第133話「小さな勇気」前編(改訂版)

 第二十話「小さな勇気」前編


 難攻不落の”黄金のさかまた”――


 那古葉なごは城のそびえ立つ”境会さかえ”には、それを支える東西の砦がある。


 西は――


 既に一度は臨海りんかい軍を撃退した最強無敗の将、志那野しなのの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるとその叔父である宿将、山県やまがた 源景もとかげが詰める”広小路ひろこうじ砦”


 ――そして東は


 ”御園みその砦”


 現在いま旺帝おうていの将、多田ただ 三八さんぱちが堅守する場所だった。



 「今話した通り本国の更なる援軍は暫し時がかかる。どうやら可夢偉かむい連合部族王、紗句遮允シャクシャインが不穏な動きを見せているようでな」


 砦の一室、難しい顔で上座に座る多田ただ 三八さんぱちにそう伝える本国の使者は……


 黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えているよどんだ目の男。


 ”旺帝おうてい八竜”の一竜である山道やまみち 鹿助かすけだった。


 「さて、話は変わるが三八さんぱち殿。俺の見る限りどうやら少々劣勢であるようだが?」


 濁った双眼に歪んだ笑み……多田ただ 三八さんぱちは知っている。


 確かに有能ではあるが、この黒仮面の策士は少しばかり歪んでいると。


 「思ったよりも敵が此方こちらに兵力を割いたようなのだ。ただそれだけだ。対策はどうにか……」


 「出来るのか?敵は”臨海りんかい三羽烏”とか呼ばれる臨海りんかい軍要将の一人である鈴原 真琴まことだと聞くが?」


 現場指揮官である多田ただ 三八さんぱちの言葉を無作法にも上書きして乗り出す黒仮面。


 「…………」


 多田ただ 三八さんぱちは一瞬不快な表情を浮かべるが、黙って本国からの使者である黒仮面の言いたいだろう事を聞く。


 「那古葉なごは本城の方は主力戦でもあるし、敵にはあの”独眼竜”の物騒な”機械化兵おもちゃ”もある。城に籠もる甘城あまぎ 寅保ともやす様が慎重になるのも理解出来るが……御園砦ここと違い少数の兵に囲まれただけである広小路ひろこうじ砦の木場きば殿は存外不甲斐無いな、最強無敗の称号も案外当てにならぬものだ」


 ”本城”、”二砦”攻略と三手に分けて攻める正統・旺帝おうてい臨海りんかい連合軍の対応で、一番薄いだろうこの御園みその砦に援軍も出せぬ他の戦場へ向け不満を煽るが如き言い方をする山道やまみち 鹿助かすけ


 「それは……広小路砦むこうはその”三羽烏”の筆頭であり”王覇の英雄”たる鈴原 最嘉さいかが相手だから無理も無いのではないか?鹿助かすけ殿、貴殿の言い様はいつも少し他者への礼節に欠ける」


 「礼節?ふふん」


 自身の目の前でズケズケとはばからず欠席裁判の如きを行う黒仮面の軍師を多田ただ 三八さんぱちいさめるが、当の山道やまみち 鹿助かすけは意に介した様子は無い。


 「あの手の山出しが”王覇の英雄”とは大層な、片田舎の”詐欺ペテン師”如きだろう」


 ”旺帝おうてい八竜”山道やまみち 鹿助かすけ臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかに対し、個人的に含むところがある様だった。


 それは数ヶ月前の”尾宇美おうみ城大包囲網戦”――


 その戦に途中参戦した臨海りんかい軍によって、自身の所属した隊が手痛い目にあわされた事が原因だろう。


 「広小路ひろこうじ砦の敵兵力は三千程と聞くが、対して御園砦こちらを攻める敵は一万二千で、砦を守る三八さんぱち殿の兵力は一万……いや、既に二割ほども失った様子。くのごとき状況で甘城あまぎ様や木場きば殿の援軍が期待できぬ以上、既に勝ち目は無いのではないか?」


 「ぬ……うぅ」


 多少配慮を欠こうと、人間的にどうだろうと、山道やまみち 鹿助かすけの言は正しい。


 故に多田ただ 三八さんぱちは唸るしか出来なかった。


 「た、確かに……兵力もそうだが、敵の統率は見事と言うほか無いのだ。あの鈴原 真琴まことという小娘は、その容姿に似合わぬ苛烈な攻撃を……そして受ける我が軍の攻守の隙を突いて来るもう一人の敵の指揮官、その男はまた実に巧妙に弱いところを……」


 「そんな事は今聞いておらぬっ!」


 「くっ!?」


 本当のことではあるが、言い訳にも聞こえる現場指揮官を一括する黒仮面。


 「三八さんぱち殿、甘城あまぎ 寅保ともやす様が守護する大兵力を擁した難攻不落城が落ちる事など万に一つも無い。また最強無敗、正真正銘の化物である木場きば 武春たけはる殿の広小路ひろこうじ砦も同様だ。つまりこの戦は全体的には負けようが無いのだ」


 「……」


 打って変わり、諭すような口調で話す山道やまみち 鹿助かすけ


 「だがな……戦が終わった時、お主だけが失態の責任を取ることになるのはどうだ?このままではそうなるとは思わんか?御園みその砦指揮官、多田ただ 三八さんぱち殿」


 そして、ここぞとばかりに現況をタテにして言い寄る黒仮面の軍師、山道やまみち 鹿助かすけのなにか胸に一物を持つだろう胡散臭い表情……


 「ぬ……ぬぬ……なら貴殿はどうせよと言うのだ」


 とはいえ、痛いところを突かれた多田ただ 三八さんぱちは思わずそう返してしまう。


 それを受けて、黒仮面は待っていたとばかりに露出した口元をニヤリと歪ませる。


 「なに、どうせ落とされる砦ならば、その後に敵の橋頭堡きょうとうほとされるくらいならばだ!この御園みその砦に溜め込んだ食料ごと燃やしてしまえば良い!」


 「な……んだとっ!?」


 山道やまみち 鹿助かすけが口にした案に多田ただ 三八さんぱちは絶句する。


 「敵を充分に引きつけたところで砦に火を着け、そして全軍で打って出る。文字通り目前の敵を煙に巻いて目指すのは木場きば 武春たけはる殿が防衛する広小路ひろこうじ砦だ」


 そしてその続きを聞いて多田ただ 三八さんぱちは目前の黒仮面の軍師が真意を知る。


 「ひ、広小路ひろこうじ砦を攻める敵、臨海りんかい軍総大将……鈴原 最嘉さいかを挟撃するのか?」


 「にも!片田舎の詐欺ペテン師が兵力は僅か三千、造作もあるまい」


 「し、しかし……その行軍を目前の鈴原 真琴まことが見過ごすとは思えぬ。そ、それに合流するならば、ここは矢張り那古葉なごは城の方が……」


 窮地から一転、敵の臨海りんかい側総大将を挟撃するという案に怯む多田ただ 三八さんぱち


 「充分引きつけた後に炎で煙に巻くと言ったであろう?そして軍を出した後は道中に点在する村々を焼いて廻るのだ。本城への開かれた道とは違い広小路ひろこうじ砦へ向かうルートは狭い山道である、また炎の海と化した狭道を数千の民草が逃げ惑えば敵側の追跡は困難……背後からの襲撃はある程度は防げよう」


 ――っ!!


 あまりにも非情!


 しかしそれ故にどこまでも合理的!


 それは策士としては真っ当であるかもしれないが……


 「そ、それは!民を盾にすると言う事か……」


 噂には聞いていたが、直に目にする黒仮面の軍師が冷酷さに多田ただ 三八さんぱちは血の気が引く。


 「ふん……」


 黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えているよどんだ目の男……山道やまみち 鹿助かすけ


 成る程この男は、この血の通わぬ合理的思考という才覚で”旺帝おうてい八竜”に上り詰めた。


 予想通り決断に躊躇する多田ただ 三八さんぱちを黒仮面は鼻であしらう。


 「民を盾に?それはどうか……そうだな、最終的に生き残った民草はそのまま那古葉なごは城へ向かうしか無かろうが」


 ――生き残った……


 火を着ける側の人間がその言い草とは。


 多田ただ 三八さんぱちという人物は……


 ”その計略ソレ”を許容するほど悪人には成りきれず、またそれが必要悪であると罪を自中に内包する胆力も持ち合わせていなかった。


 「た、民の保護は……」


 そして心の動揺を隠せぬ声で零れた彼の言葉は……


 良く言えば良心の呵責から、悪く言えば”一応は抵抗した様に”見せる為だ。


 「ふん、それこそ敵が武装も無く逃げるだけの無辜むこの民草に手を出す蛮行を行うなら、

臨海軍ヤツラの評判が地に落ちるだけだろう。それはそれで面白いが……まぁ、そこまで馬鹿でも無いだろうから安心すると良い」


 「…………」


 ”安心”とはどの口が言うのか。


 多田ただ 三八さんぱちの優柔不断を見透かした黒仮面は、その”無辜むこの民草”とやらを堂々と盾にする策を棚に上げて笑う。


 「三八さんぱち殿、先にも言ったが……このままでは、戦後お主のみが失態を追求される立場になるのは必定。だが今ここで決断し、砦を打って出て広小路ひろこうじ砦を目指せば、のうのうと構えている敵の総大将、鈴原 最嘉さいか木場きば 武春たけはる殿の部隊と”挟撃”出来き討ち取れる!!これは失った砦などとは比べ物にならぬ大手柄ではないか?」


 ――っ!?


 それこそがトドメの一言であった。


 「…………そ、そうだな……大事の前の小事、全ては我が旺帝おうてい軍完全勝利のため。お、俺も司令官に恥じぬ行いをしよう」


 破滅から躍進……


 窮地の御園みその砦を仕切る多田ただ 三八さんぱちが良心に目を瞑るには充分な餌であったのだ。


 「うむ、流石は多田ただ 三八さんぱち殿!物事の道理が良く解っている」


 そして――


 黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えているよどんだ目の男……


 ”旺帝おうてい八竜”の山道やまみち 鹿助かすけは、その策と同種の歪んだ笑みを返してから、


 ていの良い傀儡と化した男に、更なる段取りを伝受した後――


 旺帝おうてい領都、甲夷府かいふへと帰って行ったのだった。


 ――

 ―



 「また来ましたっ!!旺帝おうてい軍おおよそニ百!またもや敵は潰走かいそう状態です!!」


 難攻不落の那古葉なごは城、その東西……


 西の広小路ひろこうじ砦と東の御園みその砦を結ぶ入り組んだ山道に、疲労困憊した旺帝おうてい軍が誘い込まれるのはこれで二十回を超えていた。


 「よし!今回も程良く分断出来ているな。直ぐに攻撃を仕掛けろ!但し前に出過ぎるなよ」


 黒仮面軍師、山道やまみち 鹿助かすけの献策に沿って御園みその砦を焼き捨てた旺帝おうてい軍はそのまま西の山道を目指したが――


 そこには幾重にも罠が仕掛けられていた。


 ずは――


 砦を攻めていたはずの鈴原 真琴まことの軍が予見していたかのようにアッサリと後背を突いて来た。


 それに慌てた旺帝おうてい軍はなんとか山道に逃げ込んで、作戦通り道中の村々を焼き払って難を逃れるも……


 それまでに散々後ろを突かれて三割強もの被害を出してしまう。


 残った五千ほどの兵達も森と村を焼くことで一旦追撃からは免れたが……


 次作として、臨海りんかい軍があらかじめ配置されていただろう森の伏兵部隊に散々に襲われることとなる。


 「兵が!?うわぁぁっ!!」


 「くそっ!なんで臨海りんかい軍が森にっ!?」


 とはいえ――


 伏兵と言っても臨海りんかい軍が森に潜ませていたのは合計で千にも満たない数部隊だ。


 だが当初の予定とは違う形で追い込まれて森深くに逃げ込んだ旺帝おうてい兵は、散々に分断されて進むべき道すらも見失い、狩人の格好の獲物となった。


 ――


 「本当に……」


 そしてその複数の伏兵部隊を統括指揮する臨海りんかい軍側、部隊長は――


 「本当に敵がこんな森中に来るなんて……あの旺帝おうてい軍をこんなに簡単に撃退できて……う……くっ!」


 つい、そんな言葉を零し、小さい体を悔しさに震えさせる。


 「そろそろ岩陰の第二隊の投入をしましょう。……若様?……ええと、あのー?」


 そう、ただいま戦場を意のままに支配しているはずの年若い指揮官は、何故かほうけていて……


 指示を請う部下の言に反応しない。


 「ちょ、ちょっと!若様!猪親いのちか様!」


 「う!……う、うん!?」


 年齢通りというか、このなんとも頼りない伏兵部隊司令官――


 伊馬狩いまそかり 猪親いのちかである。


 「ですから!そろそろ第二隊をぶつけて片付けないと!直ぐに次の旺帝おうてい軍が迷い込んで来ますよ!」


 に一方的に攻撃を加えている立場とは言え……


 戦場でボサッとする見た目通り頼りない司令官に、分隊指揮官である男は呆れながらも引き続き指示をせっつく。


 「あ……うん……いや、うむ!では第二隊を……」


 「第二隊!おか隊を投入っ!!」


 ――オオオオッッ!!


 そして部下は”やっと”か、と言わんばかりに。


 司令官たる猪親いのちかの言葉が終わるのを待たずに命令を発する!


 「…………うぅ」


 もうお解りだろうが……


 ――伊馬狩いまそかり 猪親いのちかはお飾りである!


 名目上は臨海りんかい軍から借り受けた兵一千と南阿なんあの生き残り兵、二五九人……


 そして同じく南阿なんあの秘密兵器養成機関”剣の工房こうぼう”の猛者達二十八人からなる伏兵部隊を率いる、南阿なんあの王であった伊馬狩いまそかり 春親はるちかの後継者たる伊馬狩いまそかり 猪親いのちかだが……


 実際に実務をこなしているのは、白閃びゃくせん隊の生き残りである三人の分隊長だ。



 強襲歩兵部隊隊長、おか 伊蔵いぞう、19歳。


 作戦参謀、灘沖なだおき 伸太郎しんたろう、18歳。


 そして現在進行形で若輩の伊馬狩いまそかり 春親はるちかにせっつく副官、武知たけち 半兵はんぺい、20歳。


 いずれも南阿なんあ白閃びゃくせん隊では、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……


 いや、当時は久鷹くたか 雪白ゆきしろであったが、とにかく!


 その下で働いていた者達で、彼女の同門でもある者達だ。


 「うぅ……た、武知たけち、ぼく……私の本隊は……」


 「心配いりません。ここには敵兵を寄せ付けぬようにしております」


 「…………」


 伊馬狩いまそかり 猪親いのちかの心境は複雑だ。


 安全なのは良い。


 良いが……


 これでは無能だと!南阿なんあのお飾りだと!


 ハッキリ言われているようなモノだからだ。


 御園みその砦攻めの二部隊と伏兵部隊、伊馬狩いまそかり 猪親いのちかの役割は当初の予定では腹心である有馬ありま 道己どうこを伴った砦攻撃総大将であったのだが……


 ――”有馬ありま、お前が率いるなら考えてやっても良い”


 ――”お前みたいな雑魚の子供ガキに任せられるか!”


 ――”この場に素人のお子様はお前一人きりしかいないだろ?”


 あの鈴原 最嘉さいかという無礼な男の言葉……


 それらの言葉が猪親いのちかの心を逆立たせた。


 「南阿なんあの代表は僕だ!大英雄!伊馬狩いまそかり 春親はるちかの血を引くこの猪親いのちかだ!」


 そういう反発から、有馬ありま 道己どうこが止めるのも聞かずに一番危険な場所ともいえる伏兵部隊を買って出る。


 強引に、駄々っ子の如き我が儘で、その役を無理矢理にねじ込んだ。


 それは……


 彼が生来から抱いていて、異国の地で爆発した劣等感コンプレックス


 そして、男の端くれとしての少々の意地……


 「心配為さらずとも敵軍は脆いです、これは楽な戦いに……」


 そんな主君の心など知らず、武知たけち 半兵はんぺいをはじめ伏兵部隊の兵士達はこの結果に満足し、そして多少油断気味だった。


 「くっ!」


 そして、この半人前の子供はそれがなおのこと面白くない。


 憎っくき相手である鈴原 最嘉さいかの読みが完璧で、砦の旺帝おうてい軍はあの男が示した三つの予測の範疇である一つを選択してきたからの楽勝ペースだからだ。


 ――なんだっていうんだよ!


 伊馬狩いまそかり 春親はるちかもここは安全圏であると、すっかり弛みきった気持ちから発生しただろう下らぬ嫉妬心に意識を占められ、肝心の戦場をお留守にするという為体ていたらくだった。


 「ぼ、僕にだって……できるんだ……」


 伊馬狩いまそかり 猪親いのちかがなにを成すでも無い不甲斐ない自分に対し、負け惜しみを独り呟いたときだった。


 ――オオオオッッ!!


 「わ、若っ!!そちらにっ!!」


 ――っ!?


 彼が自身の矮小なプライドに固執するがあまり戦場を見失っていた瞬間を……


 「抜くぞっ!!なんとしても木場きば殿と合流をっ!!」


 ドドドドドドドッ!!


 「う……うわぁぁぁっ!!」


 容赦の無い現実リアルは決して見逃してくれなかったのだった。


 第二十話「小さな勇気」前編 END

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