第159話「偽りの白雪」前編

 第四十六話「偽りの白雪イミテーション・スノー」前編


 鈴原 最嘉オレが率いる三千余りの臨海りんかい軍は七峰しちほう領土の最西端、長州門ながすどとの国境にある豊崎とよさき城に然したる抵抗もなく入城はいったのは五月も半ばになる頃――


 敵城主である垣武かきたけ 継也つぐなりが、一戦も交えずに逃亡したことから我が軍の入城は予測よりずっと円滑に事が運んだのだ。


 「”宗都”が陥落ちたという情報が、かなり七峰しちほう軍に影響を与えているみたいだなぁ」


 正直、少しばかり拍子抜けだが……


 ともあれ、戦を無くして被害と時間を抑えられるのは良いことだ。


 改めて俺は、攻略したばかりの豊崎とよさき城に腰を据えること無く、殆どの兵力を残して、本来の目的である長州門ながすど領土”比売津ひめづ”を目指す事にする。


 「”比売津ひめづ”には七峰しちほう軍を撃退した”白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフが防衛線を張る大本営が在るはずだ。色々と状況を確認できると思う。一応、彼女とは面識もあるしな」


 ――そう言いながらも俺は、その”アルトォーヌかのじょとの面識”には……


 ”尾宇美おうみ城大包囲網戦”で捕虜にした菊河きくかわ 基子もとこを利用しての交渉という、相手にとってあまり心証の宜しくない過去を思い出し、ちょっとだけ苦笑いする。


 「しかし……友好関係とはいえ戦時中の他国です。僅か数人で、しかも陛下が直接乗り込まれるのは矢張り危険ではありませんか?使者というのならそれがしに任せて頂ければ……」


 俺の前にかしずいていた男、とう 正成まさなりはそういう過去の成り行きを聞き及んでいるのだろう、俺の行動には賛同しかねる様子だった。


 「いや、戦時中だからこそ兵を連れて行っては要らぬ疑いを持たれかねない。それに何か不慮の事態が発生した場合に備え、加藤 正成おまえ豊崎とよさき待機スタンバらせるんだからな」


 とう 正成まさなりという男は、元は”赤目あかめ”きっての猛将であった男だ。


 なにかと奇策を用いる忍集団の中にあって正面きっての軍指揮が一流で、戦場の流れも読める逸材……


 つまり、こう言ってしまっては身も蓋もないが、中々に使い勝手の良い男であった。


 「そういう事ならば……承知致しました。ならばせめて供回りにはそれがしの手勢から選りすぐりの手練てだれを数人お連れくださるようお願い致します」


 渋々と了承し念を押してくる正成まさなりに、俺は”はいはい”と適当に頷いてから――


 豊崎とよさき城に指揮官としてとう 正成まさなりを、参謀として佐和山さわやま 咲季さきを置き、俺自身は供回り数名を引き連れて一路、長州門ながすど領土内の”比売津ひめづ”を目指したのだった。


 ――


 「これは鈴原様、遠路遙々のお越し誠に痛み入ります」


 そして、久方ぶりに対面した長州門ながすどの”白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢は、以前にも増して白い肌……


 と言うよりも、病的なまでに生白い顔だった。


 「いや、ちらこそ突然で申し訳ないが…………大丈夫か?」


 その様子に思わず出てしまったその言葉、


 気遣う俺の言葉に白い女は困った顔で頼りない笑みを返しただけだった。


 「……」


 ――白い肌、白い髪


 色白と言うよりは色素を全て忘れて生まれてきたような、不自然な希薄さの女だとは以前まえにも抱いた感想だったが……


 ――これは最早そういうレベルではないな


 俺でなくとも直ぐにそう分かるほどの衰弱ぶりだろう。


 西の強国、長州門ながすどの”覇王姫”が懐刀として名高い智将、”白き砦”にして”三要塞の魔女トリアングル・マギカ”の一角であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。


 今回の七峰しちほう軍撃退も、その名に恥じない名采配ぶりであったと伝え聞く。


 長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型、僅かに色を有する碧い瞳以外は色というイメージが殆ど無い、本当に華奢で存在感の薄い人物。


 それでも以前にまみえた時は、ここまで”病的”なイメージはなかった。


 「日向ひゅうがで”なにか”あったのか?」


 俺は嫌な予感しかしないと、前段階無しで彼女に問う。


 ――勿論、雪白ゆきしろがらみであることも、俺にそうさせた一因だ


 「いいえ……それより鈴原様、長旅でお疲れでしょう。戦場ゆえに十分でありませんが僅かばかりの酒宴の用意をさせて頂いておりますので……」


 だが彼女はそんな俺の直接的な質問をはぐらかし、無理に明るい表情を作ってあくまで歓待の体裁を整える。


 ――如何いかに友好関係でも、他国の王に自国の内情は軽軽しく話せないか……


 白い美女の対応に尤もだと納得しつつも、こっちも状況が状況だ、アッサリと引くわけにはいかない!


 「いにしえの魔獣、”邪眼魔獣バシルガウ”……」


 「っ!?」


 国家間のやり取りにも拘わらず一切の腹芸は無しにした俺から出たその名に、白い美女の表情はサッと変わった。


 ――そうだ、相対する敵も尋常で無い相手、つまり”人外”の可能性がある以上は……


 「つまり”魔眼の姫”関連のことか?俺も”とある筋”から”邪眼魔獣バシルガウ”の情報を得ている」


 目の前のアルトォーヌに詰め寄りながら、俺は自らを顧みる。


 ――”長州門ながすどはね……近いうちにちるでしょうね”


 そして、脳裏には麗しの暗黒姫の言葉が鮮明に蘇っていた。


 最近どうやら”魔眼集め”に行動移行しているらしい”幾万目貫いくまめぬき”の次なる狙いは、序列三位”紅玉ルビーの姫”という。


 良くも悪くも”長州門ながすど”のかなめはあのペリカの英雄的資質カリスマで、それが倒れれば……


 ここに来て陽子はるこの予測は現実味を帯びてくる。


 「……」


 常識的に考えるならば、ペリカを倒すなんてのは超々高難易度だ。


 数で押し潰すにしても並大抵ではない。


 それに彼女には例外的な魔眼の能力ちからも……


 覇王姫かのじょいにしえの”魔眼の姫”でもあるのだ。


 戦闘に特化した魔眼の所持者……


 だが!


 ――”例外”が唯一無二”だとは限らない!


 そもそも”魔眼の姫”はこの世界に五人も居るのだから。


 魔眼姫れいがいには魔眼姫れいがい


 戦闘に特化した魔眼、”紅玉ルビーの姫”であるペリカ・ルシアノ=ニトゥの炎を屠るには……


 その可能性が在るのは、同じく戦闘に特化しただろう、序列四位、”白金プラチナの姫”……


 ――久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの神速剣


 「……」


 ――なんてことだ


 ――陽子はるこでさえ”紅蓮のほのおひめ”の器量は推し量れない?


 否!否!


 推し量れていないのは……


 世界を冷静に見れてないのは鈴原 最嘉オレの方ではないかっ!


 俺は深層で、決して”考えたくない可能性”を排除していただけの無能者だ。


 「すず……はら様?」


 勢いよく詰め寄ったものの、急に言葉を発せ無くなった俺を不振に思ったアルトォーヌが俺の顔を見ていた。


 「い、いや……なんでもない、それよりいにしえの魔獣、”邪眼魔獣バシルガウ”つまり、”幾万目貫いくまめぬき”なる怪人に関しては専門家スペシャリストという集団からの情報を得て俺は動いてもいるのだ」


 俺はそのまま、行動の根拠になる情報源もそれとなく開示してみせる。


 ――と、言っても、それは京極 陽子はるこからの又聞きだが


 「臨海りんかい王……貴方あなたはどこまで……」


 だがその情報が功を奏し、アルトォーヌもまた切迫した状況を共有した様子だった。


 第四十六話「偽りの白雪イミテーション・スノー」前編 END

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