第140話「牙城」後編

 第二十七話「牙城」後編


 ガシン!ガシン!ガシン!……


 鋼鉄製の機械兵オートマトン達が真っ直ぐに後ろへと下がる!


 「わっ!わっ!バカ!来るなっ!……くっ!!よけろっ!!よけて前に出るんだっ!!」


 機械らしく一糸乱れぬ集団動作で後方へ下がる軍団にあおられ、少女はクルクルと翻弄されながらも指示を出す。


 「は、はい!全軍!!”鋼の猫シュタール・カッツエ”を避けながら前進!!槍を前に!呉々くれぐれも跳ね飛ばされるなよっ!!」


 それを受けて此方こちらも迫る鉄の壁に細心の注意を払いながら、直接部隊に指示を出す部隊長らしき兵士。


 ”穂邑ほむら はがね特製の機械化兵オートマトンは”高出力誘導放出式光増幅放射兵器ハイパワー・レーザーウェポン”を放った後は機体冷却のため暫く稼働停止する”


 機能停止秒読み前の機械化兵オートマトンと生身の兵士達、機械化兵団シュタル・オルデンの前後位置を入れ替える為の隊列移動は……ちょっとした混乱を起こしていた。


 ガシン!ガシン!


 悪戦苦闘する兵士達の都合などお構いなく、無機質な鉄人達は予定通り真っ直ぐに下がり続ける。


 「ぬっ!くっ!」


 ガシン!ガシン!


 「うわ……ちょ、ちょっと!」


 当初予定通りの動きとは言え……


 鉄板仕込みの大盾と同じく鉄が不断ふんだんに付加された重装備の重装歩兵部隊は機敏とは言い難い、更には呼吸を取れぬ機械相手だ、動きを合わせるのは至難の業といえた。


 「…………」


 ――”サルでも出来る機械化兵入門”


 翻弄され、てんてこ舞いで髪がボサボサになった目つきの悪い少女は、手にしていた”手作り小冊子”をジトッと睨んでから……


 「にゅぅぅっ!!あのバカ穂邑ほむら、なにが勝手に動くから適当に合わせろだっ!!」


 バシッ!!


 だんっ!だんっ!だんっ!!


 冊子を地面に叩きつけ、それを端無はしたなくもガニ股で踏みつけて叫ぶ!


 「キーーーー!このっ!このバカ眼鏡っ!!」


 地ベタに張り付き、土塗つちまみれで破れ開かれたページには……


 ――BTーRTー06ベー・テーエルテー・ゼクス、”鋼の猫シュタール・カッツエ”には”自動行動処理ビヘイビア”を組み込んであるから、行動表ムーブメント・テーブルどおりに兵士を指揮すれば万事オッケー!無問題もうまんたい!サルでもできるよ(はぁと)


 と記されてあった。


 「真那まな様、兵士達の配置が整いまし……」


 「ムキーー!ウキッキッ!!誰がサル以下かぁぁっ!!」


 「ひぃっ!!」


 前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型。


 小柄であどけなさの残る顔立ちの少女はヒステリックに叫び、報告に来た兵士は悲鳴をあげて後方へ一歩たじろぐ。


 「はぁはぁ……あのバカ穂邑ほむら……どこまでも私をバカにしやがって……バカのくせに眼鏡のくせに」


 息を切らせ、小さい肩を上下させながらも少女はギロリと部隊長を睨んだ。


 「ひぃっ!……あの……すみません」


 容姿を見れば可愛らしい部類に入る少女だが、それとは対照的な無愛想で目つきの悪い彼女はその言動の雑さと態度から、とても正統・旺帝おうていの代表である”麗しの黄金竜姫おうごんりゅうき”と慕われる燐堂りんどう 雅彌みやびの侍女とは思えなかった。


 「はぁ?はぁ……な、なぜ部隊長おまえが謝る?」


 「い、いえ……なんとなく」


 ――吾田あがた 真那まな


 燐堂りんどう 雅彌みやびをめぐり穂邑ほむら はがねとはトコトン相性が悪い相手だ。


 「ふん、それよりチョットだけ手間取ったが大丈夫か?敵に感づかれたりとか」


 「あ、はい、それは流石に大丈夫かと……」


 部隊内に多少の混乱はあったがそれもほんの僅かな時間で、隊列編制の最中にはよくあることだ。


 して離れた城壁上の旺帝おうてい軍からはほとんど確認出来ない動きだろう。


 部隊長はそう考えて、慌てて答えるとすっかり前後の入れ替わった自軍を指さす。


 「真那まな様、ではこれより予定通り第二段階の攻撃へと移ります!」


 少女はうんうんと頷き、そして足元でボロボロになった冊子を更に踏みつけながらグイッと胸を張った。


 「うむ!良きにはからえいっ!!」


 ――

 ―



 「うぬ……やはり妙だ、これは」


 しかし、那古葉なごは城東門守備を預かる稀代の軍師、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうの慧眼はそれを見逃していなかった。


 「なにか?」


 あるじと同じように城壁外に陣取る敵軍を見下ろしていた海野うんの 八郎はちろうは尋ねる。


 「これは……まさか……うぬ……確かに思い込んで……」


 だが真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは自身の思考の最中で、部下の問いかけには気づかない。


 「真仲まなか様!」


 「!?……う……うむ」


 そしてようやっと、海野うんのの荒げた声で我に返る。


 「そうだな……どうやら我らはたばかられたのやも、いや、たばかられたのだ」


 「!?」


 その応えに今度は海野うんのが反応できない。


 「穂邑ほむら はがねはこの東門せんじょうにはいない」


 中年の筆頭参謀はそんな部下を前にキッパリと断言する。


 「なっ!?……あり得ません!!現にあの機械化兵がこの東門を強襲しているではありませんか!!」


 そして、それに対する海野うんの 八郎はちろうの反論はもっともだろう。


 ――基礎原理から完全に創出された”穂邑ほむら はがね独自開発技術体系パーフェクトオリジナル


 ――機械化兵オートマトン


 そんな巫山戯ふざけたモノを創り出せるのも、操れるのも……穂邑ほむら はがねを置いて他に無い!


 「だろうね……故にこの私も不覚を取った。所謂いわゆる、固定観念の隙を突いた策と言える」


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうはまるで他人事のように納得しながら、サッと戦場の敵陣営を指さす。


 「あの機械化兵オートマトン達の動き……あまりに”機械的”でまるで融通が利いていない」


 「う……それは……しかし、それはそもそもアレらは機械ですから……」


 「だがしかし、これまでの穂邑ほむら はがね機械化兵オートマトンは驚くほど柔軟で、多少移動が遅い以外は常人と変わらぬ動作が可能だった。それ故にあの機械化兵オートマトン達は脅威であったのだ」


 「そ、それは……確かに」


 幸之丞ゆきのじょうの言葉に海野うんのの考える根拠は揺らぎ始めていた。


 「機械化兵オートマトンが在るからそこに”独眼竜”が居る!これはその盲点を突いた策だ。恐らく穂邑ほむら はがね機械化兵オートマトン達にある程度の動きを自動処理で行えるように手を加えたのだろう」


 「う……そんな」


 「ああ、つくづく馬鹿げた事を考える青年ではある」


 言葉が追いつかない海野うんの 八郎はちろうの代わりに、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうが自己完結する。


 「私が彼の考えを読んで東門に守備の中心部隊を集中させるのを見越し、それを敢えて受ける形で裏をかいた……」


 「そんな!!そんな策がありましょうか!?」


 またも海野うんの 八郎はちろうは納得いかない。


 「真仲まなか様に自分の胸中を看破されていると承知で、それに乗って……そんな危険極まりない状況を受け入れて自らの意志を貫こうとするなど!?」


 穂邑ほむら はがねかつての戦いでくつわを並べた真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうを見てこう思っていただろう。


 ――策略では到底及ばない


 ならば、その策に乗せられたうえで、完成された策の僅かな隙を突く形で、残った殆どの機械化兵オートマトンは東門へ向けてお互いの主力を封じる。


 そして自身はそれらを殆ど用いずに極少人数にて……


 「甘城あまぎ様の護衛は確か……百人ほどであったな?」


 「っ!?」


 声の調子が変わった筆頭参謀の問いかけに海野うんのは息を呑んだ。


 ――那古葉なごは城本丸には囮として影武者を置き、総大将たる甘城あまぎ 寅保ともやすは二の丸に移動する


 東門に敵の攻撃を引きつける為の小細工だ。


 つまり二の丸はそれを悟らせないために護衛が”百人”程度……


 「し、しかし……穂邑ほむらあるじの策に受けて立ったがために兵力をこの東門へと消費しておりますれば、奴の兵も……」


 ――多くても二、三十だろう


 それ以上の数なら、索敵の網に掛かるはずだ。


 そうした意味から海野うんの 八郎はちろうは敵将のその行為が自殺行為にしか見えない。


 「海野うんの君……言っただろう?だから相手はあの”独眼竜”、穂邑ほむら はがねなのだと」


 「う……うぅ」


 の者は判断基準の全てで燐堂りんどう 雅彌みやびを優先する。


 どれほど報いが無い努力でも彼女の為ならばそれこそが彼の報いとなる。


 ――燐堂りんどう 雅彌みやびの未来を僅かでも繋げるのなら、それが知恵と努力と血と汗と涙を尽くしてなお届かない場所であったのなら、更に必至に手を伸ばすだけ


 それが生き方アイデンティティと言い切る大馬鹿が相手なのだと……


 ここまであるじと散々に問答してきた海野うんの 八郎はちろうだが、この時初めてその男の真の脅威を思い知ることになる。


 「“天の時”、”地の利“、”人の力“、この三要を得ただけではあの青年には不足であったか……穂邑ほむら はがね君」


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうはそう呟いてからサッと表情を切り替えて指示を出す。


 「由里ゆり 鎖馬介さまのすけを持ち場から至急呼び戻し、集められるだけ手勢を集めて二の丸へと急行させる!海野うんの君は彼に替わって前線の指揮を!!」


 「……は、はっ!!」


 海野うんの 八郎はちろうはその声に背筋をビシリと伸ばして立ち上がった。


 「とりあえずこの東門を守りつつ、我が手中にある手勢では最も手練れの由里ゆり君を向かわせるとするが……」


 ドッ!!ズドドォォォォォォーーーーーーンッ!!


 「!?」


 正にその時、遠く正門の在る方向から……


 随分離れたこの地まで響く爆音と天を焦がす黒煙が上がった!!


 「な、なんだぁっ!?」


 「あ、あれをっ!!正門が!城壁が燃えて……」


 突然な異変に、大勢の旺帝おうてい兵士達が其方そちらへと注意を向けて浮き足立つ中……


 「間に合えば良いが……”死なす”にはあまりにも惜しい人物だ」


 旺帝おうてい軍筆頭参謀たる真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは、鼓膜を痺れさせる爆音にも、背後に上る遙か先の黒煙に対しても、只の一度も振り返りもしないで呟いていた。


 「…………このままだと多分、死ぬのは君だよ穂邑ほむら君」


 第二十七話「牙城」後編 END

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