第168話「師弟」
第五十六話「師弟」
「それでは正統・
”中立”という理解できない判断をした正統・
「それが最も国益になると判断した。勿論、最終的な判断は
――確かに、我が
その威光にて”
――
長年、あの可愛いんだけど性悪の暗黒姫に利用され続けた
――あ、あの悪女……超可愛いんだけどぉぉっ、くそ!
あ?ええと、つ、つまりだ。
現在の情勢で
辺境の”
ならばこそ!”中立”など
新政・
――”黄金竜姫”がいくら
――それを予測できない”黄金竜姫”と”独眼竜”じゃないだろうに
「本当は戦争自体を止めたいところだが……鈴原
自分達のことは棚に上げて、俺にそう笑う
「ああ、そう言えば話は変わるが……
そのことについては、それこそ言っても無駄だろうし、我が
「そうだが?急に科学にでも目覚めたか?鈴原」
――確かに学問は嫌いじゃ無いが、
「いや、ちょっと最近思い当たる節が幾つかあってな、時間はそんな取らせないから、さわりの部分だけでも教えてもらえないか?できるだけ簡潔に」
「さわり?量子物理学の?それとも素粒子関連か?」
なんとも急な問いに不思議そうにしながらも律儀に応じる
「両方だ。二十分、いや十五分くらいで頼む」
「鈴原、お前なぁ、科学をなんだと……」
――
と呆れながらも、
「と、十五分じゃこんなもんだな」
――キッカリ十五分。流石だ!
「ああ、それなりに概要は理解はできたよ、助かった」
非常に有意義な時間だったと俺は大満足だったが、隣の
「そうか?それじゃ、俺は行くけどな」
「俺に……俺と
「……」
――本当に”
とてもこの血で血を洗う戦国の世で生き残ってきた君主とその第一の家臣とは思えない甘さだ。
最終的にそういう心地よい甘さを残して去った正統・
――その気持ち、素直に礼を言うよ
――
―
「
俺は副官である
「ああ、そうだったな。入れろ」
――
時間的には、あの近代国家世界の一件から既に二ヶ月と少し経っていた。
「……」
「……」
許可を得てから玉座の間に入ってきた、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女は、いつになく神妙な面持ちで頭を下げると玉座に座した俺を見る。
――相変わらずの叡智を秘めた瞳
――可能性の瞳だ
俺は彼女と初めて会ったときの事を思い出しながら声をかける。
「今日はもう
彼女の行動予定を読み当てているだろう俺の言葉にも全く慌てること無く、落ち着いた表情で少女は再び頭を下げる。
「いえ、今、この時は
――なるほど
俺と
俺はそれも
「律儀な性分だな、黙って消えないと捕縛されるか
勿論そんなつもりは毛頭無い。
そして俺の心中を理解してだろうか、彼女は少しだけ口元を
「短い間でしたがお世話になりました。学ばせて頂いた数々の貴重な経験と知識は必ず先生に満足頂けるよう精進して、ご覧に入れます」
「ふ……はは」
俺も思わず微笑んでしまう。
それはつまり――
”戦場”にてという、皮肉でも何でも無い本当に真面目な彼女らしい師に対する一番の言葉だと思ったからだ。
「そう言えば、お前のお仲間で正反対の行動に出た奴を捕らえているが、面倒なので一緒に連れ帰ってくれるか?」
「えっ?」
打って変わった突然の申し出に、今度はそばかすの少女も驚いた様子だった。
そしてその流れを察し、側近の
「あ、
後ろ手に拘束された、後ろ髪をアップに
「ああ、別にかまわないぞ、
「…………」
俺の問いかけに、同じ”
「うぅ……面目ない」
そして情けない顔で視線を下げる赤眼鏡の……”
この
俺が”
その時、
お互いが避けようとして、つい同じ方向へ動いて微妙な感じになるアレだ。
実はこの一連の動きは
だが俺は
我が優秀なる諜報部隊からの報告から、知った上で泳がせていたのだ。
と言えば体裁は整うかもだが実際は……
後に、この
――”愛しい暗黒姫様に対する処置は
そして――
かなりの手練れであるこの
捕縛に向かわせたのは”
言わずと知れた
実は
――”それは
と、透けて見えそうな含みのある悪い笑みを浮かべたものだが……
残念、その俺の部下が
――なんせ
俺は”うんうん”と心の中で独り納得しながら、唖然としたままの二人に視線を戻す。
「てな訳で、連れて帰ってもらえるか?」
「………………………………よろしいのですか?先生」
暫し考えた後、俺に向け
――ふむ、これはつまり
せっかく捕らえた間者をそのまま帰すという、その行為自体に対してよりも……
隠密部隊である”
「ああ、かまわないぞ」
だが俺は怪訝そうにする
「…………」
そう、その顔だ!
開戦の直前でわざと情報を与える!
”漏洩”では無く”供与”
これにこそ意味があるのだ。
我が
そして戦力比は大雑把に見積もって二対三。
もちろん俺が”二”だ。
新たに、油断ならない部隊と人物が在るという情報を直前に相手に与え、そしてそれに対策を打たなければならない状況にさせ……上手くいけば兵力を多少分散させられるかもしれない。
そういう思惑のために敢えて開示した俺の行為を、俺の下で学んできたこの
「そう……ですか」
「ああ」
「ありがとうございます」
俺のニヤけ顔に対し、そばかす顔の少女は暫し考える仕草をした後で笑った。
――ほぅ?
少し予想外の反応に俺が感心していると、少女は続ける。
「では、ささやかなお礼ですが、我が”
――!
「
「
――確かに俺の情報に無い人物だ
「ちょ、ちょっと!
拘束されたままの
――開戦の直前でわざと情報を与える!
”漏洩”では無く”供与”
これにこそ……
――以下略
実に効果的!見事な意趣返しに俺は単純に感心する。
「ははっ、やるようになったな
「いえ、先生のご指導の
思わず笑みがこぼれる俺に、
「ははは」
「ふふ……」
そして、そばかす少女の笑顔に僅かに影が差す。
「本当に……未知の体験ばかりでした」
同じような微笑み、でもどこか違う寂しげな微笑みの
――そばかす少女は
幼少の頃、古くさい風習ばかりの貧村を出たくて一生懸命に学問に務めた。
”女なんかに”
何度も何度も諭され、押さえ込まれ、時には殴られて彼女は育った。
”村から出たってお前なんかが上に行けるかよ!召し抱えられるわけないだろうが!”
”
だけど、諦められなかった少女。
――見上げて手に入る視界は小さい、そこに立ってこそ周りに世界は広がるの……
それはある書物で感銘を受けた言葉。
だからその場所を目指した少女。
けれど直ぐに世界の広さに圧倒され、到底適わない才能を知って……
――
「鈴原
そう、”食わせ物””
――私が見るのは”世界”じゃ無い……それは”私自身”
必死に修めた学問に囚われず、
知識はそうして自分に溶け込んでこそ本当に自分の世界になる。
――枠から解き放そう!”あのひと”のように!
「……」
――ドクンッ!
――わたしは……
――わたしは、やはり”
最後に
澄んだ叡智が見て取れる瞳を煌めかせ、ギュッと胸の前の拳に力を込めた”
小さい”しがらみ”の檻の中から、彼女が羽ばたけるのは未だ小さい空――
「……うん!」
だけどその小さい空は遙か彼方、どこまでもどこまでも空へとつながってゆく……
こうして”
望んだ空を舞って、ずっとずっと――
――
―
「ちょっ!ちょっとぉぉーー!!忘れてる!?
手枷のままの同僚を忘れて……
「ご、ごめんなさいっ!!
第五十六話「師弟」 END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます