第146話「勝兵先勝」

 第三十三話「勝兵先勝」


 「ではその様に……皆も抜かりなく進めて下さい」


 鈴原 真琴まことが俺の指示を受け取り、集まった面々に促す。


 主座に坐した俺の左隣に副官の鈴原 真琴まこと


 右隣には宮郷みやごう紅の射手クリムゾン・シューター宮郷みやざと 弥代やしろ


 そして前に膝を着いてこうべを垂れた、特殊工作部隊”闇刀やみがたな”が親衛部隊、”花園警護隊ガーデンズ”の中核メンバーである緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんと”ひじり 澄玲すみれ


 猪親いのちか達が去った後、天幕には俺以外に四人の女達が集まって今後の施策を共有していた。


 「では、これにて解散……」


 「くっ!だから俺はどうしても鈴原に会って……うぐ……くっ!か、構うなよっ!」


 真琴まことが作戦会議を閉める掛け声を終えようとした時、陣幕の直ぐ外で男の怒鳴り声が響いた。


 ――あれは……


 「構う?調子に乗るな穂邑ほむら はがね!誰が好き好んで貴様なんか!お嬢様からお前を死なすなと命じられてるんだ!死人は大人しく寝ていろっ!」


 ――そう、独眼竜で、後の方も聞いた声だ


 「誰が死に……痛てててっ!引っ張るな、怪我人だぞっ!!吾田あがた 真那まな!」


 「うるさい!お前なんて死人で充分だ!寝てろと言ったら寝てろ!!バカ穂邑ほむらっ!」


 ――そうそう、黄金竜姫おうごんりゅうきさんの犬と猿……


 俺は大概鬱陶しくなって、側近の真琴まことに視線で指示を出す。


 「そこ、そこの二人です!何を騒いで……あっ!?」


 真琴まことは頷いた後、直ぐに入口の幕を半分ほど上げ、顔を外に出して注意しようとするが……


 「おい鈴原!!く……痛ぅ……お前どう言うつもりだ!!」


 その隙間から怪我人らしからぬ強引さで体を無理やり割り込み、幕内に入ってくる正統・旺帝おうていの独眼竜。


 「バカ穂邑ほむらぁっ!!急に動くなぁっ!!」


 そしてその怪我人を支えるというか、殆ど引っ掴んでぶら下がっている様な状態であった無愛想で目つきの悪い黄金竜姫おうごんりゅうきの侍女兼護衛の少女が引きずられるように中に入ってくる。


 「…………」


 「…………」


 途端に目が合う俺と偽眼鏡男。


 ――たく……騒々しい奴等だ


 「お前な、臨海軍おれたちは今作戦会議中だ、邪魔するなら……」


 「あーーーーっ!!」


 ――な、なんだ!?


 顔を合わせて二秒ほど、穂邑ほむら はがねは謎の奇声をあげた。


 「おま……鈴原……お前という男は……俺の作戦を邪魔してむざむざと逃げ帰ったと思ったら……こんな所で美女達をはべらせてなにしてんだっ!!」


 ――は?


 俺はキョトンとする。


 「……」


 「え?ええ!?」


 「まぁ、美女だなんて穂邑ほむら様」


 穂邑ほむらの的外れな勘ぐりに、真琴まことは呆れた目で睨み、牡丹ぼたんはキョどり、澄玲すみれは満更でも無さそうにポッと頬を染める。


 ――いやいや……確かにこの部屋内は女だらけだけども!


 「サイカくんはぁ、真っ昼間からでもお盛んよねぇ?」


 ――で、弥代おまえは余計な事を言うなっ!


 「馬鹿眼鏡、作戦会議中だと言っただろうが……だいたいなぁ、それを言うならお前だって女連れだろうが」


 呆れながらも俺は、怪我のためだろう穂邑ほむらにペッタリと引っ付くように支えた?吾田あがた 真那まなを顎でさして言い返す。


 「俺が?美女連れ……」


 穂邑ほむらは俺の反撃に、自身の脇の下辺りで支えている小柄な少女を至近で眺め、暫し瞳をしばたかせてから――


 「いやいやいやいや!!ないない!!そもそも鈴原おまえとは”量”も”質”も……」


 ドサッ!


 「うわっ!」


 ドカッドカッドカッ!!


 「ぎゃっ!おまっ!そこは……痛ててっ!やめ!やめろぉっ!!」


 前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型で小柄であどけなさの残った可愛らしい少女は、その容姿からは想像つかないくらいに容赦無く怪我人を地面に落とし、そして転がった偽眼鏡男の負傷した腹部に巻かれた真新しい包帯部分に向けて感情の無い無愛想な目つきで的確な蹴りを次々とヒットさせていた。


 ――うわぁぁ、黄金竜姫おうごんりゅうきの侍女……半端ないなぁ


 見ているこっちの横腹が痛くなるような惨状である。


 「がはっ!おまえ……吾田あがた 真那まな……コラ!……ぐはっ!……お前はみやから俺の……ぎゃはっ!……俺が死なないようにと護衛に……ぐはぁぁっ!」


 「大丈夫だ。穂邑ほむら はがね…………お前は不幸にも謎の失踪事件に巻き込まれた。戦の後、腹ぺこ野郎で食べ過ぎて大急ぎでトイレに駆け込んでそのまま行方不明になったとお嬢様に伝えておくぞ」


 ――な事件だな……おい


 俺は偽眼鏡男の貴重な犠牲を反面教師に、くれぐれも女性の扱いには気を付けようと肝に銘じたのだった。


 ――

 ―


 「と言うか、茶番は扨置さておき……」


 暫く穂邑ほむらの阿鼻叫喚が響いた天幕内だったが、俺は仕切り直してから正統・旺帝おうてい陣営の二人に事の経緯を説明することにした。


 何故なら、どうやら怪我を押して穂邑ほむら はがねが乗り込んできた理由は、先の那古葉なごは城、二の丸攻め……そこでの俺の行動への抗議だったらしいからだ。


 「穂邑ほむら はがね、お前の不満は俺がどうしてあの時、瀕死だった甘城あまぎ 寅保ともやすを討ち取らなかったか?という事だろう?」


 俺の問いかけに、すっかり目つきの悪い侍女の足跡だらけになった独眼竜はブスッとした表情で睨んでくる。


 ――因みに、現在この天幕内には俺と副官の真琴まこと、あとは穂邑ほむら はがねと乱暴者の侍女しかいない


 「先ずは俺を助けに来た件だ!無謀にも鈴原本人が来るなんてどうかしている……そして後は察しの通りだがな、敵総大将を討ち取る機会より俺の命を優先するなんて愚行だ」


 穂邑ほむらは我慢できないとばかりに、俺に答えをせっつく!


 「ああ……ええと、簡潔に言うとだな」


 俺はスッと目前に座る盟友を見据えた。


 「俺達の勝ちだ」


 「………………………………は?」


 キッカリ数秒、固まった後で穂邑ほむらは、主座に座したままの俺を睨む。


 「鈴原っ!」


 「端折はしょり過ぎたか?ええと……まぁ敵総大将の首級の方は問題ない、そんなのは今後どうとでもなる、というか城さえ落とせば関係無いだろ?」


 俺の言葉に、ここからでも穂邑ほむらの左目にユラリと炎が灯るのが確認できた。


 「鈴原っ!お前は旺帝おうてい八竜、甘城あまぎ 寅保ともやすを舐めすぎだ!あの人は八竜の中でも別格で、亡き伊武いぶ 兵衛ひょうえと並ぶバケモノだ!倒せるときに倒しておかないと……」


 ――小煩こうるさいやつだ


 唾を飛ばして突っかかってくる男を前に、俺は隣に控えて立つ黒髪ショートカットの副官に目配せする。


 「はい、最嘉さいかさま……穂邑ほむら様、聞いて下さい。那古葉なごは城の街道を抑える代表的な支城、”広小路ひろこうじ砦”と”御園みその砦”は我ら別働隊により既に焼失しました。これで那古葉なごは領の領都である”境会さかえ”近郊の小勢力も迂闊に援軍は出せません」


 「う……そう……なのか?」


 穂邑ほむら はがね真琴まことの落ち着いた口調に思わず気勢をそがれる。


 「はい、それから独立行政特区である”奥泉おくいずみ領”の藤堂ふじどう 日出衡ひでひら公とは密約済みでの地の”奥泉おくいずみ十七万騎”は沈黙を守るでしょう」


 「…………」


 「更には旺帝おうてい本国からのこれ以上の援軍は、旺帝おうてい領北部で勃発した可夢偉かむい連合部族王の紗句遮允シャクシャインによる陸狗みちのく領侵攻で当面は封じ込められます」


 「な……そんなことまで」


 「まぁな、紗句遮允シャクシャインの方は半分以上は俺じゃないけどな」


 穂邑ほむらに対して現況を説明する真琴まことの説明に捕捉する。


 「完全に……那古葉なごは城は孤立無援だということか。だが……あの城は難攻不落で、兵糧の備蓄も充分だったはず」


 俺の付け足しを聞き流して独りボソリと呟く独眼竜に俺は更に続けるように真琴まことに促す。


 「はい、事前に我が工作部隊”闇刀やみがたな”による周辺地域の兵糧買い占めは敵方筆頭参謀、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうなる者に看破され、その役割の三割ほどしか果たせませんでしたが……」


 「それだけあれば、城周辺に籠もった八万近い兵を計算に入れても、あの城は数ヶ月は持つはず、その間に兵站の回復をされてしまうのではないか」


 穂邑ほむらの尤もな意見に俺は首を横に振る。


 「無理だな、持って十日、いや内部でなにか起こったらもっと早く”ボロ”を出すだろう」


 ――っ!?


 俺の返答を受け、穂邑ほむらの視線が正面から絡む。


 「十日?そんな馬鹿な!それに内部で”ボロ”だと!?」


 兵糧の総量、そして鉄の結束を持つ旺帝おうてい正規軍に限ってと穂邑ほむらは古巣の力を恐れているのだろうが……


 「兵数が八万じゃなくてもっとあるからなぁ……」


 俺の付け足した言葉にハッとなる。


 「まさかっ!?鈴原、おまえっ!?」


 ――ご名答!!


 さすが”独眼竜”と呼ばれる男、察しが良い。


 最年少で最強国家の頂点に名を連ねていただけは在る。


 「はい、その為に御園みその砦と広小路ひろこうじ砦は奪取でなく焼き払いました。常駐していた兵士も戦闘能力と士気が半減するほどには叩きましたが、基本的には見逃して、この那古葉なごは城に終結するように仕組みました」


 俺の言葉を継いで副官の真琴まことは続ける。


 「更に焼け出された周辺の村民も受け入れざるを得ない状況で、恐らく城内の数は十二万程になるかと」


 「……す、鈴原」


 俺の顔を相変わらず凝視する偽眼鏡男に俺はまだ追い打ちを掛ける。


 「十二万といってもな、逃げ込んだ者達は何日も飲まず食わずで到着、さぞ食料消費は嵩んだろうし、そのうち二万は村民でしかも負傷者多数……わかるか?自分たちの陣営が非道を行ったツケだからその入城に対して拒むことも出来ず、さらに必要とする医師団の素性を徹底的に調査する時間も無い」


 「医師団……急遽呼び寄せた民間の医者達が……まさか!?」


 ――ほんと優秀だな穂邑ほむら


 「そうだ、我が臨海りんかいが誇る二大支援部隊のもうひとつ、特務諜報部隊……通称“蜻蛉かげろう”隊長の花房はなふさ 清奈せな、以下全て医療技術を修め、常日頃から民間医療組織として世に紛れている」


 ――流血にいとまが無い、こんな戦国の世だからこそ


 ――医者という職業は極自然にあらゆる場所に紛れることが易いのだ


 「後はな、頃合いを見て、残り少ない那古葉なごは城内の兵糧庫を盛大に燃やして敵の士気を根こそぎ奪う」


 「…………」


 もう最初と違い、穂邑ほむら はがねの瞳には反論の意思がない。


 「ああ、勿論……お前が敵軍の支柱である総大将、甘城あまぎ 寅保ともやすを撃破し、大怪我で途中離脱させたのも敵士気を大幅に下げたという意味で大きいぞ」


 「鈴原……お前は本当に……お前だけは敵には廻したくないな」


 脂汗を拭い俺に笑う独眼竜、穂邑ほむら はがねに俺は最後にもう一度ニヤリと笑った。


 「難攻不落の”黄金のさかまた”ね……だが古今東西、天上天下、津々浦々、おおよそ籠城戦にいて補給と援軍無く勝利を掴む名将無しって、なぁ?」


 第三十三話「勝兵先勝」END

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