第165話「神域」前編

 第五十三話「神域」前編


 「……っ!」


 華奢な両手首を万歳して床にはりつけられ、


 「んんっ……」


 俺に組み敷かれたまま暴れる白金プラチナの姫君だが――


 剣を無くした雪白ゆきしろは全くの無力、戦場に身を置く武将なら”武芸百般”を修めるのは当然であるのに久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろはその例外であると随分過去の出来事で俺はそれを知っていた。


 「……」


 片足を”もがれ”下半身がまるで役に立たない状況であるが、我が臨海りんかい軍内でも素手格闘の天才である花房はなふさ 清奈せなと同条件で互角に渡り合える鈴原 最嘉オレだ。


 「っ……」


 そんな素人を押さえ込むなんて造作もない。


 ――と言いたいところだが!


 「……」


 如何いかんせんこの出血量ではそうもいかない!


 ――ちっ!


 膝で刃を受け、そのまま骨と肉で抱え込ませた挙げ句に捻切れ落ちたという凄惨な状況だ。


 「くっ!」


 大量の失血によりその激痛が薄れるほど意識が遠のく中で――


 「んんっ……」


 俺に押さえつけられた状況で光に透ける美しき白金プラチナの髪と白金プラチナ双瞳ひとみの姫騎士は、近くで観察するとさらに実感できる状態で……意思は薄弱、その象徴チャームポイントたる瞳も伽藍堂がらんどうに成り果てていた。


 ――まるで生気の失われた双瞳ひとみ


 ”幾万いくま 目貫めぬき”に魔眼の能力を強奪された姫は意識をも封じられる……


 ――”虚空アカーシャの魔導域は神の領域”


 そして奴の残した言葉から思考を重ねた俺はこの時恐らく、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの序列四位”白金プラチナの魔眼”の本質に近づいていただろう。


 例えば雪白ゆきしろの代名詞は超高速剣、目に留まらぬ連撃剣。


 つまり彼女の魔眼は光速、光の特徴を持つ魔眼だろう。


 ――そして”虚空アカーシャ”という言葉キーワード


 魔眼の姫は”鍵を得て”その真の異能を開花させるというアルトォーヌの言葉を加味して考察すると確かに”本質それ”は見えてくる。


 俺の知識の中に在る近しい事例、古文書、歴史、宗教、奥伝、その中から該当するものは……


 ――”鍵”とは”観行ヴィパッサナ”に近いと思える


 ”六神通ろくじんずう”という神域思想に存在する、至高に至るための境地である。


 それは神が行使する六種の権能。


 翻ってくだんの魔獣は――


 十二の魔眼を擁するいにしえ魔獣バシルガウだ。


 現在いまのなれの果ては、五人の魔眼姫の双瞳ひとみと自身の双眼まなこわかたれた欠片である。


 十二眼、つまり六人の双瞳ひとみが持つ異能が六の権能から成り立つ”六神通ろくじんずう”と酷似する。


 そうなると”魔獣”は”神獣”とも言える存在で、そしてその異能は最早”権能”と表現した方が適切だろう。


 その推測から”虚空アカーシャ”という言葉キーワードから導き出される六神通ろくじんずうの権能に該当するのは……


 ――”神足通じんそくつう


 自らが行きたい場所に自由自在に出現する権能にして、宇宙そらを自在に駆ける超光速の新星である。


 ――操る神気は、虚空を自在に切り裂く”虚空蔵菩薩アーカーシャガルバ


 雪白ゆきしろの魔眼を得ただろう幾万いくま 目貫めぬきは今回の二人の魔眼姫に対し、この”神足通じんそくつう”に至った雪白ゆきしろの魔眼を利用したと考えられる。


 具体的には、人間の意識は一説には刹那の間に生滅消滅を繰り返す心の相続運動であるとされる、つまりは顕在意識と潜在意識の連続にあるという。


 これを踏まえ、人間ひと伽藍堂がらんどう木偶人形マリオネットと化すにはこれを分離し、一方を深い闇に沈める必要があるだろう。


 ――虚空アカーシャによって顕在意識を切り落として分離し、


 もう一種の六神通ろくじんずうが神気である、地蔵菩薩クシティガルバの”他心通たじんつう”……


 始原以前への回帰世界である胎蔵界ボダナンへと誘う、闇に帰す”刹那シャナ”の権能を用いて深い闇底に沈める。


 木偶人形マリオネット化は”虚空アカーシャ””刹那シャナ”……この二つの権能を用いた呪詛なのだと。


 ならば――


 我が奥義にして最強の矛、”虚空完撃”で対処できるっ!


 相手の剣筋の前に”未来そこ”に至り、これを待ち受けて自在に望む未来けっかを創り上げる。


 剣技を逸脱した因果への冒涜……


 幸か不幸か、はたまた偶然のなせる技か?


 この相性の良さは真に僥倖中の僥倖!!


 この奥義の見極めにて刹那シャナの闇を見い出して外的刺激を与え、そこから意識が這い上がるきっかけを作る!!


 ――きっと出来るはずだ……


 ――雪白ゆきしろなら……二人なら……


 無意識下に沈められた自分を少ない勝機で必ず浮上させられるはずだっ!!


 後半は全くの希望的観測だが俺は……鈴原 最嘉さいかは……


 二人の魔眼姫に対し確信に近い信頼を持っていた。


 「くっ!」


 次第に薄れ行く意識の中、押さえつけた雪白ゆきしろを凝視しながら俺はわざに必要不可欠な思考と観察眼に集中する!


 「……」


 今まで得た情報と知識を融合させ分析、そこから模索し……


 「……」


 じわりと吹き出した汗が顎を伝いポタリポタリと滴る。


 「……」


 ――無からやがて織りなす細い幾つもの可能性という糸を紡ぎ思考の生地を……


 在り得る無限の未確定の未来という状況を零すこと無くすくい上げ、組み上げて形を成させる!


 ――確定せぬ未来から都合の良い欠片を手繰り寄せ、望む可能性を創造つくり出す


 「……」


 その為だけに全思考の総力を挙げ、そして其所そこに至る最善の瞬間を見極め……


 「…………くっ!」


 人間の稼働範囲を遙かに超えた脳の過剰使役と精神の摩耗……


 それは人には過ぎたる領域だ。


 ――謂わば神の御業みわざ


 それは虚無から形を成させる、思考による創造という”神の思考領域”とさえ言える。


 ”六神通ろくじんずう”という魔眼の姫達が神の領域の権能と言うなら、


 現在、鈴原 最嘉オレが成そうとしている事象もまた”思考の神域”と言えるだろう。


 ――


 「………………雪白ゆきしろ


 そしてまんまと砂丘に一粒の砂金を見い出した俺は、そのまま――


 「…………すぅ」


 小さく息を吸い込んで頭を後ろに引く。


 ガコンッ!


 「あぅっ!!」


 勢いよく振り下ろした俺のおでこが白い彼女のおでこに容赦なく振り下ろされた。


 きゅーー


 ーーぱたん!


 「…………」


 強烈な頭突きの一撃を額に受け、白金プラチナの姫君は間抜けな悲鳴を上げて大の字に横たわる。


 「うう……」


 そして、一呼吸置いてから冷たい石床の上にその身を横たえたままで衝撃を受けて赤くなったおでこを摩って俺を見上げるお嬢様。


 「…………あ……頭……われた」


 白金プラチナ双瞳ひとみを涙に滲ませて、桜色の唇を尖らせるプリティーな美少女。


 「んなワケあるか、頭ってのはそう簡単に割れたりしない……お?おおっ!」


 ババッと!思わずツッコミを入れた俺に組み敷かれた状態だった少女の両腕が後頭部に絡んだかと思うと、そのまま思いっきり引き寄せられる!


 「お……おおうっ!?」


 ふわりと甘い香りでいっぱいになり、俺は彼女の胸当て越しにも感じる心地良い胸の弾力に小さく頭を弾ませていた。


 「………………ごめんね……さいか……ごめんなさい……うう」


 彼女の胸に頬を貼り付かされている俺には見えない表情。


 だが涙に詰まりながら漏れる言葉に、俺は無言でヨシヨシと少女の背をなでていた。


 「別に……気にするな」


 少女が謝っているのは俺の足の事だろうか?それとも……


 ――頭が重い


 意識が遠のく……


 無茶な状態でとんでもなく無茶をした代償だ。


 失血死へと向かう感じとはこんなだろう……か……


 ――


 ――


 ――――――――――う


 時間にしてどうだろうか?


 俺は一度は閉じただろうまぶたをゆっくりと上げる。


 「…………」


 ――睡眠薬をまとめて数ダース程、口内にねじ込まれた様な倦怠感


 「これで一応大丈夫だと思いますけど……失った血は戻らないし、千切れた足も……」


 結構な状況であった俺はそれでも復活し、そして――


 輝く栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブの愛らしい容姿の少女、六花むつのはな てるが俺の捻じ切れた右足の傷跡に手の平をかざして地ベタにぺたんと座っていた。


 「多分、治らないよこれ……だって現在いま””ここ”は……」


 大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに俺を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられそうな特異ともいえる魅力がある。


 ――さすが”魔眼の姫”が端くれ……というか”神代の巫女”だからか?


 現在のこの”近代国家世界”であるはずの異質な状況を思考でなく本能的にだろうか?俺以外で理解しているという事だろう。


 「わかってる……」


 巫女姫の言いかけた意味を充分理解している俺は、そばに力なく座った雪白ゆきしろをチラリと見て、それを皆まで言わせずに言葉を遮った。


 ――とはいえ


 非常識なほどの効果である意識の回復と傷跡の緊急治療だ。


 誰の異論も挟む余地の無い美少女であるが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強いこの美少女の異能は確かに、あの東奥とうおく奸雄かんゆう藤堂ふじどう 日出衡ひでひらが感じ入るほどの資質だ。


 ――序列五位、慈愛に満ちるあおき”瑠璃ラピスラズリの姫”……


 俺は改めてそう思いながら、命を拾い、意識を戦場に繋ぎ止められた現状に感謝する。


 ――しかし……それでも多少の痛みと酷い疲労感は残るな


 重傷を負ったというだけではない、”思考の神域”に至った後はいつもこうだ。


 俺は重い頭を振りながら涙目のまま心配そうに見上げる雪白ゆきしろから離れ、そして――


 「まぁ……怪人が成した呪詛のひとつは屠った……あと残るは……」


 ――!?


 片足を失い、意識が朦朧とする”死に体”の俺がそう呟きながら未だ取っ組み合いの最中である折山とペリカの方を見てそう呟いた事に周囲の連中は絶句していた。


 「さいか……だめ……そんな身体からだで……」


 「だ、大丈夫だって」


 意識は回復したが、呪詛の後遺症で未だ立ち上がれない雪白ゆきしろに俺は脂汗に塗れた不格好で笑いかける。


 「しょ、正気ですか!?」


 「そ、その足で焔姫ほのおひめに同じ事はどう考えても無理……」


 「王様……今度こそ確実に死ぬよ」


 東外とが 真理奈まりなが、波紫野はしの 嬰美えいみが、他人を食った軽薄剣士、波紫野はしの けんまでもが常識的な反応を示す中……


 「だね、はやく朔太郎さくたろうくんを助けに行ってよ!貴方あなたが無理矢理そういう役割を押しつけたんだから!」


 唯一……宗教国家”七峰しちほう”を総べし象徴たる存在、七神しちがみ信仰最高神たる”光輪神”の御業みわざを体現する”神代じんだいの巫女”である六花むつのはな てるという少女のみが……


 「”六大国家会議”の頃から思ってたが……やっぱ普段は何重にも猫かぶってやがったな、六花むつのはな てる


 そう言って呆れた視線をぶつける俺に、見た目は可憐な美少女巫女姫は”ベー”と舌を出したのだった。


 第五十三話「神域」前編 END

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