第128話「目つきの悪い蛇と気さくな偽眼鏡」(改訂版)
第十五話「目つきの悪い蛇と気さくな偽眼鏡」
「子細はわかった、以降の作戦方針は追って指示する」
守る
俺は努めて冷静な口調でそう言った。
「鈴原君、あの……最善は尽くしたんだけど、その……」
座する俺の前に立った、眼鏡をかけて少し小太りした男は終始落ち着き無く俺の顔色を
バサリッ!
「いつも通り簡潔で要点が良く
座ったままの俺は提出された紙束を雑に振り
「うっ……あ……はい」
俺が
――そう、俺は至って冷静だ
冷静成ればこそ、
そして早急に次策の立案に入らなければならないことを知っている。
「す、鈴原君が意外と落ち着いててよかったよぉ……」
小太りした参謀は思わずだろう、退出間際に聞こえないくらいの声でそう呟いてから去った。
「…………」
――落ち着いて?
そりゃそうだ。
俺は年端もいかない頃から長く戦場を味わってきた。
弱小国の王として剣ヶ峰に立ったのも一度や二度じゃ無い。
――いいや……
なんなら俺の戦歴は勝ち戦より負け戦の方が多いくらいだ。
「…………」
――だからこそ
ガッ!
だからこそ!”
堂々と組織の
「…………」
ガッ!ガッ!
――現状把握、味方被害状況と士気、敵戦力の詳細な把握、それに……
「さ、
坐して考えこんでいた俺に、恐る恐ると言った少女の声がかけられる。
ガッ!ガッ!
「……なんだ?」
俺は坐した椅子の肘掛けに頬杖をついたまま、俺の傍に控えて立つ少女に応える。
ガッ!ガッ!
「
臨時で設営されたテントの中に残った俺以外唯一の人物である、側近の鈴原
「…………」
――ああ、そうか
俺は
ガッ!ガッ!
俺は……さっきからずっと、こうして
「
「…………」
不機嫌に……ずっと……
「…………
冷静?堂々と組織の
何のことは無い。
俺は……
感情を抑えるには青く、態度を隠すことも出来ない未熟者……
そして、いつもは俺の命令に二つ返事で応じる黒髪ショートカットの美少女は、そう言った俺の言葉に従わず未だ躊躇しているようだった。
「だ、大丈夫ですか……あの……
チャーミングな大きめの黒い瞳を不安に揺らせたこの少女は一体なにを憂慮しているのだろうか?
「聞こえなかったか?俺は独りで策を練りたいから……」
「さ、
「
「っ!?」
俺は怒鳴っていた。
これまでどんな時も俺を支えてくれた彼女が……
今は……
今回だけは、何故かどうしようも無く煩わしかった。
「…………」
そして――
「………………すみません…………失礼致します」
結局、終始
独りで考えこむ
「…………」
――
――それが戦の最中ならば言わずもがなだ
「…………」
――だから俺は冷静で無くては……
「………………
俺は去る寸前であった少女を引き留めた。
「はいっ!」
振り向いた
「誰も暫くは誰も入れるな…………独りになりたい」
そういう俺の命令を聞いた直後、入口付近で立ち止まった少女は再び落胆に染まった瞳に、そして頭を深々と下げてから改めて天幕を後にしたのだった。
――
―
――
私はそこで我が君の新たな命令を待つために待機していた。
「……」
――少し……時間が必要なの
そう、ただそれだけ。
――私の
今までだってずっとそうだった。
若き
――こんな……
――
――あんな女がいなくなったくらいで……
念仏のように。
そうあるはずだと!
そうあって欲しいと……
「…………」
――ウソだ
だが少女はそれが欺瞞であると知っている。
自分を欺く都合の良い考え。
鈴原
――わかってる、
――私の
――仲間となった者達の為に自ら危険を冒す事も厭わない!
――
鈴原
「あのバカ……
それはつい最近、同じような理由で同じ様に……
”
だがひとつ違うのは、
――私が心から尊敬し、敬愛する
「いいえ!
――
「……」
そして彼女は再び黙り込んだ。
沈痛な顔で……
――苦しんでいる
そう、鈴原
こんな時だから、
――こんなにも醜い嫉妬を抱いている!
その事実が彼女をより複雑な心情へと追いやっていたのだ。
「…………………………さいてい」
独り佇んでいた黒髪ショートカットの美少女は、自己嫌悪から小さく心の内を吐き出す。
――
そして汚れた心を切り替えるようにそっと顔を上げた。
「っ!?」
そこには――
「よう!ええと……
前方数メートルほどの距離にまで歩み寄る人物達の姿があった。
「……」
――不覚……
――門番も
気配の察知を怠っていた自分、公私の混同をつけられぬ自分を鈴原
「
眼鏡の奥にある右目の光りが僅かに鈍い……
義眼の男は
恐らく目元に付いた小さな傷を誤魔化す為だろう、”
――”
この”
我が
「…………」
私はそんな、結構な大物で在りながら全くそう感じさせない気さくな男を無言で睨んでいた。
――そうだ……有り体に言って私はこの
それは、この男自身と言うより彼の主君、
「居るんだろ、鈴原?ちょっと火急の用件があって……」
「…………」
――”
この
なにより”あの女”の
「ええと?鈴原
「…………聞こえています」
私はバレない様に小さくため息を
――そう、私がこの世で一番嫌いな”
この男の主君が、新政・
「我が主君は、ただいま新たな策を考案中です。その間、誰も通すなとの命令ですので」
私はそんな胸中を成る丈抑え、素っ気なく応えた。
「そうなのか?けど、こっちも火急の用件だから」
「……」
しかし
――この
シャキン!
私は無言で腰に装着した二本の特殊短剣のうちの一振り、”前鬼”を抜き放つ。
「
シュルルルーーーーッ!!
その瞬間!
私の視界を”なにか”が横切った!
「くっ!」
キィン!
響く甲高い金属音!
私の”前鬼”は火花を散らして押し込まれ、それを握る私の手は痺れていた。
――な、なに!?
咄嗟に後方へと数歩……
飛び退いた私はそのままもう一振りの特殊短剣”後鬼”を左手で引き抜き、両手に都合二本の刃を構えていた。
「……」
「……」
数メートルの距離を取り、
――確か……
「ダメだ
前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型で、小柄であどけなさの残る顔立ちの少女は客観的に見て可愛らしい部類に入るはずだが……
重度の近眼の様に眉間に皺を寄せた表情のおかげでそれとは対照的な無愛想で目つきの悪い少女という印象が強烈に残る……
――情報では”
「……」
私は油断なく両手の刃を構え、体勢を低く取った。
――あの距離から、あの自在な軌道
多分、”鞭”……否、前鬼で受けた衝撃から
――いいえ!この私が初撃で見極められなかったということは、”鎖”よりもっと細い”なにか”だろう……
私は最大限の警戒を維持しつつ、敵の射程と威力を推測する。
「ダメに決まってるだろうが、
対峙する私達を尻目に、
「っ!!その先は通さないと……っ!?」
シュルルルッ!!
シュルルルルルルルッ!!
ほんの一瞬!
ギギィィン!!
「くぅっ!!」
ガキィィーーン!!
「っ!?……ちっ!!」
――左前方中段に一撃!
――右後上……否!下段に一撃!
間近でのたうつ蛇のように着弾地点を変化させ!自由すぎる角度から飛来する”なにか”を撃ち落とした私の前鬼、後鬼は激しい火花を散らし――
タッ!タタッ!!
二重の威力に押された私は更に二歩ほど、押し退かされ跳んでいた。
「…………これは……
容易に断ち切れない極細の軌跡……
凶器には先端部に金属製の刃を仕込んであるのだろうが、それにしてもこの戦国世界で
――いいえ!ピアノ線どころか絹の細糸と
「受けきったぞ!?この女っ!……私の”
あからさまに不機嫌な顔で、そう叫ぶ
「そりゃ受けるだろうよ、
だが当の
「このっ!通さないと言ったでしょう!独眼竜!!」
私は即座にその男の後を……
シュルルルルルルルッ!!
「っ!」
――く……また、邪魔な!!
背を向けた私を再び
――
――双頭の蛇……蛇……
――蛇で”
「なんて安直な名前なのよっ!」
両手に一本ずつ、計二本の手先だけで自在に操れる極細
”戦国世界”では”近代国家世界”での技術はどうやっても成立しない。
以前、
――多分、この異質な武器もっ!!
ガキィィーーン!
先行して襲い来る蛇一匹の頭を叩いた私は、そのまま低く低く……
ダッ!
超低空飛行の”戦闘機”宜しく、敵の懐に突進する!!
「わっ!わわっ!!やっぱりダメだ
無様に叫びながらも、もう一本の蛇を……
左の指先を忙しなく動かす目つきの悪い少女!
「ああ?ムリムリ、
「にゃっ!?にゃにぃぃっ!!」
ズバッ!
「おおっ!?」
顔を真っ赤にして怒る目つきの悪い少女を斬り付けた私の後鬼は空を斬り、
「ちっ!」
思わず舌打ちする
「あ、そうだ!おーい
結構な闘いを繰り広げる私達二人を遠巻きに眺めて、先を進む
「
――っ!?
「…………」
その時、私は――
「おいっ!」
「…………」
私は――
「どこ向いて惚けてるんだ!
「…………」
不覚にもその根拠の無い笑顔が、
――我が君……
第十五話「目つきの悪い蛇と気さくな偽眼鏡」END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます