第162話「因縁生起(フェイト)」後編

 第四十九話「因縁生起フェイト」後編


 「……」


 「……」


 宗主の座にしがみついて怯える少女に向けて静かに拳を構える紅蓮の焔姫ほのおひめ、ペリカ・ルシアノ=ニトゥとその少女を庇って立つ無愛想男、折山おりやま 朔太郎さくたろう


 「……」


 「くっ……」


 さらに宗主の間、出入り口を塞ぐように立つ白金プラチナの姫騎士、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ右足の鈍痛ふるきずに無様に跪く俺、鈴原 最嘉さいか


 ――正しく”前門の虎、後門の狼”といった状況である


 そして、これだけの騒ぎがあっても部屋外から警備兵は駆けつけないという事実。


 先ほどから感じる息苦しさと閉鎖空間の如き圧迫された感覚は……


 この宗主の座が物理的だけで無くなんらかの特殊な異能により孤立させられている、所謂いわゆる”面妖な結界”の如き“閉鎖空間”となってしまったと考えるべきだろう。


 「”幾万 目貫かいじん”め……」


 未だ姿を見せぬ、常識外の事象を平然とまき散らす化物に対し俺は抗議の愚痴を零した。


 「ペリカっ!どうしたのペリ……っ!?」


 「む、無駄だ。多分、精神支配の様なもの……を……う、受けている」


 普段の落ち着きようからは想像できないくらいに取り乱すアルトォーヌの肩に手をやり、痛みに歪んだ顔で俺は首を横に振る。


 「そんなっ!?」


 俺の言葉を受けて衝撃に見開かれる碧い瞳。


 理知的な彼女が取り乱すのも絶句するのも無理も無いだろう。


 生死不明の親友が生きていて、そして敵対者として登場し、さらには操り人形状態であると聞かされたのだから。


 実際、俺にしてみてもそれしかこの状況の説明がつかないから”そう答えた”だけで、閉鎖空間とか、精神支配とか、そんなとんでも展開で何でもありな怪人の存在なんて認めたくも無い。


 ――ズキンッ!!


 「くっ!……と、とりあえず」


 痛みを増す右足を引きずりながらも俺は立ち上がり、さらに状況分析に努めた。


 「う……さ、朔太郎さくたろうくん」


 ”幾万いくま 目貫めぬき”の標的ターゲットであるところの神代じんだいの巫女、六花むつのはな てるはビビって主座に釘付けで、


 「……」


 折山おりやま 朔太郎さくたろうはペリカの殺意を遮るようにてるを庇って立っている。


 「てるっ!大丈夫だから」


 「これは……ちょい不味いね」


 そこにようや波紫野はしの姉弟きょうだいが駆けつけるが……残念ながら俺も含めて全員手ぶらだ。


 剣士である俺たちも、この近代国家世界では滅多に帯剣はしないから……


 ――って!?さっき弟に投げつけた嬰美えいみの刀は俺の近くの床に刺さったままか!?


 「ど、どうなって……衛兵!衛兵は!!」


 無愛想男を除けば唯一素手での格闘術を極めた六神道ろくしんどう東外とが 真理奈まりなだが、彼女の腕前では侵入者二人、どちらの相手にもならないだろう。


 ――いや、東外 真理奈かのじょの名誉のために言い直すなら


 ほのお闘姫神ミューズたるペリカ・ルシアノ=ニトゥと、終の天使ヴァイス・ヴァルキル久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの相手など、”あかつき”広しといえどつとまるのは数人が精々だ。


 つまりこの場には……


 「お、お前達は巫女姫を……」


 俺は六神道ろくしんどうの三人にそう声をかけ、その後は省略して目線のみで伝えた。


 「……」「……」「……」


 一呼吸後、三人が三人共に頷く。


 そして巫女姫、六花むつのはな てるを連れて部屋隅に下がった。


 ――どうやら俺の意図は通じたみたいだ


 この二人の相手は俺とあの無愛想男にしかつとまらないと。


 「ぐっ……」


 ザシュ!


 俺はズキリ!ズキリ!と痛みが走る右足を引きずるようにして数歩分動くと、床に刺さったままであった波紫野はしの 嬰美えいみの刀を引き抜いた。


 「さ、最嘉さいか様っ!!そのあしでは……」


 俺の行動の意味を察してアルトォーヌが駆け寄るが、俺はその彼女の細い肩にポンと手を添える。


 「大丈夫だ…………”なんとかする”って約束だったしな」


 ――!


 そして、息を飲むのがわかる白き美女の肩に添えた手をそのまま背に滑らせ、応えを聞くまでも無く軽く押し出す。


 「巫女姫が居る方へ……腐っても六神道ろくしんどうだ、お前らを護るくらいは出来るだろう」


 常時襲い来る激痛に歪まないようできるだけ柔らかい表情で、その痛みだけではない意味で流れる脂汗を無いものとして、俺は笑って彼女を送り出す。


 「さ……最嘉さいか様……」


 長州門ながすどの白き才女は少しためらいの表情を見せた後、それでも最終的には俺の厚意を素直に受けた。


 透けるほどに白い髪が乱れるのも気にとめる事無くペコリと深く深くお辞儀した後、俺が指定した場所へと向かう。


 「…………さてと」


 そして俺は、


 ――勝てるのか?この足で……


 いや、例え万全だったとしても、あの雪白ゆきしろに?


 ――さらに折山おりやまの方はどうだ?


 相手は最強の覇王姫だ。


 「……」


 ――いいや!そもそも勝つって目的でも無いっ!


 俺は二人を”取り戻さなくては”ならない。


 ならば単純に勝負に勝つとか、そういう類いの戦いでも無い。


 命を奪う結果はあり得ないし、彼女らが正気に戻らなくては意味が無い。


 ――そして俺達が負けるのは論外だ!


 形の上では”二対二”で五分だが……


 実際はとんでもなく不利な状況だった。


 「…………逃げたくなってきたな」


 俺の口からボソリと本音が漏れる。


 バシュ!


 ドカ


 ――っ!?


 「お、おい!勝手に動くな!!」


 俺がそんなネガティブシンキングに陥っていた最中にも、構わず戦闘を再開させるペリカと折山おりやま!!


 「はあ?殺し合いは先手必勝だろうがっ!鉄則も忘れたかよ、王覇のなんちゃら」


 「だから”殺し合い”してどうするっ!!」


 ――この折山おりやま 朔太郎さくたろう、頭が切れると思ったが全然状況を理解してな……


 「鈴原 最嘉おまえの事情なんて知るか!俺はてるを護るだけだ!」


 「ちっ!」


 ――もとい!完璧に理解したうえでの独断専行スタンドプレーだ!!


 「これじゃ実際は”三対一”だってのっ!!どちくしょうっ!!」


 ヒューーヒュォン!


 「くっ!う……」


 だがそんな俺も、雪白ゆきしろが放った初撃の太刀筋を見極めることも出来ずに大きく仰け反り、そして右足の激痛に再び無様に尻餅を着く!


 「久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……敵を斬る」


 人形の様に澄まされた表情で俺に斬りかかる白金プラチナの姫騎士!


 「そら見たことか、手加減できる相手じゃないだろうが。戦場で生き残ってきた奴が今更なに坊主みたいなこと説いてんだ!」


 バキ!


 ガガッ!


 折山おりやまは当然だと軽蔑した言葉を投げながらもペリカと攻防を繰り広げている。


 「……くっ」


 確かに……


 確かに正論だ。


 真実でもある。


 ヒュバッ!


 「ぐぁ!!」


 俺は転がりながらも斬り結ぶ、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろを見ていた。


 人形の如き無表情で俺に斬りかかる彼女……


 ヒュヒュ――


 「……」


 右手に使い慣れない刀、そして膝をついて右足を引きずりながら必要以上に距離をとる俺。


 ――”現在いまは違うよ、さいかのおかげ”


 絶体絶命の窮地に追い込む強敵の面影から、その時の俺はその記憶を拾っていた。


 南阿なんあの”純白の連なる刃ホーリーブレイド”と恐れられ、感情の無い殺戮人形として重宝されていた彼女。


 だが……


 麗らかな昼下がり、柔らかな日差しに包まれて”はにかむ”純白しろい美少女はまるで暖かな光に溶け込んでしまいそうな無垢な天使の様な眩しい笑顔で俺にお礼を言った。


 ――”さいかが……いなければ……わたしは人形のままだった”


 ――”人形のまま生きるまねごとをして人形のまま壊れていった……と……思うの”


 そうだ。


 雪白ゆきしろはそう言った。


 そして現在、俺に襲いかかる彼女は……


 ――”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……敵を斬る”


 確かにそう言った。


 ヒューーヒュォン!


 「くっ!!」


 大きく転がる俺に追撃の白刃が容赦なく突き抜けて、無様に逃げることのみに専念していた俺だが、それでもなお手足に数本の傷が走って鮮血を散らしていた。


 「雪白ゆきしろ……」


 「……」


 彼女に表情は無い。


 だが!


 ――”だからね……わたしは、ただの雪白ゆきしろは、それを忘れないために”名前”はあれで良いの”


 あの時の……


 白い銀河を少し細めた雪白ゆきしろは優しく微笑わらってそう言ったんだ。


 ギィィィーーン!!


 ――っ!!?


 此処ここに来て初めて、手にした刀で雪白ゆきしろの一撃を弾き返した俺にその場に居た全員の視線が集中していた。



 ――痺れる……な


 俺はいつも通りの型、刀を身体の正面にて水平に構えて……


 ――久鷹くたかでなく久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろと名乗った!!


 それが雪白ゆきしろの心。


 なら俺は……


 ――”わたし、さいかのそういうところ…………すごく……好き”


 鈴原 最嘉さいかは”久井瀬くいぜ雪白ゆきしろの期待に再び、いや何度でも応えるだけだっ!!


 俺は完全に立ち上がり、幾万いくま 目貫めぬきの呪いとやらで蝕まれた右足を大きく相手の方へと踏み出して刀を構える!


 「……」


 自身の剣の領域に入った無防備な獲物を……


 それを無言で見極める白金プラチナの姫騎士。


 ――因縁生起フェイト……か


 全てが幾万いくま 目貫めぬきいにしえの魔獣とやらが神を気取って道筋レールを敷くというのならば、


 俺はたとえその因果という道筋レールに身を晒していても、


 剣技を逸脱した因果への冒涜……


 ”究極の返し業”をもってなぁ!


 因縁生起フェイト反逆者ルキフェルとなってやるさっ!!


 第四十九話「因縁生起フェイト」後編 END

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