第169話「Outbreak of War And Down of Despair」前編

 第五十七話「Outbreak of War And Down of Despair」前編


 ――それは俺が十六の時だったろうか?


 京極きょうごく 陽子はるこの要請で”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”を手に入れて数日も経たない頃だった。


 忽然と俺達二人の前に姿を現した謎の怪人。


 両眼の部分だけいびつに穴を開けた汚い布袋を被った幼女は――


 「いにしえに封印された邪眼魔獣の神話が本当なら、その魔力を封じたという伝説の指輪で魔眼の完全なる封印を試み、そしてそれに伴う”代償”をも無かった事象ことにしようと……そう当時の京極きょうごく 陽子はるこは考えていたのだろうな」


 「……」


 そう説明する俺を紅蓮あか双瞳ひとみが見据えている。


 「……封印ね?その”覆面幼女”が現れ、京極 陽子かのじょの魔眼を奪い去ったその時に”代償”として最嘉さいか貴方あなたの右足は呪われたのではなくて?」


 ――鋭いなぁ、”覇王姫”


 集めた情報例通りなら、確かに陽子はるこの”十戒指輪クロウグ・ラバウグの入手”という行動は、”魔眼”略奪を受けて”後の”事になるはずだからだ。


 そしてその時系列の矛盾に真っ先に食いつくところがこの女の……


 「魔眼の異能はその宿主と共に育ち、そして”鍵を得た”時に開花して、後に熟した果実を収穫するかの如くに出現する”覆面の怪人”によって奪われる。その際に”魔眼の姫”は多大な代償を支払うことになると……」


 俺は頷いて続ける。


 序列一位、”黄金”の燐堂りんどう 雅彌みやびは愛する穂邑ほむら はがねの命まで賭した末の彼の竜眼だった。


 序列四位、”白金プラチナ”のアルトォーヌ・サレン=ロアノフは途中での資格剥奪というイレギュラーであったがその際に生命力を奪われていた。


 恐らく近い将来の死という代償だったろう。


 そして新たな”白金プラチナ”に選出された雪白ゆきしろも、木偶でく人形にされた後の末路は同じくその命であったはずだろう。


 ――つまり、多少の差違は在れど自身の”命”かそれに値する存在モノを失うという


 「アルトの一件から学んだ貴方なりの考察ね」


 ”それが正解”だと言わんばかりに俺を見る紅蓮あか双瞳ひとみは細められる。


 ――ただ一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳


 ――つめる者ことごとくを焼き尽くしそうなほどあかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみ



 烏峰からみね城にて――


 今更だが、我が臨海りんかいの新たなる本拠地にて言葉を交わす相手は、大国”長州門ながすど”の”覇王姫”ことペリカ・ルシアノ=ニトゥである。


 「序列一位の”黄金”は、その所有者たる燐堂りんどう 雅彌みやびの幼なじみであり愛する男である穂邑ほむら はがねの右目という代償で自身の命は免れたが、序列四位の”白金プラチナ”の場合は、途中での所持者変更という経緯から現保持者の雪白ゆきしろだけで無く、前保持者のアルトォーヌ・サレン=ロアノフの命という代償も必要とした」


 ――実際、雪白ゆきしろさらわれて後に俺と再会したアルトォーヌは目に見えて衰弱が激しかった


 「それについても感謝しているわ。わたくしだけで無くアルトまで救ってくれたのだから」


 紅蓮あかい美女は”ふっ”と微笑む。


 俺と遜色ない身長に太ももがチラリと見えるなまめかしいスリットの入ったロングスカート、そこから伸びたスラリとした白い足とその上のくびれた腰と……


 少し癖のある燃えるような深紅の髪と勝ち気そうな抜きん出た美貌を誇る女が豊満な双房を押さえつける様に腕組みをした格好で壁にもたれ掛かり、石榴ざくろの如きあでやかな唇を緩める仕草は……感謝を示すと言うよりは、まるで俺を誘惑している様だ。


 「ゆ、雪白ゆきしろを取り戻してからは幾万 目貫バケモノの術は消失した。繋がりが完全に断たれたのか、それとも穂邑ほむら はがねの例の様になんらかの特例があるのか……」


 詳細は不明だがアルトォーヌの体調はあれ以来、生気を取り戻して回復傾向だという。


 「そうね……ふふ、でもわたくしの場合は、この身を拾っても”王国くに”を根こそぎ持って行かれてこの為体ていたらくだわ」


 少しだけドギマギしてしまっている俺の心中を透かして見ているかのような紅蓮あかい瞳と大人の余裕が漂う笑みにて俺の反応を軽く流し、彼女には珍しく自虐的ネガティブな軽口を最後に添える。


 「……」


 実際に超強力な実力の上に築かれた自己肯定プライドの塊の様なこのペリカが……


 どんな強敵にも正面から立ち向かい、完膚なきまでに討ち滅ぼして進んできただろう覇王姫かのじょが……


 不意に見てしまった気弱な女性の部分に、俺もつい……


 「命あってのなんとかだろ。最終的に満足いく結果が得られれば全て良し!!なんたって現在いまでは”あかつき”統一の有力者候補とかいわれてるらしい”王覇の英雄”とかいう奴も、散々な敗戦や他人様にとても見せられない超みっともない逃亡劇なんて腐るほど経験してるらしいからなぁ」


 と、そんな事とは無縁だったろう相手に慰めフォローをしてしまう。


 「……そう、ふふ……そうね。それにしても、覇王姫わたくし相手に斬新な対応だわ」


 思わずそうした行動に出てしまった俺に、紅蓮あかい美女は一瞬だけ驚いた表情をした後で優しく微笑わらった。


 ――だって……なぁ?


 多分、強さの象徴、その権化たる覇王姫に対する他の者達の反応には無かった俺の行動に彼女自身が驚いたのだろうが……


 「確かに、”みっともない英雄様”のお言葉には説得力があるわ」


 なんだか心持ち嬉しそうに毒のあるお返しをする美女。


 「う……まぁ、そんな感じだ」


 俺は変な気恥ずかしさで意味不明な反応をしてしまうが……


 ペリカの紅蓮あかい瞳は直ぐに真剣な色に戻った。


 「それで?序列二位、黒真珠ブラックパールの暗黒姫が支払った代償は結局……最嘉あなたではないのね?」


 話も戻り、核心を突いてくるペリカに俺は直ぐに顔を引き締める。


 ――そう、俺じゃ無い


 ”負の代償”……呪い対策の手段として陽子はるこが”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”を求めていたのなら、俺が指輪を手に入れる以前に、はるの魔眼は奪われていた事になる。


 ――つまり陽子かのじょの中で鈴原 最嘉オレの役回りは、良くて”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”の回収役


 ――実際に右足に呪いを受けた結果から推測すれば、最悪の場合……


 「そうだ。だから陽子はるこの魔眼が奪われた時、その時から右足の自由を徐々に失っていった事に俺は、その代償が俺だと信じて疑わなかった」


 ”最悪の場合それだけ”は考えたくないと、俺は独り頭を振ってから続ける。


 「けどな、よくよく考えてみるとおかしいだろう?陽子はるこの代償だけが、たかが俺の”右足だけ”ってのは」


 ――そう、他の”命に関わる代償”と比べると差がありすぎる


 「何度か体験したことがあるが、陽子はるこの魔眼の異能は大したことがない。それは魔眼の種類によるものだと思っていたが……」


 燐堂りんどう 雅彌みやびの魔眼の能力は解らないが、雪白ゆきしろや目の前のペリカの様な戦闘に特化した異能と比べるまでも無く、序列五位の六花むつのはな てるの驚異的な癒やしの能力と比べても見劣りしすぎる。


 「鍵を得た魔眼は”唯の異能”から”神の権能”へ変貌する。そして奪われてもその所持者に元の異能程度の能力は残る……つまり最嘉さいか、貴方が体験していた京極きょうごく 陽子はるこの魔眼は既に代償を払った後のなれの果てと?」


 ――そう、流石に鋭いな、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ


 深く頷いた俺は、間抜けにも最近気づいた真実を口にしていた。


 「陽子はるこの叔父……現、天都原あまつはら王である藤桐ふじきり 光興みつおき公は長く不治の病に冒されている」


 「……」


 覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの紅蓮あか双瞳ひとみは黙ったまま俺を見据えていた。


 ――間抜けな話だ


 ――ちまたで呼称される”詐欺ペテン師”どころか、とんだ”道化師ピエロ”だとも言える


 陽子はるこの大切な存在が俺だと、呪いを証拠として疑わなかった俺自身の自意識過剰ぶりを自身の心中で嘲りながら俺は……


 「つまり……京極きょうごく 陽子はるこはもっと以前まえの段階で”鍵”を得ていて、その代償となった天都原あまつはら王を救う手段として”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”の存在に行き着いた。そして最嘉あなたを――」


 ――そう、俺は”身代わり”だ


 「ただ”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”を欲するために俺を利用したのか、それとも呪いの矛先を変えるために俺を選んだのか?そこまでは本人で無いと解らないが、結果的に”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”を得て邪眼魔獣のことわりに介入しようとした陽子はるこの前に再び覆面の怪人は現れ、そして今度は俺の足が呪いに蝕まれた。つまり俺の足は”魔眼略奪の代償”ではなく、唯の罰則ペナルティみたいなものだったわけだ」


 俺は両手の平を天井に向けてわざと巫山戯ふざけた仕草で話すが、それに気づいたときの俺の心理的ダメージは中々の代物であった。


 ――ことさら……


 ”私と貴方は”あの時から呪われたまま、最嘉さいか、私たちはそういう関係でもあるの”


 ”お互いがお互いの所有物。生も死も、愛憎も、この身に受けた呪いさえも分かち合う存在……私はそれに満足してる”


 ――胸が締め付けられるくらい甘く切ない香りと供に……


 俺に身を寄せた陽子はるこは、ことあるごとに俺の耳元にそっと紅い唇を寄せて囁いたものだった。


 そして、美しい双瞳ひとみを間近で潤ませる暗黒の美少女の白い頬はじわりと朱に染まり、囁かれる度に、その言葉に、俺は陽子かのじょの思惑通りに心臓を跳ねさせていたのだ。


 「…………」


 ――なんとも……格好がつかない


 ――このダメージは幾多の戦場にも無かったものだ


 「最嘉さいか?」


 「あ、ああ、つまりな、雪白ゆきしろの件で陽子はるこの異能……”権能”が地蔵菩薩クシティガルバの”他心通たじんつう”と推測できた。黒真珠ブラックパールの魔眼が有する”闇”の正体とは、始原以前への回帰世界である胎蔵界ボダナンへといざなう、存在以前の闇に帰す”刹那シャナ”であると」


 「あの暗黒姫が地蔵菩薩クシティガルバ?ふふ……よりにもよって、あの冷酷女が大慈悲の権化たる地蔵菩薩クシティガルバとは笑えない冗談ね」


 石榴ざくろの如きあでやかな唇に皮肉な笑みを浮かべる美女。


 ――それを言うならペリカおまえの序列三位、”勢至菩薩マハースタ・マプラープタ”は水に縁のある菩薩だろうに


 と、その理屈ならお前の炎と正反対は同じと一瞬、思ったが……


 勢至菩薩マハースタ・マプラープタの”勢至”とは”大いなる威力を得た者”という意味だし、大地を揺るがすほどの力の象徴ともいうからあながち正反対とも言えない。


 それにはるは……


 京極きょうごく 陽子はるこという女の本質は……


 「だ・か・らぁ、最嘉さいか!!なにを呆けてるのかしら?」


 ――!?


 「あ、ああ……いや」


 「?」


 今日は特に度々意識がお留守になる俺に対し不思議そうな顔をする覇王姫、俺は慌てて取り繕う。


 「た、確かに地蔵菩薩クシティガルバは六道を巡って衆生を救済する慈悲の権化たる尊体だが、その六道の地獄道では……」


 心中の想いをかき消すように出た俺の言葉に、ペリカは”はっ!”と紅蓮の双瞳ひとみを開いてから、やがて納得顔で深く頷く。


 「なるほど……”閻魔えんま”……ね」


 俺はとっさの返しにしては中々だったと胸をなで下ろし、”それも”一つの見方だと自分の言葉を再認する。


 そう、大慈悲の象徴たる地蔵菩薩クシティガルバは、断罪の象徴である閻魔ヤマラージャの化身と言われるのが一般的だ。


 地獄の裁判官。


 無情の裁定者


 冷徹なる策士、”無垢なる深淵ダークビューティー”と畏怖される京極きょうごく 陽子はるこに対し、多くの者達にとってこれほどしっくり来る権能はないだろう。


 ――”大多数の者達”には……


 「それで?京極きょうごく 陽子はるこの魔眼の能力は具体的にはどういう手合いかしら」


 ペリカもその解釈にはかなり納得したのだろう、興味は既にその能力に向いていた。


 「そうだな、俺も何度か体験しているが……間合い、いや時間……いいやちょっと違うな、つまり」


 一端いっぱしの武術を修めている俺や雪白ゆきしろまでもが反応できない動きを”たま”に見せる。


 素人の陽子はるこの動きに禄に反応できなかった何度かの体験……


 具体的には俺の懐に不意に入り込み、そして誘惑するという体験を思い出しながら俺は答える。


 「権能簒奪後の残滓的な異能でも陽子はるこは俺たち戦闘に精通した武人の虚を突ける可能性がある。大抵は大した事が無いが……ほんの一瞬だけ、”深淵”の異能は胎蔵界ボダナンへと対象の意識を沈め、”間”を……”時間”を闇に飲み込めるみたいだ」


 「それは……大した事ではなくて?」


 一瞬、絶句した覇王姫は、呆れたように聞き返す。


 ――確かに、その僅かな一瞬で相手を屠ることが出来るとも考えられるが……


 「陽子はるこは生粋の武術素人だ。それにその時間も僅かで対象は常に一人だけ、さらにかなり近い距離で無いと発動できないっぽい。全然大した事ないだろ?」


 そしてその疑問に補足を入れる俺を眺めていた紅蓮あか双瞳ひとみの美女は、やれやれといった表情を見せた後で言う。


 「確かに……けれど、それにしてもた異能ね」


 「……」


 俺は、超弩級な重兵器並の怪力と轟炎を従えるお前がそれを言うか!?とも思ったが……


 我が身可愛さで、それは言わないでおいた。


 「なんにしろ、戦闘に特化したペリカおまえ雪白ゆきしろのような存在は警戒するほどの異能でもない。それよりも……」


 「幾万いくま 目貫めぬきね」


 俺は頷く。


 「五人の魔眼姫のうち四人まで奪わてしまった。残りは一人……」


 ――残るは六花むつのはな てる瑠璃ラピスラズリの魔眼だけだ


 そして、魔眼集めが完了した時にどういう最悪が起こるのか……


 見当もつかないが、決して吉事ではないだろう。


 「けれどそれは取りあえず杞憂ではないかしら?あの巫女姫の魔眼は一応守れたのでしょう?暗黒姫もまさか怪人に協力するわけでも無し」


 ――確かにそうだ


 世界の……人類の敵であろう幾万いくま 目貫めぬき、いや邪眼魔獣に協力する人類は、それを狂信的に信心している那伽なが領主、根来寺ねごでら 顕成けんじょうが率いる仏門衆の者達だけだろう。


 「そうだな、取りあえずは」


 最終的に巫女姫を俺が保護するにしても、


 彼女の身柄は現在、新政・天都原あまつはらの勢力圏内である。


 そして京極きょうごく 陽子はるこの庇護下である七峰しちほう勢は、今回の戦でも敵に回るだろう。


 しかし人類共通の敵である邪眼魔獣に対する考えは同じだろうから、その点は暫くの猶予があるはずだ。



 戦国の世で在ろうと破滅を呼ぶ”人外”……


 幾万いくま 目貫めぬき邪眼魔獣バシルガウは世界共通の脅威だ!


 それが藤桐ふじきり 光友みつともであろうと京極きょうごく 陽子はるこであろうと、


 無論、鈴原すずはら 最嘉さいかであろうとも、


 相容れる王はいないだろうと、信じて疑う余地の無い人類かれらは……



 第五十七話「Outbreak of War And Down of Despair」前編 END

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