第161話「不倶戴天」後編

 第四十八話「不倶戴天」後編


 「おお、お帰り臨海りんかいの王様っ!首尾はどうだった?」


 臨海りんかいへの帰路で七峰しちほう宗都、つるへと寄り道した俺を出迎えたのは、まるで旅行帰りの友人でも相手にしたような馴れ馴れしい態度の波紫野はしの けんだった。


 ――この男は……


 刀剣を握っている時はまるで殺人鬼を彷彿させる冷酷さであるのに、普段はこの妙な気さくさという……


 ギャップ萌えでも狙っているのか?と疑わせる変貌ぶりだ。


 「ああ、一応、話は通った。で……」


 おっと、今は"六神道ろくしんどう"という変わり者集団の事は扨置さておきだ。


 現在は行動を共にしているのだから早めに状況を報告しておこうと、俺はあらかじ七峰しちほうの”じんだいの巫女”宛に連絡を入れ、ついでにそのまま七峰しちほう宗都である鶴賀つるがを訪ねたのだった。


 「はいはい、ほたるちゃんね。前と同じで”宗主の間”で待ってるよ」


 いやいや、他国の王たる俺に対してもどうかと思うが……


 ”じんだいの巫女”であり主君でもある六花むつのはな てるを”ほたるちゃん”呼びとは、他の六神道ろくしんどうの者達とは違ってやはり波紫野 剣こいつはズ抜けた軽薄者だ。


 ――と言っても本質は殺人鬼アレでそれを隠すための演技カモフラージュだろうが……


 俺は中々の曲者であるだろう波紫野はしの けんの整った中性的な横顔を一度だけチラ見してから、促された場所へ移動するために、車に待機させたままのアルトォーヌの方へ足を向ける。


 ――この機会により詳細な情報を得られると良いが……


 魔眼の姫、序列五位である六花むつのはな てるかつて序列四位であったアルトォーヌを引き合わせることで、そこから新たな何らかの情報を聞き出せないかと俺は考えていた。


 「……」


 そして数歩……


 軽薄男の前から車の方へ移動する途中で、先ほどから無言でちらを見ていた”無愛想な男”と目が合う。


 「……」


 「……」


 無言で向けてくる視線。


 それは決して穏やかなものでは無いとさっせられるが、感情的に睨み付けるというよりは淡々とした呆れ要素を含んだような無感情に近い視線。


 「…………なんだ?」


 俺はつい我慢できなくなり、気がつくと何か含むところが在り在りな折山おりやま 朔太郎さくたろうに言葉をかけていた。


 「別に」


 「それが”別に”って視線かよ?言いたいことがあるなら……」


 予想通り”れんに腕押し”な返答に、よせば良いのに俺はついついからんでしまう。


 少々いらついた態度の俺。


 ――俺はどうやら折山こいつとは相性が悪いみたいだ


 今更ながらそう事故分析する俺。


 「なら聞くが……鈴原 最嘉おまえ、”なに”がしたいんだ?」


 ――っ!?


 そして要らぬ所に自ら首を突っ込んでしまった俺は……


 返ってきた言葉に思わず息を飲む!


 「別にな、鈴原 最嘉おまえの信条とか矜恃なんてどうでもいいが、自己満足の感傷で七峰こっちに迷惑かける様なことはするな」


 「……」


 そんな俺に構わず淡々と、しかし何処か棘を仕込んだ言葉を投げる相手に俺は、飲んだ息を吐き出せずにただ男を見据えていた。


 ――折山コイツらしい”ぶっきらぼう”で言葉足らずな言い方


 だがそれは、絶妙に俺の確信を突いていた。


 ――なんだ……折山 朔太郎コイツは……


 数日しか行動を共にしていないが、意外にも折山おりやまは頭が切れる男のようだった。


 と言っても策士とかそういう類いとはまた違う。


 ”地頭の良さ”それも勿論あるだろうが……


 いつは”感”というか”感覚”が妙に鋭利なのだ!


 「…………」


 ――くっ!……なんかやりにくい男だ


 「まぁまぁ、さくちゃん」


 無言で折山おりやまを睨む俺を見てだろう、それが険悪だと判断したのか波紫野はしの けんはニヤけづらで割って入る。


 ――僕たちも暫くりんかい王の力を利用……おっと、協力関係なんだからね、ね?


 そして俺に聞こえないようにするには雑な囁きで折山おりやまを懐柔しようとする。


 「……だろうな、俺はてるに被害が及ばなければいい」


 受けて、そんな事は解っているとばかりに折山おりやまは興味無さげに言葉を吐き捨て、直後に百八十度反転し歩き出した。


 「……」


 ――折山おりやま 朔太郎さくたろう


 理由は特に無い……が!


 いらつくが、どうも初対面さいしょから気になる男だった。


 「ああそうだっ!!戦国世界あっちで王様にさ、比売津ひめづ城の前で退路を確保するよう言われて待ってた時にさ、なんか身なりから天都原あまつはら軍の将校っぽい美少女剣士に遭遇したんだよねぇ?」


 多分、折山おりやまの背を無言で見送る俺が未だ不機嫌だと気を回したのだろう、波紫野はしの けんはその場を去ろうとする折山おりやまの背にわざとらしく声をかけ、話題を強引に転換してこの険悪なやり取りの最後を有耶無耶にしようとするが……


 「天都原あまつはらの将校?少女剣士?」


 俺はこの時点で初耳の情報に波紫野はしの けんを睨む。


 「あ……ええと、戦闘目的じゃ無くて何処どこか行く途中っぽかったし、ええと、本人も”懐かしい気配を感じて寄り道してしまった”みたいな事言ってたし……そうそう!それに単騎だったから!ちょっと幼さもあったけど、かなり可愛い感じだったし!」


 実はあの時、七峰組こいつら比売津ひめづ城潜入時の逃げ道確保要員として城前の敵を排除してもらっていた。


 その時の出来事だろうが……


 ――たく!”報・連・相”は基本だろうがっ!!


 いらついた視線をぶっきらぼう男の背から近くの軽薄男に移動した俺に対し、その軽薄男……波紫野はしの けんは”しまった”とあからさまに目を逸らす。


 「天都原あまつはら軍の将校だと?それで”少女剣士”?」


 俺は色々と文句を言いたいが、とりあえずそれらは飲み込んでを問いただす。


「そうそう!でも”美”だよ!美少女剣士っ!そのは”変な目隠アイマスク”してて、顔ははっきり分からなかったけども、絶対!ぜーったい!可愛かったよなぁーー!!黒髪の盲目クールビューティー!萌えるねぇっ!」


 ――いや、俺が聞きたいのは”お前の萌え要素そこ”じゃない……


 「……って?盲目の剣士だと?」


 軽薄男の下らない感想に思わず聞き流してしまうところだったが、かなり興味がそそられる内容もあった。


 ――盲目……目隠し……目……瞳……魔眼の姫と関係が?


 一瞬、雪白ゆきしろなのか!?とも考えたが、黒髪とか幼さ?とか条件が少々違う。


 「あれ?興味ある?あるある!王様!!はは、そう美少女だねアレは!両腰に五本も剣を下げてたけど、それよりもあの綺麗な黒髪と……」


 ――”五本の剣?”


 またもや耳に飛び込む特異な特徴に俺は更に興味をそそられるが……


 ――波紫野 剣おまえは一応”剣士”なんだから、”女の容姿”より”特異な剣”の方に興味を持てよっ!


 目前の男の軽薄さは半分は演技だと分析していた俺の考えは少々グラついていた。


 ――そして


 「……?」


 もう一人、俺の視界の先に予想外の行動を取る男の姿があった。


 「……」


 少し離れた位置で、既に去ったはずの”ぶっきらぼう男”の足が停止とまっていたのだ。


 ――なんだ?


 「あ、さくちゃん!さくちゃんも”僕たち”と同じで、あの謎の盲目美少女剣士に興味あるよね!ね!なんたって美少女!ミステリアスなところがまた……」


 「おい!なにが”僕たち”だっ!?俺を波紫野 剣おまえと一緒にすんなっ!俺は真面目な話をしてんだよっ!お前みたいな女好きと一緒にするなっ!」


 立ち止まった”ぶっきらぼう男”から冷ややかな視線を感じた俺は、慌てて否定するが……


 「またまたぁ?結構”好き者”のくせにぃー!臨海りんかいの王様ってさ、弓使いのポニテ美女とか、従妹いとこのショートカット美少女とか、白金プラチナの超美少女騎士姫をかこってるじゃん?それに、あと……そうそう!征服した諸々の小国から姫を差し出させてるとかぁ?好きだねぇ!」


 「うっ!?」


 ――な、何気に詳しいな!?この軟派剣士!!


 てか、後半は完全に……いや、半分……とにかく事実無根デマだっ!!


 思わず反論の言葉に詰まる俺に、向こうから更なる冷たい視線が向けられて――


 「…………あのな、王覇のなんちゃら」


 「うっ!」


 ――聞きたくない!ききたくなぁーーい!!


 俺はなんだかこの折山おりやま 朔太郎さくたろうなる男とはソリが合わない!


 ならばこそ!


 ならばこそ!この男にだけは正論で説教されるのだけは絶対に看過出来んのだっ!


 人目をはばからず、子供じみた動作で耳を塞ぐ見苦しい俺。


 奴から俺に投げられる説教はどんな類いかまでわからんが……


 ――”くだらねぇ”


 出だしは間違いなく、折山こいつの口癖のようなこの言葉だろう。


 「……うぅ」


 「あのな、王覇のなんちゃら……」


 そしてそんな俺には構わず、”ぶっきらぼう男”こと折山おりやま 朔太郎さくたろうは一歩も歩み寄らず、その場から言い放つ!


 「アレは……多少、面倒くさい」


 「……」


 ――は?……え、ええと?……なんだそりゃ?


 俺は両耳を抑えたまま目をパチクリと見開いていた。


 ――てっきり折山コイツのいつもの口癖フレーズが吐き出されるかと思ったが……


 俺の予測は完全に外れたのだった。


 第四十八話「不倶戴天」後編 END

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