第139話「銀焔の竜騎士Ⅰ」

 第二十六話「銀焔の竜騎士Ⅰ」


 燐堂りんどう 天成あまなりが数年前に簒奪して率いる東の強国”旺帝おうてい”と、その王家の正統なる血を引く燐堂りんどう 雅彌みやびを擁立する正統・旺帝おうていが激突した那古葉なごは城攻防戦。


 ――事の発端となるのは現在からほぼ六年前になる、当時はまだ穴戸ししど 天成あまなりを名乗っていた家臣が起こした政権転覆クーデターであった


 「井田垣いだがき 信方のぶかた殿が討死……」


 旺帝おうてい領土、志那野しなの領は天竜てんりゅう湖のほとりに建つ砥石といし城にて、その報を聞いた老将はガックリと項垂うなだれた。


 「そうだ鎚野つちや。相手は木場きば 武春たけはる、一騎打ちの末にということだ」


 対面に座る、項垂うなだれた老将と同じ年齢くらいの将が答える。


 「山県やまがた 源景もとかげが甥っ子の”最強無敗”か、くっ……」


 鎚野つちやと呼ばれた老将は下を向いたまま歯ぎしりしていた。


 「鎚野つちや 道官どうかんよ、わしはもうここまでだと思う。よって降伏を選ぼうと考えておるが……」


 この報を以てして敵方の使者が提示したのは”停戦交渉”であった。


 ――これ以上同じ旺帝おうてい軍同士での戦は無用である


 ――今降伏すれば、兵士達は一切の罪に問わず、指揮官の命は助けよう


 敵の頭目である穴戸ししど 天成あまなりが示した停戦条件は、自らが提示した以外の全てを諦めよとのことだろう。


 命は助けるが、地位ある者達はその全ての権力を剥奪する。


 これは”限りなく停戦に近い敗戦”を意味していた。


 「……………………そう……か」


 長い沈黙の後、鎚野つちや 道官どうかんは床を睨んだまま莫逆の友にそう応えた。


 「…………坊主よ、横川よこかわはこう申しておるがお主はどうするのだ?」


 そしてそのまま、隣に座っている若い男の方を見て問う。


 年月を刻んだ顔に口惜くちおしさが滲み出す老人に、そう尋ねられた若い男は――


 「……」


 どっかり胡座をかいた二人の老将とは違って、きちんと正座した姿勢のまま一度スッと頭を下げる。


 「鎚野つちや 道官どうかん殿、横川よこかわ 隆利たかとし殿、ここまでお力添え頂きまことにありがとうございました」


 「ぬ……」


 「うむ……」


 二人の老将に感謝の言葉を述べたのは、右目に眼帯をした男……

 というか少年の面影が残る青年だった。


 「ということは坊主よ、お主はあくまで抗うということか?」


 「それは有り得んぞ。残った城はこの砥石といし城のみ、総大将たる井田垣いだがき 信方のぶかた殿も討ち取られ残る兵力は殆ど無いのだ。この状況でまだ戦を継続するのは……」


 二人の老将の反応を確認した後、青年はゆっくりと口を開く。


 「諦めていないと言う意味では鎚野つちや殿の仰るとおりですが、横川よこかわ殿の言われる通り戦は既に成り立たない事も理解しております」


 応えた青年は右目を眼帯で覆っている。


 そしてその表情は意外なほどスッキリして、露出した澄んだ左目には”決して折れないであろう芯の通った光”が灯っていたのだ。


 ――この期に及んで”なにか”に命を賭ける!


 それは、そういう面構えであった。


 「今回の内乱で敵方である穴戸ししど 天成あまなりに与した二十四将は十三人、この機に引退し我関せずとした者は七人、そして我らはたったの四人だった。質も量も、はなから真面まともな戦になる道理もなかった中、十分健闘したと思うが……それでもお主はこれ以上やり合うつもりか?」


 孫ほど年の離れた同僚である青年の決意に、鎚野つちや 道官どうかんは再度確認をする。


 「まぁそう急くな鎚野つちや。坊主のことだ、雅彌みやび様が気がかりなのは解る……だが、仮にも姫は旺帝おうてい王家の直系である。傲岸不遜な天成あまなりとはいえ、よもやお命を奪うような真似はしまい?」


 続いて横川よこかわ 隆利たかとしが諭すように青年の説得を試みるが……


 「横川よこかわよ、そうではない。そうではないのだ、なぁ?坊主よ」


 それを鎚野つちや 道官どうかんが遮った。


 「穴戸ししど 天成あまなりは先王、燐堂りんどう 真龍さねたつ様の三女である房子ふさこ様を妻に迎えたが子は居らぬ。奴に在るのは先妻との子、天房あまふさのみだ。確かにぬしが言うように、天成あまなりでも王家に仇をなす様な迂闊で軽はずみな行為は容易には出来ぬであろうが……それ故に彼奴きゃつは正統なる王家の血を欲し、我が子の嫁にと考えるであろう」


 鎚野つちや 道官どうかんが言うとおり、敵勢力の首魁である穴戸ししど 天成あまなりの嫡男は旺帝おうてい王家の血を引く燐堂りんどう 房子ふさことの子ではなかった。


 穴戸ししど 天成あまなりはまんまと王家である燐堂りんどう家の房子ふさこと婚姻を取り付けたおりに、離縁した先妻との間の子を元の名である天義あまよしから母方由来の天房あまふさに改名させた。


 今から思えば、そういう”あからさま”な小細工の数々こそ、この王位簒奪を計算に入れた下準備だったのであろう。


 「ぬぅぅ……確かに」


 そこまで聞いて横川よこかわ鎚野つちやの言いたい事を察したのか、青年の顔を見てから深く頷く。


 「坊主は雅彌みやび姫様の為だけに最年少で二十四将にまで成り上がったのだ、それでは納得できまい、男としてそこは汲んでやれ」


 そしていつの間にか、負けが確定したであろう空気の中であるにも拘わらず、半ば冷やかす様に老将二人は青年を見てニヤニヤと笑っていた。


 「俺は……みや……雅彌みやび様がそれを望まれるなら、それでも良いと思います」


 だがその青年は……老人達の好奇の目を受け流してサラリとそう言う。


 「お?お?」


 「よ、良いのか?おい……ほむ……」


 意外な応えに呆気にとられる老将二人に青年は続ける。


 「彼女が望んでいるなら……ですが」


 ――っ!?


 確信犯的な青年の笑みに、老練なはずの二人は一本取られて思わず顔を見合わせていた。


 そう、眼帯をしたこの青年……穂邑ほむら はがねは、


 はなから”燐堂 雅彌の心そこ”を譲る気など毛程も無いという事なのだ。


 普段は比較的温和で気さくな性格の青年は、こと燐堂りんどう 雅彌みやびを害する存在に関しては一片の妥協も譲歩もしない!


 そういう事実を老将達はつい忘れていたための不覚……


 と、そんな二人の老将の間抜け顔を確認して、青年は再びスッと頭を下げて場を仕切り直す。


 「この戦はもう終わりです。どうぞ横川よこかわ殿はお考え通り降伏をなさって下さい」


 ここまで共に戦ってくれた横川よこかわ 隆利たかとしとその手勢に素直な感謝の意を表す穂邑ほむら はがね


 「ぬぅ……す、すまぬな、坊主」


 恨み事も、責める心も全く無い態度に、横川よこかわ 隆利たかとしは思わず謝罪していた。


 そしてそれは、旺帝おうてい二十四将、横川よこかわ 隆利たかとし宍戸ししど 天成あまなりに降ることが決定した瞬間でもあった。


 「真仲まなか真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう!貴様もやはりこの戦はもう終いじゃと判断するか!?」


 それを受けて、鎚野つちや 道官どうかんは部屋の隅に控えた男にそう最終確認をする。


 「は!真に申し上げにくい事ですが……最早打つ手は何も無いかと」


 老将二人と青年一人、三人の将が集った司令室にて――


 その空間の隅に控えていた中年の男は深々と頭を下げて答える。


 「ふん……井田垣いだがき 信方のぶかた殿の知恵袋と言われる貴様がそう言うのならばそうなのだろうな」


 不機嫌に吐き捨てる鎚野つちや 道官どうかんだが、実際は既に解っていた事ではある。


 それでも老将はガックリと肩を落として下を向いた。


 「…………だがわしは……降伏は柄ではない。老兵は死なず、ただ去るのみ」


 そして床を見詰めたまま、そう呟いたのだ。


 この場にて、旺帝おうてい二十四将、鎚野つちや 道官どうかんは引退を決意したのだ。


 「…………」


 その間中、青年は只黙ってそれらを静観していた。


 「…………で、肝心の坊主はどうするのだ?」


 暫しの沈黙を破る横川よこかわ 隆利たかとし


 「戦は終わった。では?」


 鎚野つちや 道官どうかんも顔を上げ、同様に青年を見ていた。


 「…………」


 部屋の隅の真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうなる男も無言で眼を光らせる。


 そして――


 二人の老将と一人の参謀が見守る中、青年は堂々とこう応えたのだ。


 「”限りなく停戦に近い敗戦”を、限りなく”敗戦に近い停戦”に変えてみようと思います」


 ――!?


 その解答に三人の質問者は目を見開く。


 例えるならそれは――


 ”既に完結した物語を無理矢理な解釈を加えて結末を変えるが如き横暴”


 「ぼう……穂邑ほむらよ、それは如何にも無理くりであろう」


 流石に鎚野つちや 道官どうかんはそう否定するが……


 「”停戦交渉”というなら、文字通り交渉の余地があるでしょう?」


 眼帯をした青年は何食わぬ顔でそう応える。


 「いや、それは……」


 鎚野つちや 道官どうかん横川よこかわ 隆利たかとしが否定するのは当たり前だ。


 敵総大将、宍戸ししど 天成あまなりが突きつけた”停戦交渉”とは、誰が見てもその実は”降伏勧告”で、交渉の余地などイチミリたりとも無いのは明白だからだ。


 「幾つか……悪あがきの種が我が手中に在ります」


 眼帯の青年、穂邑ほむら はがねは更に応えた。


 「無謀だっ!穂邑ほむらっ!」


 「やはり降伏しろ坊主、本当に命まで無くすことになるぞっ!」


 二人の老将はあまりにも若い才能を惜しむがあまり、同時に声を荒げるが……


 「”無理を通せば道理が引っ込む”、そういう言葉もあるでしょう」


 穂邑ほむら はがねは一歩も引かない。


 「”道理に向かう刃無し”とも申しますが?」


 そこに遠慮がちながらも部屋の隅から割り込む声があった。


 「…………」


 「…………」


 声の主へと視線を向ける眼帯の青年と、それをしっかり受け止める部屋隅の中年。


 二人は暫し、お互いの腹を探るように視線を交わらせていたが――


 穂邑ほむら はがねの方からそっと視線を外すと彼はやや下を向いて両手を挙げ、後頭部で結ばれた紐を解き始める……


 ――パラリ


 それは彼の右目を覆っていた眼帯の紐であった。


 そして――


 旺帝おうていが誇る”二十四将”に若干十四歳で上り詰めた青年、その彼が”独眼竜”と称される由来となった右目を覆っていた眼帯の下は……


 「ほ、穂邑ほむら……」


 「坊主、貴様……」


 否応なく注目させられていた二人の老将が思わず乗り出して絶句する。


 「これは……まさか”竜眼”!?」


 先程まで睨み合っていた真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうさえも驚きの表情に固まったまま、そう口にするのがやっとであった。


 「さっきも言いましたが、幾つか悪あがきの種は在るんですよ……機械化兵オートマトンや、この出来損ないの”竜眼”とかね」


 穂邑ほむら はがねの右目に光るのは銀色の瞳。


 それはまるで”銀色のほのお”を宿した瞳。


 ”あかつき”の伝承に記述された、銀のほのおべし聖剣”グリュヒサイト”を手に邪眼魔獣バシルガウを討伐せし名無しの英雄が瞳は正にそういう双瞳ひとみだったと……


 「お、旺帝おうてい王家である燐堂りんどう家の始祖は”龍神王”だと伝えられ、伝承に記されたいにしえの英雄も銀の双瞳ひとみを、つまり”竜眼”を所持すると伝わっているところから同じ系譜だという噂は聞いたことがあるが……」


 「う……む……だが王家の歴史でも、その”竜眼”を宿す御方の記述が残るのは六代前の燐堂りんどう 龍晴たつはる王、それと後は……ううむ」


 ”あかつき”四方の大海を支配するという竜神王の末裔、英雄の系譜、燐堂りんどう家伝承の真偽は簡単に調べる術が無いが、歴代王の中でもその“銀焔の双瞳”つまり“竜眼”を所持したと云われる人物は殆ど記録に無かった。


 「そんな大した代物じゃないですよ”コレ”は。片眼だけだし、みや……雅彌みやび様の黄金の竜眼こそが伝説の英雄をも超える本物、俺のはただの不良品です」


 「……」


 「……」


 穂邑ほむら はがねは軽く笑ってそう言うが、その場の三人の表情は未だ固まったままだった。


 「ええ……コホン、その……その”竜眼”をもっ天成あまなり公と交渉を?」


 そんな中、辛うじて真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうが改めて尋ねた。


 「コレだけじゃないけど、まぁそんな感じです」


 眼帯改め、片眼が銀色の青年は答える。


 「馬鹿な!そのような至宝っ!!野心の権化たるあの天成あまなりめなら……」


 「そうだ!晒せば益々坊主の命は無いぞっ!!」


 天成あまなりどころか、現旺帝おうてい王家である燐堂りんどうの権威を脅かすほどの意味がある銀色の瞳。


 燐堂りんどうの遠縁も遠縁、端っこの傍系である穂邑ほむら はがねとはいえ、いにしえの英雄と同じ竜眼を所持するとなれば、正統な血筋であり黄金の瞳を有する燐堂りんどう 雅彌みやび穂邑ほむら はがね陣営には大いなる正統性が揃ってしまう。


 政治力と軍事力では取るに足らない勢力とはいえ、後々の事を考えれば天成あまなりなら是が非でも排除に動くだろう。


 ならばこそ……


 傍系である穂邑ほむら はがねは、余計な権力闘争に巻き込まれないよう今の今までその瞳を隠蔽していたのだろう。


 「死にますよ、穂邑ほむら君」


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうがこれ以上無い真顔で忠告する。


 「ああ……ええと、真仲まなかさん、さっきなんて言ったっけ?」


 「?」


 脅迫するかの迫力で遠慮無く指摘する真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうに対し、穂邑ほむら はがねは平然と会話を続けた。


 ――今さら”それ”がなにか?と言わんばかりに……


 「そうそう、”道理に向かう刃無し”だったっけ、か?」


 穂邑ほむら はがねの中には、やはり抗う意志しか存在しない様子だ。


 「……」


 参謀を努める中年男は思う。


 この青年の少女に対する”飽くなき献身”はどこから来るのだろう……と。


 「俺はそれには……そうですね、こう答えますよ」


 命を賭け――


 命を捨てて――


 「”意志の在る所には道がある”……ってね」


 圧倒的不利な未来へと一縷いちるの希望を託す可能性の模索。



 そもそもが”絶望”を先延ばしにしただけの改変でしかない行為は……

 それがどれほど報いが無い努力なのか。


 実年齢以上に色々とさと穂邑 鋼かれは、ただ”それだけ”を知らないとでもいうのだろうか?


 「穂邑ほむら……君」


 そんな報いの無い改変の為にこの青年はこれからどれ程の無茶をするつもりだろう。


 策士、真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは感動を超えて目前の青年が空恐ろしくなる。


 「燐堂 雅彌かのじょの未来を僅かでも繋げるのなら、それが知恵と努力と血と汗と涙を尽くしてなお届かない場所であったのなら、更に必至に手を伸ばすだけ。俺の生き方アイデンティティですよ」


 二人の老将、独りの中年参謀が固唾を呑んで見守る中――


 右目が銀色の青年、”独眼竜”穂邑ほむら はがねはそれがも当然だと、笑って応えたのだった。



 ――

 ―


 「あれはもう五年、いやもう後十日程で六年になるのか……」


 ワァァァァァァッ!!

 ワァァァァァァッ!!


 戦場只中のこの地にて、


「はてさて、あの後、穂邑ほむら君は如何いかなる魔法を用いて、あの抜け目なく非情な天成あまなりから安住の地である恵千えち領をもぎ取ったのか?機会があれば是非ご教授頂きたいものだが……」


 中年男が呟く。


 「くっ!真仲まなか様!!敵攻撃が来ますっ!!」


 シュオォォォォーーーーーーン


 シュオォォォォーーーーーーン


 部下の声と同時に、鋼鉄製の異形兵から放たれた幾本もの”光槍”が空を引き裂いて走り!


 「ふ、伏せろ!う、うわぁぁっ!!」


 城壁上に配置された旺帝おうてい軍長弓部隊は我先にと蟾蜍ひきがえるの様に無様に地面に潰れた!


 ガギィィーーン!


 ガギィィーーン!


 直後、那古葉なごは城の高い城壁に穴を穿つ光の遠隔兵器!!


 ――”高出力誘導放出式光増幅放射兵器ハイパワー・レーザーウェポン


 ゴゴォォォーーン!!


 強烈すぎる攻撃に浮き足立つ城兵達と強固なる城壁である足元の一部分が崩れ落ちる様を見下ろしながら、戦場只中に立つ中年の男……


 真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは冷や汗を拭いながら自身の呟きにこう付け足していた。


 「まぁ……そんな余裕はないだろうね」


 第二十六話「銀焔の竜騎士Ⅰ」END

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