第162話「因縁生起(フェイト)」前編

 第四十九話「因縁生起フェイト」前編


 「あら?では無いようですわね」


 肩まである黒髪と白い肌、そして細い腕。


 武人というにはあまりに無縁そうな華奢で清楚な十代半ばの少女が拍子抜けしたような声で呟いた。


 「確かに”愛おしくも懐かしい方”を感じたのですが……私としたことが、どうやら混同してしまったようです」


 ――戦国世界、比売津ひめづ城前での一幕


 鈴原 最嘉さいかの命令で軍が通るには適さない裏手の通用門を一時的にだけ制圧した六神道ろくしんどうの剣士率いる少数精鋭部隊。


 その前にふらりと現れた単独の少女剣士は正体不明の異国部隊を確認しても特に気にとめる訳でもなく独り言を呟いたのだった。


 「あら……」


 奇妙な布で覆われ見えないはずの視線を、隊を率いているだろう中性的な容姿である剣士の後方でやる気無く壁にもたれかかった男に向ける。


 「……」


 その男の名は――”折山おりやま 朔太郎さくたろう


 彼はいつも通り何者にも動じない不感症な瞳で、謎の少女剣士から放たれる尋常ならざる気配をも受け流していた。


 「なるほど……その異質なほどの”強者の佇まい”に、私はかつての”あの方”を感じてしまったと言うことでしょうか」


 暫し視線を交わした形の二人、その少女の方は一頻り男を見てから少しばかり口惜しそうに独り納得する。


 「ええと?キミ、キミは”なにちゃん”かなぁ?見たとこ天都原あまつはら軍の指揮官らしいけど……って、あれれっ!?」


 そして質問するこの隊の指揮官、中性的な容姿である波紫野はしの けんの軽薄な声かけを軽く無視スルーして、少女はその場を後にしようと無防備に背を向けた。


 「”愛おしくも懐かしい方”とやらと勘違いしたのがそんなに嫌か?」


 「…………」


 小さくなって行くはずだった……柔らかな物腰なれど何者をも拒絶していそうな少女の背は、意外なことに朔太郎さくたろうが放ったその言い方にピタリと静止する。


 「図星か?お嬢ちゃん」


 そしてそのまま無神経に続ける無愛想男。


 「…………ちらの方、少し不快ですね」


 そして変わらず落ち着いた柔らかい声ながらも、少女はゆっくり振り向いて微笑わらう。


 ――ゾクリ!


 波紫野はしの けん以下、その場にいた兵士数人はその仕草だけで全身が強ばるのを感じた!


 彼女の本当の瞳は巻かれた布きれで覆われているものの、その文様が幾つもの異形の瞳を形取り、それ故に真の表情が掴みづらい少女が見せた微弱な表情の変化……


 それはまるで遙か海の向こうに存在するという、人を石に変えるという魔女の風貌。


 そこに居る者達は、そんなお伽噺を思い出すほどに緊張していた!


 「そりゃどうも」


 唯の独り、無愛想男を除いては……


 「一応、お名前を聞いてもよろしいですか?と言っても、私とはどうも相性が最悪みたいですが」


 少女は落ち着いた口調ながらも、結構辛辣な言葉で問う。


 「減るもんじゃなし、構わないが……他人に名を問う時は自分からと習わなかったか?」


 そしてまたも挑発するような返事を返す朔太郎さくたろうに――


 「そうですね、失礼致しました」


 一瞬だけピクリと指先を震わせたかに見えた少女は素直に応じると、


 「現在いまは……浅い深いの深いと姫君という姫で”深姫しき”とだけ名乗っておきます」


 そう名乗ってから、五振りの凶器を従えた革製ベルト下でスカート調になった上着の裾を貴婦人の様に摘まみ、優雅に会釈したのだった。


 「意外と素直だな」


 意地の悪い茶々を入れる朔太郎さくたろう


 「減るものではありませんので」


 それに意趣返しする盲目の少女。


 「…………俺は折山おりやま 朔太郎さくたろうだ」


 なんてことは無い。


 お互いに自己紹介しただけだが、周りを囲む兵士達の鎧の下は汗がだらだら……


 死線と変わらぬ緊張感に呼吸もおろそかになってしまっていた。


 ――


 「――で、その後、そのは去って行っちゃったんだけど……まぁ近年まれに見る謎の美少女ミステリアス・ガールだったねぇ、うん、可愛かった!」


 七峰しちほう宗都である鶴賀つるが市。


 宗教国家が信仰する七神しちがみの総本山”慈瑠院じりゅういん”の一室にて――


 黙っていれば十分美形な中性的容姿の六神道ろくしんどうが軽薄剣士、波紫野はしの けんはその時の報告を今更ながら披露していた。


 「けん……貴方あなた、そんな重要なことをよくもそんな下世話に……」


 主座に座した巫女姫の隣に控えた波紫野はしの 嬰美えいみの瞳が鋭く弟を睨む。


 「下世話?下世話かなぁ……可愛かったけど……あっ!嬰美えいみちゃんも可愛いよ、ちょぉっとばかり凶暴なのと胸のボリュームが足りないけど」


 本人は何気ない冗談に乗せたフォローのつもりだったのだろうが、その一言で場の空気がピシリと凍ったのは誰の目にも明らかだった!


 ブォン!


 「ひゃっ!?」


 ザス!と音を立て投げられた抜き身の刀は軽薄剣士の足下に突き刺さる!


 「あっ、危ないじゃないか!嬰美えいみちゃ……」


 「”波紫野はしの流”無刀の極み!」


 近代国家世界でも刀を所持して巫女姫を守る女剣士。


 こっちでは武器の所持なんて中々しないが、その心意気は確かに見上げたものだ……が!


 ――それは”無刀”というより”無法”の極みだって……


 様子を見ていた鈴原 最嘉オレは呆れていた。


 足元付近に突き刺さった刀を見て慌てる弟に、当然の如く技名を披露した姉だが、それは幾多の流派に存在する奥伝の”無刀”とはほど遠い。


 秘剣?飛剣?……いや、はっきり言おう、癇癪かんしゃくの産物でしかない。


 「あわわ……嬰美えいみちゃ……けん君も……」


 そして弟の不始末は勿論、姉の短慮な行動を諫めるべき宗主様は……完全に役立たずだ。


 宗教国家”七峰しちほう”を本来なら総べし象徴たる存在、七神しちがみ信仰最高神たる”光輪神”の御業みわざを体現する”神代じんだいの巫女”である六花むつのはな てるは本日も変わらずポンコツだった。


 「……」


 軽薄剣士の横に立った無愛想男もまた、いつも通り我関せず?


 ”折山おりやま 朔太郎さくたろう”、一体何を考えているのか全く読みづらい男だ。


 「まぁそれくらいにしとけ、それより怪人の対処だ」


 やれやれと、鈴原 最嘉オレはそう割って入ると話を本来在るべき方向へと修正する。


 「そ、そうですね……結局、壬橋みはし 尚明しょうめいは取り逃がしたし末弟の存在もあるわ。私たちも奴らの反撃に備える必要があるうえに臨海りんかい王のお話では魔眼でしたか?それもてる……てる様の魔眼?を狙ってその怪人の襲撃があるかもしれないと……臨海りんかい王はどうなさるおつもりですか?」


 姿勢を正し、改めて俺の方を見て尋ねる波紫野はしの 嬰美えいみ


 ――そう、残る魔眼を狙うなら六花むつのはな てるへの襲撃は十二分にあり得る


 俺は暫し思案した後、隣に引き連れて来たアルトォーヌに目配せした。


 「はい、その可能性は十分に……」


 彼女は俺の視線による問いかけの意味を察して答えた。


 ――魔眼の姫、序列五位である六花むつのはな てるかつて序列四位であったアルトォーヌ・サレン=ロアノフ


 二人を引き合わせることでそこから新たな何らかの情報を聞き出せないかと俺は考えたが……それは空振りに終わった。


 アルトォーヌは例の”鍵”以上の新たな情報は持っていない様子だし、六花むつのはな てるに至っては”魔眼”自体をよく把握していない。


 無論、今まで顔無しの怪人、”幾万いくま 目貫めぬき”と接触したことも無く、あの”奥泉おくいずみの奸雄”である藤堂ふじどう 日出衡ひでひらさえもが魅入られたという”慈愛に満ちるあお瑠璃ラピスラズリの姫”の特異な能力も”神代じんだいの巫女”による奇跡だと盲目的に信じていたようだ。


 「戦国世界あっちでは既に壬橋みはし 尚明しょうめいを襲った六神道ろくしんどうの奴らをこの慈瑠院じりゅういんに呼び戻しているのだったな?」


 「はい。壬橋みはし 尚明しょうめい本人は取り逃がしてしまいましたし、立て直した壬橋みはし陣営による鶴賀つるが侵攻も考えて守りを固める必要があるとそう判断して動いています」


 俺の問いに頷いて答えたのは、お飾りの宗主、六花むつのはな てるではなく波紫野はしの 嬰美えいみだった。


 「それは正解だな。七峰しちほう領土奪還作戦はともかく、俺たちはその後に至っては後手後手を踏んでいる、事前に備えるのは当然だ……となると」


 俺が次手、つまり六花むつのはな てる陣営による七峰しちほう領土内完全掌握と魔眼の姫に関する懸念である”幾万いくま 目貫めぬき”対策という異なる二つの重要案件を同時進行で片付ける算段を思考し始めた時だった。


 「失礼致します!」


 女の声が響き、新たな六神道ろくしんどうが一人、入室して来た。


 第四十九話「因縁生起フェイト」前編 END

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