第137話「魔王の咆哮」

 第二十四話「魔王の咆哮」


 「穂邑ほむら はがねぇぇっ!!」


 突撃陣の先頭に立ち突進する旺帝おうていの次代の将、秋山 新多あらた


 ドドドドドドドッ!!


 新多あらたの率いる騎馬隊は攻城戦に前掛かりになりすぎた正統・旺帝おうてい軍の間隙をついて、一気に総指揮官である穂邑ほむら はがねの陣に肉薄する!!


 「相変わらず威勢だけはいいなぁ、秋山」


 しかし、それを許したはずの伊達眼鏡の独眼竜は少しも慌てる様子も無くそう呟くと、手にした軍配代わりの刀を馬上にて振り上げる。


 「おおおおっ!我こそは赤目あかめが飛将、とう 正成まさなりっ!!参る!!」


 ドドドドドドドッ!!

 ドドドドドドドッ!!


 その軍配を合図として、突撃して来る秋山 新多あらた騎馬隊の真横から襲い掛かるとう 正成まさなり率いる臨海りんかい軍騎馬部隊!!


 「よし!左翼、右翼の重装歩兵隊は退路を断て!!」


 更に連携し内谷うちや 高史たかふみが号令をかける!


 ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!


 こうして瞬く間に籠の鳥となった旺帝おうてい軍、秋山隊は……


 「くっ!!構うかっ!!穂邑ほむらは目と鼻の先だ!!武勇の欠片もないあのバカをこのまま直接討てれば……っ!?」


 シュルルルーーーーッ!!


 その瞬間!彼の視界を”なにか”が横切った!


 「うっ!」


 ギャリィィーーン!


 甲高い金属音と共に新多あらたが手にしていた刀は弾き跳ばされ、地面に落ちる。


 「なんで私が……この”穂邑 鋼バカ”を護らなきゃならないんだ」


 秋山 新多あらたが肉薄していた独眼竜の乗馬後ろから現れた人影は……


 徒歩にて立つ、目つきの悪い少女だった。


 「た、確か……キミは雅彌みやび様の……」


 痺れる右手を押さえながら新多あらたは相手を確認する。


 「…………」


 不機嫌顔で新多あらたをジト睨みする少女の名は吾田あがた 真那まな


 前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型で小柄であどけなさの残る顔立ちの少女は客観的に見て可愛らしい部類に入るはずが、重度の近眼の様に眉間に皺を寄せた表情のおかげでそれとは対照的な無愛想で目つきの悪い少女という印象が強烈に残る人物だ。


 「み、雅彌みやび様の護衛も兼ねた侍女……だった……っ!?」


 シュルルルッ!!


 シュルルルルルルルッ!!


 呆気にとられた秋山 新多あらたの耳に聞き慣れない風切り音が二重に響いたかと思うと、


 ザシュ!


 「ぎゃっ!!」


 ドシュ!!


 「うわぁぁっ!!」


 ドサリッ!!


 新多あらたの周りに居た味方の騎兵が次々と見えない刃に斬り落とされ、そして新多あらた自身も腕に負傷を受け馬上から落ちていた。


 この距離から自在すぎる軌道で旺帝おうてい兵を襲った凶器。


 間近でのたうつ蛇のように着弾地点を変化させ、自由すぎる角度から飛来する”なにか”は……


 その”見えない刃”は”鎖”よりもっと細い”なにかで操られたさながら”二匹の蛇”、”双頭蛇牙ソウトウダガ”と呼ばれる異色の殺人技だった。


 「…………」


 「ひ、ひぃぃっ!」


 無言の間々凄む目つきの悪い少女に、秋山 新多あらたは地面に尻餅を着いたまま後退りする。


 「おい……殺すなよ、秋山には一応利用価値はある」


 それを止める穂邑ほむら はがね


 「それより秋山の騎馬隊、残兵をできればこの場で壊滅させられれば……」


 穂邑ほむら はがねが態と用意した隙に乗じ誘き出された秋山騎馬隊は、見事に嵌まって包囲網の中だ。


 ここで少しでも旺帝おうてい軍の兵力を削ぐことが出来ればと穂邑ほむら はがねは考えていた。


 「よし、このまま……」


 ドドドドドドドッ!!

 ドドドドドドドッ!!


 ワァァァァァァッ!!

 ワァァァァァァッ!!


 だが……


 「怯むな!同胞を救うのだ!」


 それを更に外側から襲う一団!!


 敵将を捕虜にして一瞬緩んだ隙を見逃さない旺帝おうてい軍の新手が、穂邑ほむら はがねの軍をこじ開け突き崩す!!


 「真仲まなかさんの手勢か?流石に対応が早いな……けど、ここは俺も退くわけにはいかないんでね」


 穂邑ほむら はがねはその敵援軍が誰の隊か直ぐに気づき、そして直ぐさま自軍を立て直すように指示を出す。


 「ここはこの戦の踏ん張り所だ!各部隊、体勢を立て直し敵援軍を迎え討てっ!」


 オオオオッッ!!


 オオオオッッ!!


 駆けつけた旺帝おうてい軍と秋山隊を囲んでいた正統・旺帝おうてい軍、両軍入り乱れる戦場はお互い譲らず、暫く一進一退を繰り返していたが……


 「穂邑ほむらさん、待機冷却中の機械化兵オートマトン部隊の復帰が可能になったようッスよ!」


 内谷うちや 高史たかふみの報告に独眼竜は勝機を得た。


 「よぉぉしっ!BTーRTー06ベー・テーエルテー・ゼクス、”鋼の猫シュタール・カッツエ”部隊の五十は前進!!それを壁に歩兵部隊は援護だ!あと……」


 「はい!残りの五十機は後列で待機、前列の駆動限界時間前に入れ替えッスね」


 予てからの作戦通り、穂邑ほむらの指示に内谷うちやが応え、そして全軍が相手を押し潰すように攻め寄せる!


 ガシィィン!ガシィィン!


 ガシィィン!ガシィィン!


 ――迫り来る鋼鉄の壁!


 「うわぁぁっ!!」


 ブオォォーーーーン!


 「ぎゃぁぁっ!」


 ――蛇腹状じゃばらじょうに伸びて唸る”鉄かぎ爪”!


 ドスッ!ドスッ!


 「ひぃぃっ……ぎゃっ!」


 「ぐはぁっ!」


 そして恐れをなして背を向けた兵士達はその隙間から突き出される重装歩兵の長槍と、追い打ちをかけるとう 正成まさなりが率いる臨海りんかい騎馬隊に次々と刈り取られてゆく……


 かつての”旺帝おうてい二十四将”に最年少で名を連ねた”独眼竜”穂邑ほむら はがねが生み出した独自開発技術体系パーフェクトオリジナル、”機械化兵オートマトン


 それは正真正銘のはがねの怪物部隊である。


 生身の一般兵士が束になっても傷一つ付けられない頑強な体躯ボディに伸縮する鉄のかぎ爪、そして乱用は出来ないとは言え、この世界では反則級の高出力誘導放出式光増幅放射兵器ハイパワー・レーザーウェポン


 旺帝おうてい騎馬軍団が”戦国世界最強の騎馬部隊”ならば、型番BTーRTー06ベー・テーエルテー・ゼクス、通称”鋼の猫シュタール・カッツエ”で編成される百体の”機械化兵団シュタル・オルデン”は紛れもなく”戦国世界最強の歩兵部隊”であるといえた。


 「ま、真仲まなか様!このままでは我が部隊も壊滅します!!早々に退却を!!」


 「…………」


 旺帝おうてい軍援軍の陣頭指揮を執る真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは、焦る副官の言葉を聞いているのかも怪しい様子で全体の指揮も疎かにその大劣勢を静観していた。


 「真仲まなかさまっ!!」


 「うむ……そうだな……んん……よし全軍、城へ撤退だ。ただし折角”敵の囲み”から解放した味方を放置は出来ないから、我が隊は出来るだけゆっくりと負傷兵を優先させて城へ」


 ――ぎゃっ!


 ――うわぁぁっ!!


 「そんな余裕はないかと……思いますが?」


 副官は周りの状況に極々当然の感想を返すが……


 「まぁ……穂邑ほむら君の機械化兵オートマトンはその重量から足が遅い、なんとかなるだろう。殿しんがりはこの真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうの部隊が引き受けるから慌てず秩序を保って逃げ帰るように全軍に伝えてくれたまえ」


 「………………了解……しました」


 この状況での意外なほどの落ち着きぶりと、”退却”を”逃げ帰る”と体裁を気にしない性格。


 こういうイマイチ掴めない”真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう”という男に、先の反乱での”鞍替え将”というイメージしか持たない副官の男は正直”上官”として認めるのには抵抗があった。


 だが、それでも安易に味方部隊を見捨てず、自らが一番危険な殿しんがりを受け持つという意外な”武人像”を前に、彼は取りあえず納得する。


 「……うむ……幸い”予約チケット”もあることであるし」


 「は?」


 命令通り早速行動に移ろうとした副官だったが、背後から聞こえた真仲まなかの呟きに足を止めていた。


 「いやなに、きみが気にする必要はない。ちょっと”大船に乗る”準備だ」


 「…………はぁ?」


 ――本当に掴めない御仁だと……


 なにやら企んだ顔の中年を背にし、その副官は仕切り直して任務を続行するのだった。


 ――

 ―


 ガシィィン!ガシィィン!


 ガシィィン!ガシィィン!


 「うわぁぁっ!!」


 ブオォォーーーーン!


 「ぎゃぁぁっ!」


 「ひぃぃっ……ぎゃっ!」


 相変わらず圧倒的破壊力で迫る機械化兵オートマトンを中心とした”機械化兵団シュタル・オルデン”に為す術無く押し潰される旺帝おうてい軍の兵士達。


 「穂邑ほむら様、もう一押しです!」


 「…………」


 報告を聞きつつ、馬上の穂邑ほむら はがねは戦況を窺っていた。


 ――流石は真仲まなかさんだ……この状況で自身が陣頭に立ち、半数以上の秋山隊を城に退却させた


 そしてかつて同じ陣営でくつわを並べた将を心中で称える。


 「だがこの戦場は俺の勝ちですよ。これで那古葉なごは城を落とせるワケでないけど取りあえず正門は破壊させてもらいます」


 那古葉なごは城全軍の注意を引きつけて鈴原 最嘉さいか達の別働隊に行動の自由をもたらし、そして再び合流するまでの時間を稼ぐ。


 その成果として鉄壁である難攻不落、”黄金のさかまた”の防御力を削げる結果を得るのは現状では上々である。


 「敵兵力が城に退却したら引き続き城門と城壁の破壊を続行、適当な所で退くぞ」


 そして肝心な所は深くは攻めないという事。


 チャンスだからと言って、あまりに打撃を与えすぎると敵も総力をもって事に当たってくるだろう。


 となると時間稼ぎではなく、鈴原 最嘉さいかの合流を前に激しい消耗戦になってしまうからだ。


 それを十分に配慮した穂邑ほむら はがねが作戦の総仕上げにかかろうとした時だった。


 「……………………なんだ?」


 偽眼鏡の奥の彼の瞳が異変に気づく。


 「どうかしたっスか?」


 それに対して小太り眼鏡の参謀、内谷うちや 高史たかふみが問う。


 「いや……なんだかBTーRTー06ベー・テーエルテー・ゼクスの足が異様に遅くなってないか?」


 穂邑ほむらの指摘に内谷うちやも目をこらす。


 「ううん……もともと穂邑ほむらさんの機械化兵オートマトンは重要級で足は遅……あっ!?」


 そして参謀はその異変の元凶に気づいた。


 「ほ、穂邑ほむらさんっ!!あの足元!!機械化兵オートマトンの足元があんなに泥濘ぬかるんでっ!?」


 「っ!?」


 慌てて指さす内谷うちや 高史たかふみ穂邑ほむら はがねも目を見開く。


 「どうしてだ……あんなに急激に一部の地面が……」


 城門前、敵軍を追って迫っていた機械化兵オートマトン隊の足場一帯だけが急激に沼地化していくのだ。


 「水?……いやいや、那古葉なごは城には水気なんて無いっスよ」


 「…………」


 確かに内谷うちや 高史たかふみの言うとおりだ。


 那古葉なごは城にもかつて外堀はあったらしいが、それはもう数十年も前に埋め立てられた。


 巨大な平城である那古葉なごは城……現在は巨大な外側の壁と内側の第二壁の間にのみ堀が用意されている。


 それはその鉄壁さ故に一度も外壁を抜かれた事の無い”黄金のさかまた”に外堀は必要ないと、当時の城主が平時の利便性のために埋めたと記録にある。


 実際、その後も一度たりと城陥落はおろか外壁も破られた事が無いのだ。


 「あんなに急激に水が……いや地下水!?そんなものが!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 「っ!?」


 穂邑 鋼じぶんの知らない事実があるのだろうか……


 そんな彼は思考するよりも前に微かに感じる振動と、騒がしい戦場に在っても耳を懲らせば辛うじて聞こえてくる地鳴りに気づいた。


 ゴゴゴゴ……


 微かに……だがそれはまるで地獄の奥底へいざなうような魔王の唸り声……


 これは――


 「ま、まずいっ!!ウッチー、直ぐにBTーRTー06ベー・テーエルテー・ゼクスを後退させ……」


 ドガガァァーーーーン!!


 そして独眼竜の指示は間に合わず、懸念は現実になる。


 ズズズズゥゥーーーーン!!


 微かに聞こえていた”魔王の唸り声”は地上へ”解き放たれた咆哮”となり、城壁前の地面は大きく陥没……


 巻き込まれた鋼鉄の兵士達はその殆どがそのまま地中へと落下してしまった。


 「ほ、穂邑ほむらさんっ!!」


 目の前でいったい何が起こったのか……


 顔面蒼白となる内谷うちや 高史たかふみに答えることなく、偽眼鏡の独眼竜は呻くように呟いていた。


 「やられた…………真仲まなかさ……真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう


 第二十四話「魔王の咆哮」END

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