かれたからといえ、この”鈴原
神速を超越し剣技という概念を逸脱した
これこそが――
――
「う……」
刃を首に宛がわれたまま、未だ
「それとね、正解だよ……さいか、やっぱり凄いね」
……………………ふぅ
蘇った体温と共に俺は思い返す。
そうだ、俺の取った行動の半ばは正解……
――恐怖に負け
下手に
俺が咄嗟に取った”無為”という選択は、正に
「……」
確かに今し方の俺の言動は乙女に向けるものとして、刺されても仕方が無い無神経さだったろう。
――しかし、それにしても……
彼女が放った剣はそんな優柔不断な男を諭すにしても恐ろしすぎる代価を伴う剣だった。
「お、おまえなぁ……」
「……」
怒らせると意外と怖いお嬢様は、抗議の目を向ける俺から素知らぬ素振りでスッと離れた。
チャ……キン!
そして流れるような所作で剣を鞘に仕舞う。
直後――
「っ!?」
引いた切っ先の代わりに背伸びをし、顔を俺の至近に寄せる!
――うぉっ!?
命の危機にハラハラドキドキ!その後少々やり過ぎな相手にモヤモヤだった俺の心中は一転、目前の
「ゆ、
白い……透き通るように白い肌に桜色の愛らしい唇が”ふっ”と綻ぶ。
「あとね……なんか他の……女の匂いがしたから」
「っっ!?」
――ま、
――ちょっと前に
微笑む騎士姫に、俺はそんなわけがない!と
「は……はははははっ……は、は」
いっそ笑って
「
――うぅ
せない。
「行こう、遅れるよ?」
なんとも美しい笑みを残し、
「…………」
そんな背を呆然と眺めながら、その場に佇んだままの俺は……
――殺されかけた本当の理由?
「…………」
「さいか?遅刻するよ?」
何事も無く振り返ってせかす
「ど、どっち!?」
俺はなんとも
第六十話「問ひたまふこそこひしけれ」END
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