第130話「思考の神域」(改訂版)

 第十七話「思考の神域」


 旺帝おうてい領、那古葉なごはの領都である”境会さかえ”にそびえ立つ難攻不落の”黄金のさかまた


 ――天下の大要塞、那古葉なごは城!


 ――


 ――


 その正門前平原に、巨大な堀を挟んで正面から対峙して展開する”鉄の軍団”が在った。


 ――


 城壁から飛来する攻撃に対処する為に用意された鉄板仕込みの大盾と、同じく鉄が不断ふんだんに付加された重装備の鎧を足の先から頭の頂辺てっぺんまで装備した重装歩兵部隊。


 ――


 ガコン!


 「ぐぅぅ!埃が目に……」


 腐りかけた木枠の蓋が落ちて、それが栓をしていたであろう石造りの縦穴から汚い身なりの男がひょっこり顔を出す。


 「あ、真仲まなか様!」


 鋼鉄の重装歩兵部隊と対峙する那古葉なごは城内側――


 天守の裏庭に当たる場所にある古井戸からヒョッコリ顔を出した男は……


 「真仲まなか様、外はどうでしたか?」


 「ま、真仲まなか様!単独偵察なんて危険すぎますよっ!」


 警備兵士達はその男を待ちわびていたように急いで駆け寄って銘々にその名を呼ぶ。


 「少し手入れが必要だな、蜘蛛の巣だらけでベタベタして適わない」


 「そういう問題では無いのでは……」


 勿論、兵士達は止めたのだ。


 この緊迫する状況下で”将”たる存在が直接に単騎偵察など。


 しかもこんな古い抜け道を使い、こんな小汚い流民の恰好を模してまでだ。


 「百聞は一見にしかず、また戦場で情報の鮮度は何よりも得難い……うっ!?こんな所まで蜘蛛の巣が……くぅぅ」


 三十代半ばの有り触れた男は全体に黒く煤けて汚れた風体と、これまた使い込まれた小汚い手ぬぐいで頬被ほっかむりをしていて顔はあまりよく見えない。


 「ですから、この抜け道はもう数十年以上も使われていないと注意したでしょう?」


 駆け寄った兵士によっこらせと手を借りて井戸から完全に降り立った男は……


 「うぅん……全くもっの通り。他人ひとの忠告は聞くものだな」


 ――と


 全く懲りていない口調でパンパンと自らの埃を払う。


 「うっ……ごほっ……それで真仲まなか様、偵察の方は……ゴホホッ!」


 濛々と舞う埃でむせながら聞いてくる兵士達に、小汚い男はすすけた全身でニッコリと白い歯を見せて笑った。


 「城正面、敵の軍は長方形陣に整列し、その総数は大凡おおよそ五千ほどだが……兵士にまぎれて”異形”が百程、あれは確かに機械化兵オートマトンだな」


 ――っ!?


 その返答に兵士達の顔が見る見る強張こわばってゆく。


 「う、うう……やはりあの鋼鉄はがねの怪物軍団が相手になると……」


 「二十四将の”独眼竜”穂邑ほむら はがね様の”機械化兵団シュタル・オルデン”と……戦わないといけないのですね」


 その兵器の恐ろしさを伝え聞いているのだろう、兵士達は一気に意気消沈する。


 「……」


 そして、頬被ほっかむり男は怯える兵士を眺めつつもあえてなにも言わなかった。


 「あっ……そ、そうでした!それよりも総司令官閣下の、甘城あまぎ 寅保ともやす様から真仲まなか様に直ぐに司令部に来るようにと命令が!」


 落ち込んでいた兵士は思い出した様にそう言うと、更にもう一人が慌てて頬被ほっかむり男を促す。


 「ささ、早々に!」


 背中を押す勢いで急かす兵士達になされるまま、頬被ほっかむり男はその場を後にしようとするが――


 「……そうそう、”元”だ」


 直ぐに足を止めて振り返った。


 「え?」


 「は?」


 兵士達は突然投げかけられた脈絡の無い言葉に戸惑う。


 「だから彼は”元”二十四将……現在いまはただの穂邑ほむら はがねだ。そう恐れるでもない」


 「は、はぁ……」


 「ええと?」


 要領を得ない言葉と全く根拠が不明な自信に、それを聞いた兵士達は曖昧に相づちを打つ。


 「まぁ、対抗策も有るような無いような。取りあえず大船に乗ったまでは行かないでも、その予約チケットを手に入れたぐらいには安心したまえ」


 名も無い一兵士達へと、そんなよく分からない声を掛けた頬被ほっかむり男は埃だらけの汚い恰好のまま城の中へと少し急ぎ足で去ったのだった。



 ―

 ――天下の大要塞、那古葉なごは城と対峙する”独眼竜”こと穂邑ほむら はがねの”機械化兵団シュタル・オルデン


 戦場がそんな一触即発の状況になる数時間前のこと。


 ”正統・旺帝おうてい臨海りんかい連合軍”陣地内にて――


 「真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう。それが今回の那古葉なごは城守備軍筆頭参謀に大抜擢された男の名だ」


 右目が精巧な義眼であるにせ眼鏡男、穂邑ほむら はがねはそう言って俺にその男の経歴を伝えた。


 「真仲まなか家は元々は旺帝おうてい二十四将筆頭で在った”井田垣いだがき 信方のぶかた”の井田垣いだがき家の家臣で……真仲まなか家当主である真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうは結構な切れ者で有名だったんだけどな、旺帝おうてい王家に起こった数年前の反乱でだな……」


 「…………」


 俺は穂邑ほむら はがねもたらした情報を聞きながら考える。


 ――なるほど、五年前の内乱での敗残兵で穂邑コイツの元お仲間ってか……


 急死した旺帝おうてい前々王である燐堂りんどう 真龍さねたつの王権は長女”雅子みやこ”の娘、燐堂りんどう 雅彌みやびが受け継いだが……


 その治政は僅か一年ほどだったという。


 それは、燐堂りんどう 真龍さねたつの三女である房子ふさこを娶っていた燐堂りんどう家代々の家臣、穴戸ししど 天成あまなりが軍事クーデターを起こしてその王座を奪ったからだ。


 つまり、穴戸ししど 天成あまなり……


 現在の旺帝おうてい王である燐堂りんどう 天成あまなりは、義姉の娘、要は姪から玉座を奪った事になる。


 「……」


 因みに燐堂りんどう 真龍さねたつの次女で、旺帝おうていから見れば宿敵である天都原あまつはらの王弟に嫁いだ”陽南子ひなこ”の娘は――


 我が麗しの暗黒姫、京極きょうごく 陽子はるこ様だ。


 「……つまりだ。クーデターで敗れた燐堂りんどう 雅彌みやび穂邑 鋼おまえ旺帝おうてい領土内でも僻地の小領”恵千えち”に流され、燐堂りんどう 雅彌みやび陣営にて戦い戦死した二十四将の井田垣いだがき 信方のぶかたに仕えていた真仲まなか 幸之丞ゆきのじょうとやらはその時に捕らえられ長く獄中にあったと……で、今になって戦場に駆り出されてきたってわけか?」


 今聞いた話を要約する俺に穂邑ほむらは頷く。


 「鈴原、猛将”井田垣いだがき 信方のぶかた”の武名に隠れてそれほど知名度は無いが、真仲まなかさんはかなり厄介な相手だぞ。多分……お前と比べても遜色の無い知謀の持ち主だ」


 「…………」


 ――敵方だった将を数年もの間、殺さずにいた


 ――そしてこの局面に重要な軍事的地位ポジションを与え大抜擢した


 ――ならばその男の才覚は言わずもがなだ


 「鈴原?」


 「それは……広小路ひろこうじ砦攻略戦だけを見ても分かる」


 黙り込んだ俺を訝しむにせ眼鏡男に俺は簡潔に返事して、そして思考を再開する。


 「…………」


 ――”難攻不落”、那古葉なごは


 ――”最強無敗”咲き誇る武神と称えられる、木場きば 武春たけはる


 ――”旺帝おうてい八竜”、巨獣きょじゅうと恐れられる甘城あまぎ 寅保ともやすと宿将、山県やまがた 源景もとかげ


 ――そして


 取って置きの隠し球は希なる”知謀の士”……真仲まなか 幸之丞ゆきのじょう


 これは確かに……


 ――笑ってしまうくらいに窮地だなぁ


 坐したまま、静かにまぶたを閉じて考える鈴原 最嘉オレ


 「…………」


 だが、そんな状況とは裏腹に俺の思考は自分でも驚くほど加速していた。


 「…………」


 その間、にせ眼鏡男も”それ”を静かに見守っている。


 ――


 内谷うちや 高史たかふみの報告書と花房はなふさ 清奈せなが率いる”蜻蛉かげろう”の情報、


 そして、かつての旺帝おうてい二十四将、穂邑ほむら はがねから得た内部情報という断片情報を吟味して収拾、模索し……


 「……」


 やがて織りなす細い幾つもの可能性という糸を紡いで思考の生地を完成させる。


 「……」


 在り得る無限の未確定の未来という状況を零すこと無くすくい上げて組み上げて――


 それは僅かな振動で崩壊する”薄札の集合塔トランプ・タワー”を嵐の渦中で組み上げるに等しい作業だ。


 「……」


 ――あらゆる状況に対応するため、幾多の策から最良を取捨選択する……


 そんな本来の策士の本道から逸脱し、


 ――確定せぬ未来から都合の良い欠片を手繰り寄せ、望む可能性を創造つくり出す!


 「……」


 それは人には過ぎたる領域。


 謂わば神の御業みわざ


 それは虚無から形を成させる――


 思考による創造という”虚空の思考領域”


 「……」


 ――俺が知る限り、京極きょうごく 陽子はるこのみが至る思考の神域だ


 ――


 「………………”手駒”が心許ないな」


 時間にしてどれくらいだ?


 ゆっくりとまぶたを上げた俺はボソリと呟いていた。


 ――頭がとんでもなく重い


 「手駒?なんとかなるのかっ!?」


 こうして打開策が必要だと頼ってきておいて、その答えがあるという俺の応えに今更に穂邑ほむら はがねは少々驚いた顔で聞き返して来る。


 対する俺の状況は……


 ――睡眠薬をまとめて数ダース程、口内にねじ込まれた様な倦怠感


 「策は……ある。だが……手駒がちょっと心許ない。穂邑ほむら、お前の所で出せる優秀な人材は……」


 ――だが、それでも俺は続ける


 困難な状況をどうにか打破するのが本来の策士の仕事であるからだ。


 「悪いな鈴原……こっちも結構手一杯でな」


 その俺の注文に穂邑ほむらは首を横に振った。


 ――しかし……酷い疲労感だ、これは……


 申し訳なさそうに言う穂邑ほむら はがねに俺は重い頭を軽く振って意識を保ち、そしてゆっくりと頷いた。


 「だろうな……まぁ……一応聞いてみただけ……だ」


 そして俺は、ガンガンと頭痛がする頭のまま、その影響からかチカチカと途絶えがちな視界に抗うため目頭を指で押さえていた。


 「ならどうする?他の策を……」


 「いや……ここは……無理を通すしか……無い」


 明らかに体調の優れないのがわかる俺を心配そうに覗き込みながら聞いてくる穂邑ほむらに、俺は即答していた。


 ――敵領土内である此所ここで時間を浪費することは後詰めの軍に包囲されかねない


 これ以上の敵援軍が到着する前に決着を着けないと苦しくなるのはちらだ。


 「お、おい!?鈴原」


 応対速度が異常に鈍い俺を見て、床に座したままでそれを心配そうに覗き込んだ男に対し俺は手でそれを遮って大丈夫だと伝えた。


 「そ、そうか、なら早速指示を出してく……」


 穂邑ほむら はがねも覚悟を決めたように頷いてから、再び俺に指示を仰ごうとした時だった。


 「最嘉さいかさま……あの……すみません」


 俺たちが話し合う天幕の外から、聞き慣れた少女の声が聞こえた。


 「…………真琴まこと……か?」


 ずと恐縮した、まるで蚊の鳴くような申し訳なさそうな声。


 「あの……最嘉さいかさま。ご指示を全う出来なくて申し訳ありません、あの……」


 天幕越しに外から聞こえる俺の側近である少女の謝罪は――


 俺が命令した”暫くは誰も入れるな”という内容を指しているのだろう。


 「……それはもう良い。このにせ眼鏡男は馬鹿だから、かなり無茶したんだろう?」


 俺の命令に忠実な真琴まことの事だから、かなり気に病んでいるのだろうが……


 そもそも彼女に責任はないだろう。


 あるとすれば……


 俺に馬鹿と言われても一向に気にしない表情かおで目前に胡座あぐらをかいて座っている穂邑ほむら はがねという男だ。


 「あ、はい……ありがとうございます……最嘉さいかさま」


天幕越しのシルエットのみだが、その声だけで俺には黒髪ショートカットの美少女が少し頬を染めて安堵する表情が容易に想像できた。


 「あ、ああ……それよりどうした?」


 真琴まことが出て行く前の殺伐としてしまったやり取りを思い出し、その時に比べて今は多少柔らかくなった真琴まこととの会話に……


 俺は自業自得ながら少しばかりホッとしながら、彼女が再び訪れた本題を問う。


 「あ、はい……その、来客が……他国の者達が、我が君に面会を求めておりますが、どう致しましょう?」


 ――客?この状況の戦場に?


 俺は相変わらず重いままの頭を捻る。


 穂邑ほむら はがねの場合は強引に通られてしまったから例外だが……


 真琴まことが命令通りに拒否せず、こうして可否を問いに来るという事は余程の珍客イレギュラーなのだろう。


 ――ならば……


 「…………誰だ?」


 俺は来訪者の素性を尋ねる。


 「はい……南阿なんあの」


 ――っ!?


 「南阿なんあだと!!」


 俺の頭には内谷うちや 高史たかふみの報告書にあった人物……


 広小路ひろこうじ砦という戦場で――


 旺帝おうていの将、木場きば 武春たけはると共に雪白ゆきしろを襲ったという彼女の”剣の師”らしき人物……


 自らを林崎はやしざき 左膳さぜんと名乗った謎の武芸者がよぎり、俺は咄嗟に腰の刀に手をやっていた。


 「いえ!最嘉さいかさま!くだんの武芸者では無くて!あの……滅んだ南阿なんあから落ち延びて来た者達であるみたいで……」


 いきり立った俺の声に外の真琴まことが慌てて答える。


 ――南阿なんあの残党……だと?


 「っ!」


 俺は穂邑ほむらの視線を受けている事に気づき、未だ冷静になりきれない自分を大いに恥じながらも……


 「……」


 小さく呼吸を出し入れすることでなんとか意識して心を整えた。


 ――藤桐ふじきり 光友みつともが率いる天都原あまつはら軍に滅ぼされたと聞く、南阿なんあの残党が俺に面会だと?


 そして、ひと呼吸置いた事で多少の冷静さを取り戻した俺は、再び側近の少女に問う。


 「代表者の名は、なんという?」


 この寝耳に水な”来訪者”が――


 この状況下で我が臨海りんかいにとって吉と出るのかそれとも……


 かつて”無垢なる深淵ダークビューティー京極きょうごく 陽子はるこ率いる大国、天都原あまつはらと”南阿なんあの英雄”伊馬狩いまそかり 春親はるちかが率いる最強海洋国家、南阿なんあの戦いで、我が臨海りんかいはどちらの味方もし、どちらの敵にもなった。


 そして南阿なんあ滅亡のきっかけになってしまった”和平条約”の提案と、その”見届け人”となったのは他でもない、この鈴原 最嘉さいかだ。


 なんとも合縁奇縁な出来事に俺は……


 「はい、我が君。代表者は伊馬狩いまそかり 猪親いのちか……”南阿なんあが英雄”の後継者だと名乗っております」


 第十七話「思考の神域」END

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