第133話「小さな勇気」後編(改訂版)
第二十話「小さな勇気」後編
「そこまで意志が固いのならば、この
あくまで我を通す未熟な主君の言を、
「
そしてその整った髭の風格在る男、
「わ、わかってる!そんなこと……逃げて迷い込んで来る敵を全部撃退すれば良いんだろっ!?」
砦を攻めている味方が追い落とした、森に逃げ来る敵を潜めた伏兵によって各個撃破する……
それさえもを気持ち良く思わない若輩者、
「それは少々違います、
「だ、だから!それが……」
「敵を”殲滅する”必要は無いのです。
作戦の真意を理解していないと言われ反論しようとする主君に、丁寧に説明を続ける忠臣。
「け、けど、それじゃぁ作戦が……」
「作戦、そう大事なのは作戦行動全体の成功です。森で
「う……」
――”
それは、目前の忠臣……
「呉々も一時の優勢に酔い、大局を見誤りませぬよう。あくまで冷静に指揮官たるご判断を……」
「わ、わかってるよ、そんなことっ!!」
――
―
――そ、そうだ、ここは無理に防ぐ必要は無いんだ……
闇夜に沈む深い森の中で――
部下である
そしてその一部が後方で隊を構えていた
「よ、
いいや!都合の良い解釈に勝手に脳内変換してから慌てて行動に移る!
「は、はやく!はやく道を空けるんだよっ!!」
「わ、若様っ!?」
それは
「くっ!散開!!兵を左右二手に分けて敵をやり過ごすぞ!!」
それでも彼は百戦錬磨、
なんとか兵達への指示を軌道修正し、そして無様なりにも隊としての体裁を保って未熟すぎる主君の児戯の如き命令を形にする。
オオオオオオオオッッ!!
ドドドドドドドッ!!
「くっ!」
「うわっ!」
必死の形相で
「う、うぅぅ」
――け、決して怖いから退くわけじゃないからなっ!!
あくまでこれは作戦だと、
そう自身で心に念じながら、
「ぎゃあぁぁっ!」
「う、うわぁぁっ!」
「いやぁぁっ!!」
だが、
数十メートルほどの先の闇で……
兵士とは明らかに違う叫び声が幾つも木霊する!
「な、なんだ!?え?え?」
「ひぃぃっ!お助けをっ!!」
「ぎゃぁぁっ!ひぃぃ!」
その通り道の先には、運の悪いことに炎に巻かれて避難する村人の集団が存在したのだ。
「あ……あれ?な、なんで
「混乱しているのでしょう。散々に
震える声で余裕無く問う主君に対し、戦場では有り得ることだと言わんばかりに冷静な答えを返す副官。
「……では若様。そろそろ我々も隊を編成し直して直ぐにこの場を撤収致しましょう。これまでで敵の砦から出陣した兵達には殆どダメージを与えましたから」
「…………」
しかし、
「若様!!夜闇の森は危険です!敵軍の残兵が同様に狂乱状態に陥っている場合もありますし、ここは迅速に兵を
「…………」
再度の催促……
だが、
――その時……
半ば放心状態の彼に届いていたのは……
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっーーーー!!」
「こ、子供が!子供には手を出さないでぇぇぇっ!!」
そう遠くない先の闇から届く阿鼻叫喚。
「だ、だれかぁぁっ!!」
女であろうと子供であろうと誰彼構わぬに行われているであろう地獄絵図を容易に想像させる悲鳴の伝播だった。
「僕が……安易に
呆然と闇を見据えたままの
「気に病むことはありません、戦場では希に有ることです。見捨てても若様の武名に傷がつくことはありません。
「武名……傷……僕の?……
その時、
――敵の名を貶める?
それはこの惨状の言い訳になるのだろうか?
――いや、
「…………」
そんな事を考える
――いいや!そんなことより……
「………………な……るのか?」
「は?」
相変わらず聞き取りにくい細くて震えた声に、副官の
「た、民を捨て置いて……ぶ、武名など成るのか!?」
そしてそう叫んだ声は、この戦場で初めて彼が放った彼自身の声だったろう。
「若様?」
相変わらず手の震えは止まらない。
――じゃちっ!
若輩で浅はかな
「ぼ、僕……私は!
ヒヒィィーン!
同時に、
「
悲痛な悲鳴が飛び交う闇の先に――
ダッ!!
うら若き乙女のような青白い顔立ちの少年が駆る馬は一直線に飛んで消える!!
未熟で臆病な子供は――
この遠く離れた異国の地にて初めて自身の意志で戦場に立つことになったのだ。
「わ、若様っ!?……………ちっ!今さら安っぽい
一瞬、呆気にとられた副官の
「
とは言え、
一見、薄情なほど合理的である彼のような人物が居てこそ隊は過酷な任務でも被害を最小限に
だから副官の職務上もこの先の隊の立場上も、これを見殺しにするわけにはいかないと……
――
ギャリィィーーン!
「うっ!うわっ!!」
ドサリッ!!
その闇の中で……
混乱する
「う……うぅ」
控えめな瞬きである今夜の星光が
そして後は闇雲に、
強引にその間に割り込んだのだったが……結果がこれだ。
「きゃぁぁっ!」
どうやらその隙に女性は逃げることに成功したようで幸いだった。
「ふぅ、これで…………っ!?」
落馬し泥だらけになった
「こ、こいつ、敵だ!」
ジャキ!
「ぬぅ、
シャラン!
――それはあまりにも甘かった!
いつの間にか、尻餅を着いたままの
いや、四人の
「う!……ちが……ぼ、僕は
怯んで咄嗟に立ち上がれない
「…………」
四人の兵士達は全員が全身ドス黒い返り血に
「ひっ!」
慌てて手にした抜き身の刀を前に構える
「
「この侵略者め!」
「うう、うがが!!」
「死ねっ!」
殺意に囲まれ、金縛りに遭ったかのように恐怖で動けない
地面に尻を着いたまま、折れた刀を握りしめる
「う、うわぁぁぁっ!!ひぃぃぃっ!!このっ!このぉぉっ!!」
ブンッ!ブンブンッ!!
腰を抜かし、泣きながら手にした”折れた刀”を振り回す!
「う、うわぁ!このっ!このぉぉっ!!」
ブンッ!ブンッ!!
恐怖で目を閉じたどうしようも無い状態にて、半狂乱で
勿論そんな滅茶苦茶な方法で身を守れるわけも無い。
ザシュ!
「ぎゃっ!」
ドシュ!
「うっ!」
シュバ!
「ぐはっ!」
ズドォッ!
「はがぁっ!」
――
「……………………う、うぅ」
――てっきり自分は死んだと……
ある意味確信した
「え?え?ええっ!?」
物言わぬ骸になった四人の
「あ……あぅ……こ、これは……」
そしてその骸の傍らには――
「……」
「……」
全身をスッポリ覆い隠す黒い布きれの様な衣装の二人が!
その手に新鮮な
――だ、だれ?だれなんだよぉぉ!?
混乱と恐怖の涙でクシャクシャになった情けない
――女性?……女の刺客?
ほぼ目の周りだけしか露出していない衣装だが、至近で見上げた
「……」
「……え?」
そしてその瞳が心配ないとばかりに、自分に伝える様に細められた。
――ま、まさか?助けてくれた?ええ!……あ……
「若様ぁぁ!!ご無事ですかぁぁっ!!」
――っ!?
恐らく僅かの間だけ対峙していた謎の黒装束の女達は、
「あ……あれは……」
半ば放心状態であったとはいえ、それを目の当たりにした
黒装束の背に、見えにくい黒い糸で小さく入った刺繍。
――”刀身と桔梗の花”
「…………」
ドドドッドドドッ!!
「若様ぁぁっ!!」
そして――
部下が駆けつけても未だ腰を抜かしたままの
「…………う……うぅぅ」
少々鼻を突く匂いが充満していた。
第二十話「小さな勇気」後編 END
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