第153話「虚矢現滅(ファントム・ショット)」前編

 第四十話「虚矢現滅ファントム・ショット」前編


 「七峰しちほうの侵攻軍を打ち破った覇王姫はおうひめがその勢いのままに海を渡って”句拿くな”に攻め込んだ!?」


 俺がそんなトンデモ情報を得たのは、新政・天都原あまつはら領土内を経て攻撃目標である七峰しちほうの”舞羽崎まいはざき”に差し掛かる寸前だった。


 「はい。七峰しちほう軍側の侵攻はアルトォーヌ・サレン=ロアノフが守る西部砦群を突破できずに停滞、そして撤退を余儀なくされたということです」


 長州門ながすどの”覇王姫はおうひめ”ペリカ・ルシアノ=ニトゥの幼馴染みであり、その腹心であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。


 流石は”白き砦”と恐れられるほどの智将、長州門ながすど不敗の象徴である”三要塞の魔女トリアングル・マギカ”の一角であるが……問題は”そこ”じゃ無い!


 「なんで東の……海を越えて日向ひゆうが句拿くな領土へと侵攻するんだ?敵は七峰しちほうだろうが」


 副官である鈴原 真琴まことの報告に俺は当然の疑問をぶつける。


 「わかりません、ですがそういう状況であるのは事実です」


 「…………」


 ――考えられるのは……


 今回の七峰しちほうによる長州門ながすど侵攻は、あらかじ句拿くなと示し合わせていたと覇王姫はおうひめは踏んだ。


 つまり、宗教国家七峰しちほう壬橋みはし 尚明しょうめい日向ひゆうがを統一した”句拿くな”君主、柘縞つしま 斉旭良なりあきらが手を組んでいたということか?


 仇敵で犬猿の仲である長州門ながすど句拿くなでは有り得る話ではある。


 「臨海軍おれたちの行軍そのものの意味が変わってくるなぁ……」


 長州門ながすどを地理的に東西から挟撃するのが本来の目的であると看破した覇王姫はおうひめが、七峰しちほうを撃退した直後に、逆に句拿くな本土へと強襲したということか。


 ――攻撃は最大の防御……いや、意趣返しってか?


 ――それこそがあの”紅蓮のほのおひめ”たる覇者の在り様かよ


 俺は燃えるような深紅の髪と、一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳ひとみの……


 魅つめる者ことごとくを焼き尽くしそうなほどあかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみによく似合う艶のある石榴の唇、そこに毅然とした笑みを常備した真にほのお闘姫神ミューズたるペリカ・ルシアノ=ニトゥを思い返し、なんとも言えぬ溜息を吐く。


 「それで、どう致しましょう?」


 そんな俺にショートカット美少女の副官が遠慮がちに尋ねてくる。


 「…………そうだな」


 我が臨海りんかいがこうして七峰しちほう領土近くまで出張って来たのは、あくまでも攻められて劣勢にある長州門ながすどへの援護射撃のつもりだった。


 だが七峰しちほう軍は既に撃退され、そして当の覇王姫はおうひめは”句拿くな”へと攻め込むほどの勢いだ。


 ――あの陽子はるこでさえ”紅蓮のほのおひめ”の器量は推し量れないということか?


 そういう疑問を胸に、結局は全く援軍の必要などなかったという間抜けな状況の俺はチラリと視線を移す。


 「アンタらはどうする?」


 俺はその問題をその場に同席していたちょっとワケありな面々に投げたのだ。


 「私共の目的は元から壬橋みはし 尚明しょうめいを倒すことです」


 しっかりとした瞳で俺を見据えて即答したのは、確か波紫野はしの 嬰美えいみ


 刀を携えた、腰まである艶やかな長い黒髪が美しい色白の如何いかにもな大和撫子だ。


 「そうですね、敵が敗走しているなら、鶴賀つるがに逃げ帰る道中で尚明しょうめいを討つ!これはむしろ私たちにはぎょうこうと言えます」


 続いて答えたのは、前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの清潔で生真面目な印象の、毛先を軽くワンカールしている辺りオシャレにも気を遣っている感じの少女。


 利発そうな静かな瞳からこの一派の参謀的な役割だろうと推測される少女は、控えめな薄い唇に少し含みのあるような悪い笑みを浮かべる。


 ――こっちは確か東外とが 真理奈まりなだったっけ?


 残るこの場に居る異色の一派はあと二人……


 「まぁねぇ、子供のお使いじゃないから僕たちも」


 波紫野はしの けんという中性的な美形で一見して静かなインテリっぽい容姿だがどこか人を食った雰囲気のある、前述の波紫野はしの 嬰美えいみの弟でこっちも剣士だ。


 ――そして


 「……」


 ――こいつだ……


 ”やる気の無い態度”が表に出た様な、見た目は悪くないが目つきは少々悪い男。


 いや、目つきが悪いと言うよりも本当の意味で何者にも動じない瞳を思わせる不感症ぶりが黒い瞳に宿ったある意味得体の知れない男だ。


 ――確か折山おりやま 朔太郎さくたろうとかいう男だったか


 俺と同じ歳だと聞いたような気がするが、とてもそんな浅い経験を生きてきたとは思えない、得体の知れない男。


 年相応とはほど遠い不貞不貞ふてぶてしい中身……まぁ、鈴原 最嘉オレが言うのもなんだが。


 つまり俺の本能はこう告げているのだ。


 ――折山 朔太郎コイツは相当にヤバい相手だと!


 「…………陽子はるこめ、また厄介な奴らのおり押しつけやがって」


 と、思わずそんな本音を小さく呟いてしまう俺だったが、とはいえ現状いまは一応味方側である”七峰しちほう亡命組”を必要以上に警戒しても仕方が無い。


 「そうか、なら……参謀、どうするのが最善か?」


 俺はそのまま俺の後ろに控えていた真琴まこととは別の少女に献策を促す。


 「はい!であれば……ここは軍を二手に別け、一方はこのまま進んで当初の攻略目標である七峰しちほう領”舞羽崎まいはざき”を制圧、そしてもう一方は退却してくる七峰しちほう軍、壬橋みはし三人衆が長兄である壬橋みはし 尚明しょうめいを討つべく退却ルートにて迎え撃つのが上策かと」


 ピシリと背筋を伸ばして応えるのは、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女。


 俺が京極きょうごく 陽子はるこに押しつけられた暗黒姫様ご自慢の”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が八枚目、八十神やそがみ 八月はづきで、俺の麾下もとに在る現在いまは本名の”佐和山さわやま 咲季さき”を名乗っている。


 「なるほど、確かに」


 「私も同意です」


 「だね」


 急に振られた割には中々に堂々とした態度で応じた少女に、その的確な方策に、七峰しちほう亡命組の三人だけでなくその場のほぼ全員が頷く。


 ――が……


 「二手に別けるのは良し!だが足りないな、それでは上策とはほど遠い」


 ――っ!?


 俺の言葉に場は引き締まり、そして面々の視線は再び献策した少女に集中する。


 「で、では!別働隊による迎撃を確実にするため、”舞羽崎まいはざき”の制圧は壬橋みはし 尚明しょうめいの撤退して来る軍の進路を潰した後で……」


 少女は即座に修正策を提案するが、


 「足りない!敗走といっても軍だ、如何いかにして味方の被害を減らす?」


 俺により、それも”にべもなく”却下される。


 「う……では、伏兵部隊を本隊からいて……」


 「足りない!迎撃部隊の援軍になるのは兵のみか?硬直した思考を捨てろ!」


 「う……」


 ――ざわっ


 即座に献策を否定する、ややもすれば少女自身をも否定する様な俺の冷酷な言い様にその場は凍っていた。


 「あの……最嘉さいかさ……」


 やがて、流石に場の空気の悪さを見兼ねた真琴まことが助け船を出そうとするが……


 「参謀!人も国も、息の根を止めるのは”心臓”だ」


 俺は構わずにそう言った。


 ――っ!!


 そして……


 誰もが哀れんだ瞳を少女に向ける中で、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の少女は――


 「……」


 佐和山さわやま 咲季さきだけは、涙ぐんでいた瞳のままでもその口元に僅かな変化があった。


 「つ、鶴賀つるがを……七峰しちほう宗都、鶴賀つるがを攻めます」


 ――ザワッ!


 途端、周囲は一瞬にしてざわつく。


 急遽、敵の首都へと攻撃目標を変更となれば当然だろう。


 「なぜ?」


 そして俺はそんな周囲を無視して参謀に問う。


 「主力が不在の七峰しちほう宗都である鶴賀つるがを攻め落とし、その報をもって退却途中の敵主力部隊、壬橋みはし 尚明しょうめいの軍から戦意を奪います。そして混乱に乗じて別動の伏兵隊にて強襲し、降伏に至らしめるのが目的です」


 「……」


 息を呑む者達。


 そして献策それを聞く俺。


 七峰しちほう軍の主力部隊は長州門ながすど攻略に失敗したと言えども大軍だ。


 だが敗戦で戦意低下が著しい将兵達に届く凶報……


 宗都、つまり首都の陥落と同時に帰る場所を奪われた喪失感。


 兵士達の家族は人質同然で、そして補給も断たれる。


 そんな喪失感……いや、虚無感に陥った中での伏兵による強襲はさぞ辛かろう。


 ――そう、此処ここ自国領土内ホームであることを一時は忘れるほどに混乱はするだろう


 「宗都攻略は可能か?」


 ここまでは良し。だが肝心なのはそこだ!


 「主力軍が不在である現状で可能性は充分にありますが、必ずしも攻略した後で敵に知らせる必要はありません。それがたとえ疑報であっても、攻め込まれたと言う事実と火煙だけで虚矢は実矢として兵士の心を折るでしょう」


 続く俺の問いに参謀の少女はしっかりと俺と視線を交じらせて応えた。


 ――虚の矢にて実の大軍を打ちひしぐ!


 ――これもって”虚々実々”と


 俺はニヤリと笑い返した。


 「上策!我が参謀、”佐和山さわやま 咲季さき”の献策をもっ七峰しちほうを不当な支配を行使する巨悪から解放する!!」


 ――おおっ!


 高らかな俺の言葉に一同は大きく頷き、そして一気に士気も上がったろう。


 「行くわよけん、悪漢、壬橋みはし 尚明しょうめいの首をねに!」


 「はは、嬰美えいみちゃんはいつも勇ましいねぇ」


 「そう言う波紫野はしのさんも、たまにはやる気を見せて下さい」


 雌伏の時を耐え忍んできた七峰しちほう亡命組の面々は我が意を得たりと言わんばかりだが……


 「……」


 そこに只独り……


 そう、その男だけは……


 「…………くだらねぇ」


 折山おりやま 朔太郎さくたろうという男だけは、いつも通り冷めた表情でそう呟いたのだった。


 第四十話「虚矢現滅ファントム・ショット」前編 END

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