第158話「黄昏の旺国」後編

 第四十五話「黄昏の旺国」後編


 ――所変わって、新政・天都原あまつはら本陣……


 「右前衛部隊、構え!…………突けぇっ!!」


 ドスッ!ドスッ!ドスッ!


 「続いて左前衛部隊、放てっ!」


 ヒュン!ヒュン!ヒュン!


 旺帝おうてい軍総大将である燐堂りんどう 天房あまふさを逃がすために、新政・天都原あまつはら本陣の京極 陽子はるこを強襲した一条 経成いちじょう のぶなり隊であったが……


 「ぐわぁぁっ!」


 「ぎゃぁっ!」


 ”新政・天都原本陣そこ”は最も強固な守備陣を幾重にも張り巡らせた”兵士ひとの要塞”


 元々は五千あった一条 経成いちじょう のぶなりの別働隊の三分の一は下山の強行軍に着いて来れず。


 残兵も疲労や負傷で十分に能力を発揮できずに、突撃を敢行した兵の殆どが無慈悲な防御陣に削り取られて露と消えゆく。


 「くぅっ!せめて後一刻!敵の主力をこの場に留め置ければ天房あまふさを……」


 自身も降り注ぐ弓矢の雨に身を晒しながら、突き出される無数の槍をい潜って、突撃する一条 経成いちじょう のぶなり


 それはひとえに総大将で甥でも在る”燐堂りんどう 天房あまふさ”を逃がすための撹乱戦法であったが……


 「あれだ!敵将だ!集中的に奴を狙えっ!!」


 それだけ目立てば、大将首欲しさに敵兵は我先にと群がって来る。


 「おおおおっ!!」


 ザシュ!


 「はぁぁっ!」


 ドカッ!


 ここまでの無理な突撃で自身も満身創痍、なれど旺帝おうていきっての忠臣、一条 経成いちじょう のぶなり


 迫り来る無数の槍を、刀を、払っては斬り捨て!


 打ち落としては返り討ちにする!


 敵中にて血風をまき散らす鬼気迫る経成のぶなりの活躍は、まさしく獅子奮迅と言えた。


 「……」


 部隊をほぼ壊滅させられながらも自身は敵本陣の間近にまで!!――


 その勇猛を間近にして、何人もの兵士に護衛された美姫は悠然と腰掛けたまま……


 敵将の見事さに感心するでも無く、熱き心意気に感じ入ることも一切無く、唯その様子を冷たい表情で見据えている。


 「おおおおっ!!」


 ギギィィーーン


 さらに狭められる包囲網を突き崩そうと、槍を振るう一条 経成いちじょう のぶなりであったが……


 ドスッ!


 「ぐっ!ぬおぉぉっ!!」


 ザシュ!


 あまりにも多勢に無勢。


 全身に幾つもの刀傷を受け、引き連れてきた部隊も殆ど壊滅。


 己が駆る騎馬の速度さえ、見る間に衰えていた。


 「まだだ!まだ……」


 誠に立派な武者ぶり!


 ”忠臣”ここに在り!


 と、最早”神がかった”一条 経成いちじょう のぶなりの武勇に他の将なら……


 そう、例えば鈴原 最嘉さいかならば……


 “敵ながら天晴あっぱれ”と、それを賛辞しただろう。


 しかし――美姫の眉は僅かにひそめられていた。


 「……りょうだわ」


 武人の武人たるを拠り所としない彼女にとってそれは……


 ――”無垢なる深淵ダークビューティー


 究極の知謀を有する京極 陽子はるこにとってそれは一片の価値も無い。


 どんな武勇を誇ろうと!どれほどの忠義を示そうと!


 ”数”の前に結果は定まっている。


 理不尽なほどの数の暴力……


 否、理不尽なのは”武人の誇り”などという精神論であって、彼女にとってこの結果は極めて理論的である。


 道理と別の部分で戦いに生きる存在には、生粋の策士である京極 陽子はるこにとって不快そのものでしか無かったのだ。


 「うおぉぉっ!!我が名は一条 経成いちじょう のぶなり!!京極 陽子はるこぉっ!その生っ白い首!貰うぞぉぉ!!」


 物理的な距離よりもっと絶望的な、決して届かない場所で男が雄叫びを上げる。


 「……」


 周到な策を用いれば数で確実に潰せる。


 だが、結果が定まった戦いで不要な被害を出すのは不格好極まりないやり方だ。


 こういう戦い方は京極 陽子はるこにとって美しくない。


 ――そう、故に麗しの暗黒姫は眉をひそめるのだ!


 陽子はるこが少し手を動かし、完全な包囲を完成させようとした刹那であった。


 ドドドドドドッ!!


 「下郎がっ!!」


 「なっ!?な……にっ」


 包囲網に新たな兵士達が投入される直前、


 横合いから鋭い騎影が走り抜け、そしてたぎっていた一条 経成いちじょう のぶなりの動きが馬上で凍る!


 ガキィィーーン!


 左から右側へ……一瞬のうちに駆け抜けたのは瞬く光線!


 ズシャッ!!


 更にその光線は砂煙をあげて鋭角に切り返して戻る!!


 「な!?な!?」


 線として走り抜け、鋭角に切り返し閃く!


 ――その動きは真に雷光!!


 シャラン!


 そう、煌めく紫電の刀身を手にし、


 「はっ!」


 馬上に在るのは”武者斬姫むしゃきりひめ”!


 ギャリィィーーン!!


 「が……がはっ!き……さま……らい……じ……」


 ――ドサリ!


 咄嗟に防ごうとした槍ごと真っ二つに斬り捨てられる一条 経成いちじょう のぶなりの、その前面から鮮血が吹き出し、勇猛果敢だった男は実にアッサリと落馬した。


 「わきまえよ、旺帝おうていの痴れ者が……我が身は唯一ただひたすらな”護国の剣”」


 顔の右半分を覆う巨大な眼帯から露出した涼しい左目でそれを見届けた馬上の女は……


 京極 陽子はるこが誇る王族特別親衛隊プリンセス・ガード切り札エース一原いちはら 一枝かずえだった。



 「なっ!?一条いちじょう様っ!!」


 「くっ!怯むな!経成のぶなり様がこじ開けてくださった機会チャンスを逃すんじゃ無い!!」


 一条 経成いちじょう のぶなりが率いていた別働隊五千は犀畳さいじょう山からの強行軍で離脱者多数、三千少し程に、そして京極 陽子はるこの強固な防御陣により百にも満たない数にまでに磨り減らされてしまっていた。


 ――が!


 それでも旺帝おうてい随一の人格者たる一条 経成いちじょう のぶなりの薫陶が行き届いた麾下の兵士達は己が役目を、主君たる経成のぶなりの成そうとした役割を胸に刻み、死力の全てを尽くして任務を継続していた。


 「討つのだ!天都原あまつはらの黒き魔女をっ!」


 「全ては我が旺帝おうていの為にっ!!」


 喉元まで迫っていた僅か数十の精鋭達が玉砕を承知で敵総大将、京極 陽子はるこへと襲いかかる!!


 ――勝利に繋がることの無い突撃


 譲れない”なにか”のために行われる崇高なる蛮行を人々ひとは……


 「おおおおおおっっ!!」


 ――”特攻カミカゼ”と云う


 「ほんとうに……無聊ぶりょうだわ」


 視界の不十分な霞がかった場所においてさえ――


 輝く緩やかにウェーブのかかった美しい緑の黒髪と白い陶器の肌の美姫は、それらとは対照的なあでやかなあかい唇から不機嫌な言葉を呟く。


 ――如何いかな生産性も無い愚行


 そんな相手と同じ戦場に居ると思うだけで彼女はその身を呪うのだ。


 ――決死?気合い?武門の誉れ?


 戦場に仕立てあげられた自陣の、主たる者が座する豪華な椅子に座したままの希なる美姫は小さくため息をき、美しき容姿を少しも変えること無く白い指先を小さく払うよう動かした。


 「ぐ……ふふ」


 呼応して、美姫の傍に控えていた、ジトッとした三白眼で無口で無表情で小柄な少女がまとった得も言われぬ殺気が、その小さい全身から一気に爆発する!


 「し、死ね!死ね!死ね!死ね!シネ!シネ!シネ!シネ!しねっ!しねぇぇっ!」


 ”にへらぁ”と口元を歪めたうえで呪詛の様に不気味な台詞を繰り返し叫んでは、ブワァッと恥じらいも無くスカートを一気に捲り上げる少女。


 その下から無数の刃が飛びだしたかと思うとそれらが一気に旺帝おうてい兵を襲う!!


 ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!


 「ぐあっ!」


 「ぎゃあぁっ!」


 「ぐはっ!」


 座した美姫へと向かって来た旺帝おうてい兵士達に無数の刃が乱れ飛び、彼らの四肢を存分に引き裂いて血の雨を降らす!!


 ウズウズと我慢の限界まで達していた三白眼娘の狂気が牙を剥いたのだ!


 ――王族特別親衛隊プリンセス・ガード四栞ししお 四織しおり


 懐に多数の凶器を隠し持つ”暗器使い”である。


 「……ふ、……ふふ……死ね、しね、シネ」


 王族特別親衛隊しまいの中でもとびきりの危険気質サイコパシー少女、四栞ししお 四織しおり


 「……」


 ――決死、殉死、それは無策、それは怠惰、怠惰、怠惰、怠惰……


 陽子はるこにとって相手にする価値も無い相手、戦場。


 凄惨なるその光景を温度の無い冷たく暗い暗黒の瞳で眺める美姫は、対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける”奈落”の魔眼を所持せし魔眼の姫、


 ――紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ


 陽子はるこは嫌悪する心情を容姿には一切出さず、血生臭い戦場とは一番ほど遠いだろう繊細で汚れなき白魚の如き指先で輝く黒髪を耳元で払った。


 「姫様、ご無事で何よりです」


 「……ふふ……任務……かんりょう」


 周りに残兵がいないことを確認し、他の追随を許さない圧倒的知略と美貌を誇る主君である”無垢なる深淵ダークビューティー”の前にかしづく二人の王族特別親衛隊プリンセス・ガード


 「そうね」


 手足である彼女達を見下ろしながら紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこは思う。


 ――この敗戦で旺帝おうていは終わり


 京極 陽子じぶんと鈴原 最嘉さいかの前に、主力である旺帝おうてい八竜の殆どを失い大きく軍事力を削がれた大国はこの先沈む一途だろう。


 陽子はるこの心は既に”川片平平原ここ”にはない。


 彼女が心から願うのも、欲するものも……


 ――

 ―


 ――越籠こしご領、志那野しなの国境付近


 そこには数百程度の軍を率いた、顔面を包帯で覆い尽くした奇妙な風体の将の姿があった。


 「いづ……鈴木 燦太郎りんたろう様、旺帝おうてい軍の姿は未だ見えない様です」


 小高い丘でガッシリと腕を組んで仁王立ちしていた包帯男はニヤリと笑う。


 「ほうほう、そうか。ならば我が姫の策は成就したということであるな」


 如何いかにも偉そうに、威厳ある将軍を演じているのがバレバレである様にわざと巫山戯ふざけながら部下に放った包帯男の声はどう聞いても女の声であった。


 「五美いづみ様、おふざけはそれくらいに……」


 困った顔で部下は上官に応えるが、当の包帯男……女は何食わぬ様子で続ける。


 「もうええやん、役目は終わったみたいやし。それよりウチは五美いづみやなくて”鈴木 燦太郎りんたろう”、尾宇美おうみの英雄!鈴木 燦太郎りんたろう様であらせられるぞ!コホン!」


 そしてまたまた巫山戯て大仰に胸を張る。


 「それを言うなら、そのお役目こそ終わったのではないですか」


 完全に呆れ顔の部下に”あははっ”と悪戯っ子の様に笑った包帯女はそのままシュルリと顔面の包帯を取った。


 「何はともあれ、これで我が姫の用意は八割方完了したのだ。後はの相手……臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかと雌雄を決するのみだ!」


 「……うぅ」


 そしてその声、話し方。


 包帯男改め、包帯無し女……唯の女は、声色といい特徴といい、兵士が嘗て尾宇美おうみ城で見た”鈴木 燦太郎りんたろう”と瓜二つであった。


 クリクリとした毛質のショートカットに特にこれといった特徴の無い目鼻立ち。


 現在は底上げの靴を履いているだろうが素の身長は百六十後半ほど、またサラシなどで胸を潰しているだろうが、元々凹凸おうとつは少ない方で……


 全体的にはそこそこ整った顔立ちではあるが特徴の無さから地味な美人といった表現が適当だろう女の得意技はズバ抜けた技量の形態模写であった。


 ――王族特別親衛隊プリンセス・ガード、五枚目の五味ごみ 五美いづみ


 もう一つの特技である工作、撹乱の技量を駆使して京極 陽子はるこに貢献する志士だ。


 「しかし五美いづみ様はあの尾宇美おうみ城大包囲網戦には参加されていなかったはずですが、その似せ様は流石です」


 部下の賛辞に五美いづみは素直に喜んで笑う。


 「”近代国家世界あっち”でなぁ、ちょっと調査リサーチをなぁ、まぁ品質クオリティーのためにウチは努力は惜しまん体質やからなぁ……ってゆうてもあのひと、テレビにも出とったから楽勝やん!」


 言いながら五美いづみは目を細める。


 「あのひと……陽子はるこ様が惚れ込むだけのことあるわ、一見公平で人当たりがええ兄さんやけど……」


 「五美いづみ様?」


 そして兵士には五美いづみの総身がぶるりと一瞬震えた気がした。


 「怖いひとや……うちの姫様とどっちがってくらい」


 「……」


 異質な空気の前に、思わず言葉を失う兵士。


 「あ……おお!?あ、あははっ」


 そしてそれに気づいた五美いづみはまたも”あはは”と笑って誤魔化す。


 「何にしてもや、兵士君。彼が西の難局を対処できるかどうか、ウチらとの事はその手腕次第ってことやからなぁ」


 五味ごみ 五美いづみはそう言い直して、そして今度は本当に心から楽しみとばかりの笑顔になったのだった。


 第四十五話「黄昏の旺国」後編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る