第153話「虚矢現滅(ファントム・ショット)」後編

 第四十話「虚矢現滅ファントム・ショット」後編


 宗教国家”七峰しちほう”宗都――鶴賀つるが


 攻撃目標を”舞羽崎まいはざき”から宗都である鶴賀つるがにと、当初の進軍予定を大幅に変更した俺たち臨海りんかい軍は、蟻の子一匹も通さぬ厳重さで鶴賀つるがの城壁を取り囲んでいた。


 ――長州門ながすど遠征のために、七峰しちほうの実質的な支配者である壬橋みはし三人衆の長兄、壬橋みはし 尚明しょうめいは出兵している


 ――先の”尾宇美城大包囲網戦おうみじょうだいほういもうせん”にて独断専行で派兵し、大失態を演じた次兄の壬橋みはし 久嗣ひさつぐは兵権を取り上げられて満足に動けない


 ――そして三男は……別の地に


 「城門西部砦から降伏の狼煙です!これで七カ所目です!」


 城壁の数カ所からモクモクと上がる煙は、幾つかの防御拠点が内部から制圧された、若しくは内部工作が功を奏した証拠である。


 「上手く敵の虚を突いて包囲、ここまでは上出来だが……」


 俺はそう呟くと同時にクイクイと人差し指で目前でかしこまってひざまずく黒装束の女を呼び寄せた。


 「陽之亮ようのすけからの合図はまだか?」


 俺の指の動きに応じ座したままでにじり寄った女に対してシンプルにそう問う俺。


 「すみません御館おやかた様、未だ……」


 背に見えにくい黒糸で”刀身と桔梗の花”の刺繍が小さく入ったヒラヒラした布きれの、顔以外をスッポリ覆い隠す黒装束に身を包んだ女、我が臨海りんかい軍の影の功労者である神反かんぞり 陽之亮ようのすけが統轄する”闇刀やみがたな”が親衛部隊、”花園警護隊ガーデンズ”の中核メンバーである緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんは申し訳なさそうにそう答えると再びこうべを垂れる。


 「そうか。陽之亮ようのすけでもは腐っても首都だからなぁ、そう簡単に進まないか」


 参謀、佐和山さわやま 咲季さきの献策で急遽、敵の都を強襲した俺達だが……


 主戦力がお留守でも、相手の虚を突こうとも、


 ”本城”というものはそう簡単に落ちるものではない。


 「まぁいいさ、この時のために散々手は打ってある」


 だから鈴原 最嘉オレは、平時からあらゆる可能性に対して手を尽くしていたのだ。


 「先生、今暫く時間は必要かと思われますが、このまま包囲を続ければ……」


 座した俺の横に控えて立つ参謀の少女が、部下との一通りのやり取りを終えたのを確認して俺にそう進言しかけるが……


 「”奴”の居処は突き止めているな?」


 俺はその言葉を右手で制してから、正面でこうべを垂れたままの緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんに再び問うた。


 このまま包囲を続ければ、おそらく長州門ながすどから敗走して来るだろう壬橋みはし 尚明しょうめいの本隊は途中で第三勢力による本拠地への奇襲の報に慌てふためく事だろう。


 そして、その混乱に乗じあらかじめ振り分けた別働隊がそこを強襲する……


 それこそが鈴原 最嘉オレが”良し”と採用した、我が参謀、佐和山さわやま 咲季さきの策であった。


 だが――


 「はい、勿論です」


 今度は自信を持ってそう答える緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんに俺は頷く。


 ――結論から言えば……佐和山さわやま 咲季さきの策ではまだ不十分だった


 そもそも、俺と臨海りんかい軍の中で七峰しちほう攻めはもう何年も前から始まっていたのだ。


 ずは架空の人物である”上村うえむら 洋助ようすけ”という行商人として神反かんぞり 陽之亮ようのすけを潜入させ、七峰しちほうで身を興こさせる。


 そして七峰しちほうでも有力な豪商であり商業組合筆頭の木国屋きぐにや 文伍ぶんごと接触し、やがてその情報力と影響力を来たるべき”決戦エックスデー”のために利用する算段を整える……


 七峰しちほう内で有力な商業組合とよしみを結んで、その財力を使い敵勢力内部への工作アプローチを水面下で続けていたわけだ。


 ――だからこそ!


 今現在、こうも易く目前で敵兵の寝返りが続出しているのだ。


 そして、この重要且つ難儀な任務を粛々とこなしてきた逸材、我が臨海りんかいが誇る裏方である特殊工作部隊”闇刀やみがたな”を率いる神反かんぞり 陽之亮ようのすけにはもうひとつ、今回の策に絡めた工作を指示していた。


 「真琴まこと、ちょっとばかり城外から突っついてやれ。ああ……適当でいいぞ、子兎ピーターラビットご自慢の茨屋敷わがやの耐震性を疑う程度で良い」


 俺はニヤリと口端を意地悪く吊り上げながら、参謀とは別の側に控えていた黒髪ショートカットの美少女に指示を出す。


 「はい、承知致しました。最嘉さいかさま!」


 真琴まことは良い返事と共に笑顔でそう応えると、敬礼してから颯爽とその場を去る。


 「あ、あの……?」


 そして、その場で唯一人、


 我が参謀である佐和山さわやま 咲季さきだけが、さっきから何か聞きたそうな顔をしているが……


 「緋沙樹ひさき 牡丹ぼたん。お前達”闇刀やみがたな”はそのまま予定通りだ」


 「はい、御館おやかた様!」


 俺はそのまま指示を完結する。


 「……」


 そして一転、不可解な表情かおで様子を伺っていた参謀の少女に、俺は視線を移してから、ゆっくりと講義レクチャーを始めることとする。


 「最高責任者不在の鶴賀つるがにはな、先の”尾宇美城大包囲網戦おうみじょうだいほういもうせん”にて大失態をしでかした次兄の壬橋みはし 久嗣ひさつぐが謹慎させられている」


 「…………は、はい」


 自分だけ蚊帳の外という状況に、少しだけ不満げにそう応える咲季さき


 「でだ、そいつの居所を内外から突っついてやれば?」


 だが俺は構わず続け、彼女に示唆を与えた。


 「!?」


 俺の目論見通り、その一言だけで”聡い少女”の瞳は、はっ――と一瞬で色を変える。


 ――城の内外……


 ”闇刀やみがたな”と真琴まことの攻撃対象は勿論、壬橋みはし 久嗣ひさつぐの屋敷である。


 実質的な支配者たる壬橋みはし 尚明しょうめい長州門ながすど遠征で不在だ。


 そんな折り、城兵のあちらこちらで寝返り、混乱が起きる最中に、実質第二権力者である壬橋みはし 久嗣ひさつぐが我が身可愛いさで逃げ出したとなると……


 「敵の戦意は……ど、どん底まで落ち、鶴賀つるがは最早……」


 俺が偽報を成立させる為だけの適当な攻撃ではなく、本気で鶴賀つるが攻略に注力する意味に気づいた彼女は、答えながらもそこまで考えが及ばなかった自分を恥じ入るように思わず視線を下げた。


 「”策”自体の方向性は良かった。だが、偽の城攻めだからと手を抜けばそれは容易に敵に気取られるだろう」


 例えば、足止め部隊だからと適当に逃げ帰る様な生半可な覚悟で挑んでくる部隊なんてものは囮にもならない。


 そんなモノは、賢しい烏にからかわれる”案山子かかし”以下だ。


 そして今回は敵遠征軍本隊を寄せ付ける前に偽報を用いて戦意喪失させるという、時間的にも極めてシビアな作戦内容だった。


 そもそもそこまでお膳立てしていても、肝心の壬橋みはし 尚明しょうめいを襲う伏兵部隊が必ずしも成果をもたらすとは限らないのだ。


 さらに言うならば、無事に壬橋みはし 尚明しょうめいの部隊を蹴散らせたとしても、敗残部隊が想像よりもマシな状態で鶴賀つるがに逃げ帰ってくる可能性が無いわけでもない。


 そうなると――


 「この鶴賀つるがで手間取りすぎると逆に挟撃される恐れも出てくるかもしれない」


 俺の言葉に咲季さきは暗い表情で頷く。


 「虚々実々……虚をもって実を得るには、そのうそをどこまで真実に見せられるか、つまりは首都陥落という大果を得ようとするならば、その嘘も真実そこに迫れるだけの欠片ピースをどれだけ集められるかが重要になってくるわけだ」


 俺の言葉に咲季さきは伏し目がちになりながらも、言わんとする事は理解したという意味でゆっくりと頷いた。


 「首都陥落という偽情報を敵に信じ込ませ、敵部隊の士気を最大限下げる。そして、極度の混乱状態に陥らせることによって味方である伏兵部隊の援軍とするには、敵がそこに至ると想像でき得るだけの材料を幾つも提示して見せる必要がある……のですね」


 「ああ、そうだ」


 ――やはり”佐和山さわやま 咲季さき”は飲み込みが早い


 ”人を効率よく騙す嘘というモノには、その課程にて幾つもの真実がちりばめられていなければならない”


 この程度の問答で彼女は鈴原 最嘉オレの意図、つまり策謀の成否に拘わる根本を完璧に理解できる。


 「多くの真実から形成される結果としての嘘は、真実に勝る確信を相手に植え付ける。加えて”戦”とは生き物だ、ならば自らの予想の範囲内に在るうちに、己が手中で制御コントロールできる希少な時間内にて掴み取るべきものだろう」


 ――自らが優位に進められる限られた時間


 ――”黄金の時”にて、確実に成果を得る!


 そのためには綿密な準備と決断力、場合によっては多少の強引さも必要なのだ……と、


 「は、はい!先生っ!!……私が浅慮でした!」


 ――打てば響く、まるで”玉鋼たまはがね”の様な少女……


 綺羅綺羅と叡智の瞳を輝かせる佐和山さわやま 咲季さきに対し、俺自身もある種の達成感を覚えていた。


 「ここまでの経緯で上首尾なら、偽報にて壬橋みはし 尚明しょうめいの部隊は壊滅的な被害を受けるはずだ。とはいえ、後方の監視は常に怠らずに、俺達はこのまま鶴賀つるが陥落おとしにかかるぞ!!」


 そして俺は充足感漂う表情かおで若き才能に檄を飛ばしたのだった。


 ――

 ―


 うわぁぁっ!


 ぎゃぁぁ!!


 たがが外れたかのように一斉に逃げ惑う兵士達。


 「おらぁぁっ!!かかってこいよ!壬橋みはし 尚明しょうめいの腰巾着どもっ!!」


 短髪で四角いゴツゴツとした無骨な顔……


 太い首から繋がる肩の筋肉は隆々と盛り上がり、二本の丸太のような両腕に鬼ヶ島の悪鬼が如き金棒を握った、ほとほと常識離れした体格の大男が吠えた。


 ヒュンーーシュバッ!


 ヒュンーーシュバッ!シュバッ!


 「あまり動き回らない、アンタは的が大きいんだから当たるわよ?」


 長い髪を後ろで束ねた化粧っ気の薄い女が射る弓矢が、大男に蹴散らされた雑兵達を射的ゲームのように次々と狙い撃つ。


 「うっ!スンマセン、凛子りんこさん……」


 その声を聞くや否やしょげかえり、振り回していた凶器を途端に小さい動きに変えた”悪鬼”のバカデカい図体は……先ほどまでよりも一回りほど小さく見えた。


 「テメエもだ!凛子りんこぉっ!辺り構わずブッ放しやがって!!俺に当たったらどうしてくれるんだよ、この役立たずがぁっ!!」


 そして、他方で兵士達をバタバタと殴り倒していた柄の悪い男が、弓を放つ女に苛立ちをぶつける。


 「あら、たけちゃんが避ければいいだけじゃ無いの?」


 誰の目からも品行方正とか真面目とかとはほど遠いイメージの男を捕まえ、軽く笑ってそう言ってのける弓使いの女。


 軍としては既に完全にていをなさない七峰しちほう軍を散々に蹴散らすこの者達は……


 岩石の如き巨人、岩家いわいえ 禮雄れお


 勝手気ままな弓使い、しい 凛子りんこ


 柄の悪い拳法家、永伏ながふし 剛士たけし


 七神しちがみ信仰最高神、”光輪神”の御業みわざを体現する第十三代”神代じんだいの巫女”……


 六花むつのはな てるを守護する六大神の神官が家系である”六神道ろくしんどう”の猛者達だった。


 ――


 「粗方片付いたみたいね。ふふ……ご苦労だこと」


 それをやや離れた位置で傍観していた、長い巻髪で色白の、如何いかにも高飛車そうな女の赤い口元がゆっくりと嗜虐的サディスティックに綻ぶ。


 九波くなみ 九久里くくり――


 京極きょうごく 陽子はるこの”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が九枚目にして、武器に鉄鞭と子飼いの狼二匹を使役する”獣匠ハウンド”だ。


 グルルルルゥゥ!


 ウゥゥゥゥッ!


 「て、敵本隊は既に総崩れ……真っ先に逃げ出した壬橋みはし 尚明しょうめいも別の七峰しちほう亡命組が追ってお、おります……」


 女の両脇で狛犬の様な姿勢ポーズで控えた成人男性を軽く凌駕するほど巨大な二匹の獣達に怯えながら、ぺったり額を地面に擦りつけひざまずいて報告する兵士に、巻き髪の女はさも満足そうに微笑む。


 「勇んで攻め込んだは良いものの、散々に返り討ちに遭って帰ってきたら家が空き巣に取られていたなんて、神の加護も怪しいものだわ。所詮は似非えせ宗教国家の似非えせ神官ね、ふふふ、なんて滑稽な男なの」


 長い巻き毛の女、九波くなみ 九久里くくりは侮蔑的な笑みを隠すことなく、此処ここには居ない七峰しちほうの実質的な支配者、壬橋みはし 尚明しょうめいわらう、それがそもそも偽報に踊らされての結果なのだから心底可笑しくて仕方がない様子だ。


 「つ、鶴賀つるがを包囲した臨海りんかい軍の状況ですが、圧倒的優位に、にて……あと十日もあれば本当に陥落も有り得るかと……」


 九久里くくりの赤い口元に常備されていた笑みはその情報で消える。


 「それは面白くないわね」


 「ひっ……」


 高飛車そうな女の嗜虐的サディスティックな赤い唇が不機嫌に歪んだのを見て兵士は反射的に怯える。


 七峰しちほう臨海りんかいをぶつけるのには成功したが、臨海りんかい軍に圧勝されるのは後々の事を考えると彼女の所属する新政・天都原あまつはらにとってはあまり良いとは言えない。


 これは少々手を打つ必要があるか……と九久里くくりは少しだけ考える仕草を見せた後、


 「それにしても七峰しちほう亡命組が引き連れて来たわずか二百程度の手勢をこうも効果的に使役し、大軍である壬橋みはし 尚明しょうめいの部隊を殆ど戦わせずに敗走させるなんて……噂の”王覇の英雄”への六実むつみ達の評価もあながち誇張でもなかったようね……ふふ、少ぉぉしだけ、面白いわ」


 そう呟き、そして直ぐにまた口端を元の位置に上げる。


 「それから、そうね……」


 ――そう、なんにしても戦後処理だ


 ――如何いかに大果を上げようと、七神しちがみ信仰第十三代”神代じんだいの巫女たる六花むつのはな てるを擁する我が姫様の利は揺るがない!


 そういう考えが見て取れる意地悪い笑みを浮かべた巻髪女は、そのままサッと右手を高々と掲げる。


 「さぁ前座共の出番は終わりよっ!!総仕上げは私たち新政・天都原あまつはらの華麗な登場で幕を下ろすのよ、ふふふ、十二分に掻き回してやりなさい!」


 ”新政・天都原じぶんたちこそが、この勝ち戦の主役である”のだと!


 正にそう言わんばかりに巻き毛の女は、自らの率いる軍を混乱の最中に突撃させたのだった。


 ――

 ―


 これから二日の後、予想より随分と早くに宗教国家”七峰しちほう”宗都である鶴賀つるがは……


 虚矢の一撃で始まった戦いは、うつつでの落城という結果で幕を閉じた。


 新政・天都原あまつはら臨海りんかい連合軍、そして七峰しちほうを亡命した者達の手によって現実に陥落してしまったのだった。


 第四十話「虚矢現滅ファントム・ショット」後編 END

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