第143話「死中求活」

 第三十話「死中求活」


 ガシィィン!


 「ぬぅっ!」


 穂邑ほむら はがねという人物以外には到底理解不能な未知の金属で組み上げられし未曾有の武装兵器……


 ――名称不明の”白銀はくぎん色の籠手こて


 その一撃を肉厚な戦斧で受けた大男は真逆まさかの威力に大きく仰け反った!


 「お、応応おおうっっ!!」


 ザシュゥゥーー!


 「くっ!」


 だが、その男はそんな体勢のままで右手に握った大太刀おおたちを一閃し、今度はその鋭いひらめきを白銀はくぎん色の籠手こてを装着した青年が紙一重で回避して後方へと飛び退く。


 「このわしを押し込む威力の拳撃……よもや膂力りょりょくが倍増されておるのか?」


 「……」


 度の無い眼鏡の奥で緊張の糸を張り詰めたままの瞳を光らせ、青年は両腕に装着した白銀はくぎん色の大層な籠手こてを構えたままにジリジリと間合いを詰める。


 「それに先程の”見切り”……その絡繰からく籠手こては、そんな芸当も可能にする玩具おもちゃであると?」


 左手に肉厚の”大戦斧”、右手に4尺5寸の”大太刀おおたち”という、強力無比な両牙を握りしめた旺帝おうてい八竜、甘城あまぎ 寅保ともやすは、圧倒的迫力を発する巨獣きょじゅうの眼光を向けて微動だにせず待ち構える。


 「……」


 対して――


 間合いへとジリジリとにじり寄る穂邑ほむら はがねの両腕で光るのは……


 白銀はくぎんの金属で構成された、まるで中世の西洋騎士が身に付けているような仰々しい籠手こてといった形状の防具。


 指先から肘の辺りまであるその籠手こては風貌こそ西洋のそれを連想させるが、反射する表面の金属の隙間からは赤や緑、青の電子光がピコピコと定期的に点滅している。


 「見せてみよ独眼竜よ、”焔鋼籠手フランメシュタル”の威力とやらを」


 その様はまさにSFに出てくるようなアンドロイドかロボットの腕といった方がしっくりくる。


 さらに細かく言うならば手の甲部分には多少の出っ張り部分があり、そこからレンズのようなパーツが覗いているのが確認できた。


 「違うってのに……たく……」


 白銀の籠手それ穂邑ほむら はがねが最大の秘密兵器、”切り札”と噂される”焔鋼籠手フランメシュタル”と断定する巨獣きょじゅうと、あくまで否定する偽眼鏡の青年。


 「何処どこまでもしらばくれるか?とはいえ面白い玩具おもちゃよな、独眼竜よ」


 その間もジリジリと間を詰める穂邑ほむら はがねに対し、甘城あまぎ 寅保ともやすは微動だにしない。


 「…………」


 ――だがそれでも……


 獰猛な両の牙を高く振り上げた二の腕からは極太の血管が浮き出るほど力がみなぎり、ドッシリ構えた両足の裏は床を踏み抜くほどに掴んでいるのが理解出来る。


 ――検証するまでもなく、”巨獣きょじゅう”が全身の筋肉は既に限界まで高まった状態だ!


 「甘城あまぎさんの洞察された通りですよ……この籠手こては単体の武具としての性能は勿論、装着者の身体機能を高めます」


 ゆっくりと……


 相手との間合いを見極めながら穂邑ほむら はがねは張り詰めた空気の壁ににじり寄る。


 「幾つものセンサー類から外部情報を取得し、肉体に接続コネクトしたケーブルを使って直接電気信号にて生身の筋肉を反応させます。そしてそれと連動する様に籠手こて自身の補助機能が駆動し、装着者の身体能力を飛躍的に高める……所謂いわゆる強化外骨格パワードスーツというやつですよ」


 そして……


 ――!


 遂に穂邑ほむら はがね全身からだで一番前に出た爪先部分が空気の壁に触れた。


 「強化?高々二本の腕だけが何程なにほどのモノかっ!!」


 ズ……


 ゴゴオォォッ!


 途端にちてくる巨大な戦斧!


 「っ!九五式装甲”なだれ”!!」


 シュォォーー!!


 対応する穂邑ほむら はがねが頭を庇う右の籠手こてから上方に浮かび上がったのは白銀はくぎん色の光の円陣サークル


 ガィィィィーーーーン!!


 空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光は巨獣きょじゅうの戦斧を空中で抱きとどめる!


 「洒落臭しゃらくさいわっ!!」


 同時に巨獣きょじゅうの右手にあった大太刀おおたち穂邑ほむら はがねの首を薙ぎにかかるが……


 「っ!」


 その一撃に、穂邑ほむら はがねは左籠手こてによる完璧なカウンターパンチとして合わせていた!!


 ガキィィーーーーン!!


 互いの目前で激しく散る火花!!


 「ぬうぅっ!」


 「くっ!」


 結果、その攻防で後ろに下がったのは穂邑ほむら はがねの方だった。


 ――ちぃぃっ!これほど強化しても打ち負けるのかよっ!!


 穂邑ほむら はがねはつい心で叫ぶが、次に彼の生きた左目に映ったのは……


 「その素首そっくびったぞぉぉーーっ!!」


 再び落下を始める二振りの血に餓えた”鉄塊”だっ!!


 グオォォォーーーー!!


 ゴゴォォォーーーー!!


 貪欲に血を欲するギラついた凶刃!


 圧殺に歓喜の唸りを上げる圧巻のくさび


 それは大気を裂いて撃ちとされし”巨獣きょじゅう”が凶悪な両牙だった!!


 「っ!」


 ――回避は


 …………不可能っ!!


 物理衝撃を吸収する光壁の”なだれ”は、


 …………もう間に合わない


 ――ならば


 穂邑ほむら はがねの思考はコンマ数秒もないだろう刹那でその解答こたえに至った。


 ババッ!


 先程完全に打ち負けたはずの白銀はくぎん製の左拳を再び握り、そして肘を引く。


 「軽忽者けいこつものがぁぁっ!!」


 即座に甘城あまぎ 寅保ともやすが一喝した!


 既に単品の大太刀おおたちにも打ち負けた拳で、この”巨獣きょじゅう”、甘城あまぎ 寅保ともやすが”虎牙双撃こがそうげき”に挑むとはっ!!


 青年が選択した対抗術は、歴戦の猛者もさにはあまりにも無謀に見えたのだ。


 「……」


 ――どのみち防御は間に合わない……ならっ!


 だが無謀と云うならそもそも、この巨獣きょじゅうに”一対一タイマン”を挑むことこそが無謀そのもの!!


 ブォン!


 そして、青年と巨獣きょじゅうの間には”先の”とは違う、一回り小さい青色光の円陣サークルが浮かび上がっていた。


 「やってやるよ、トコトンだろうがっ!」


 ほぼ時間をむことなく、白銀はくぎん色に輝く左腕の武装兵器を振りかぶった青年は、そのまま自身の頭上から降り注ぐ巨大な二つの鉄塊に向けて打撃を放った!


 「貴様っ!!」


 ――”それは”巨獣きょじゅうも思わず唸るほどの胆力!


 無防備な自身の頭に迫る凶刃に全く対処すること無く、攻撃の技を繰り出す青年。


 当然防御が皆無なのだから、数瞬後に青年の頭は鈍器で打ちつけられた卵と同じ末路を辿るだろう。


 それを回避する唯一の手段は相手より先に相手を撃つことのみ!


 文字通り……


 ――られる前にる!


 如何いかに頭で理解はしていても、頭上に迫る巨大な鉄塊を前にしてそれは……


 「三式百五十番……”ほう”っ!!」


 一毛いちもうおくせず、刹那も躊躇とまどわない!


 ドッゴォォォォォーーーーーーーーーーン!!


 無防備な頭を敵の牙に晒したまま拳を振り切る!


 ガギィィッ!


 バキャッ!


 穂邑ほむら はがねが放った渾身の左ストレートは、青く光る円陣サークルを突き破るように打ち抜かれて、そして大太刀おおたちと戦斧を粉砕して穿うがたれるっ!!


 「ぐぬぉっ!!」


 それは瞬きの何分の一程の差で独眼竜が、白銀はくぎん籠手こてが、巨獣きょじゅうの肩に炸裂した瞬間だった!


 「き……さ……小僧ぉ……」


 堪らずガクリと膝を床に落とした甘城あまぎ 寅保ともやすの肩は吹き出した血潮で朱に塗れ、肩当てごとひしゃげた筋肉からは折れた骨が突き出ていた。


 「…………」


 甘城あまぎ 寅保ともやす穂邑ほむら はがねの間に浮かび上がった青色光の円陣サークルを貫いた拳は、一気に加速を加えられ、光をまといし一撃と姿を変えてそのまま巨獣きょじゅうの屈強な肩を直撃したのだ。


 常人のそれとは明らかに一線をくする鍛え抜かれた重厚な肉体を……


 旺帝おうてい四天王が一人、甘城あまぎ 寅保ともやすが振り下ろした二振りの鉄塊ごと粉砕した驚異の一撃。


 ――穂邑ほむら はがねが用意した白銀はくぎん色の籠手こてが取って置きの機能ギミック、”三式百五十番”ほう


 それは恐るべきものであった。


 プシューー


 脅威の一撃を放った左腕の武装兵器の、その表面装甲から蒸気の様な湯気が激しく噴き出す。


 「く……まだ……か」


 威力を飛躍的に増強させる”重加速フィールド”を打ち抜く突貫打撃。

 三式百五十番”ほう”は、この白銀はくぎん色の籠手こてには負荷が掛かりすぎるのだった。


 ガクンッ!


 穂邑ほむら はがねは使用不能になったであろう、左腕の武装兵器を確認するように見ると、そのままその場に膝から崩れ落ちる。


 「ぐぅぅ……」


 そして横腹から床へと流れ滴る鮮血!


 それは紛れもなく甘城あまぎ 寅保ともやすの攻撃跡だ。


 白銀はくぎん籠手こてに砕かれた大太刀おおたちの根元部分で斬りつけた、巨獣きょじゅうが意地の一撃とも言えた!


 「っ…………」


 穂邑ほむら はがねは横腹を押さえたまま状況を確認する。


 目前に崩れ落ちたままの敵将、甘城あまぎ 寅保ともやすの傷は相当深手だ。


 ”巨獣きょじゅう”、甘城あまぎ 寅保ともやすが”虎牙双撃こがそうげき”と正面からぶつかって僅かにブレた取って置きの一撃は、敵の心臓では無くやや肩寄りに着弾してしまった。


 そのため一撃必殺とまではいかなかったが……


 あの破格の衝撃を受けた巨獣きょじゅうの肩は粉砕……いや、むしろ左上半身をもぎり取ったとも言える破損を受けた男は放置して置けば確実に息絶えるほどの重傷だ。


 対して――


 穂邑 鋼じしんの傷は浅いと判断できる。


 苦し紛れに横腹を削られたが、内臓には達していない。


 「くっ……」


 だが、不意に穂邑ほむら はがねの生身の左目による視界が歪み、彼は片膝を着いたまま更に右手で床を押さえて半ばうずくまる。


 ――斬られた場所が悪い


 そう、よりにもよって”腹”……


 腕や足なら兎も角、戦場で腹は止血できない。


 「……く……う……」


 なんとか立ち上がって目前の巨獣きょじゅうにトドメを試みようとする穂邑ほむらだが、それは意志ばかりで、体はますます床へと近くなるばかりだった。


 このままでは出血量が多すぎる。


 肉体派では無い彼には過酷すぎる巨獣きょじゅうとの一騎打ちと、三式百五十番”ほう”という”取って置き”の機能ギミックは武装籠手こて以上に肉体に負荷ダメージをかけていたのだ。


 「ち……くそ」


 出血と相まって穂邑ほむら はがねも限界が近い。


 つまりこれ以上の失血は死を意味するのだ。


 「……シュ……鋼の猫シュタール・カッツエは……」


 つくばったまま、なんとか彼は周りを再確認するが……


 残った一体、頼みの機械化兵士オートマトンは既に稼働限界時間を過ぎて停止し、


 「ほ、穂邑ほむら様っ!!ぐぉっ!?」


 ガキィィーーン!


 「そ、総大将っ!!甘城あまぎ様ぁっ!!」


 ギャリィィーーン!


 僅かに残った兵士達は敵味方混戦で、どちらの陣営もこの場に駆けつけるのを妨害し合って消耗戦状態であった。


 「………………」


 ――ここまで来て


 青年は今一歩届かぬ自身の不甲斐なさに強く下唇を噛む。


 ガタッ!


 ――っ!?


 その時、彼の目前にはその口惜しさを上回る衝撃の光景が……


 「こ、小僧……いや”独眼竜”……やるではないか……」


 左上半身を欠損した巨大な獣が、折れた刀身を握りしめて立ち上がったのだ。


 「……かはっ……慢心だ……まさかここまでやるとは……かはは……」


 「……」


 再び目の前に立ちはだかる巨獣きょじゅうを見上げる青年。


 「ど……うした?まだ……何方どちらも息絶……えて、おらぬ……ぞ」


 朱に染まった巨獣きょじゅうは言うまでも無く満身創痍。


 とても闘える状態では無いはずだが……


 「心底、ば……ケモノですね……甘城あまぎさん」


 その闘気は微塵も揺らいでいない!


 「ぐっ……ううっ!!」


 そして穂邑ほむら はがねもまた、自らの血で濡れた右手で床を掴み、なんとか立ち上がる!


 「こ、こんな無法をねじとおぬしに言われる……のは心外……だな……だが……良いのか?トコトンで……お嬢ちゃんが貴様の死を……望むとは……お、思えんが……」


 巨獣きょじゅうの眼光は鋭く、未だ殺し合いに挑むケモノそのものだ。


 「それこそ余計なお世話、心外ですよ……それに俺には……」


 青年はヨロヨロと立ち上がり、そして再び白銀はくぎん籠手こてを構えてから続けた。


 「現在いまは後事を託せる奴がいる」


 ――そう俺には……


 数年前とは違う。


 この戦の結果を……


 燐堂りんどう 雅彌みやびの未来を託せるだけの男が……いる!


 ――盟友と認めたあの男ならば……俺の機械化兵オートマトンも……あの”切り札”も……きっと上手く使って……


 「………………」


 ――雅彌みやび……


 隻眼の穂邑ほむら はがねは必至に繋いだ極細な希望の糸を”その男”に託し、一瞬だけ愛おしい少女の姿を脳裏に描いてから、そして後は……


 「”黄金竜姫おうごんりゅうき”が騎士、穂邑ほむら はがね!!して参るっ!!」


 命を賭した覚悟と共に大地を蹴っ……


 ギャリィィーーン!


 「ぐはっ!!」


 ドシュゥゥ!!


 「ぎゃぁぁっ!!」


 ――っ!?


 独眼竜と巨獣きょじゅう、竜虎の命を賭した戦場、その死の第二幕開演間際に……


 その場に残っていた旺帝おうてい兵士達が謎の乱入者達に次々と斬り伏せられたかと思うと、


 そこには――


 「…………たく、なんでもかんでも俺に背負わすなよ、そうでなくても俺は色々と忙しいんだ」


 ――っ!?


 死を決意した隻眼の男が生きた左目に映ったのは紛れもないその”人物”


 「どうした?”葉隠ハガクレ”かぶれの偽眼鏡くん。”鈴原すずはら 最嘉さいか”様をご指名じゃなかったのかぁ?」


 そこに居たのは穂邑ほむら はがねまさに後事を託そうとした盟友……


 愛刀である”小烏丸を”肩に担いだ、不敵な喰わせ者と悪名高い男――


 鈴原すずはら 最嘉さいか、その人であった。


 第三十話「死中求活」END

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