第148話「天翔の城」前編

 第三十五話「天翔の城」前編


 「立派な城じゃないか、これなら改修にそう手間も掛からないな」


 俺と側近の鈴原 真琴まことは、”元”旺帝おうてい領土の”岐羽嶌きわしま領”……


 その領都である”三埜みの”の在る城に入っていた。


 「確かに、この”香華山かげやま城”はかなりの規模ですが……私には戦城いくさじろというより、どちらかというと庁舎という感じがします。あの重要な交渉で、その御名を貶めてまで手に入れる価値が有ったのか……最嘉さいかさまがそこまでこだわられた理由が私には解りません」


 ――岐羽嶌きわしま領北部、そこそこ栄えた城下町を眼下に見下ろす”三埜みの”の”香華山かげやま城”


 鈴原 真琴まことが言うように、確かにこの城は戦闘向きの要塞というよりは、市中や領民を治める拠点、つまりは役所のような造りの城ではある。


 「そうだなぁ、俺がこだわった理由と言うなら……」


 少し腑に落ちないという表情かおで俺を見上げる大きめの瞳に対し、俺は大層満足げな表情のまま答えた。


 「”あかつき”の中心に位置する領土の一つ、”岐羽嶌きわしま”を制する者は天下を制する!この地に城を構える事こそが実は今回一連の大戦を通じての鈴原 最嘉オレの真の目的だったからだ」


 そう、真琴まことがちょっと疑問に感じるほどに俺が”岐羽嶌領ここ”にこだわった戦後交渉……


 それは一週間前の”停戦交渉”であった。


 ――

 ―



「貴殿が?」


 入って来た俺の顔を見るなり、先に到着していた一団の中央に坐した初老の将が問うた。


 負傷退場した本来の旺帝おうてい軍総大将の”巨獣きょじゅう甘城あまぎ 寅保ともやすにも見劣りしない将軍らしい圧と威厳を感じさせる見事な面構え……


 ――ず、那古葉なごは旺帝おうてい軍総大将代理という”山県やまがた 源景もとかげ”に間違い無いだろう


 の”旺帝おうてい二十四将”、後の”旺帝おうてい八竜”にも名を連ねるに相応しい実力と実績を持ちながらも頑なにそれを拒否し続け、只の一将軍という地位に自らとどまっている旺帝おうていを支える宿将だ。


 ――結局、俺は”広小路ひろこうじ砦”で直接相見あいまみえることが無かったが……


 ”魔人”伊武いぶ 兵衛ひょうえに”巨獣きょじゅう甘城あまぎ 寅保ともやす、そしてあの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはると、

 俺が刃を交えただけでもこれ程の男達が君臨し、そして未だこれ程の男が存在する旺帝おうてい軍は確かに最強国と呼ばれるに恥じない大国だ。


 「悪いな、待たせたみたいで。早速始めるか?」


 俺は対面して早々の敵将にそんな感想を抱きながらも、その人物の問いかけに素直に頷いてから用意された席に腰を下ろす。



 ――場所は那古葉なごは城前正面の平原


 両軍が睨み合う戦場中央に設けられた仮説天幕テントにて――



 「那古葉なごは領主、甘城あまぎ 寅保ともやすの代理を務める山県やまがた 源景もとかげである」


 長さ百五十センチほどの”戦用木製盾”数枚で組まれた急造のテーブルを隔てて座る三人の旺帝おうてい軍重鎮の面々、その中央にて俺の対面に坐した初老の将が予想通りの名を名乗った。


 「臨海りんかいの鈴原 最嘉さいかだ。本来の総大将である正統・旺帝おうてい将軍、穂邑ほむら はがね殿は先の戦いでの傷が癒えて無くてな、連合軍代表の交渉は俺が代理を努めるが問題無いか?」


 ――そして


 そう一応は尋ねてみるが、これは”外交儀礼”だ。


 それは、今回の交渉内容はお互いの陣営に事前に伝達されており、この場はあくまでも最終確認の場だからである。


 「問題無い。此方こちら甘城あまぎ殿の代理だ」


 なので山県やまがた 源景もとかげも了承済みだと短く応える。


 「……」


 そして直ぐに旺帝おうていの宿将は右隣の男に目配せした。


 「は!」


 山県やまがた 源景もとかげと視線を交わした右隣の……


 この場にあって只一人、これといって見栄えのしない男は山県やまがた 源景もとかげに軽く頭を下げると対面の俺に視線を向ける。


 「…………」


 ――なんだ?


 その瞬間、俺は少し違和感を感じる。


 一瞬だが、一見して見栄えのしない有り触れた中年男はその風貌に似合わぬ鋭い眼力をもって俺に対峙した様に見えたからだ。


 「しからば、ずは確認致しますが……」


 ――いや、些末事だな、どちらにとっても重要なこの場に”只人”が居るはずも無し


 俺は直ぐに思い直し、そして直後、行動に出る。


 「先に送った書状の通り、穂邑ほむら殿が率いる正統・旺帝おうていの要求は”那古葉なごは領”…………あと欲するのは”岐羽嶌きわしま領”だ」


 ――っ!!


 相手が発する言葉の完了を待たずに放たれた俺の要求に、一瞬にしてその場が凍り付いた。


 「…………」


 ピクリと眉を僅かに反応させただけで、不機嫌な顔ながら黙する山県やまがた 源景もとかげと、


 「…………それは」


 殺気の籠もった光をまたも一瞬だけ、その眼に宿した只人風の中年。


 ――なるほど、俺のよく知る眼だ


 「いえ、失礼しました……臨海りんかい王こと鈴原 最嘉さいか様、我が旺帝おうていへの割譲要求、その対象がこの”那古葉なごは領”のみならず”岐羽嶌きわしま領も”とは、これでは臨海りんかい王は”よほどの強欲者”というそしりを免れないのではないでしょうか?」


 直ぐに何事も無いかのように交渉に入る中年男だが……


 誤魔化そうともあの閃きは、希なる”智者の瞳”だ。


 「…………」


 ――となれば中年男こいつが誰か……大体の予測は付く


 俺が頭の中で中年男の素性を詮索している最中にもくだんの男は続ける。


 「確かに”停戦交渉”と銘打ってはいても中身は我が旺帝おうていの敗北、我らは”ある程度”の譲歩を迫られる立場なのは仕方が在りませんが、流石にこれは図に乗り過ぎでは?”王覇おうはの英雄”は道理をわきまえぬ痴れ者と、後世に残るだろう貴方の人物評を著しく下げる事となりましょう」


 一旦は鋭い閃きを瞳の奥に仕舞った中年男だが、中々どうして、次いで咽奥から吐き出した言葉は結構な刺々しさだ。


 ――!


 「戦の勝敗は明らか!にも関わらずこの場を提供された我が君の温情に対してそのような無礼な口の利き方!どちらが痴れ者かっ!!」


 だが旺帝おうてい陣営の口撃ターンもそう長く続かなかった。


 暫くは相手の言い分を黙って聞く姿勢だった俺に代わって、俺の左横に控えて立っていた少女が激しく抗議の声を上げたからだ。


 「…………」


 「…………」


 そのまま睨み合う、旺帝おうていの中年男と我が臨海りんかいのショートカット美少女。


 「…………失礼、貴殿は?」


 暫し沈黙の後で、中年男が放った言葉にショートカットの美少女が取った行動は――


 キンッ!


 中年男と木製盾の急造テーブルを挟んで睨み合った状況にて、腰の後に装備した二振りある特殊形状の短剣の内、一振りの短剣を素早く引き抜く!


 ギュルルルーーーージャキンッ!!


 そして、その柄尻に施された丸い輪っか状の穴に人差し指を通すという彼女特有の握りから、そこを起点に刃をクルクルと旋回させるという挑発的なデモンストレーションを伴った後、中年男の顔面へと切っ先を向けるショートカット美少女。


 「っ!?」


 「相手に名を聞くならず自分が名乗ったらどう?それとも自分で開くのが重い愚鈍な口なら、海鼠なまこの様に引き裂いて名乗りやすくしてあげましょうかっ!?」


 交渉という場にはまるでそぐわない、十二分に殺気を孕んだ視線で彼女は中年男を睨む。


 「……」


 ――まったく、相変わらず真琴まことは”俺のこと”となると……


 俺の側近である鈴原 真琴まことは、中年男が俺を”強欲者”に始まり、色々と貶したのが相当気にくわなかったのだろう。


 「こ、これは失礼した、そうですな……うむ、我が名は真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう。今回の旺帝おうてい軍内で身分不相応にも筆頭参謀をたまわっております」


 「……」


 ――やはりねぇ、この中年男が穂邑ほむらの言っていた稀代の策士とやらか


 回答を得て改めて思う。確かに……


 真琴まことに殺気を当てられても、殆ど臆すること無く平然と答える胆力、そしてなによりも時折見せる”智者の瞳”。


 ――確かに”偽眼鏡くん”が一目置くだけはある


 というより……


 この真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうなる中年だけで無く”この場の全員”が、少々過激すぎる鈴原 真琴まことの行動にも全く動じていない。


 改めて、大した人物達が集まったものだと思う。



 その顔ぶれ、この那古葉なごは城決戦の交渉テーブルに着いた敵味方の面々は――


 正統・旺帝おうてい臨海りんかい軍側からはメインに鈴原 最嘉オレ


 「真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう!貴方の身分不相応はその地位じゃなく、僅かばかりの知恵を鼻にかけて真の英雄である”我が君”の前に立ちはだかった浅はかさよ!」


 そしてその俺の補佐には、目下、絶賛!殺気をまき散らし中の鈴原 真琴まこと


 「まぁ、嬢ちゃん。それくらいにしておいてやれよ、所詮は負け犬の遠吠えだ」


 さらには、このままでは殺伐としかねないこの場の状況に、なんの躊躇も無く見事な油を投入する、”日限ひぎり”の熊男こと熊谷くまがや 住吉すみよし



 対して――


 「…………」


 先程も自己紹介があった、旺帝おうてい軍側代表、那古葉なごは領主の甘城あまぎ 寅保ともやすが代理を務める山県やまがた 源景もとかげ


 「負け犬だと?それは中々面白い表現だな、確か”圧殺あっさつ王”とやら……だったか?」


 その源景もとかげの左隣に控える、がっちりとした肩幅に鍛えられた太い腕、そして厚い胸板という、まこともって均整の取れた完成した肉体の男……最強無敗、木場きば 武春たけはる


 「ああ?事実だろうが!その風体、お前、”最強無敗”……だよなぁ?」


 陽とした風貌にして実に見事な男ぶりの旺帝おうてい軍最強の将と、我が陣営に参加したばかりの熊男が狭い天幕内で火花を散らして睨み合う。


 ――おいおい、怪獣大戦争でもぱじめるつもりかよ?筋肉馬鹿共は……


 このままでは冗談で無く、そうなりかねないと……


 「住吉すみよし、いい加減にしろ、それから真琴まことも」


 ここに来て俺は、渋々とそこに介入することにした。


 「ちっ!」


 あからさまに不機嫌顔にて、乗り出していた身の重心を後方へと移動させギシリと背もたれに悲鳴を上げさせる巨漢と、


 「は、はい!申し訳ありません、最嘉さいかさま!」


 直ぐさま刃を仕舞い、直立不動で俺に敬礼する我が側近。


 ――やれやれだ……


 俺は二人を制した後、再び視線を旺帝おうてい側の最後の一人、こんな状況でも終始冷静に場を観察していたらしい中年男、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうに向けた。


 「”一応”ここは交渉のテーブルだ。折角あつらえたのだし、話し合いで解決を試みようじゃないか、なぁ?」


 「…………そう、ですね」


 油断の出来ない相手だろう智者は俺の言葉に警戒心満載で頷き、俺はさらに続ける。


 「……でだ、最強国旺帝おうていの軍筆頭参謀殿は、俺が今回の戦後処理として貴殿達、旺帝おうてい領から”那古葉なごは領”のみならず”岐羽嶌きわしま領”も欲している事に不満なようだが……」


 俺はそこまでは前言のまま、話し合いらしく落ち着いた口調で進める。


 「けど、だいたいなぁ?”那古葉なごは領”は同盟国である正統・旺帝おうていが欲していた地で、この戦の発端に過ぎない。そこに俺達、臨海りんかいが加勢し勝利したのだから、俺達は臨海おれたちで成果を要求するのは当然の権利だろうがっ!」


 ――孫子九編に曰く、”処女脱兎”……


 最初は優しく従順に、機を見れば怒濤の如くという。


 無論”用兵の常道”であるが、交渉事もある意味戦争だ、例に漏れるでもない。


 まぁ、この場合は……


 相手の懐事情から譲歩可能な額を要求して呼び出して、後の無い土壇場に追いやってから更に限界ギリギリを絞り出させるという、


 ――つまりは、”処女脱兎へいほう”というよりは”美人局つつもたせ”の要領であるけどなぁ


 とまぁ、そういう狙いで俺は”少々乱暴”に、”すこぶる横柄”に、そう言い放ってやったのだ。


 「………………………………成る程、貴方の狙いははなから”それ”でしたか」


 対して旺帝おうてい側、くだんの智者の反応は、全くもって面白くも無い。


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは俺の挑発にも軽々には乗ってこない様子だった。


 ――まぁ良い……それならそれで


 俺はこのまま押し切るまでだ!


 「連合軍おれたちはこのまま続けても良いんだが?だが、その場合は悲惨な結果しか見えないだろう」


 ――”兵糧攻め”が功した籠城戦


 当面援軍も来ない、食料も底を尽いた守り手側の末路は悲惨の極致だ。


 飢えによる死、飢えによる仲間割れ、飢えによる”同類食いげどう”……


 その地獄は過去多くの戦場が幾度も証明している。


 「噂に高い”王覇おうはの英雄”と呼ばれし”徳人”が、その様な非人道的で下衆ゲスな脅しとは……私には先程、貴殿が”話し合い”だと仰っていたと記憶しておりますが……」


 「”王覇おうは”とはっ!」


 ――っ!


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうの言葉を遮る俺の一喝に、場の全員が注目を余儀なくされる。


 「王覇おうはとは”王道”と”覇道”併せ持つ器を指す!俺が王道を選ぶか、それとも覇道を行使するか、それは貴様ら旺帝おうてい軍の答え次第だ」


 「…………」


 ――そうだ!


 鈴原 最嘉さいかは決して”聖人君子”なんて道化じゃ無い!


 神成らざる人間が、その未完成な能力で神を越える”大望”を遂げるには!


 全知全能なんてイカサマを振り翳さずに思う理想を握るには!


 ――現在いまだ……


 「うむぅ……」


 「鈴原……最嘉さいか、貴殿は……」


 「…………」


 旺帝おうていの有能なる武人達は、鈴原 最嘉さいかを恨み、憤り、そして恐れた事だろう。


 ――現在いまだ、俺の想い成す理想は、俺の届く世界は……


 ――こんなにも狭い


 嘉深よしみの死から始めた鈴原 最嘉さいかの本願は、いまだ道半ばだ。



 「もう良い、承知した。”那古葉なごは領”は穂邑ほむら はがねに、”岐羽嶌きわしま領”は貴殿、鈴原 最嘉さいか殿に割譲しよう」


 そこまでで――


 睨み合う両陣営の中で、山県やまがた 源景もとかげが断を下した。


 「山県やまがた様……」


 「お、叔父上!?」


 旺帝おうていの他の二人はだ納得いっていない様子だが……


 「那古葉なごは領主、甘城あまぎ 寅保ともやすの代理を務めるこの山県やまがた 源景もとかげの名をもって確約しよう!なれば”覇”を振り翳す者よ!それでも下天の恥を知る者ならば、その後は”王”を示してみせよ!」


 流石は最強国が有数の宿将……


 流石は百戦錬磨、叩き上げのすい山県やまがた 源景もとかげ……


 人公の誇りをもってして盟約と成し、後顧の憂いを断つ英断だ。


 「…………ああ、承知している」


 交渉の締結に俺は、ともすれば冷淡に取れる笑みを返し応じたのだった。


 第三十五話「天翔の城」前編 END

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