第158話「黄昏の旺国」前編

 第四十五話「黄昏の旺国」前編


 ワァァ!!


 ワァァ!!


 「ぬぅ……これは既に手遅れ……か」


 京極 陽子はるこの策により、まんまと裳抜もぬけのからである犀畳さいじょう山中腹へ誘き出されていた旺帝おうてい軍別動部隊率いる工藤くどう 祐永すけながが本隊へと戻ったとき、川片平かびらだいら平原での戦闘は既に新政・天都原あまつはら軍による掃討戦へ移行しつつある状況で潰走状態である旺帝おうてい本軍は風前の灯火であった。


 「祐永すけなが殿、かくなる上は我が部隊で敵将へ強襲をかける、貴殿は天房あまふさの救出へと向かって貰いたい」


 戦況に渋い視線を送っていた工藤くどう 祐永すけながの隣に馬を寄せた将がそう声を掛ける。


 「経成のぶなり様、それは……」


 全身赤備あかぞなえの鎧に身を包んだ将、工藤くどう 祐永すけながが無謀としか思えない提案に驚き、視線をその人物へ向けたと同時に――


 ヒィィーーン!!


 愛馬のいななきと共に一軍を率いて一条 経成いちじょう のぶなりは去った後だった。


 「流石は経成のぶなり様……」


 躊躇無く身を捨て、総大将であり甥の天房あまふさの為に逃げ道を作ろうとする臣下の鏡たる男の背を見送り、工藤くどう 祐永すけながは唸った。


 「となれば、一条 経成いちじょう のぶなり様の忠義を無駄にする訳にはいかぬ!我が隊も直ちに天房あまふさ様の本隊へと合流を試みるぞっ!!」


 ―


 ――その”燐堂りんどう 天房あまふさ”を護る部隊は……



 「う!こ、このっ!!何故だ!?何故にこの俺がこんな無様な……」


 額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出したあごに立派な髭を蓄えた男は、泥に塗れながら地べたを這いずり廻っていた。


 「その容姿、”旺帝おうてい八竜”が山道やまみち 鹿助かすけ殿とお見受けする!」


 混戦の渦中で追い込まれ、城塞群の方へと退却しようとする旺帝おうてい軍本隊を迎え撃った新政・天都原あまつはら部隊のひとつ……


 通称、”鏖殺みなごろし部隊”の先頭にて抜き身のつば無し白鞘しろさやを肩に担いだ、実に艶っぽい美女がしっとりとした朱色の口元に笑みを浮かべながら泥に塗れながら這いずり回る黒仮面の男に問うた。


 「くっ!ぬおぉぉっ!!」


 だが名乗りも返さず、手にした槍で地上から馬上の女を串刺そうと突き出した黒仮面の穂先を……


 カンッ!


 片手で持った鞘付きの刀ではじき、そのまま逆手で鞘を固定する事をしないで振り下ろす遠心力のみにて白鞘から白刃を抜き放つ――


 ザシュッ!!


 「ぎゃはっ!」


 そして、返し技カウンターの一閃は黒仮面の肩口を斬りつけた。


 ヒュオン、ヒュオン――


 パシッ!


 振り下ろした刃と逆の空いた手にて、虚空でクルクル回って舞う白鞘を掴み取る。


 「……」


 実に落ち着いた所作、唯々ことわりの如くに刃を振るう女……


 「ぐ……ぬぬぅ」


 肩を押さえてうずくまる、山道やまみち 鹿助かすけを馬上より見下ろす美女の名は……


 ――”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”筆頭、十一紋しもん 十一とい


 ”鏖殺みなごろしの白鞘”である彼女と、彼女が率いる”鏖殺みなごろし部隊”は、窮地の旺帝おうてい兵に一粒の希望も願えぬ無慈悲な死の壁として其所そこに在った。


 「観念しな、黒い御仁。アンタは此所ここで死……」


 ワァァァァァァーーー!!


 十一といの言葉が終わる前に、少し離れた場所で兵士達の怒号とも歓喜ともとれる叫び声が湧き上がった!


 「あれは……敵総大将”燐堂りんどう 天房あまふさ”の居る辺りかい?」


 一瞬、十一といの意識が逸れ、目を離した隙に!


 ダダッ!


 山道やまみち 鹿助かすけは脱兎の勢いで逆方向へと走り去る!!


 「はぁ……大将を見捨ててトンズラかい?まったく」


 呆れた顔でその背を見送る十一紋しもん 十一とい


 「十一とい様、追いますか?」


 部下の問いかけにも、既に興冷めだとばかりに頭を左右に振った彼女は、抜き身の切っ先をくだんの歓声の方へと向けた。


 「取るに足らない卑怯者こものはもう良いさね、アタシらも”天房の方あっち”へ行くよっ!」


 ――


 ダダダッ!


 ダダッ――


 隊を率いて走ること暫し、十一といは前方から此方こちらへ駆けて来る見慣れた騎影に気づく。


 「あれは……」


 全速力で駆け来る騎影は”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が一枚目エース一原いちはら 一枝かずえだった。


 その速度に、率いる兵の殆どが……


 いや、数騎ほどしか付いて来れぬほどの急ぎよう。


 ――ワァァ!!ワァァ!!


 そして更にその向こう、歓声の上がり続ける場所には、十一かのじょの予想通り我が新政・天都原あまつはら部隊に取り囲まれた敵総大将”燐堂りんどう 天房あまふさ”本人とその護衛部隊がある。


 さらにそこでは、十一かのじょの予想には無かった”赤備あかぞなえの将”が率いる部隊が強引に割り込むよう主君の救出に駆けつけた様子だった。


 「……」


 ――まさか”雷刃らいじん”と呼ばれる一原いちはら 一枝かずえともあろう女が、敵部隊が駆けつけたぐらいで逃げ出す体たらくは無いだろうさ……ね


 心中でそう確信する十一紋しもん 十一といは戦場へ向かう馬足を緩めること無く馬を駆り、


 ダダダッ!ダダダッ!


 ダダダ……


 やがて、前方から疾駆して来る同僚とすれ違う。


 「”姫様の方”へ敵部隊の一部が向かった……」


 ――すれ違い様


 一原いちはら 一枝かずえの唇は静かにそうとだけ動き、


 ダダダ!ダダダッ……


 そのまま視線さえも絡める事無く走り去る。


 「ああ、そうかい。ならアタシがやるしかないねぇ」


 そして、それを受けた十一紋しもん 十一といも、一切の疑問を持つことも無くそのまま一瞬も馬を止めずに走り続ける。


 ダダダッ!ダダダッ!


 「……とはいえ、たかが捨て身の一部隊如き、対処できない御姫おひい様じゃないだろうに」


 それでも十一といは少々本音の部分で独り馬上で不満を漏らす。


 ここまで敵の総大将を追い詰めておきながらも全てを放りだし、僅かな危険も無いだろう京極 陽子しゅじんの元へ駆けつける――


 ――”忠犬”ぶりもそこまで行くと困りものだと


 十一紋しもん 十一といは呆れながらも、それも一原いちはら 一枝かずえ”らしい”と諦め、そのまま一枝かずえの離れた戦場へと駆けた。


 「アレかい?」


 ヒィィーーン!


 目的地付近で何かを見つけた十一といは豪快に手綱を引く!


 ズサァァ!!


 いなないた愛馬は首を捻らせ横滑りしながら砂埃と共に戦場へ雪崩なだれ込み――


 「その見事な赤備あかぞなえ旺帝おうてい八竜の工藤くどう 祐永すけながだねっ!その首と後ろにコソコソ隠れた総大将の首、悪いが刈取らせて貰うさねっ!」


 そう言い放ったのだった。


 第四十五話「黄昏の旺国」前編 END

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