第129話「安い義眼」(改訂版)
第十六話「安い義眼」
「入るぞ」
そう言って、その義眼の男は許可を得る前にズカズカと入室して来た。
「おいおい……予想以上の荒れ様だな」
そして伊達眼鏡のブリッジ部分をクイッと人差し指で上げて直し、
――俺はというと……
「……」
部屋の中央近くに突っ立ったまま、特に反論するわけでも無くその
――蹴り倒した椅子に散乱した報告書、
――そして
その元凶たる感情の抑えられない
――反論など出来るはずも無い
「とは言え、部下に当たり散らすよりはよっぽどマシだ」
義眼の
――不躾な来訪者の名は”
我が
「まぁなぁ、気持ちは良く解る」
そしてその
「…………
気まずい雰囲気の中……
俺はそれを無視し、取りあえずそれだけ返す。
「ん?ああ、それな。こっちにもな、そこそこの”
「……」
――つまり
――自分は
同盟国とはいえ他軍の陣内で随分と勝手に動くものだと、呆れる俺。
「それより座れよ、”お前の椅子”だろ?鈴原
突っ立ったまま自分を睨む俺を、
「…………」
俺は……
――残念ながら”そういう”心理状態では無い
だからこそ独りになりたいと……
ほんの暫しだ。
ほんの少しだけその時間が欲しいと言うだけなのに……
「座れよ、”お前の椅子”だ。
「っ!?」
「………………わかった」
少しだけ虚を突かれつつも俺は頷いて、奴が直した椅子に素直に腰掛ける。
――”お前の椅子”
そう、これは俺の椅子だ。
――
そうだ、俺は
多くの民、多くの将兵を束ねる一国の王であり不動の統率者なのだ。
――
「なによりだ、鈴原」
そして座する俺を見て、
「……」
――王としての本分、それを見失わなくて“なにより”だ
それがこの男が俺に向けた言葉だった。
「…………確かにお前の言うとおりだ
――ほんの少しだけ、その時間が欲しい?
そんな甘えは”統率者”たる身には到底適わぬ贅沢な感傷なのだと、そういう忠告だったのだろうと……
「いや、普通にヘコむだろ?仲間なんだろ?大切な
「……………………」
――は?
どういう……この男はどういうつもりだ?
「なぁ鈴原。この局面、正直お前の策は必要だ。だがな、どのみちその精神状態のお前じゃ将兵の命を任せるわけにはいかないし、俺もな……その……スッキリしない」
目をまん丸くしていただろう俺に、
「なんで……
ここに来て俺はようやっと反論する。
俺が折角、素直に従おうとしているというのに……ちょっとばかり腹立たしかったのだ。
「まぁ聞けよ、鈴原。一応年上の経験談は多少の役には立つぞ」
そして今更……
二歳ほどの年の差程度で兄貴風を吹かせる
「そんな時間無いだろうが?てか、お前は状況打開に役立つ敵の情報持って来たんじゃないのか?」
数で劣る上に敵城は強固、そのうえ直近の敗戦から士気も
実際、今の状況は結構
猛将、
だが新たなる難題は――
先だって
有能である上に慎重すぎるほどの我が
「それはそうだがな……その前にもっと重要な事を話したい」
「…………」
――重要な事?
この状況下で戦争の議題以外に重要な事なんぞ……
「いや、だってなぁ……お前の頭脳は確かに必要だが、そんな
「余計な配慮だな、ここは戦場で俺は
俺は侮られていると、ついカッとなって言い返す。
実際、それは
「ムリムリ、そういうのは理屈じゃ無いってのは俺もよくわかってるから」
だが
「…………俺は別にお前に
俺は少々
知った風な……大きなお世話だと!
「戦争は人がするものだ。で、その人と心は切っても切れない間柄だ。ちがうか?」
「だからそういうのはいいって言ってるだろうが!それより持ってきた
「そう言うなって、俺は経験者だぞ?」
「経験者?何のだよ?はぁ!?」
俺の
いや、
「まぁ聞けって」
「ちっ!」
――俺は……既に失った
”だからこそ”の怒りと苛立ち……
それは全て不甲斐ない自身のせいであると自認しつつも、内に抑えきることの出来ない俺。
そんな未熟な
「俺は昔……”命より大切な
――っ!?
正統・
本来の機能を成さない硝子眼鏡の下で澄んだ湖面の様に透明で在り、紡ぐ言葉は独白のように淡々としたものだった。
――そして
――この世の何ものでも比べられない”大切な
「”
なのにその名を
――”
序列一位、
そして本来ならば
「これは”魔眼姫奪還”の話でもある」
――”魔眼姫奪還”……だと?
魔眼の姫を!?
――あの
「……」
椅子に座したままの俺は、目前で地ベタに座った男の顔を上から覗き込んだまま、ゴクリと唾を飲み込む。
「そうだ」
――
なんというか、まるで人が変わったかのような凄みだ。
これこそが!
戦国世界では到底叶わぬ新技術をその身一つの錬磨研鑽のみでイチから築き上げ、
――これこそが
「…………」
「まぁそう
急に力を抜いた様に脱力した男は伊達眼鏡を外し、裸眼になった義眼の……
造り物の右目近くに刻まれた小さい傷の辺りをコンコンと指で叩く。
「
「…………」
そして事も無げにそう言うと、裏表無い顔でニッカと笑う。
「どうだ、安い代償だろう?」
第十六話「安い義眼」END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます