第166話「思慮分別(けじめ)」

 第五十四話「思慮分別けじめ


 「申し開きがあるなら一応聞いてやるぞ、生臭坊主」


 俺は玉座にふんぞり返り、支配者としての威圧感をまき散らしながら言葉を投げ捨てた。


 「……」


 首元に大きな数珠を幾重にも巻いた僧侶姿の中年。


 石床に直接尻を着けて胡座あぐらをかいた破戒坊主は、何時なんどきも所持していた通常の倍はあろうかという酒壺も持たず、柄にも無く殊勝に深く頭を下げたままだ。


 ――近代国家世界の最終日


 岐羽嶌きわしま三埜みの市にある庁舎ビルに……


 戦国世界では我が臨海りんかいの本城である”香華山かげやま城”改め”烏峰からみね城”にあたる場所に、仏教徒の総本山である那伽なが領主、根来寺ねごでら 顕成けんじょうが家臣の根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうを呼び出した俺は、何処どこかの”いびつな英雄”よろしく来客を尊大つ権高に見下ろしていた。


 「無いのか?ならこの話は仕舞いだ、真琴まこと……」


 「はい、最嘉さいかさま」


 沈黙を継続する数酒坊かずさのぼうに向け、俺は左隣に控えて立っていたショートカットがよく似合う美少女に相応の指示を出す。


 因みに右隣にはん事無き理由で白い頬を少し腫らした白金プラチナの髪が美しい姫騎士がちょっとふくれっ面で立っている。


 「お、お待ちをっ!!臨海りんかい王様!!数酒坊かずさのぼう様は常に鈴原様を買ってらっしゃって!今回も御味方をさせて頂く予定が諸事情で……」


 同じく床に座していた、質素な袈裟に質素な草履履きでボサボサ頭で極々有り触れた男、根来ねごでら 数酒坊かずさのぼうの直近の部下である川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろうが必死な顔で割って入る。


 「諸事情?貴様らの主である根来寺ねごでら 顕成けんじょうは我が臨海りんかいに与すると言って其方そちらから近づいて来ておきながら、天都原あまつはら七峰しちほう、その他にも色々と各国で情報を取得、流用し、意図的に天下を混乱させている節があるが?その先兵たるのがお前らじゃないのかっ!?」


 俺の声で腰の特殊短刀に手を添えた真琴まことを一時制しながらも、俺はギロリと殺気を込めた眼で二人を刺していた。


 多少、横柄で尊大な暴君を過剰演出気味ではあるが、それは俺にとっても意味があった。


 そもそも、七峰しちほう句拿くな長州門ながすどに対する共闘も、それに対応する我が臨海りんかい長州門ながすどの地で藤桐ふじきり 光友みつともに後れを取ったのも、情報をもたらした仏教僧達が暗躍していたのも元凶の一端だろう。


 いや、なにより――


 ――”とある筋”からの情報で、最近どうやら”魔眼集め”に行動移行しているらしい”幾万目貫いくまめぬき”なる怪人の次なる狙いは、序列三位”紅玉ルビーの姫”というのよ――


 俺にそう告げた、新政・天都原あまつはら京極きょうごく 陽子はるこも奴らから情報を得ていたのは明白。


 ――はるを……


 仏教僧達の目的である”邪眼魔獣バシルガウ”に対する行動に関与させ、”魔眼の姫”である陽子はるこを危険に近づけさせた……


 ――”それで陛下はこれから?”


 そして後に、七峰しちほう陣営を代表して東外とが 真理奈まりなが聞いた言葉に俺は思った。


 ――これから?


 取りあえず俺は近代国家世界こっちでやることがある……と。


 ――”ああ、まだ残ってる雑務があってな”


 だからあの時、俺はそう答えたのだ。


 ――そう、雑務だ


 「……」


 ――俺には”キッチリ”と代価を支払わす相手が居るのだ!!


 バンッ!!


 ――!!


 俺は力任せに玉座の肘置きを叩き、そして助命を乞うた従者諸共に那伽なが領から来た二人を再度睨み付けた!


 「以前まえ赤目あかめの地で釘を刺したよなぁ?クソ坊主……なら二度は無いってことだ」


 俺は視線で指示待ちで控えていた真琴まことに再開を伝える。


 「……」


 シャラン


 無言で頷いたショートカットの美少女は、腰の後ろに装備している二本の特殊短剣のうち一振り、”前鬼”を抜いて歩み寄る。


 「お、おまちを!!鈴原様!で、ですから……ま、真琴まこと様も……」


 上司のために必死に懇願するボサボサ頭男を顧みること無く、真琴まことは歩を進める。


 たとえ一毛でも陽子はるこに危険を寄せ付けた相手を俺は許す気は毛頭無い。


 そして真琴まことは俺の右足……


今回の一連の流れで、玉座にふんぞり返った現在の状況でも片方を失った俺の状況に違う意味で怒りを抑えられずにいるようだった。


 スッ


 慌てふためく男と視線を床に貼り付かせたままの坊主、二人の直ぐ近くに立ったショートカット美少女が刃を振り上げて標的に刃先を定める。


 「………………拙僧に二心は御座らん。我が主君”だった”根来寺ねごでら 顕成けんじょうと率いる一門とこの数酒坊かずさのぼうは既に志を別にし、鈴原 最嘉さいかという真の英傑に未来を託しております」


 其所そこに来て――


 初めて数酒坊かずさのぼうが言葉を発するも視線はそのまま床に貼り付かせたまま、それはまるで覚悟を決めた様子だった。


 ――なるほど、此奴には此奴の諸事情が有るが故の数酒坊こいつなりのケジメかよ


 「今回は幸いにも正真正銘の”近代国家世界”だ。死んでも戦国世界あっちでは問題ない、一時の夢だ」


 ――そう、俺の右足の時とは違う


 俺はこの状況も覚悟していたらしい相手に、多少興ざめだと肩すかしを感じながらも指示を完結する。


 「……」


 「ひぃぃっ!」


 無言と悲鳴を上げる二人の異国の僧。


 例え真実の死では無いと解っていても、死の苦痛と恐怖は夢で済ませるにはあまりにも耐えがたい悪夢だろう。


 俺の最後の言葉が終わるのを待って、ヒラリと振り下ろされる刃!


 「……」


 静かに目を閉じる数酒坊かずさのぼう


 俺は――


 「肩口、一寸だ」


 ――!


 ザシュ!


 「ぐっ……はっ!」


 直前に!


 俺は真琴まことへと指示を変更し、そして真琴まことは見事にその急にも対応して、前鬼の刃先の軌道を変えて首では無く肩口に浅く突き刺す!


 「…………ち、柄じゃないな」


 俺は独り愚痴る。


 やはり無抵抗の者を嬲るのは性に合わない。


 「ぐ……うぅ」


 「か、数酒坊かずさのぼう様!!ご無事で……」


 肩に受けた刃物傷に唸る坊主と多大な安堵と少々の心配を込めた声で上司を気遣うボサボサ頭男を眺めながら――


 「……で?生臭坊主、話せよ」


 自分の初志貫徹が出来無さ振りにばつの悪さを感じた俺は、そっぽを向きながら促した。


 ――七峰しちほう宗都、鶴賀つるがの地での魔眼二姫による襲撃から中一日、


 あの窮地で考察し、至った俺の予測が正しいならば……


 「………………い、いにしえ魔獣バシルガウは……実…は……」


 痛みで禿げ頭に脂汗を浮かべながら、数酒坊かずさのぼうは普段の”のらりくらり”とした食えない生臭でも無く、その本質に鋭い見識眼を隠した切れ者でも無く、唯々ただただ殊勝な態度で応えにくそうにも口を開こうとするが……


 「魔獣バシルガウが十二の魔眼は第一位、弥勒菩薩マイトレヤ。第二位、地蔵菩薩クシティ・ガルバ。第三位、勢至菩薩マハースタ・マプラープタ。第四位、虚空蔵菩薩アカーシャ・ガルバ。第五位、観世音菩薩アヴァロ・キテシュヴァラ。そして……第六位、多陀阿伽陀タダァ・アガタという、物質と精神で成り立つ世の根源の二世界、胎蔵界ボダナン金剛界ヴァジュラで神仏が行使する六種の権能、つまるところいにしえの魔獣なる存在は”神獣”と……その復活あたりが、それがお前ら仏法僧の真成る教義ではないのか?」


 「なっ!?………あ……あう!?」


 待ちきれずに此方こちらから放った俺の言葉に、川辺かわなべ 太郎次郎たろうじろうが面白いほどアングリと口を開けて固まり、


 「………………流石は拙僧が見込ませて頂いた真なる英傑……いや、それ以上のご見識……言葉もあり申さん」


 根来寺ねごでら 数酒坊かずさのぼうは脂汗に塗れ、痛みに引きつった口元を上げてさらに禿げ頭を床に擦りつけるまで下げた。


 「当然です」


 「……」


 さっきまでの怒気はどこへやら、血の滴った前鬼を手にしたままの真琴まことは”ふふん”と自らのことよりも誇らしいという態度で二人を見下ろし、白金プラチナのお嬢様は相変わらずご機嫌斜めなまま俺の右隣に控えていた。


 「まあ……話は後でジックリと聞いてやる。てかここまで来たら洗いざらい話して貰うぞ数酒坊かずさのぼう。だが先ずは手当だ、一先ず下がれ」


 こうなれば、自分で傷つけさせておいてなんだが……


 俺の言葉に深く深く頭を下げ直した那伽ながの二人は、俺の命で真琴まことが呼び出した救護兵に連れられて部屋を後にする。


 ――


 ――真相を解明し、対策を再考するのは時間を取ってジックリとだ


 俺は部屋に残った二人の少女を順に眺めてから、立ち上がろうとする。


 「あ、さいか……わたしが」


 そして片足である俺が松葉杖に手をやった途端に、隣の雪白ゆきしろが介助のためだろう、白く華奢な手を伸ばし、そして俺を支えようと身体からだを密着させ……


 「貴女の出る幕じゃないわ、最嘉さいかさまのお世話はずっと、ずうぅぅっっと、この真琴まことが仰せつかって来たのよ!」


 直ぐさまに短剣の血を払って腰の後ろに収めたショートカットの美少女が、割り込むように身体からだを差し込んでくる!


 「さ、さいかの足がこうなったのはわたしの責任だから!さいかはこの先わたしがずっと支える!」


 「なにを血迷ったことを!この白金プラチナの小娘!!貴女のせいで最嘉さいかさまが!まだ私は貴女が未だ最嘉さいかさまのおそば近くにはべっているのを認めたわけじゃないのよっ!」


 睨み合い、激しく口論する二人の美少女。


 「お、おい……いて!痛ててっ!」


 しまいには俺の体を挟んで両脇から引っ張り合う始末だ。


 「さいかぁぁ!」


 「最嘉さいかさまっ!」


 「おま……ら……ちょっと……やめ……」


 一昨日の襲撃事件で俺が右足を無くし、それが恐らく戦国世界でも戻らないと話した事により、真琴まことは怒りを抑えきれずに無事帰還したばかりの雪白ゆきしろの白い頬を張った。


 雪白ゆきしろもそのことには反論できず、というかかなり凹んでいた彼女は泣きじゃくり、俺に許しを請うていたが、そもそも本人である俺がそうしたいからそうしただけだと俺は真琴まことを説得し、雪白ゆきしろにも気にするなと話して一応の騒動は収まったはずだったのだが……


 「さいかの右足はわたしが!わたしの全部でこの先ずっと……ね?さいか?ね?」


 「い、いや……そんなつぶらな瞳で嘆願されたら……」


 白金プラチナに煌めく銀河が至近距離で俺にすがる。


 「それこそ罰じゃ無くてご褒美でしょ!!最嘉さいかさまのお傍近くに仕えるのも、時にはその抑えきれない欲情にこの身を捧げるのもすべてこの鈴原 真琴まことの生きがいだと周知の事実なのよ!」


 「おいおいおいおいぃぃっ!!ドサクサに真琴まこと!人聞きの悪いこと付け足すなっ!」


 俺の反応などお構いなし!


 「いててて!痛いって!!やめ……もうやめてぇぇ!


 右に左に引っ張られ、バーゲンセールの目玉品の如き扱いの俺は両肩の痛みに涙目になって叫んでいた。


 名高き”大岡裁き”から学びの欠片も無い二人の娘による所業!


 「痛いよぉぉ!ら、らめぇぇっ!!」」


 俺はそのまま暫くされるが侭に弄ばれ、涙に崩れ落ちたのだった。


 ――

 ―


 「こ、こほん……で、真琴まこと、俺に会いに正統・旺帝おうていの独眼竜が訪ねて来ているんだったな」


 数分後、鈴原 最嘉さいかは玉座に再び座し、そして左右で袖の長さが違う様に伸びた両腕を肘掛けに置いて姿勢を正す。


 「あ……はい、最嘉さいかさま……そ、そうです…………すみません」


 そんな俺を正面から見られないとばかりに視線を外しながら自身の行動を恥じ小さくなって応える我が腹心の少女。


 「う、うむ……それはまぁ……今後気をつけろ」


 俺も気まずくなって目を逸らしながら、傍に控えたままのもう一人の犯人である白金プラチナのお嬢様にも向けて短くそう言った。


 「………………うん」


 そして此方こちら真琴まことと違い、自らの行為を恥じてないのか不満そうに、だが一応は頷く。


 「まぁいい……独眼竜、穂邑ほむら はがねに入ってもらえ」


 俺は溜息を一つ、そして両袖と同じく”だるん”と伸びた首元を無理に直しながらそういったのだった。


 第五十四話「思慮分別けじめ」 END

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