第164話「捨身成道」

 第五十一話「捨身成道」


 ――嫌な感じだ


 この空間が隔離されたかの感覚を受けてから俺は、此処ここが平和な近代国家世界とはまるで異なる血で血を洗う殺気立った別世界、戦国世界の如き印象を受けている。


 ――つまり此処ここはそういうふうに変容させられた……


 そんな懸念を抱きながらも俺は目前の問題に踏み切った!


 ダダッ!


 いつもの初型スタイルである、刀身を体の正面にて水平に構えた状態から踏み込む俺。


 呪いとやらで蝕まれた右足を大きく相手の方へと踏み出し、これ見よがしに雪白かのじょに対して手にした刀を振り上げてから大きく距離を縮めるっ!


 七峰しちほう宗都、鶴賀つるがの地にて――


 鈴原 最嘉さいかは真正面から比類無き驍将”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”に斬りかかったのだった!


 ヒュッ!


 瞬間、白魚の如き繊細で白い指が愛刀の柄に添えられたかと思うと、


 ほぼ肉眼で捉えられない速度にて、抜刀されし白い軌跡が俺の動きに対応して放たれる!


 ――はやっ!!


 いや、速いなんてものじゃない。


 十二分に理解していたつもりが、それでも予想を遙かに上回る彼女の剣は最も前に出た無防備な俺の右足を狙って斬り払われるっ!


 ――シュパ


 苦も無く白い刃が俺の膝下に斬り入った!


 「くっ!」


 ――圧倒的な速度の前に”為す術”なんて存在しない


 培った”技”も刻んだ”経験”も、天に与えられし”才能”さえもが”圧倒的速度”の前には無力だ。


 何を成すべくもない間に一方的に蹂躙される。


 謂わばずっと相手の攻撃時間ターンという理不尽に等しい。


 ”返し業カウンター”の最高峰を自負する鈴原 最嘉オレが言うのだから間違いない!


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの剣速とはそれほどまでの領域に達した芸術的剣技なのだ。


 ――ガガッ!


 「っ!?」


 だがその雪白ゆきしろの人形面に僅かに違和感を浮かべた表情が差す!


 切れ味鋭い刃の動きが鈍い音と共に進行を止め……


 「ぐっ……ざ、残念だったな……斬られる箇所がわかっていれば……た、対処もできる」


 そう、俺が不用意に踏み出した右足部分、その膝下を餌に俺は肉に侵入する刃を骨で受け止めた!


 「っ……!?」


 「無駄だよっ!分断され損ねた膝関節で挟んで捻り込んだんだ!そう簡単に……」


 斬り入った刃を引き抜こうとする雪白ゆきしろの動作で俺の膝内で暴れる凶器から激痛が怒濤の如く脳に打ち寄せては脊髄を痙攣させるが俺には無意味だ。


 ――自分の膝関節による真剣白刃取り!!


 そんな馬鹿な戦法を実践する馬鹿が仮に他にいたとして、ズブズブと異物が肉を切り開き骨を削る超弩級の痛み、足下から脊髄を通ってこめかみへ走る発狂レベルの激痛に戦闘状態で耐え得る者は皆無だろう。


 ギッ!ギシシッ!!


 右へ左へ、上へ下へ……赤く汚れた白刃は容赦なく暴れるが、俺が仕込んだ肉と骨の圧迫から解放されることはない。


 「雪ちゃんどうした、ご自慢の人形顔ポーカーフェイスは?」


 明らかに対処に困窮する白金プラチナの姫騎士に俺はニヤリと不敵に笑う。


 「な……ど……ななっ」


 「うそ……でしょ!?」


 「う……はは……化物すぎるよ……王さま……」


 遠巻きにそれを目の当たりにした六神道ろくしんどうの三人も、その他の者達も、俺の破天荒な戦法に完全に頬を引きつらせて絶句していた。


 ――無理もない


 度を超えた痛みを完全に克服する事は人間には不可能だ。


 痛みとは命への危険信号であり耐えるのは困難で、仮に頑強な精神力で多少抗う事ができたとしても、その許容を超える痛みを受ければ人は失神するか廃人と化す。


 生物である以上は決して逃れられない現象だ。


 だが”鈴原 最嘉さいか”はそれを成した。


 ――”痛覚制御”


 それは人智の外にある外道のわざだ。


 それはまさしく”狂人の領域テリトリー


 ――俺はそんな底なしの闇に自らを意識して沈め続ける


 意識を……精神を……深い深い水の底へ。


 いいや、水というのには違和感があるだろう。


 それは……そうだ、まるで恐怖から逃れようとする意識を拒む弾力のある海。


 人が”痛覚それ”から逃れることを認めない”ことわり”のような抵抗の海。


 ――俺はそこに沈ませる、精神を、存在を……


 鈴原 最嘉さいかを”拒む海”に……


 手に足に胸に肺の中に、ズシリと魂にさえ纏わり付く抵抗の海へ……


 ――沈め続ける


 ――そう、それはまさに”水銀の海”


 人間を断固として拒む”銀の世界”


 ――

 ―


 「どうして?……あれは……あれは”あおのせかい”……ちがう…の?」


 「……」


 俺の常識外れの行動に驚愕する者達の中で唯一人、六花むつのはな てるという神秘の力を授かった神代の巫女と呼ばれる少女のみが違う意味の驚いた表情で俺を見ていた気がしたが……


 ジャキ!


 今の俺はそんな些末事に構う暇は無く、目前で戸惑う白金プラチナの姫騎士に向けて手にした刀を見せる様に掲げる。


 「っ!?」


 距離は至近だ。


 白金プラチナの姫騎士は得物を失い無防備状態。


 さて、殺し合いの相手であるらしい俺が取る行動は?


 「……」


 「っ……」


 ――俺と彼女の白金プラチナの瞳が一瞬だけ絡み合う


 特筆すべき双眸。


 目前のプラチナブロンドの美少女の瞳は……


 輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳は……


 幾万の星の大河の如き双瞳ひとみは……



 ――久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……


 白金プラチナの姫騎士、最強レベルの剣士、輝く純白の美少女。



 ――面白みの無い只の”つるぎの人形”



 ”剣の工房こうぼう”の商品で中身は何も無い、仕様も無い人形じゃ”


 かつ南阿なんあの王、伊馬狩いまそかり 春親はるちかが彼女を評した言葉で、


 あの時から再び俺の前に立ちはだかった彼女の双瞳ひとみは……


 「……」


 ”自身がそうあるべき”、”そうする事が自分”という誰もが持つ自己確立……


 俺と出会った後の雪白かのじょは、数多の初体験を経てその度に幾度も自問自答し、その都度悩んで……


 ――”さいか”がいなければわたしは人形のままだった、人形のまま生きるまねごとをして人形のまま壊れていったと思うの”


 そして彼女は彼女自身の研磨で得たんだっ!


 ――”現在いまは違うよ、さいかのおかげ”


 不安に揺れていた白金プラチナの瞳が幸せに細められた瞬間を俺は生涯忘れることがないだろう。


 ――人形……そんな事は誰にもさせない!!


 「っ!」


 間近で見開く白金プラチナ双瞳ひとみはその瞬間だけは感情を蘇らせた雪白かのじょに見えた。


 ――くっ!


 時間切れだ。あの領域に存在し続けるのはこれが限界。


 ――右膝が熱い……焼け落ちそうだ


 当然の如く復帰する真っ当な人間としての苦痛に、純白しろい少女の眼前で俺の足腰が砕けそうになる。


 ――が!


 勿論、右足の痛みふるきず何ぞに構っている暇は無い!


 「ゆき……」


 俺はあらゆる思考を振り払うように剣を振りかぶった。


 ――嘉深よしみ……俺は何度でもそれを成すよ


 同時に懐かしくも忘れられない名が……


 俺の根底に刻まれた名を俺は心で呟いていた。


 そして――


 ババッ!


 自ら刀を投げ捨てた。


 「っ!?」


 「ええっ!?」


 「なんでっ!?」


 観客の皆さん、なに驚くことは無い……最初から俺はそのつもりだ。


 ――”肉”も”骨”も斬らせて……


 棒立ちの雪白ゆきしろに対して俺は、振り上げた刀を振り下ろさずにそのまま手放し、その雪白ゆきしろに対して自身の両手を目一杯に伸ばして――


 「再戦リターンマッチだよ、雪白ゆきしろ!思い出せ!!」


 叫ぶ。


 「っっ!?」


 無防備な雪白ゆきしろは当然のように俺に斬られることを想像していたのか、為す術無く俺に両肩を掴まれ、そして――


 「少しだけ乱暴だぞ」


 「っ!!」


 ――神速とも言える斬撃を繰り出すとは到底想像できない華奢な肩


 俺はそれを強引にたぐり寄せ、勢いのまま少女を抱きかかえるようにして、そのまま背後に押し倒した。


 ダダーーン!!


 「っ……うぅ」


 背中をしこたま床に打ち付け、華奢な身体からだは短く声を漏らす。


 半ば斬られかかった右足が捻切ねじきれるのも構わず……


 いや、むしろその勢いを駆って自身の体重を用いながら引き寄せた雪白ゆきしろの腰を起点に重心を崩して覆い被さった俺。


 俺は膝下から無くなった右足を代償として彼女の武器を絡め取り、一時の間完全に雪白ゆきしろを制圧することに成功したのだ。


 ――”肉”も”骨”も斬らせて……


 ――”なにも”得ない!!


 それが鈴原 最嘉さいかが対”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”にとった戦法の全てだ。



 「雪白ゆきしろ……ちょっとだけ我慢してくれ」


 白金プラチナの姫騎士を押し倒した俺はそのまま彼女の瞳をのぞき込む。


 「……」


 そして大方の予想通り……


 ”幾万いくま 目貫めぬき”によるだろう、魔眼の能力を強奪された姫は意識をも封じられる様子だった。


 見た目上は変わらぬ美しき白金プラチナ双瞳ひとみが、その実は伽藍堂がらんどうに成り果てている事を確信した俺は……


 「折山おりやまっ!聞け!!」


 この時俺は、状況から得た情報と今までの経験から想像し、思考し尽くし、そこに至る道を模索済みであった。


 ――虚空アカーシャの魔導域は神の領域である!


 旺帝おうてい戦、広小路ひろこうじ砦にて、幾万いくま 目貫めぬき雪白ゆきしろの師であったという林崎はやしざき 左膳さぜんに言い放った言葉だと言う。


 居合道を極めんとする”剣聖”林崎はやしざき 左膳さぜんはその異能を”何処いずこにも心をとどめぬ無の領域”と称し、自らが求め続けるも叶わず。


 神気の才を備えた久鷹くたか 雪白ゆきしろと邂逅してようやく見いだした極致だったが……


 実はそれは、剣禅一味の無応剣、神速応変の至極を良しとする居合いの極致とは異なる存在であると俺は考える。


 ――”虚空”は


 ――”アカーシャ”とは……


 人間ひとが人たり得る限りは及ばぬ森羅の是空。


 全てにして絶無。


 有象にして無象。


 つまりは速度の……


 時間の概念程度では無く、ことわりの事象だ。


 存在するあらゆる現象は実体を持ちながらも空無。


 因果の先に存在する未来は固有の本質を得るまでは虚無であるのだ。


 今回、くだんの怪人が成したわざはそれの範疇に在る呪詛なのだ!


 人間の意識は一説には刹那の間に生滅消滅を繰り返す心の相続運動であるとされる。


 顕在意識と潜在意識の連続……


 幾万いくま 目貫めぬきという怪人は無の領域を肥大化させることにより、奴が言うところの”虚空アカーシャ”を操ることにより二人を始原前の闇、”刹那シャナ”を用いて木偶人形マリオネットと化した。


 ”虚空アカーシャ”と”刹那シャナ”の異能を手中に収めた怪人だからこそのわざ


 俺がこれまで調べてきた資料と情報を元に考察を重ねた結果は……


 ”邪眼魔獣バシルガウ”と呼ばれしあやかしが所持する十二の魔眼のうち十は、五人の魔眼姫は対となる五つの異世界を内包する存在であると考えられる。


 そのひとつ、”虚空アカーシャ”の異能は宇宙そらを自在に駆ける光、それは”白金プラチナ”を意味し……


 ”刹那シャナ”の異能は……始原以前への回帰世界、胎蔵界ボダナン、それは見方を変えれば存在を無に帰す闇とも取ることができる。


 つまり”黒真珠ブラックパール”の……その魔眼は……はる……陽子はるこの……


 ――くっ!最悪の想像は今考えることじゃない!!


 そうだ、いま大事なことはっ!


 ――”虚空完撃”


 俺のわざなら……


 ”因果の先に存在する未来は固有の本質を得るまでは虚無”であるのなら、


 相手の剣筋の前に”未来そこ”に至り、これを待ち受けて自在に望む未来けっかを創り上げる!剣技を逸脱した因果への冒涜……


 ――我が最強の矛!


 俺の編み出した”究極の返し業オリジナル・カウンター


 ――”虚空完撃”ならば!!


 「鈴原 最嘉オレならば雪白ゆきしろもペリカも正気に戻せるっ!!折山おりやま、俺に協力しろ!!??」


 第五十一話「捨身成道」END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る