第161話「不倶戴天」前編

 第四十八話「不倶戴天」前編


 俺たちが生活を営むこの”あかつき”という現世うつつ


 日付が変わると世界も変貌する


 それは夢世ゆめの如きに……



 ――”近代国家世界ゆめ”か”戦後世界うつつ”か


 ”不完全な世界”


 ――まるで誰彼だれか願望世界ゆめ


 ――そういえば、確か”そういう話”があったんじゃないか?


 ――確かあれは……


 ――


 ―



 「悪い話じゃ無いはずだ。句拿くなと事を構えるつもりなら我が臨海りんかいとの不可侵条約は不可避だろう?」


 鈴原 最嘉オレは”近代国家世界”で力説していた。


 「…………」


 此所ここは西の大国、天都原あまつはらの領都にある斑鳩いかるが市、その庁舎ビルの迎賓用室ゲストルームだ。


 ――肝心のせっしょう相手は……


 「ふん、なにかと思えば”面白味の無い”内容だな」


 俺の言葉を終始不機嫌顔で聞いていた男は、


 ドンッ!


 そう吐き捨てて俺との間を隔てるテーブルに行儀悪く両足を放り出した。


 ――相変わらず尊大な奴だ


 大国、天都原あまつはらの王太子にして軍の最高司令官たる”大元帥”で、病床に在る王の補佐として政治の最高位である”宰相”をも兼任する藤桐ふじきり 光友みつとも


 身分的な事情もあって、過去、俺も直接の接点はそう多くなかったが……


 天都原あまつはら支配下の小国群諸王が集う様な公の場所でさえよく見せた、王太子の変わらぬ尊大な態度に古い記憶を蘇らせられ、改めて呆れながらも俺は話を続ける。


 「そうでもないだろう?ちら句拿くな国所属の”山潜やまくり衆”から情報を取得済みだ。貴殿ら天都原あまつはら長州門ながすど侵攻は句拿くな王、柘縞つしま 斉旭良なりあきらも承知していないらしいじゃないか?なら長州門ながすどの領土を巡って貴殿の天都原あまつはら句拿くなはこれから対立するはず、東の臨海軍おれたちまで敵に回すのは……」


 今回の長州門ながすど侵攻は元々、七峰しちほう句拿くなが共闘し東西からの挟撃を企んだわけだが、そこに天都原あまつはらが付け入って漁夫の利を得たというのが今回の顛末だ。


 ――労少なく大果を得る!


 あの”鵜貝うがい 孫六まごろく”が参謀ならばそれくらいは軽くやってのけるだろう。


 ――いや、もしかしたら……


 七峰しちほう句拿くなの共闘自体が実はあの妖怪ジジイが暗躍した結果で、此所ここに至る光友みつともによる長州門ながすど支配は筋書き通りなのかも知れない。


 俺は今更そういう隠謀の可能性に気づいたことにほぞを噛みながらも、過ぎたことはどうしようも出来ないと次手を模索する。


 ――そうだ!しかし、そういうことなら……


 当然だが”句拿くな”の柘縞つしま 斉旭良なりあきらも黙っていないだろう!


 目の前で獲物を掠め取られたも同然なのだ。


 天都原あまつはら句拿くなはこれから対立するだろう!


 だからこそ、


 ――この交渉は可能性があるはずだ!


 「臨海こちらが望むのは長州門ながすどの将であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフと菊河きくかわ 基子もとこの身柄だけだ。それだけで東の憂いが無くなるのはそっちにも悪い話では無いはずだろう?」


 俺は、相変わらず尊大な態度で俺を睨む藤桐ふじきり 光友みつともにも全く不快感を表に出さずに交渉を続けるが……


 「ふん」


 その不遜な王太子は鼻息で応じる。


 「全くもって期待外れだな、臨海りんかいの小王!あの陽子はるこがあれほど拘る男だからと少しは相手になるかと思っていたが、とんだ小者だったな」


 もつまらない”モノ”を見る侮蔑の視線で俺自身を吐き捨てる。


 「……」


 ――おうおう、それはどうも!


 だが俺はそんな視線や言葉には馴れっこだ。


 元々、大国達の歯牙にもかからぬ弱小国であった臨海りんかいの王である俺は、そういう類いの侮蔑は飽きるほど浴びてとっくに耐性持ちなのだ。


 いや、むしろ……


 ここ最近は”王覇の英雄”だとかもてはやされる事が多くなり、それが如何いかにもこそばゆくて食傷気味だったからむしろ新鮮で懐かしいくらいだ。


 ――此所ここ真琴まことなんかが居れば、既に王太子に斬りかかっていただろうが……


 「はは……」


 俺はそっちに苦笑いをしつつ、それは扨置さておき続ける。


 「どこに不満がある?貴殿ら天都原あまつはらにとっては好条件だと思うが?」


 戦国世界あっちで不意打ちの天都原あまつはら軍に包囲され続けたアルトォーヌは、句拿くなとの戦で受けた損害や新たな敵との戦力比を鑑みても自軍の勝機が皆無だと判断した。


 なによりかなめで在り精神的な支柱であった覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの安否が不明な状況ではこれ以上戦えるはずも無く……


 自らの首を差し出して将兵の命だけは助けようと天都原あまつはら軍と交渉中だったそうだが……


 そんな折りに俺は比売津ひめづ城に少数で侵入、彼女との密会に成功した!


 その後、なんとか説得して翌日……


 つまり、世界が近代国家世界こっちに切り替わるまで時間を稼ぎ、改めて俺が天都原あまつはらと交渉の手続きを取って、朝一の高速鉄道で一路、天都原あまつはらの領都”斑鳩いかるが市”に飛んで来たのだ。


 ドンッ!ドドンッ!


 再び王太子の二つあるかかとがテーブルを叩く!


 「ふん、それが不満だと言うのだ!」


 そして俺を睨んだまま続ける。


 「それに何の意味がある?貴様ら臨海りんかいになんの得がある?長州門ながすどとは同盟を結んでもいないだろうがっ!!貴様らにとって我が天都原あまつはらを攻める絶好の機会でもあると解らぬか?小者っ!お前の戦争はお遊びなのかっ!」


 「……」


 ――なるほど、そういう類いの不満か……


 俺は納得し、そして大いに呆れた。


 この不遜な王太子の不機嫌極まりない態度の原因は自国の損得、いな、交渉の中身でさえなく……


 ――”相手にとって不足在り”って事か?


 まさしく度し難い男。


 如何いかにも”いびつな英雄”だ。


 「どう取って貰っても結構、是非を聞きたい」


 だが俺は、たとえ小者と侮られても目指す理想をお遊びと罵られても……


 ――成すべき事がある!


 「…………ふん」


 そんな鈴原 最嘉オレ藤桐ふじきり 光友みつともは相変わらずの軽んじた目で見ていた。


 「……」


 「……」


 暫し……


 どれくらいか……


 視線を交し、心胆を量り合う俺たち。


 「心底つまらん男だな……だが所詮”おおとり”と”からす”ごときでは、同じそらを欲するわけもないか?」


 「……」


 不機嫌に呟いた言葉を受け、俺は無言ながらその英雄を睨んでいた。


 ――見事なまでの見下し方だ


 だが、そういう侮りは後事を計算に入れると鈴原 最嘉オレにとって都合が良い。


 藤桐ふじきり 光友みつともの口から放たれたそらとは天下……


 つまり、”おおとり”とは当然ながら天都原あまつはら王家の紋章であり、それは藤桐ふじきり 光友みつとも自身を指す。


 続けて”からす”とは勿論、我が鈴原の家紋である。


 天空の王者たる”鳳凰”と唯の”からす”とでは天と地ほどの差があり、それ故に同じ空に生を持つ者でも、その”そら”の意味も志の大きさも、まるで別格だと言いたいのだ。


 ――そういう意味で奴が曲がりなりにも納得したのは……


 ガガッ!


 好き放題吐き捨てるとふじきり 光友みつともはテーブルから両足を下ろし、そして立ち上がる。


 「良いだろう!我が天都原あまつはらに断る理由も無い。細かい話はかしわら 兼時かねときとしろ!」


 ――完全に鈴原 最嘉さいかが自身と比べるまでも無い塵芥ごみと認識して


 「…………」


 そして自称”天空の覇者”たらんとする英雄は、比べうるまでも無い小者の返答も待たずに背を向けて退室して行った。


 ――なんというか


 奴を見るのは臨海りんかい天都原あまつはらの傘下だった頃で、数年ぶりだが……


 相変わらずの傍若無人ぶり!


 「まったく、あの唯我独尊ぶりは……」


 俺は密かに京極きょうごく 陽子はるこを思い浮かべ、そして額の汗を拭う。


 ――あの難儀な性根は天都原あまつはら王家の血筋なのかよっ!?


 思わずそう愚痴ぐちってから体重の殆どを背もたれに任せたのであった。


 ――


 ―その後


 俺は斑鳩いかるがから臨海りんかいに戻る途中で比売津ひめづに立ち寄り、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢と合流した。


 勿論、近代国家世界こちらでの彼女を保護するためだ。


 戦国世界での情勢変化は近代国家世界に如実に反映される。


 藤桐ふじきり 光友みつともとの合意は成ったといえ、相手が相手だけに油断は禁物である。


 況してや奴の参謀はあの”妖怪ジジイ”だ!


 こういうことは早ければ早いほうが良い。



 「よろしかったのですか?本当に……」


 高速鉄道から乗り換えた専用車の中で――


 アルトォーヌは見るからに青白い顔色で申し訳なさそうに俺に聞く。


 「まぁ、なんとかする」


 「何から何まですみません。感謝致します」


 深々と頭を下げるアルトォーヌの姿は頼りなげでなんとも儚い。


 「気にするな、臨海おれたちにも利があっての行動だ」


 ――因みに菊河きくかわ 基子もとこは既に保護済みで、一足先に臨海りんかい市に着いたと真琴まことから連絡が入っているが、肝心のペリカは……


 覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは、近代国家世界こっちでも消息不明になっていた。


 ――”何から何まで”……か


 近代国家世界での負傷や死は世界が切り替わるとリセットされるが、戦国世界でのそれは違う。


 二つの世界は同等には繋がっていないのだ。


 それが指し示す意味は……


 「…………」


 俺はいつもより青白いアルトォーヌの顔を密かに観察しつつ、その予測を口に出すことは封印した。


 ――ペリカの死……


 だがその可能性についてはさとい彼女でなくても既に思い至っているだろう。


 「臨海りんかい王様、宜しくお願い致します」


 生死不明の親友と、その親友と築き上げてきた国の存亡。


 そういう複雑な心情の中で必死に自分の出来ることを全うしようとする心労は如何いかばかりだろう?


 そして俺は、そんな彼女達に対しどう接し行動するのか?


 友好国で在り、付き合いはあるが……


 藤桐 光友ヤツが指摘するように国家として同盟国という訳でもない。


 一国の王として自国の利益を追求すれば、ここは没落する国家には下手に関わるべきではないだろう。


 「…………」


 ――だが、俺はやはり


 ――嘉深よしみ……


 俺の記憶の奥底から亡き妹の欠片が蘇る。


 「後悔の底で甘さを捨てされなかった俺は……それを許容することに決めたんだ」


 俺は独り原点を確認する。


 「臨海りんかい王様?」


 そして、そんな意味不明な言葉を呟いた俺をアルトォーヌは不思議そうな瞳で見ていた。


 「なんでもない、心配ないって事だ。それから俺の呼び方だけど……そういう堅苦しいのは苦手なんだ、これから仲間になるんだから」


 「…………はい、そうですね……わかりました、最嘉さいか様。私のことはアルトォーヌと呼び捨てでお呼びください」


 「ああ、よろしくな。アルトォーヌ」


 こうして車中の俺と彼女は、お互いに心とは裏腹な笑みを交し合ったのだった。


 第四十八話「不倶戴天」前編 END

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