第150話「覇者の特権?」

 第三十七話「覇者の特権?」


 ここ、岐羽嶌きわしま領北部、三埜みのの”香華山かげやま城”改め臨海りんかいの”烏峰からみね城”。


 百花のさきがけ、香る梅が遠ざかり、せる桜が色付く頃……


 新たなる拠点たる我が烏峰からみね城の様子は――



 「浦橋うらはし 琴璃ことりじゃ。久しいのぅ、鈴原 最嘉さいか殿」


 後列に数名の従者、その更に後列に金銀財宝の山……


 改装最中さなかの我が居城の主座に腰掛けた俺と対面しているのは年端もいかない少女で、彼女は従者共々、床に直接正座をして俺を不敵な笑みで見上げていた。


 「あーえー……そうだな」


 正座し、床に額をピタリと貼り付けて震える従者達とは違い、独り胸を張る如何いかにも生意気そうな少女は……


 少々気性に難が有りそうであるが、大きなリボンで結ばれたゆったりとした長い黒髪と自信に輝くどんぐり眼という、中々将来有望そうな容姿をしていた。


 「最嘉さいかさま、琴璃ことり姫です、”十ヶ郷じっかごう”の……」


 供回りの者達とは真逆の態度で俺に馴れ馴れしく話しかけてくる少女の正体をいまいち思い出せずにいた俺に対し、そばに控えた鈴原 真琴まことがそっと助け船を出してくる。


 ――十ヶ郷じっかごう!ああ、我が臨海りんかいのご近所、小国群のひとつ”十ヶ郷じっかごう”か!


 俺はそれでようやっと合点がいき、大きく頷いてから応えた。


 「おお、ことちゃんか!?久しぶりだなぁ、今日はどうした?お年玉にはちょっと遅いぞ」


 俺の軽々しい冗談ジョークに、真琴まことは呆れた目で俺を見て、生意気そうな少女の白い顔は一気に朱に染まる!


 「お、お年玉とはなにごとかっ!わらわはもう十二じゃっ!!立派な淑女レディであるぞっ!!」


 ――おお……しまった、つい昔のクセで……


 そう、俺は近隣領主の娘で、六つ年下のこの少女を昔はこうしてよくからかったのだ。


 ”十ヶ郷じっかごう”を治める浦橋うらはし家の息女。


 同じ小国群領主の血を引く立場を共有する者であり、そして鈴原の遠縁である彼女、浦橋うらはし 琴璃ことり


 ちびっこいくせに何かと絡んでくるこの生意気少女がこうしてプンスカ怒るのが妙に滑稽で、それでいて愛らしく、殺伐とした戦国の世で生きる俺にとって一時期は一服の清涼剤であった記憶がある。


 「う……まぁ良い、本日、わらわがこうして伺候しこう致したのは、我が父、浦橋うらはし 森繁もりしげの命により、鈴原 最嘉さいか殿の臨海りんかいに我が”十ヶ郷じっかごう”がくだる従属の証として、これらの財と共にこの……こ、この身を……けん……献上……」


 そこまで台詞を並べて、急に赤い顔でしどろもどろになる少女。


 ――ああ、やっぱそう言う事か……


 面会直後は自信満々で、その後は怒って、今は耳まで赤らめた、少々おしゃまな乙女に俺は予想通りだと溜息をいた。


 「ええと、力説中にすまないがなぁ」


 「じゃから、この身を……身を……え?」


 「だから、”そういうの”間に合ってますのでお引き取り下さい」


 「…………え?ええっ!!」


 勇気を振り絞った感の台詞を途中で遮られ、口をパクパクさせる少女に俺は更に続けた。


 「琴璃ことり……”今日は"お前で四人目なんだよ」


 「…………は?」


 そして未だ意味を解さぬ異国の少女から俺は隣に直立で控えるショートカットの美少女に目配せした。


 「はい、本日来訪された新たな従属国の要人は御三方……”南郷なんごう領”の三守みかみ 平兵衛へいべい様が息女、しぎ姫様。”羽谷田はやだ領”の森宮しんぐう 行永ゆきなが様が息女、安久あく姫様。後は”井絽川いろがわ領”の……」


 「な!なっ!?」


 琴璃ことりが間抜けな顔で絶句するのも良く理解できる。


 少し前まで同等であったはずの小国、我が臨海りんかいの快進撃の前に今の今まで様子見だった“あかつき”中央の近隣独立小国群。


 それは或いは”天都原あまつはら”への遠慮から、或いは”旺帝おうてい”への警戒から……


 だがここに来ての我が国の”赤目あかめ”征服、旺帝おうてい領”那古葉なごは軍”撃破と、その態度を保留にするにはあまりにも目まぐるしく変わる勢力図の中で、日限ひぎりの”圧殺王”こと熊谷くまがや 住吉すみよし臨海りんかいへの臣従とその意を受けての各地の制圧は、我先にと俺へのご機嫌取りに走るには十分すぎる理由であった。


 ――たく、ここぞとばかりに力攻め一辺倒でガンガン暴れ回る熊男のせいでこっちは……


 要らぬしがらみを押しつけられる煩わしさと、


 次々と舞い込むめかけ志望の姫達による、側近たる真琴まことの俺への無言の圧力プレッシャーと……


 ――バカ熊男め!今度会ったら、あの雑な顔面を更に雑にヘコましてやるからなぁっ!


 と、殴ったら此方こちらの拳がヘコみそうな強面こわもてを思い出しながらも、熊谷くまがや 住吉すみよしの予想以上の活躍に俺は意外な心理的苦戦を強いられていた。


 「……てな訳でな、浦橋うらはし 琴璃ことり殿、”十ヶ郷じっかごう”領主、浦橋うらはし 森繁もりしげ殿の誠意は確かに受け取った。頂いた”財”は今後の天下太平の為にありがたく使わせて頂くが、最早我が傘下として同じ理想を掲げる貴国の女性を人質まがいに扱うわけにはいかないので、早々にお帰り頂いて結構だ」


 「うっ!?……うぅ」


 浦橋うらはし 琴璃ことりは俺の返答に涙目で睨んでいた。


 「宮郷みやごうのっ!」


 「……」


 「そう、宮郷みやごう領主の姫!あの弓姫!宮郷みやざと 弥代やしろ殿は快く迎え入れたと聞くぞっ!!」


 ――で、やはりそうきたか……


 結局、この俺へのご機嫌取り合戦に各国首脳の、”いろ”を使うのが一番という間違った噂からの手法は……


 ――あの”常時エブリデイ気怠げ女”が元凶なのだっ!!


 「アレはな、快くと言うか、なんというか……」


 「なんというか!?なんじゃ!?」


 ――くっ……当事者の琴璃ことりばかりか、そばで控える真琴まことの視線も痛い!


 「”宮郷みやごう”の行く末のため、苦肉のというか……」


 「領国の行く末を案じるは、わらわも同じぞっ!!」


 ――ぐぅ!そもそも俺が独身なのも原因ではあるんだよなぁっ!


 何年か前に俺の求婚プロポーズをとっても素敵な笑顔で躱した暗黒姫のご尊顔が腹立たしくも脳裏に蘇る。


 「いや、だいたい……琴璃おまえ子供ガキ……」


 「っ!!」


 葛藤から”つい”苦しまぎれに出た言葉に、何故か人質を猛烈志願する異国の姫が”どんぐり眼”にチリリッ!と怒りの炎が灯った。


 ――ま、まずいっ!!


 どうやら俺は要らぬ地雷を踏んだようだ。


 「ああっ!!あれだ!!あれ!あれ!!子供ガキと言えば、客将として迎えた南阿なんあの英雄が一粒種っ!!そうそう!!奴はどうしてる?なぁ、真琴まこと?どうだったっけ?」


 俺は強引に……


 強引すぎるハンドル捌きで方向転換を図った!


 「え、ええと、伊馬狩いまそかり 猪親いのちか殿は……今の時間は確か、最嘉さいかさまが呼び寄せたばかりの宗三むねみつ いちに師事し稽古中だと思いますが……」


 ――そうそう、陽子はるこのせいで見直しを余儀なくされた今後の方針を……


 それを決めるために赤目あかめから一時的に呼びつけたいちに、空いた時間で猪親いのちかの面倒を見させていたのは他でもない俺の命令だった!


 「おうっ!それだ!!猪親いのちか伊馬狩いまそかり 猪親いのちかくんっ!!」


 ――どれだよ……


 俺は自分で言っていて、思わず心中でツッコんでしまう。


 「す、鈴原 最嘉さいか殿?その猪親いのちかなる御仁よりもわらわの話は……」


 「最嘉さいかさま?」


 強引すぎる俺の態度にポカンとする異国の姫と側近を尻目に、俺はドサクサで立ち上がる。


 「てなわけで、俺は将来有望な若者、猪親いのちかくんの成長を見守る重大な責任が有る故にこの場は失礼する!」


 ”じゃぁね!”と手を上げる俺。


 「なっ!?ちょっ!!鈴原 さい……お兄いちゃ!?じゃなくて!!ちょっと待つのじゃ!!」


 「ばっははーーい!」


 そして俺は有象無象には目もくれず、いにしえの別離の言葉を発してその場を後にする。


 「あ!!さ、最嘉さいかさま!?」


 こうして慌てて俺の後を追う真琴まことを引き連れ、俺は見事に?その場を脱出したのだった。


 第三十七話「覇者の特権?」END

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