第152話「拾参姉妹雑談」後編

 第三十九話「拾参姉妹雑談ガールズ・トーク」後編


 「それでは各自持ち寄った情報共有も済んだみたいですし、今後の方針を……といねえさんお願い致します」


 古風クラシカルなシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿で頭にはレースのヘッドドレスという、近代国家世界でさえ同じ伝統的オーソドックス給仕メイド姿の七山ななやま 七子ななこは音頭を取ってから主役をある人物に譲る。


 「あーアレさね、御姫おひい様は今後、旺帝おうていへと更なる侵攻を予定されていたわけだけど、どうやらその旺帝おうてい軍に動きがあるみたいでねぇ、まぁ簡単に言やぁね、少数精鋭部隊による”志那野しなの”の奪還作戦さ」


 うなじ付近でクルクルと長い黒髪を一つにまとめた肌理きめの細かい白い肌に細く切れ長な瞳と薄く赤い唇という容姿の実に色気漂う三十路みそじほどの女、


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”筆頭である”十一紋しもん 十一とい”は言いながら、集った隊の面々をザッと見渡す。


 「旺帝おうていが?けれど旺帝おうていは北から攻め込んだ紗句遮允シャクシャインの……”北来ほらい”の可夢偉かむい連合部族王に対する防衛で手一杯では?」


 長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女、九波くなみ 九久里くくりが疑問の声を上げるが……


 「確かに”北来ほらい”はその総力をもって攻め込み、敗戦直後で戦力が不足している旺帝おうてい軍はその防衛に主戦力を裂かざるをえませんが、”志那野しなの”もまた旺帝おうてい領土西部の要衝です、捨て置くわけには行かないでしょうから少数の別働隊編成は有り得る話でしょうね」


 その質問に横合いから冷静な分析を返したのは、細い銀縁フレームの眼鏡をかけたキッチリとしたパンツスーツ姿の秘書風美女、十三院じゅそういん 十三子とみこだった。


 「ですが、敵が”少数”なら問題無いのでは?奪取した”志那野しなの”は現在は三奈みな六実むつみが万全の態勢で守備しているのですよね」


 後ろ髪をアップにまとめた赤い眼鏡の少し小柄な少女、十倉とくら 亜十里あとりが更に異論を挟む。


 「亜十里あとり、といねえさんは”少数精鋭”と言ったのですよ。そして”志那野しなの”を最もよく知る旺帝おうてい最強の猛将と言えば、もう解るでしょう」


 ――”少数”と”少数精鋭”とでは確かに意味合いは異なる


 七山ななやま 七子ななこはそう言うと、集った面々に視線を配る。


 ――彼女が指し示すのは言わずもがな、”志那野しなのの咲き誇る武神”木場きば 武春たけはる”だ


 「あ!?」


 「うひゃぁ」


 「……」


 それを聞いた亜十里あとり三奈みな六実むつみは三者三様の反応を示すが、共通しているのは総じて悲観的な表情かおということ。


 「”化物アレ”は……ウチらには無理だねぇ?」


 「…………」


 三堂さんどう 三奈みなは素直にお手上げとばかりに両手をあげて見せ、六王りくおう 六実むつみはとなりの三つ編み女の態度に不服そうながらも、自らも難しい顔で唇をキリリと結んだままだ。


 「まぁ……アレさね、”志那野そっち”はアタシと”一原いちはら 一枝かずえ”が援軍たすけに入るから、暫く守り抜くくらいはなんとかなるだろうさ」


 そして暗くなった場の雰囲気を、最年長で筆頭リーダーらしい手際の良さで十一紋しもん 十一といが直ぐに場を収拾する。


 「といねえさんと一枝かずえさんが?」


 「なんだい?アタシと一枝かずえじゃ不足だってのかい?」


 驚いた声をあげる二宮にのみや 二重ふたえに、十一紋しもん 十一といが冗談めかした笑みと共に聞き返すが、


 「い、いえ、決してそういう訳では無いですが……一枝かずえさんには”耶摩代やましろ”方面の抑え役として”尾宇美おうみ”の守備があるかと思いまして」


 真面目な二宮にのみや 二重ふたえは恐縮しながら答える。


 「二重ふたえ。確かに”耶摩代やましろ”から此方こちらへと下心を見せる祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは油断ならないくずですが、そっちは暫く私が対処しますので問題ありません」


 そして、その懸念の人物に多少個人的感情が入りつつも対応策を示す七山ななやま 七子ななこ


 「あはっ、それなら大丈ブイっ!」


 「確かに……”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”最強の”雷刃らいじん”と”みなごろし白鞘ドス”が揃えば、如何いか旺帝おうていの”最強無敗”であっても寡兵では攻めあぐねるわね」


 「確かに、そういうことなら」


 三奈みな六実むつみは揃って頷き、質問者の二重ふたえもそれに納得した。


 「まぁそういう事さね、で……こっからが本題なんだがね」


 十一紋しもん 十一といは改めて全員の顔を見回してから、頬まで垂れた前髪を掻き上げる。


 「大胆にも我が領土内を通って”七峰しちほう”攻めを提案してきたの”王覇の英雄”……鈴原 最嘉さいか、それの対応についてさ」


 ――!


 その名にガラリと……


 場を取り仕切る十一紋しもん 十一といを除く八名、前回の”尾宇美おうみ城大包囲網戦”でその人物のもとで戦った五人は勿論、その噂を聞き及ぶ二人も表情を緊張気味に変化させる。


 「……」


 唯一、七山ななやま 七子ななこという給仕メイドだけはニコニコと何時いつもの微笑みを常備していた。


 「その鈴原 最嘉さいかという人物は……確か先の”尾宇美おうみ城大包囲網戦”でも姫様の窮地を救うために自軍の赤目あかめ遠征を取りやめてまで駆けつけたと聞き及んでるけど?それほど姫様に尽くす様な男ならば大した問題ではないのでは?」


 直接会ったことがない九波くなみ 九久里くくりは素朴な疑問をぶつけた。


 「あの男性ひとは……ちょっと、そういう事で量れる人物じゃ……」


 六王りくおう 六実むつみは思い当たることが在るのか、微妙に眉間に皺を寄せる。


 「あはははっ!そうとうな”喰わせ者”だからねぇ、そんなとこも”きゃわゆい”けどぉ?」


 対して三堂さんどう 三奈みなは心底から楽しそうに笑い飛ばす。


 「味方としては”信頼”に足る御方よ。けれどそれ以外で”信用”するには才気が在りすぎるのでしょうね」


 十三院じゅそういん 十三子とみこは個人的には決して悪感情は無いが、それでも今回はあくまで新政・天都原あまつはらの臣下として客観的に分析した人物評を口にした。


 鈴原 最嘉さいかの戦い方を間近で経験した者達は表現は違えど、皆一様に同じような感想を語る。


 窮地においては”頼れる”人物だが、上手く”利用”するには才覚が在りすぎて扱いに最大の注意を必要とする。


 ”軒を貸して母屋を取られる”では適わない。


 ――”信じて頼れる”が”信じて用いる”には油断のならない相手


 十三院じゅそういん 十三子とみこの”評”が全てを現していた。


 「そうさね、そんな男の軍を領内に入れるんだ、こっちもそれなりの周到さは必要ってわけさね……十倉とくら 亜十里あとり、アンタは今まで通り臨海りんかい内で情報収拾、不審な動きが在れば逐一連絡、万が一の時は客将待遇で潜り込んでる八十神やそがみ 八月はづきと連携をとりな」


 「は、はい!それで我が領内に入る予定の臨海りんかい軍の対処の方は……」


 指示を受けた十倉とくら 亜十里あとりと他の者達の視線が集まる中で、十一紋しもん 十一といは細く切れ長な瞳をさらに細め、実に色気漂う赤く薄い唇に笑みを浮かべた。


 「対処が必要なのは領内というより臨海りんかい七峰しちほう遠征組の方だろうさね……だがそれなら”おあつらえ向き”なのが居るじゃ無いか?」


 ――!?


 意味深な最年長リーダーのそれだけの言葉で意味を理解したのは、この場では七山ななやま 七子ななこ十三院じゅそういん 十三子とみこの姉妹だけだったろう。


 「七峰しちほうは元々”奴ら”の問題さね、それで現在いまはアタシらに世話になってる居候に役に立って貰うだけさね」


 ――!?


 それを念頭に置いた補足だろう、十一紋しもん 十一といはそう付け足した。


 ――”七峰しちほう”から新政・天都原あまつはらに亡命して来た者達


 七神しちがみ信仰最高神たる”光輪神”の御業みわざを体現する六花むつのはな てるという宗教国家”七峰しちほう”の第十三代”神代じんだいの巫女”と、その彼女を護衛する、六大神の神官たる”六神道ろくしんどう”の者達のことだ。


 「奴らに自分達の後始末を着ける機会を与えてやる、そうすりゃ十二分に気張るだろうさね。それに七峰しちほうを軍で牽制するにしても、その結果が吉と出て七峰しちほうから幾許かの果実を収穫出来るにしても……だ、正統な権利者である”七峰しちほう神代じんだいの巫女”が居る限りは、臨海りんかい王も自分の好き勝手には出来ないだろうさね」


 「た、確かに……」


 「あちゃ~、それはひどいにゃぁ」


 負ければそれまで、新政・天都原あまつはらにとって失うのは”七峰しちほう亡命組”だけ。


 上手く戦って領地を切り取るなんてことが出来た場合でも、七峰しちほう亡命組の後ろ盾になっている新政・天都原あまつはら……京極きょうごく 陽子はるこの傀儡政権の出来上がりだ!


 六王りくおう 六実むつみは多少後ろ暗そうに頷き、三堂さんどう 三奈みなは利用されるだけ利用される臨海りんかいに同乗の声を漏らす。


 ――果たしてこの性格の悪い策謀の所在は誰なのか?


 今、指示を出している十一紋しもん 十一といなのか、それとも……


 「てぇ、わけで!九波くなみ 九久里くくり。アンタにゃ”神の使徒”どもの御守おもりをしてもらうよ、奴らを存分に使い倒して精々”凱旋帰国”の野望に燃えさせてやりな!」


 その悪巧みの一通りを聞いた、ご指名された長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女……


 王族特別親衛隊プリンセス・ガードが”一枚”にして戦場では子飼いの狼二匹を使役する”獣匠ハウンド”、


 「流石は私達の筆頭リーダー、といねえ様ね……実にり甲斐のある仕事だわ」


 ”九波くなみ 九久里くくり”の赤い口元がゆっくりと、嗜虐的サディスティックに綻んだのだった。


 第三十九話「拾参姉妹雑談ガールズ・トーク」後編 END

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