第171話「三本足」後編

 第五十九話「三本足」後編


 「……」


 「……」


 再び対峙する俺と暗殺者アサシンの構図に……


 ――なるほど……


 その怪異の因果は直ぐに解明できた。


 「これじゃ……確かに足りないなぁ」


 振り切ったはずの俺の松葉杖の長さは半分以下になっていたのだ。


 ――最初の一撃か?俺としたことが、それに気づかなかったとは……


 ”返し業カウンター”の至上者を自認する鈴原 最嘉さいかの”奥伝”の一つをもってしても、


 その必中を用いても、生死の一線さえ跳び超える相手に俺は正直……


 多少なりとも肝を冷やしていた。


 ドサッ


 そして……


 俺はバランスを欠いてその場に片膝を着く。


 「さ、最嘉さいか様っ!?」


 そこにまで来て――


 目の前で繰り広げられた一連の超高度ハイレベルな攻防に、ようやく思考が追いついたのだろう……


 未だ地面につくばったままであったアルトォーヌが慌てて俺に安否を確認する声をあげてきた。


 「ああ、大丈夫だって……斬られたのはたかが”鉄の足もどき”だ」


 俺はそう答えて余裕を見せるが……


 ――そう斬られたのは”鉄の足もどき”


 ”鉄製”の松葉杖だ。


 それが最初の一撃でこうも見事に切断されていたとは……


 反撃を試みたときに既に射程が”半分”になっていた。


 おかげで虎の子の”必中二手目カウンター”が台無しだ。


 ――なるほど、射程の半分になった”二撃目”では届くはずも無い……な


 ”スッパリ”と、気持ち良いくらいの滑らかな切断面を晒している松葉杖を見れば、この最強の暗殺者アサシンが腕前もまた至上である事を証明している。


 すっ――


 俺は軽く地面に左手を触れてから、


 「よっと」


 片足で、我ながら器用に立ち上がった。


 ――まぁなぁ、”強敵それ”自体は最初から感じていた事として、扨措さておき……


 片足立ちの俺は、今度は正真正銘の腰の”刀”に手を添えて”最強”の暗殺者アサシンと対峙する。


 「……」


 ――ちょい、不味まずいか?


 どうやら”暗殺者こいつ”は天都原あまつはらの”十剣”や旺帝おうていの”八竜”に匹敵する以上の難敵バケモノだ。


 ――”俺でも”この片足あしでは少々心元ない……


 「…………」


 対して、無言で俺を見据えたままの最強の暗殺者アサシンは――


 ババッ!!


 「!?」


 俺の警戒をよそに、どう解釈するべきだろうか?


 急に背を向けたかと思うと実に未練無く闇に消える。


 「………………ふぅ」


 ――まぁ、あれだ


 要は”時間切れタイムリミット”だったって事だろう。


 必要最小限の危険リスクさえ回避する。


 ――流石は噂高い”伝説の忍”だなぁ


 徹底して確実な任務遂行プロフェッショナルに徹している。


 俺は妙に感心しながらも、既にこの時点で”謎の襲撃者”の素性を予測出来ていた。


 「お?」


 ドサッ!


 「さ、最嘉さいか様!?」


 気が抜けたところで、不安定な俺はその場に二度目の尻餅を着く。


 一瞬の攻防とはいえ、凄絶な殺し合いの末に意表を突く呆気ない幕切れと……


 その一部始終を地面に転がったまま観覧していた白い美人参謀は、やっと状況を把握した後で直ぐ近くに尻餅を着いた俺の安否確認のためだろう、近づくために立ち上がりかける。


 「淑女レディに強引な扱いエスコートをしでかしたんだから、本来なら手を差し伸べるくらいは紳士ジェントルとしては最低限なんだろうが……残念ながら俺も他人様を起こして立ってられる体じゃないからなぁ」


 俺は自らの存在しない右足を指さして冗談の笑みを返していた。


 「お、お気遣いなく……ご無事でなにより……です?」


 少しばかり強引に和ませた雰囲気の中、それに合わせようと気を遣って無理したアルトォーヌがちょっとばかりズレた返事を返して俺の方へ。


 「おっ!?”あっち”も片づいたみたいだな」


 生真面目な参謀に思わず笑いが込み上げてくる性格の悪い俺だったが、そこはこらえて話を進める。


 うむ、多少梃摺てこずったみたいだが、謎の襲撃犯達は全て撃退出来たようだ。


 そして――


 どういう特殊能力なのか?どうやら”問題児あいつら”も気配を察して戻って来たらしい。


 「さ、さいかぁぁ!!」


 ズザザァァァァ!!


 「最嘉さいか、アルト!!死んでいないでしょうね!」


 ヒヒィィン!!


 白金プラチナのお嬢様と紅蓮のお姉様……


 彼女達はそれぞれがけたたましい砂煙を伴って愛馬で駆けつけ、勝手にご帰還だ。


 「お前らなぁ、どっちも部隊を率いる身だろうが?勝手に持ち場と任務を放棄して戻って来るなんて軍規をなんだと……」


 息を乱して駆けつけた二人の魔眼姫を俺は呆れ顔で迎える。


 ――それにしても、武人として傑出した才能か?それとも魔眼姫の能力なのか?


 驚くべき勘の冴えと言えるが……


 「あの……さ、最嘉さいか様、あの者はいったい!?」


 そんな中、アルトォーヌが俺に肝心な事を問うて来る。


 「……」


 ――正直、現時点では確かな事は解りようがない


 だが!


 暗殺者アレが”忍”で、あれほどの”強者”ならば……


 この戦国の世で噂に聞いたことくらいはある。


 眉唾の伝説とも言えるものだが……


 「多分……”軒猿のきざる”だったか?」


 俺は耳に入ったことがあるだけのその名を口にする。


 「そ!それはっ!!」


 俺の零した名にアルトォーヌは驚き、


 「根滅ねだやしの……忍」


 紅蓮あかい魔眼姫も一瞬、その紅蓮に燃える双瞳ひとみを訝し気に光らせた。


 ――”根滅ねだやし軒猿のきざる


 ――元、あか四十八家の御三家、鵜貝うがい 孫六まごろくが子飼いの忍で……


 ――その名は”伝説”に語られるほどの最強の最強の暗殺者アサシン


 「最嘉さいか、貴方……そんな相手とその足で?相変わらず只者ではないわね」


 愛馬アルヴァークを降りたペリカが白い手を差し伸べ俺を立たせながら、


 少し呆れたような、それでいて妙に嬉しそうな表情かおで聞いてくる。


 「一応撃退した。てか、向こうが退却したというべきか?」


 俺は素直に補助を受けながら立ち上がる。


 「なんていうかね、その相手?凄い殺気だったよ……さいかは常識がないね?」


 ペリカに立たせて貰った俺との間に割り込むようにスルリと入ってきた白金プラチナのお嬢様は、そのまま寄り添って俺の身体からだを支える。


 ――う……鎧越しでも柔らかい……くそっ!”ぷにぷに”しやがってけしからん!!


 俺は美少女の甘い香りと柔らかい感触に緩みそうになる頬を引き締めるのに必死だ。


 「戦えば器物破損の常習犯と連続首ちょんぱ犯の魔眼姫おまえらだけには常識をどうこう言われたくない」


 俺はそう言い返しながらも、別の思考で今回の襲撃が意味するところを分析していた。


 ――つまり、あの”妖怪ジジイ”め……”あわよくば”と茶々を入れに来たんだろうな


 「さいか?」


 「最嘉さいか……」


 「最嘉さいか様?」


 鈴原 最嘉さいかの天敵とも言える忌々しい妖怪ジジイを思い浮かべた俺は自然と眉間に皺が寄り、相当厳しい顔になっていたのだろう。


 「いや、別になんでもない」


 とびきりの美女二人……三人に囲まれるのは悪くない。


 しかしそれも全て、あの”妖怪ジジイ”の顔を思い出すとムカつきの方が勝って非常に忌々しい。


 そして――


 ワァァァァァ!!


 その時、陣幕の外で我が臨海りんかい兵士達による大歓声が湧き上がっていた。


 「御館おやかた様ぁっ!ご無事でぇ!お怪我はありませんかぁ!?”ひじり 澄玲すみれ”です!侵入者撃退の任務を完璧にこなした花園警護隊ガーデンズが真の筆頭!”ひじり 澄玲すみれ”におんの看病もお任せをっ!!」


 「いや……取り立てて治療するような怪我はしていない。それよりこの歓声はなんだ?」


 俺はようやく駆けつけた護衛のひじり 澄玲すみれを適当にあしらいつつ、もうひとりの花園警護隊ガーデンズ緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんの方へ確認する。


 「はっ!たった今入ったばかりの伝令兵からの報告ですが、敵本陣……那伽なが領主、根来寺ねごでら 顕成けんじょう斑眼ふがん寺の陣が陥落したとのことです!」


 ――お?おお!!


 「攻略したのは菊河きくかわ 基子もとこ殿の別動部隊です。巧みに敵の陣構えを回避し、最短にて陥落せしめたもよう」


 ――あの異端の”規格外っ”め……多分、また適当に進んで”たまたま”敵軍の薄いところを通り、”運良く”敵本陣へと……


 まったもって恐るべきは”戦の子”!!


 現在の俺の参謀である”智の白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフと並ぶ西の強国”長州門ながすど“の”両砦が一角にして、


 小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に軍を率いては天性の直感と呆れるほどの強運を備え凶悪なまでの軍の強さを誇る”武の砦”、菊河きくかわ 基子もとこ


 敵として相対あいたいすれば、違う意味で洒落にならない”おバカ娘”だ。


 「……」


 その報告を受けた後、俺は何気に二人の魔眼姫を見る。


 「あっ!?さ、さいかとの”添い寝”権がぁぁ!!」


 「基子もとこね、余計なことを……でもあのは”最嘉さいかとドキドキ添い寝権利争奪戦”に参加エントラーダしていないから今回は無効だわ。賞品プレミオはまた次回かしら?」


 「って!?お前らなに勝手に俺を景品にして遊んでんだぁぁっ!!」


 ――


 と、まぁ……那伽なが領攻略戦はこんな感じでの”ぐだぐだ”幕切れだったわけだが――



 右足を失い、片足になっても俺は松葉杖を使って結構自在に戦える。


 無論、五体満足いぜんの時とまでは全然いかないが……


 だが、これ以降そういう噂が急激に戦場に広がり――


 元々の足に加えて松葉杖が”三本目の足”ということからだろうか?


 ”詐欺ペテン師”・”王覇の英雄”に続く呼び名――


 臨海りんかいの鈴原 最嘉さいかは”三本足”とかいう、なんというか”イケてない異名”で呼ばれることになったとさ。


 「…………」


 第五十九話「三本足」後編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る