第165話「天衣無縫Ⅱ」

 第五十二話「天衣無縫Ⅱ」


 ガシィィーーン!


 振り上げた黒鉄色の戦闘籠手こてを装備した拳で男の蹴りをはじいてなした紅髪あかがみの美女は、そのまま流麗な曲線で仕上げられた白い足を振りかざして撃ち下ろす!


 ブワァァッ――!


 自らが巻き起こした風圧で深く切れ込んだスリットがまくれ、


 ――――――ドオォォンッ!!


 なまめかしい太ももが露わになって鞭のようにしなる極上の蹴りが石床を砕くっ!!


 ヒュッ……スタン


 それを間一髪でかわした男は後方へ半歩ほど跳んで、軽く着地。


 「まったく、その線の細さで既に人間の膂力りょりょくじゃないな」


 拳を前面に構えたまま、紅髪あかがみの美女を隙無く伺っていた。


 「……」


 応じること無く佇むは、戦場で畏怖されし”紅蓮の焔姫ほのおひめ


 戦国世界最強の一角にして、”ほのお闘姫神ミューズ”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥである。


 「……そうかよ」


 激情を全面に出して戦う彼女とは全く違う無言の戦闘人形であっても、少し癖のある燃えるような深紅の髪が揺らめく様はそれでも燃えさかる炎を彷彿させる迫力だ。


 「”超好戦的な炎の女神様”バーサス”ただのやさぐれ男”ってか?」


 男は先ほど放たれた蹴り、その断絶された大気の圧力からペリカの”脅威それ”を感じ取ってはいたが、それでも開いた距離を自らジリジリと再び縮めてゆく。


 「……」


 一方、いつもなら誇りを伴った台詞と共に闘いを楽しむ彼女ペリカは、やはり伽藍堂がらんどう木偶人形でくにんぎょうとして、無言にて巨大な戦闘籠手こてをただ掲げて待ち構えていた。


 「まぁ……それなりに面白い組み合わせじゃねぇかっ!」


 ダッ!


 圧倒的威圧感プレッシャーを前に、全く怯むこと無く飛び込む男!


 ドカァァァーー!!


 ”飛んで火に入る”なんとやら、


 呼応して放たれた女神の鉄槌は、すんでの所で横に跳ねた男の直ぐ横を縦に切り裂き地面に打ちつけられた。


 ドシャァァ!!


 濛々と舞う砂埃……


 闘姫神ミューズの”断罪の一撃”は、大きく石畳の床をえぐって砂塵を巻き上げる。


 ――お?……お前は人間”鉄球解体重機車レッキングボール・クレーン”かよっ!?


 そんな感想を胸に横に飛び退いて豪快にころがる。


 見てくれなど構わず回避する男は、ほんの一瞬前まで自分が居た場所の惨状をチラ見した後で、間髪置かずに再び死地に向けて走り出した。


 「ーーーー!!」


 しかしペリカの反応速度も尋常ではない!!


 再び唸りを上げて剛腕が横に払われた!


 ブォォン!!


 それをまたも信じられない反射神経でくぐった男は、ペリカの”足取り”を狙って足下にそのままスライディングする!


 ブワッ!!


 払われる前に即座に振り上げられる白い足、


 そしてその足は鞭のようにしなって蹴りに変化する!!


 「ちっ!」


 ズザザァァ!!


 足元へと滑り込んで来る男のあごを狙って蹴り上げられる足を、咄嗟に地面に宛がい焼けて擦り向ける手の平を代償に減速して、またも間一髪でかわす男。


 ドドーーンッ!


 しかし今度は、一瞬速度を落とした的に照準を合わせ、そのまま天を指したかかとが振り下ろされ、それは地鳴りを響かせて再び石床を破壊していた!


 ――凄い、凄いなぁ……けど”当たらなきゃ”ただの派手な足踏みだってよっ!


 男は的になる事も織り込み済みで、焼けた手の平を起点にし、勢いの侭にクルンとコンパスのように回転して器用に体勢を立て直し、


 正面間近に……


 ペリカの数十センチの距離で半身はんみにて独特な構えをとっていた。


 「っ!?」


 瞬間!この闘いで初めて焔姫ほのおひめの表情に変化が起こる。


 「……さすが”闘姫”、意識を沈められていても本能的に”死地”は感じられるか?」


 攻撃態勢を維持しながら、男は素直に感嘆してそう呟いていた。



 ――両足を大きく開いてどっしりと構え、そのまま上半身のみ垂直に沈め……


 再び巻き上がったままの砂塵の中、


 ”ほのお闘姫神ミューズ”の懐にて彼女の腹筋に触れるほどの距離まで伸ばした男の左手のてのひら


 「…………すぅ」


 そして、高さを揃えるように後方の虚空へ引き絞った右手の拳!


 極限まで引き絞った弓を引く様な構えから、男は……


 ――創造イメージするっ!



 敵中のてのひら……手の平の面から感じ取る到達点。


 後方の虚空で握り込む拳……くさびを打ち込む起爆点。


 二点の間は水平で、その二点を繋いで創造するのは発射台だ。


 そしてその発射台に一本筋の通った芯を……


 更に創造イメージした屈強な鉄柱の如き頑強な芯を装填する。


 左手と右手を結ぶ直線上に頑強な鉄柱。


 それを解き放つ起爆点みぎこぶし


 しかしその拳は決して相手の腹部に打ち込むのでは無い。


 そうだ!想像イメージはあくまで”打ち込む”のでは無く”打ち着ける”!


 打ち込んだのでは剣や槍と同じ……


 それではただの打突、串刺しと同じ……



 ――だったっけ、か?


 ――まぁ、とどのつまり”目指す事象”は……


 「いくぞ……女神様」



 ――我が”武”は敵背に打貫だかんするにあら


 ――敵中に圧縮され凝縮されし後に放たれる武の結実は


 ――内部うちより器を崩壊せしめし拳なり!



 それは男がかつて倒した人物が修めていた”秘技”……


 だが現在いまは――



 戦国最強の一角である”紅蓮の焔姫ほのおひめ”を向こうに回し、


 一歩も引かない実力と胆力を併せ持ちながらも……


 権力、財力、暴力、情と、あらゆる俗世に縛られない無頼の輩……


 ”くだらねぇ”が口癖で、”天衣無縫”の異端人、


 折山おりやま 朔太郎さくたろうが所持する最強の模倣パクリ拳撃アタック!!



 ――打撃を遙かに超越せし超超衝撃ファイナルブレイク・インパクト!!



 「…………崩拳ほうけん


 それは、通した芯の威力を全て敵人体内で解放する人体破壊の秘技中の秘技であるっ!



 「折山おりやまっ!聞け!!」


 ――っ!?


 だがその瞬間!


 まさに男が拳を放とうとした瞬間に、その声が響く!!


 「鈴原 最嘉オレならば雪白ゆきしろもペリカも正気に戻せるっ!!折山おりやま、俺に協力しろ!!」


 ――


 「……」


 その声にピタリと右拳を自らの後方へ引き絞った型のまま制止する折山おりやま 朔太郎さくたろう


 ――は?何言ってんだあの臨海りんかいの馬鹿王は……


 ”殺らなきゃ殺られる”


 ――お互い”そういう”相手だろうがっ!


 何のことはない、折山おりやま 朔太郎さくたろうはそのまま拳の動きを再開させ――


 「……」


 ようとしたが、その目に男の……


 ”鈴原 最嘉さいか”の状況が入っていた。


 ――


 無残に捻じ切れた右足。


 血塗れで直ぐに止血しないとそのまま死に至るだろう状況で……


 「折山おりやまっ!!」


 鈴原 最嘉さいかという男は”なにを成す”でもなく、


 ただ敵である少女の身体を押さえつけ、そして――


 ――なにやってんだこの馬鹿?


 ――いくら相手が”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”でも鈴原 最嘉おまえならもっと戦い方があっただろうが……


鈴原 最嘉オレならば雪白ゆきしろも……聞いてるか折山おりやま!?俺に協力しろっ!!」


 ――だからそれどころかよ?お前……はぁ、正気に戻せる?


 ――折山オレに協力しろだって?


 状況から折山おりやま 朔太郎さくたろうは鈴原 最嘉さいかが”なに”をしでかしたのかが理解できた。


 自らを犠牲にして……


 いや、今現在も犠牲にした状況で、


 "折山 朔太郎じぶん"には思いも至らない無茶を成そうと無謀に向け手を伸ばしている!?


 ――馬鹿かよ、付き合いきれな……


 「折山おりやまぁっ!!」


 必死に訴える瀕死の大馬鹿。


 「……」


 ――くだらねぇ


 折山おりやま 朔太郎さくたろうは心の底からいつもの口癖が湧き上がる。


 ブォォン!!


 「さ、さくちゃん!!」


 一瞬意識を逸らした隙に、完全に立て直したペリカの一撃が襲い、朔太郎さくたろうの意識は波紫野はしの けんの叫び声で、一瞬にして窮地に反転した現実リアルに引き戻される!!


 ザシュゥーー!!


 「ちぃぃっ!!」


 背筋が凍るほどの恐ろしい拳が朔太郎さくたろうの顔面のすぐ横を、大気を巻き込みながら鼓膜を叩いて通り抜けるっ!


 「さ、朔太郎さくたろうくんっ!!」


 拳は幸い空振からぶったものの、あまりの衝撃音に見ていた六花むつのはな てるから悲鳴が上がった。


 ――やばっ!!食らってたら頭が無くなってたな


 折山おりやま 朔太郎さくたろうはその拳が僅かに逸れた”奇跡”を確認し、そして……


 トンッ!


 後方に半歩飛び退いてから、攻撃直後で空にある拳を狙う!


 ――”ほのお闘姫神ミューズの右腕を


 通常を遙かに凌駕する巨大さと黒鉄くろがねの物々しさを激しく主張する、雄雄しいまでの造形を誇る”覇者の拳”を……


 ガキ!


 立ったまま、見事に肘関節を極める!


 「っ!」


 転んでもただで起きない男は、九死に一生を得た状況後に瞬時に攻撃に転じたのだ!


 ――なんという強かさ!否!精神力メンタルの屈強さ!


 その男の”図々しいまで”に動じない心は、恐怖に対する不感症とさえ思えた。



 ギギ……


 軋むペリカの右腕。


 折山おりやま 朔太郎さくたろうはペリカの右腕を逆関節から全身を全体重を乗せてもたれ掛かるように抱え込むようにめていた。


 メキメキメキッ!!


 力任せに引き抜こうとする相手を朔太郎さくたろうはその腕を両手で抱え込むように肘関節をめてそのまま締め上げるっ!


 「くっ……う……」


 ここに来て初めて膂力に勝るペリカの口から苦悶の声が漏れる。


 メキッ!メキキッ!……


 とは言え、身体能力に勝る焔姫ほのおひめを封じ込めるには”仕掛けタネ”がある。


 ――しかるにれは”落体らくたい”という


 それは相手の重心と力を利用した”体崩し”の技術が応用だ。


 ガキッ!


 そして朔太郎さくたろうは、遂に下に向けて伸びきった相手の肘関節をさらに逆から抱きつくように締め上げ、そのまま手首……いやもっと先を……


 ペリカの小指を握り込んで反らせた!


 「っ!……!」


 これなら相手の馬鹿力も充分に殺せる。


 「ぐ……う……く……」


 前屈みに右拳を地表スレスレまで伸ばしきったペリカ、


 「……」


 その腕に纏わり付いた朔太郎さくたろうおのが全身を使い、伸びきった腕を小指、肘……そして肩と……


 ペリカの指先から付け根まで連なる直線を連動させ、弓の如く反らせて締め上げるっ!



 「み、見たこと無い……あんな……えげつないわざ……」


 体術の専門家たる東外とが 真理奈まりなが大きな黒い瞳を見開き、冷や汗を流す。


 ギギ…ギギ……!!


 地面に向けて伸びた右腕を極められ弓のように逆関節に反らされていた腕によって焔姫ほのおひめの身体が逆方向へと大きく傾いて、そしてそのまま膝を落として地面に沈んでゆく……


 「う……うぅ……」


 ドサ!


 完全に右腕……いや右上半身を制圧されたペリカは、圧力に屈して膝を地面に伏していた。


 「し、信じられない……あのペリカが押さえ込まれるなんて……」


 焔姫ほのおひめの莫逆の友であり、彼女を一番近くで見てきた幼なじみ、アルトォーヌが驚愕のあまり口元を押さえていた。



 「まぁ……くだらねぇけどな……」


 ――”巻き尺”という


 それは一応、折山おりやま 朔太郎さくたろう独自技オリジナルだが、性格的に彼がそれを語ることはないだろう。


 本来は相手の腕をとって逆関節を極め、小指を折る。


 小指は五指の中で一番脆いうえに折れると拳、いや腕全体の力が抜けて戦力は半減するというのをとっかかりに狙った技だ。


 そして力が抜けた腕の関節を自身の脇に巻き込んで引き倒し、肘関節を逆方向に折るまでがこの”巻き尺”という技の本当の姿である。


 だが今回、彼は抑え込む形で利用した。


 ――それは……


 「ほんと最上級に”くだらねぇ”けどな……」


 折山おりやま 朔太郎さくたろうはそのままの体勢でチラリと自分の方を見ていた鈴原 最嘉さいかと視線を交わらせる。


 「そこまで突き詰める大馬鹿は、ちょっと面白いかもな」


 折山おりやま 朔太郎さくたろうは僅かだが、その無愛想な口元に……


 「てる、そこの奇特な死に損ないを看てやれ!」


 それを誤魔化すように、直後に部屋の隅へ向かって叫んだ。


 「えっ!?え、え?ええ……と?」


 突然のご指名に、その身の動きと同様に如何いかにも愛らしい容姿によく似合った輝く栗色のショートボブを跳ねさせた少女は、視線をキョロキョロと戦闘真っ只中の折山おりやま 朔太郎さくたろうと重傷を負いながら姫騎士を組み伏した鈴原 最嘉さいかの間を何往復もさせた後、意外にも……


 「…………」


 かなり不満げな表情で自身に命令した朔太郎さくたろうを上目遣いで睨んでいた。


 「必要な事だ。おまえのために」


 「………………わかった、朔太郎さくたろうくんが言うなら」


 念を押すようにもう一度そう言う折山おりやま 朔太郎さくたろうに、見るからに渋々ながら頷く七峰しちほう神代じんだいの巫女、六花むつのはな てる


 彼女は護衛の六神道ろくしんどう達を引き連れ、”タタッ”と鈴原 最嘉さいかの方へと駆け寄る。


 ――


 それを見届けてから朔太郎さくたろうは続けた。


 「王覇のなんちゃ……いや、鈴原 最嘉さいか!お前の与太話に乗ってやるよ!けどな、相手が相手だ、言っておくがこの状況は一分と持たないぞ!!」


 ”紅蓮の焔姫ほのおひめ”を押さえ込んだ状態という、かなりの切迫した状況でもどこか楽しそうに憎まれ口を交えた返事をする朔太郎さくたろうに――


 「そ、そうかよ、折山おりやま 朔太郎さくたろう……ならお言葉に甘えて……あ、後三分は、ちょっとだけ火遊び好きなお姫様の遊び相手エスコートを頼むと……しようか?」


 辿り着いた六花むつのはな てるに千切れた右足部分を看て貰いながら、最嘉さいかも同じく”白金プラチナの姫騎士”を押さえ込んだ状況で場違いな軽口で応える。


 「ミスるなよ、王様」


 「お前がな、喧嘩屋」


 そうして初対面から相性最悪と自他共に認めていた二人、折山おりやま 朔太郎さくたろうと鈴原 最嘉さいかは、まるで示し合わせたかの様に噛み合わない台詞を交換した後で各々自身の口元を上げたのだった。


 第五十二話「天衣無縫Ⅱ」END

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