第152話「拾参姉妹雑談」前編

 第三十九話「拾参姉妹雑談ガールズ・トーク」前編


 「それでな、ここから先はちょっと”切り替えて”欲しいんだが……」


 岐羽嶌きわしま北部、三埜みの市にある庁舎ビルの最上階の部屋で、俺はモニターに映った美姫に依頼する。


 その日、年初めの時とは逆で”新政・天都原あまつはら”の代表たる京極きょうごく 陽子はるこに俺から連絡を取った。


 そして、暫く雑談を交えた後で俺はいよいよ本題に入ることとする。


 「必要なことなのかしら?」


 モニターの中で少し意地悪く微笑むあでやかなあかい唇の美姫に応えるように、俺は無言で頷いた。


 「そう、なら少し待っていなさい」


 真面目な話だと理解した陽子はるこは、画面に映らない手元でなにやら操作をしているようだ。


 ――前回は虚を突かれたからと、今回は”意趣返し”とばかりに俺からと……


 俺にはそういう対抗心もあったのだが……


 あの時は、我が臨海りんかいが設置した岐羽嶌きわしまの秘匿回線を当然の如くに利用されたのに対し、こちらは京極きょうごく 陽子はるこが本拠とする”香賀美かがみ”の秘匿回線を知る手段も無い。


 「…………」


 ――これでは”意趣返し”には程遠いなぁ


 彼女の用意が出来るまで、俺はそんな事を考えながら待っていた。


 「それで?最嘉さいか、貴方は”蟹甲楼かいこうろう”を奪取する算段は整ったのかしら」


 「…………」


 手持ち無沙汰にしている俺に、彼女の見透かしたかの様な言葉が掛けられる。


 ――全くもって……超可愛いが、可愛げの無い女だ


 俺の切り出そうとする話題を平然と先取りしてくる隙の無い才媛。


 だが”今回は”俺もやられっぱなしって訳にはいかない。


 「それなんだがなぁ」


 俺は既に強固なセキュリティが施された秘匿回線に切り替わっただろう事を陽子はるこに確認するように視線を交わしてから、続きを話し始める。


 「あれから色々と考えたが、どうも俺にはお前の真似事は出来ないようだ」


 「…………”蟹甲楼かいこうろう”は、陥落おとせないと言うの?」


 ――彼女は少し俺に幻滅しただろうか?


 少なくとも”無垢なる深淵じぶん”と戦う価値があると、俺を認めてくれているからの”宣戦布告もどき”だったろうに……


 表情からはそれが読み取れない陽子はるこの象徴的な”魂まで引きずり込まれそうな奈落の双瞳ひとみ”をうかがいながら俺は頷いた。


 「現状の臨海りんかい軍戦力では無理だな。たとえ出来たとしても被害が大きすぎる」


 ――京極きょうごく 陽子はるこが出来た事を鈴原 最嘉さいかは出来ない


 俺はよりにもよって惚れた相手に、そんな情けない言葉でハッキリと白旗を揚げたのだ。


 「…………」


 ”惚れた女”に貴女ほどの才覚は在りませんとは、男の沽券プライド的になんたらだが……


 ――だが!


 さすがに陽子はるこの思惑に”まんま”と乗ってやるほど俺は腑抜けじゃないし、かといって陽子はること”現状で”一戦交えて勝てると思うほど思い上がってもいない。


 ――なら俺が取りうる正解はなんだ?


 「…………そう、それで?」


 「”七峰しちほう”にな、直接攻め込もうと思う」


 「…………」


 ――そう、それでこそ”意趣返し”だろう!


 現に今、俺の発した代案で暗黒姫が象徴トレードマークである奈落の双瞳ひとみはほんの一瞬だが動揺に揺れた!


 当然の様に彼女は冷静を装っているが、それでも俺には……鈴原 最嘉さいかにだから理解わかる。


 ――この”一手”は我ながら起死回生の妙手である!


 「で、”七峰しちほう”に直接攻撃を仕掛けるとなると……陽子はるこの治める”新政・天都原あまつはら”領土内を行軍させてもらう必要があるが、当然、良いよなぁ?」


 ――そうだ!


 前回、京極きょうごく 陽子はるこ臨海オレに持ち込んだ話は、宗教国家”七峰しちほう”が攻め込んでいる渦中の西の大国”長州門ながすどに対し至急支援を行った方が良いという助言アドバイス……に似た脅迫。


 だがそれは、俺や陽子はるこにとって最大の敵とも言える天都原あまつはら藤桐ふじきり 光友みつともを牽制する為に必要不可欠だと踏んだからだろう。


 光友みつともが好き勝手に動けないようにするには、”七峰しちほう”と”長州門ながすど”という隣接する大国達の存在が欠かせない。


 ”あかつき”西部ではこの三大国が微妙な緊張で釣り合っているからこそ、俺の臨海りんかい陽子はるこの”新政・天都原あまつはら”が未だ存在できていると言っても過言では無いからだ。


 その為にも”七峰しちほう”と”長州門ながすど”の戦にて、どちらか一方でも滅ぶのは良くない。


 何故なら……


 そのどちらが勝利したとしても、藤桐ふじきり 光友みつとも天都原あまつはらと対峙する国が一つに絞られるのは天都原あまつはらの勝利を確定する事だと、俺も陽子はるこも予測しているからだ。


 それは、単純な正面決戦を始めれば、狂信的な信者で成る宗教国家”七峰しちほう”だろうが、紅蓮のほのおひめが率いる”長州門ながすど”だろうが、あの”いびつな英雄”藤桐ふじきり 光友みつともには勝てないという予測。


 だからこそ陽子はるこは現時点では”それ”を避ける為に、俺達”臨海りんかい”を抑え役として利用しようとした。


 不愉快な事に、俺が必ず動く様にと雪白ゆきしろの情報という保険まで使ってだ!


 ――そして、その対抗策として俺が出した答えは……


 直接、藤桐ふじきり 光友みつとも天都原あまつはらと戦火を交える”蟹甲楼かいこうろう”攻略を経ての海路での長州門ながすど支援をスッパリ捨て、陸路を使い七峰しちほう領土を直接攻めるという、間接的な支援策だ。


 ――これはつまり……


 取りあえず大国”天都原あまつはら”と戦果を交える形ではあるが必要攻略対象はあくまで”蟹甲楼かいこうろう”という小島の要塞一つと、宗教国家”七峰しちほう”という七大国家の一角と本格的に事を構える直接的な領土攻めという戦争を天秤に掛けて後者を取ったという……


 「正気なの?要塞一つと大国家を天秤に掛けてその答えを出すなんて……」


 少し軽蔑したような瞳で俺に問う暗黒姫の指摘は尤もだ。


 ――だが……


 この方法なら、七峰しちほうにとって攻め込んできた臨海りんかいはもちろんだが、それを許した陽子はるこの”新政・天都原あまつはら”も敵対国として認識することになる可能性も高い!


 そして陽子はるこの”新政・天都原あまつはら”も自国領内に臨海りんかい軍を招き入れるわけだから、我が臨海りんかいにとって不利になるような動きは容易に出来ないだろう。


 勿論、我が臨海りんかい軍の旺帝おうてい攻めは一旦中止になるし、陽子はるこはその間にその旺帝おうてい攻めを敢行できるが……


 当初の彼女の予定とは程遠い、国境を隣接する”七峰しちほう”を警戒する必要と国内の我が臨海りんかい軍に対する万が一への備えを維持しながらでは、俺が”長州門援護射撃そっちがわ”にかまけている間にまんまと東と北を完全制圧するのは如何いかな”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”でも不可能だろう。


 「相変わらず、嫌がらせ的思考は天才的ね」


 愛しの暗黒の美姫様が、ほんの僅かに眉をひそめるのを確認してから俺は笑い返したのだった。


 「そうか?同盟国らしい、美しい絆の共同作戦だろう?」


 ――

 ―


 「それで姫様は臨海王りんかいおうの条件を飲まれたの?」


 長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女が不満そうに聞く。


 「それは仕方無いかな、長州門ながすど支援の提案は元はと言えば新政・天都原こちらから振った話だから」


 それに答える、後ろ髪をアップにまとめた赤い眼鏡の少し小柄な少女。


 「あははっ!相変わらず抜け目が無いねぇ、鈴木 燦太郎りんたろうぉ」


 「それを言うなら”喰わせ者”でしょう?それに三奈みな、彼はもう”臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいか”よ」


 笑う三つ編みの女はいかにも不真面目で中々に肉欲的グラマラス体型スタイル、そしてそれにすかさず訂正を入れるのは、対照的にスラリとした長身の凹凸の無い体型スレンダースタイルで、凜とした佇まいの長い黒髪を後ろで束ねた女だった。


 「そういえばあの”尾宇美おうみ城大包囲網戦”で、三奈みな六実むつみの王には面識があるのよね?」


 そしてその二人に最初の、長い巻髪で上品なワンピースドレスに身を包んだ女が聞く。


 「あれぇ?九久里くくりちゃんは彼に興味ある?ある?」


 それに茶化すように返す三つ編みの……


 「三奈みな!それから九久里くくり六実むつみ、あと亜十里あとりも!!そろそろ”といねえさん”と七子ななこが着くみたいだから、配膳を私と二重ふたえだけに任せてないで手伝いなさい!」


 四人の女による雑談にピシャリと喝を入れたのは細い銀縁フレームの眼鏡をかけたキッチリとしたパンツスーツ姿の秘書風美女、十三院じゅそういん 十三子とみこだ。


 他の女達が比較的日常的カジュアルな私服の中でひとりだけ仕事着ぽいが、それは十三子かのじょの平服であった。


 「ちょっと!心外ね、本題に入る前に少し情報の下調べを済ませていただけよ」


 長い巻髪の上品なワンピースドレスに身を包んだ女……


 得意武器は鞭で、戦場では子飼いの狼二匹を使役する”獣匠ハウンド”、九波くなみ 九久里くくりである。


 「わ、私は聞かれたから答えていただけだから!」


 後ろ髪をアップにまとめた赤い眼鏡の少し小柄な少女……


 見た目では想像し難いが、素手による古流組み打ち術を極めた闘士、十倉とくら 亜十里あとり


 「まぁた怒られたよ、あははっ」


 相変わらず緊張感の少し欠けた三つ編みの剣士である、三堂さんどう 三奈みな


 「うっ……なに笑ってるのよ、この能天気女」


 スラリとした長身に凜とした佇まい、長い黒髪を後ろで束ねた槍使い、六王りくおう 六実むつみ


 「ま、まあまぁ、もう殆ど用意は済んでますので……」


 戦場では西洋風”十字弓クロスボウ”を握る両手に、料理が綺麗に盛られた皿を持った少女……


 おかっぱ頭がキュートな二宮にのみや 二重ふたえは、全体にフォローを入れながら甲斐甲斐しく動く。


 そして……


 「…………」


 その様子の一部始終を部屋の隅にて体育座りでジーと眺める、ジトッとした三白眼で無口で小柄な謎少女……


 暗器使いの四栞ししお 四織しおり


 「まぁ良いわ、二人が到着次第に始めるけれど問題ないわね」


 リビングのテーブルに臨時のテーブルを二つ繋いだ卓上には何皿もの料理とデザートの数々が並べられ……


 その日、”近代国家世界”にて――


 とあるマンションの一室には、”新政・天都原あまつはら”を統べし京極きょうごく 陽子はるこが誇る”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”総勢十三名のうち七人と後着する予定の二人を合わせた計九人までが集い、これから情報交換を含めた食事会的なものを始めるようであった。


 第三十九話「拾参姉妹雑談ガールズ・トーク」前編 END 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る