第144話「脱出」

 第三十一話「脱出」


 「す、鈴原……何故ここにお前が!よりにもよってこんな死地に!俺とお前の両方が死んだらこの後の指揮は誰が……」


 「緋沙樹ひさき!この死に損ないの治療をしてやれ」


 俺は血も滴るい男な偽眼鏡くんの叫び声を無視して、付き従えてきた一団の中からひとりの女に指示を出す。


 「お、おい!聞いているの……くっ!!」


 「穂邑ほむら様、お静かに。興奮しますと血が止まりませんよ」


 未だ納得がいかないと俺を睨む偽眼鏡男をなだめながら傷の様子を診る女は……


 背に見えにくい黒糸で”刀身と桔梗の花”の刺繍が小さく入ったヒラヒラした布きれの、顔以外をスッポリ覆い隠した黒装束に身を包んでいた。


 我が臨海りんかい軍の影の功労者である神反かんぞり 陽之亮ようのすけが統轄する”闇刀やみがたな”が親衛部隊、”花園警護隊ガーデンズ”の中核メンバーである緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんである。


 「すみません、御館おやかた様。この傷の対処は花房はなふさ 清奈せな様直属の”蜻蛉かげろう”でないと……」


 俺の指示を受け一通り穂邑ほむら はがねの状態を診た緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんは無念そうに答え、そして同時にとりあえずの応急手当を施し始める。


 「そうか……」


 奥泉おくいずみの任務からこの那古葉なごはまで……


 ”闇刀やみかたな”と”蜻蛉かげろう”の中から数人を帯同させてきたが、ここに来て俺は選択チョイスミスをしたようだ。


 そもそ広小路ひろこうじ砦の戦いから一気の強行軍で那古葉なごは城に辿り着き、そこから更に無理矢理にこの二の丸へと突入したものだから、俺の率いて来た隊は僅か数人である。


 僅かな人数だからこそ守備よりも攻撃に重点をということで”闇刀やみかたな”の緋沙樹 牡丹かのじょを選んだのが今回は裏目に出てしまったのだ。


 「ご期待に応えられず申し訳ありません、御館おやかた様」


 手当てをしつつも落ち込む彼女に俺は首を横に振る。


 「いや、そこは俺のミスだ。お前は別に……っ!?」


 そして悄気しょげる彼女にかける言葉の途中で俺は背後に悪寒を感じて振り向いた!


 「応呼おおぉぉぅぅっ!!」


 獣の咆哮と共に振り下ろされる大太刀おおたちの一撃!!


 「ちっ!」


 俺は振り返り様、手にした小烏丸こがらすまるで迫る牙を受け――


 ギ!……ギャッ!ギャッ!ギャッ!ギャッ!


 折れた刀……とても砕けた刃とは思えぬ重厚な一撃を愛刀の背で受け流し、


 ギャリィィーーン!!


 受けた箇所から刃先まで走る火花を一気に敵刃ごと薙ぎ払うっ!!


 ヒュ――


 ――オォン!!


 「ぐはぁっ!!」


 そしてそのまま”返しわざ”の一刀で獣の巨躯に乗った首を撫で斬ってやった。


 「この尋常為らざる”刃風じんぷう”、旺帝おうてい八竜が甘城あまぎ 寅保ともやす殿と見受けるが……その傷で流石に俺の相手になるわけないだろ?」


 「ぬ、ぬぅぅ……」


 俺の切っ先を皮一枚で避けた巨獣は、首から血を滴らせながらもヨロヨロと退がる。


 「く……鈴原……やれ!今この場で”巨獣”を……この機会チャンスしか……」


 緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんに傷口を押さえられながらも叫ぶ穂邑ほむら はがねの声は勿論聞こえるが、


 ワァァァァァァッ!!


 オオオオッッ!!


 俺達が乗り込んで来れたくらいだ。


 既に敵の援軍も続々と到着して来た様だし、ここは……


 「撤収する!その馬鹿を拾って速やかに撤収だ!」


 ――当然ながら俺は穂邑ほむらの命を優先した


 「くっ……バカ……その男はここで倒さないと……く……」


 ――五月蠅うるさいな、誰がバカだって!?自分は死に損ないのクセに……


 俺は当然そんな世迷い言は無視して撤収に移ったのだった。


 ――

 ―



 穂邑ほむら はがねを含めた穂邑ほむら隊の生き残り十二人と俺の率いてきた五人、俺を入れて合わせて十八人。半分以上が負傷者の状況で……


 ”わらわら”と駆けつけてくる旺帝おうてい軍を振り切りながら俺達は必死に正門を目指す!


 ワァァァァァァッ!!


 オオオオッッ!!


 当然相手も追撃に必死だ。


 まんまと城に侵入されたうえに総大将を殺されそうになったというのだから、面子に賭けて俺達を抹殺に来るのも頷ける。


 ――お、見えた!正門だ!!


 そんな中、這々ほうほうていでなんとか正門まで辿り着いた俺達の背後には、未だしつこく追いすが旺帝おうていの兵士達が……


 ヒュバ!


 「ぎゃっ!」


 ドスッ!!


 「うわっ!」


 正門に向け前を走る俺達を見事に避け、追いすが旺帝おうてい兵士達を貫く無数の弓矢!


 混戦の最中にこんな精密射撃を軽々やってのける人物は勿論――


 「ちょっとぉ、サイカくん。まぁだ”鬼ごっこ”してるのぉ?そろそろ休憩したいのだけどぉ?」


 必死に走って走って辿り着いた城門。


 何らかの爆発で半ば崩れた城壁の瓦礫上に立ち、此方こちらに向けて深紅の長弓を構える長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールの女は、言うまでも無く宮郷みやごう紅の射手クリムゾン・シューター宮郷みやざと 弥代やしろだ。


 「くっ、だぁ・れぇ・がぁ!好き好んで鬼ごっこなんてやってるかよ!」


 「…………ふっ」


 其方そちらに走りながら文句を返す俺に、気怠げでやや垂れ気味の瞳の美女は薄く微笑わらって自身の身長ほどもある深紅の弓を更に引く。


 ヒュバ!


 「おおっ!?」


 俺の頬を掠めて飛び去る矢。


 「ぎゃっ!」


 そしてそれは、後ろに迫っていた旺帝おうてい兵士の眉間を撃ち抜く。


 「……」


 ――助かったが……なんか納得いかない


 いかないが……猛禽もうきんの如き視力を所有し、対象物へと吸い込まれるように命中する矢を放つ絶技を身に備えた女に現状救われているのは事実だった。


 ――ちっ……


 「御館おやかた様ぁっ!後はこの”ひじり 澄玲すみれ”に!!”花園警護隊ガーデンズ”の真の筆頭!”ひじり 澄玲すみれ”にお任せを!!”ひじり 澄玲すみれ”ですよぉっ!”ひじり 澄玲すみれ”に清き一票をっ!!」


 そして、そこで数十人の手勢を率いて合流してきたのは確か……


 ”闇刀やみがたな”が親衛部隊、”花園警護隊ガーデンズ”中核メンバーのひとり、”ひじり 澄玲すみれ”だったかと記憶に在るが……なんか選挙の宣伝カーみたいに騒々しい奴だ。


 「ま、まぁ、これで何とかこの場は切り抜けられそうだな」


 「は、はい…………ま、真に申し訳ありません」


 やや呆れ気味の俺の後ろで緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんが肩を落として謝罪する。


 それは同じ”花園警護隊ガーデンズ”としての謝罪だろう、流石はあの神反かんぞり 陽之亮ようのすけの部下達だけあってとっても個性的だ。


 「ぎゃぁっ!」


 「このっ!」


 「うわぁあ!」


 「…………」


 ――とはいえ


 状況は好転している。


 後は殿しんがりを俺と”花園警護隊ガーデンズ”の二人、そして幾許かの兵士が受け持ち、負傷者を先に門の外へと脱出させた後で俺達も退却する。


 ――逃げ切った……な


 臨海りんかいの誰もがそう思った瞬間だった。


 「きゃっ!」


 「うっ!」


 隊列の殿しんがりで俺と共に奮戦していたひじり 澄玲すみれ緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんの悲鳴が相次ぎ、黒装束の女たちはその場へ倒れた。


 ――!?


 ジャラ……ジャララ……


 金属の――


 ズズズ……ズズーー


 ――連結された幾重のが地面を削る音


 「…………」


 ”その男”は、いつの間にか旺帝おうてい追撃部隊の先頭に立っていた。


 「…………」


 瞬間的に視線が絡む俺と鉄鎖の男。


 「う、うぅ……油断しましたわ」


 「くっ……申し訳ありませ……御館おやかた様……」


 次いで傷を負った黒装束の二人がヨロヨロと立ち上がる。


 ――彼女らの”傷”自体は大したことが無いようだが、それより……


 神反かんぞり 陽之亮ようのすけの鍛えた特殊工作部隊”闇刀やみがたな”。


 その最精鋭たる”花園警護隊ガーデンズ”の二人をいとも容易たやすくあしらう男は、それだけで只者では無いだろう。


 「……逃がさん、侵入者共」


 腰に幾重にも巻いた頑強な鉄鎖をジャラジャラと鳴らせて立つぶっきらぼうな男。


 「す、鈴原……その男は真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうの……部下の一人で……鉄鎖使いの……」


 「はいはい、解説はいいからお荷物くんは黙って回収されてろ。見りゃ解るって、お前ん所の無愛想娘と同じ中距離射程ミドルレンジ専門の手練れだろう?」


 俺は臨海りんかい兵士に両脇から支えられやっと立っているという、情けない半死人状態であるにもかかわらず律儀に助言アドバイスしてくる偽眼鏡男に向け、サッサと行けと追い払うように数回手を払うと兵士達にも視線でそう指示した。


 「くっ……吾田あがた 真那まなの”双頭蛇牙そうとうだが”とは比べ物に……お、おい離せって!……うう……とにかく、その男は個人的戦闘術だけなら”旺帝おうてい八竜”に見劣りしない……って!聞いて?……お、おぉーー!?」


 大量失血で幽霊のような青い顔の男は力なく藻掻もがきながら両脇の臨海りんかい兵士達に引きずられる様にして正門の方へと小さくなって行く。


 「……穂邑ほむら はがね。あんな状態で他人の心配なんて、ほんとお節介だなぁ」


 俺はそんな面倒見が良い偽眼鏡くんを見送りながらも、油断なく目前の男に視線を向けていた。


 「大体だいたい……なぁ」


 ――そう、双眼を見れば解る!


 「”独眼竜”……くも当時は下級兵士でしかなかった俺を覚えて……いやっていたものだ。成る程、若くして上り詰める希なる”将”の器とはるべきものか」


 そして、その要注意人物は、なにやら独り呟いたかと思うと、そのまま俺を睨んでからご自慢の鉄鎖を両手にして腰を落とす。


 「……で?名も無き臨海りんかい軍の優男やさおとこ、貴様が殿しんがりで俺を食い止めるつもりか?」


 「…………」


 俺は相手の佇まいから敵の力量を再認識し、そして直ぐに最適解を出す。


 「緋沙樹ひさきひじりは他の敵兵達をとどめるのに回れ!」


 ――!?


 「は、はい!御館おやかた様!」


 「しょ、承知致しましたわ!」


 復讐戦リターンマッチの機会を逃した二人は一瞬だけ不満そうな表情を見せるが、俺の真剣な目を見て直ぐさまその場から散る。


 「弥代やしろもぉーー!!わかったなぁぁーー!!」


 そして既にこの戦場へと照準を合わせていただろう、離れた正門に居る狙撃手に向け大声で促す。


 「…………」


 此方こちらも恐らく不承不承ながらだろうが……


 どうやらスッと弓を降ろして負傷兵脱出の援護に移行したようだ。


 ――ふぅ……


 兎にも角にも、今は負傷兵達の脱出が最優先だ。


 出来るだけ時間をかけずにこの場をクリアしなければならない。


 「……さてと」


 そして俺はようやく手にした小烏丸こがらすまるを構えて鉄鎖男に向き合った。


 「見ての通り俺達はちょっとばかり急いでいる。あんま、つき合ってはやれないが……とりあえず名乗りは必要か?」


 何時いつも通り、刀身を眼前で水平に構えるスタイルで俺は問う。


 「…………成る程、理解はした。俺は那古葉なごは城筆頭参謀、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうが第一の士、由里ゆり 鎖馬介さまのすけっ!!」


 ブオッ!!


 おのれの手首よりもゴツい鎖を両手にした鉄鎖男……由里ゆり 鎖馬介さまのすけとやらは、そうだけ応えると俺の名乗りを待たずに大きく振りかぶり――


 ジャラララララァァァァーー!!


 鉄鎖をまるでベテラン漁師の投網と見紛うフォームで俺に投げつけたのだ!!


 ――っ!


 ザシッ!ザシッ!ザシッ!!


 途端に機関銃マシンガンの着弾地点が如きに連続で土煙を上げる地面!!


 あのゴツい鉄鎖が目に捉えられない程の速度で跳ね、大地を削って瞬く間に俺の周りをグルリと囲んで急速に範囲を狭めていた。


 ジャラララララァァァァーー!!


 ジャラララララァァァァーー!!


 三百六十度、全方位から迫る鉄鎖の牢獄!!


 ――”巨大蛇アナコンダが死の蜷局とぐろ


 鉄鎖に巻き取られた骨肉は容易に削られ砕ける事が想像出来る。


 「……」


 ヒュッオッ!


 ヒュヒュ……


 「なにっ!?」


 間抜けな声をあげたのは由里ゆり 鎖馬介さまのすけだ。


 俺は……


 ジャラララララァァァァーー!!


 「……」


 ヒュヒュ……


 四方八方から同時に襲い掛かる、”のたうつ”鉄鎖にまるで重なるように舞って、ゆらりゆらりと回避する。


 「何故だっ!なぜ当たらんっ!!」


 ――何故?


 ジャラララララァァァァーー!!


 ヒュバ!


 「気流を読み……」


 ヒュオン!


 「威力の濁流にあえて翻弄されることにより真価を発揮する」


 その姿はまさに嵐に巻かれて舞う”木の葉”


 そう――


 三百六十度、蟻の這い出る隙も無い巨大蛇の締め上げも、大気をむことは適うまい。


 威力で薙ぎ払う攻撃では、決して木葉このはを模した鈴原 最嘉オレ流動うごきは到底捕捉とらえきれないのだ。


 「ぐっ!?」


 ――射程に勝る鉄鎖の攻撃も!


 ――死角無く締め上げられる巨大蛇アナコンダの膂力も!


 在るが侭に流れ、そして――


 翻弄されるがままで在ったはずの俺の身体からだは、

 

 「なっ!?」


 いつの間にか敵の懐まで辿り着いていた!


 ――すぅ……


 瞬間的に少量の空気を肺に流し込む俺。


 「ふっ!」


 ドシュ!


 吐気はきと共に愛刀を斜め上に突き出した。


 「ぐはぁぁっ!!」


 ――お生憎様、力尽くの攻撃は懐深く舞込む”風の刃”とは相性最悪だ!


 「ぐっ!……が!……が……」


 我が”小烏丸こがらすまる”の切っ先部分は突きに特化した諸刃の太刀だ。


 この至近でも十分に生死をわかつ事が出来るっ!


 「…………」


 次の瞬間、由里ゆり 鎖馬介さまのすけとやらの体は大きく仰け反り、斬られた前面から一気に吹き出して鮮血が虚空をあかく染めていた。


 「…………螺旋纏構太刀マキマトウ・カマエタチ


 ――刀刃とうじん気風きふつ事はあたわず


 ――しかるに鎌風かまかぜはがねを両断するに至る


 ――すなわれを”螺旋纏構太刀マキマトイシカマエタチ”と成す


 敵が動体に帯同する風と同化し、その流気を用いた風刃にて敵を穿つ!


 それは鈴原すずはら 最嘉さいかの得意とする返し業カウンターのひとつだった。


 「あっ!?……ええと、”螺旋纏構太刀マキマトウ・カマエタチ”ってのは業名わざめいで、俺は”薪間藤まきまとう 鎌達かまたち”ってヘンテコ名じゃ無いからなっ!!聞いてるか?おい……」


 俺は約束していた”名乗り”をする機会を失っていた事を思い出し、今更ながら慌てて自己紹介をする。


 「俺は鈴原 最嘉さいか!……おおい?聞いてる?鈴原 最嘉さいか君ですよぉ!?」


 「…………」


 既に事切れたっぽく横たわる血塗れの鉄鎖男に俺は続けるが……


 「………………すず……はら……そ……うか……これが……王覇の……えいゆう……」


 ――ガクッ!


 一瞬だけ蘇った鉄鎖男、由里ゆり 鎖馬介さまのすけはそれだけ応えてから今度こそ息絶えた。


 「お……おう」


 そして――


 最後に見せた、ぶっきらぼう戦士の意外な律儀さに少々面食らいながらも俺は、静かに手を合わせてからその場を去ったのだった。


 第三十一話「脱出」END 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る