第124話「密談」前編(改訂版)

 第十一話「密談」前編


 「…………」


 十二月初旬、冬の始まりを告げるともいえる今年一番の冷え込みの中。


 俺達は奥泉おくいずみからの帰路で――


 臨海りんかい本拠地である九郎江くろうえや出立した地である小津おづには帰らず、その途中で山中にとどまって”ある報告”を待っていた。


 ダダッ!ダダダッ!


 やがて、けたたましい馬の蹄の音と共に一騎の我が臨海りんかい軍兵士が現れる。


 「最嘉さいかさま、来ました」


 俺の隣に控えた黒髪ショートカットの美少女、鈴原すずはら 真琴まことは囁く。


 ヒヒィィーーン!!


 「ほ、報告致しますっ!」


 馬が完全に停止するのも待たずに飛び降り、俺が座る場所へと転がり込む兵士!


 「奥泉おくいずみ軍ととう 正成まさなり殿が率いる我が臨海りんかい軍が遭遇っ!現在交戦中にて……」


 ――此所ここ旺帝おうてい領土、”岐羽嶌きわしま領”のとある山中だ


 天都原あまつはら領土”尾宇美おうみ”とも隣接する地で、旺帝おうてい領”那古葉なごは”にも程近い場所である。


 「ご苦労様でした。引き続き伝令部隊は戦場の監視任務を継続し、動きがあれば直ちに報告を入れるように」


 「はっ!」


 真琴まことは伝令兵をねぎらってから再び兵士を送り出し、それから俺にペコリと頭を下げる。


 ――未だ暫し……かかりそうか


 俺はそんな彼女に視線だけで応えて、再び思考にふける。


 ――


 ――現在いまを遡ること十日ほど前……


 「取りあえず”魔眼の姫”の話はまた機会があればだ。此度こたびの会合は……臨海りんかい王、御許おもとが用意した”相互利益ギブアンドテイク”という代物の……」


 「……」


 そう言われても、あからさまに”えさ”をチラつかせる様な真似をされて俺は納得できない。


 出来ないが……


 「分かった。で、貴公が問題にしているのは取引の”内容”か?それとも”方法”か?」


 元来はそういう話し合いで来たのだから、俺としては話を続ける他無いのだ。


 ――この……古タヌキめ!


 「切り替えが早いのは王の資質ぞ、臨海りんかい王よ。かははっ!そうだな、実際のところ我が奥泉おくいずみが問題とするのは両方であるが、あえて言うなれば……方法か?」


 「……」


 ――だろうな


 旺帝おうていが”独立した自治権”を所持する奥泉おくいずみの国力を抑えるため、完全に帰属させるため、更には自ら”独立行政特区”の看板を返上をさせるために――


 継続中の長期的策略、”極端な輸出入の制限”とは、


 四方をグルリと旺帝おうてい領土に囲まれたこの国にはかなり効果的だろう。


 その状況は謂わば戦場で籠城ろうじょうする軍隊に酷似している。


 大軍はあっても兵糧が不足しては戦は出来ない。


 大金はあっても民の餓えは凌げない。


 奥泉おくいずみとして虎の子の独立行政特区という特権を手放さないためには、なんとか旺帝おうていの目を盗み他国と極秘に交渉する必要があるが……


 実際はその話がまとまったとしても、今度はその物資自体をどうやって国内に搬入いれるかが最大の難点なのだ。


 ――国を支えるだけの物資の一括搬入、或いは複数回にわたる小分けの搬入


 奥泉おくいずみの四方を囲む様に配置された旺帝おうてい各領土の各関所を、大量の物資を所持して通り抜けるのは不可能で、ならばと”小分け”にした場合は、今度は回数分だけ発見されるリスクが当然増すことになる。


 ――そのどちらもが困難極まりない!


 「そのうえ我が奥泉おくいずみは現在……御許おもと臨海りんかい軍による旺帝おうてい領土”那古葉なごは”侵攻へ対し援軍の出兵を要求されておる。しつこいほどにな」


 しっかり張り出したあごを摩りながら多少の非難を含ませてそう言う日出衡ひでひらは、ウンザリとした表情をしていた。


 それだけで、これまでの旺帝おうていの執拗さが見て取れるだろう。


 ――戦争には大金がかかる。勿論、兵糧もだ


 それを頭に置いた上でのここぞとばかり、残り少ない備蓄をも枯渇させる算段だろう。


 ――中々に狡猾だな


 前出のように旺帝おうてい奥泉おくいずみの所持する”独立行政特区”を無かったモノとするために奥泉おくいずみ領の国力を少しでも削りたいのが本音だろうから、今回の那古葉なごはへの援軍要請もその一環と考えて然るべきだ。


 故に非常に狡猾だが……旺帝おうていサイドにとっては状況を最大限利用した有効な策とも言える。


 ――流石は大国だ、家臣団には中々の切れ者が居ると見える


 執拗な要請に奥泉おくいずみとして既にはぐらかし切れないところまで来ているのだろう、りとてデメリットばかりの出兵はしたくない。


 ならばこそ、俺の提案にこうして興味を持ったわけだし、この極秘会合も実現した。


 「かく御許おもとは我が奥泉おくいずみ如何いかにして交渉材料たる物資を……」


 「奥泉おくいずみ軍は直ちに旺帝おうてい本国の要請に従い、那古葉なごはへと兵を出して欲しい」


 ――っ!?


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの質問を遮り放った俺の言葉に、奥泉おくいずみの面々は驚いて言葉を無くしていた。


 ――だろうなぁ……


 奥泉おくいずみとしては、臨海りんかいの王たる俺が出す条件は当然の様に、


 ――”援軍を出さずに静観してくれ!”


 という類いのモノだろうと思い込んでいただろう。


 だが、


 命懸けで来訪した”臨海王オレ”が口にしたのは、ぎゃくの言葉だったわけだ。


 「…………良いのか?戦に我が奥泉おくいずみの精鋭が加われば、超大国たる旺帝おうていと新参の臨海りんかいとの戦力差は更に広がるというに」


 禿げ親父は尋常で無い圧力を隠す気も無く、四角い眼で俺をジロリと抜かりなく観察する。


 「それはこっちの台詞だ。奥泉おくいずみにとって遙か那古葉なごはまでの出兵は色んな意味で負担だろう?」


 俺は”東奥とうおく奸雄かんゆう”が脅しに、奥泉おくいずみの台所事情を踏まえた上で軽く応戦した。


 「……」


 場の空気が一瞬で殺伐としたものに変貌する!


 「冗談だ。そんな怖い顔するなよ、ははは……」


 俺はそれも織り込み済みで、直ぐにサッと両手を頭の上に上げて戯ける。


 ――目前の奸雄かんゆうもそうだが……


 「……」


 それ以上に、日出衡ひでひらの”後ろに控える男”の殺気が尋常でない。


 「ふふ……」


 そしてその尋常でない殺気を受け、隣で俺の杯に酒を注いでいた宮郷みやざと 弥代やしろの薄っぺらい笑顔は氷の様に研ぎ澄まされる。


 「……」


 更に逆の隣では、俺に殺気をぶつける奥泉おくいずみの二人に対して鈴原すずはら 真琴まことの隠すこと無いあからさまな敵意の視線が相手を突き刺していた。


 ――おいおい……


 ――お嬢さん方、こんなところでぱじめるなよ?


 周囲の環境を鑑みて、言葉遊びもここら辺が限界だろうと俺は確信に入ることにする。


 「所望の”方法”を種明かしするとだな、旺帝おうてい本国の要請に応えて奥泉おくいずみが出兵する兵の編成……兵糧部隊の物資を”殆どカラ”で参戦させて欲しい、それで……」


 「ぬぅっ!?」


 「っ!」


 俺の言葉に正面の奥泉おくいずみが主従は思わず顔を見合わせる。


 「我が臨海りんかい那古葉なごは攻略部隊の支援に出した援軍と途中の……そうだな、”岐羽嶌きわしま領”あたりで鉢合わせをしてしまい、そのまま望まぬ不慮の遭遇戦?後はちらには適当に負けてもらって奥泉おくいずみにお帰り頂くと」


 俺の説明をそこまで聞いたところで、日出衡ひでひらの後ろに控えて立った精悍な武人が口を開いた。


 「…………その……”偽戦にせいくさ”の最中に物資の受け渡しを?」


 ――おぅ、中々に察しが良い!


 俺は頷いた。


 「そうそう、兵糧部隊を殆どカラで出陣させるのはその為だ。本来、兵士用に大量の兵糧を運ぶ部隊に、戦の”どさくさ”で我が方から物資を受け渡して、その後は敗戦を装って……後は堂々と奥泉おくいずみに帰還されれば良い」


 本国の要求通り出兵、取りあえずの役目を果たした上で帰国……


 敗戦による敗退ならばそれも仕方がないし、援軍の要請は一応は果たしたワケでもある。


 なにより、普段は厳重な旺帝おうてい各領土の関所も完全に素通りできる。


 そして臨海こちらとしても敵兵力から奥泉おくいずみの援軍を労せずして排除できるわけだ。


 「どうだ?これなら問題無いだろう、返答は?」


 俺は目前に埋め尽くされた酒池肉林を一時的に横に寄せさせ、そこに”あかつき”東部……つまりこの”奥泉おくいずみ”から”那古葉なごは”までを中心にした地図を広げ、具体的な作戦の詳細を伝えながら否応を問う。


 「うむむ……」


 しっかり張り出したあごと角張った鼻筋、そして太く上がった眉とギョロリとした四角いまなこの男は一部始終を聞いた上で唸っていた。


 「うむむむ……」


 精気みなぎる、とても年相応には見えない”奥泉おくいずみの王”


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは未だ地図を睨んだまま唸り続けている。


 「だからぁ、何時いつまで唸ってるんだよ?藤堂ふじどう 日出ひで……」


 「虎十郎こじゅうろうっ!!ぬしはこの策、どう見る!」


 ――!?


 俺が再度せっつこうとした瞬間、禿げ頭で四角い眼の奸雄かんゆうは自身の背後に控えて立つ男の名を呼んでいた。


 「さすれば……それがしが如き浅知恵で恐縮でありますが、宜しいですか臨海りんかい王様?」


 主人の問いに頷き、俺を見据えて言葉を発する男。


 クセのある黒髪を後頭部の旋毛つむじの位置で結わえた総髪、ガッシリとした肩幅に背中に太刀を背負い、切れ長で吊り目、鼻筋は通り口元は真一文字に締まって中々精悍な面魂つらだましいだ。


 俺を捕らえるように命令されて乱入した男は、そのまま女達をはべらせる主君、藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの後ろに控えて今の今まで眼を光らせていたのだった。


 「ああ、構わない。忌憚の無い意見を述べてくれて結構だ」


 主君の指名があったといえ、他国の王である俺の提案に割り込む無礼を先に詫びる形をちゃんと取る……


 礼儀作法も出来た家臣だと、俺は快く許可を与えた。


 「かたじけない。なれば……」


 ――虎十郎こじゅうろう……


 そうそう、確か”片平かだいら 虎十郎こじゅうろう”だったか?


 俺はその面魂を改めて眺めながら思い出していた。


 ――奥泉おくいずみ奸雄かんゆうが麾下に”東奥とうおく無双”の武人在り


 ――その”武”は一軍に匹敵し、その”智”は兵法の極意を修めたり


 王佐の才を用いて良く主君を助け、忠義によって命を賭する家臣の鏡たる人物……


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは軍事も政治も、果ては謀略に至るまで……


 この”片平かだいら 虎十郎こじゅうろう”を頼りにするという噂だった。


 「……」


 日出衡ひでひらの後ろに控えて立ったまま、俺の広げた地図を凝視して思案する虎十郎こじゅうろう


 「……」


 実際、俺も興味があった。


 噂に高い名臣が、俺の策にどのような評価を下すのか?


 ――


 黙して考すること数十秒……


 クセのある黒髪を後頭部の旋毛つむじの位置で結わえた武将は、真一文字に締まった口を開いた。


 「我が領内への輸出入……旺帝おうてい本国による物資受け渡しの厳しい監視をくぐる策と現在、我が奥泉おくいずみが突きつけられている派兵の難題を同時に解決しうる真に見事なる妙案!到底、それがし如きには及ばぬお見事な策にて、我が王には直ちに臨海りんかい王様と約定を結ばれるが宜しいかと思われます」


 ”東奥とうおくの王が宝刀”と他国まで鳴り響く隠れなき名臣”片平かだいら 虎十郎こじゅうろう”は、全面的に俺の策を支持する感想を口にしていた。


 「うむ、よくぞ言った!わし虎十郎こじゅうろうと同意見ぞっ!!」


 直後に日出衡ひでひらも大きく頷いて俺を見る。


 ――いやいや、”禿げ親父おまえ”はさっきまで唸っていただろうが……


 とは思ったが、当然俺はツッコミは入れない。


 「流石は噂に高い臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか様の知謀は”天下の智”。文殊菩薩もあわやという偉大なる大賢人の秘策をそれがし如き小人しょうじんが吟味するなどという身の程知らず、真に恥ずかしきばかりでした」


 「いや、俺も”東奥とうおく無双”と名高い片平かだいら 虎十郎こじゅうろう殿に褒めて貰えて光栄だ」


 俺は勿論、自身の策に自信はあったが……


 それでも少々度を越すご大層な褒め言葉に、社交辞令が七割と受け取った方が良いだろうと定型文フォーマット通りの対応を返す。


 「……で、臨海りんかい王よ。取りあえずはまとまったが……御許おもとの考え、まだ先があるのでは無いのか?」


 ――っ!


 打って変わって、禿げ親父は薄暗い部屋で四角いまなこを光らせ、美女に酒を注がせた自身の杯を俺にズイッと差し出す。


 ――そうだ……


 目前の算段よりも本丸はこの先……その展望への足がかり。


 だが!


 「……」


 俺は酒杯それを取らず、目前で怪しく光る四角いまなこを睨んでいた。


 「これ以上先は”魔眼の姫さっき”の話を済ませてからだ」


 「ぬぅ?……かははっ!ヤケにこだわるではないか!御許おもとほどの男がそのような些末な事に」


 ――些末?……そうか


 ”魔眼の姫”の話を些末事とは……


 やはり藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは、幾万いくま 目貫めぬきという怪人の存在を知ったうえで俺に話を持ちかけた……という訳ではないようだ。


 ただたんにその話をすれば、臨海りんかい王が唯ならぬ興味を示すと。


 ――事前に”誰か?”が入れ知恵したって事かよ


 「……」


 ――まぁ、それが”誰か”は察しがつく


 「わかった。わしの知る限りを話そうでは無いか、そういう話でもあった故にな」


 日出衡ひでひらは手にした酒杯を更に俺へとグイッと突き出し、これ見よがしに見せる。


 「……」


 俺はそれを無言で取り、そして一気にあおった。


 「良い飲みっぷりだ!度胸もある!そして頭も切れる……真に良き益荒男ますらおよ!我が姫達のいずれかの娘婿に欲しいくらいぞ」


 「……」


 禿げ親父がそう言って”かはははっ!”と豪快に笑うが、


 それを見る俺の傍らの、真琴まことの大きめの瞳には先程よりも鋭い殺気が籠もっていた。


 「で、日出衡ひでひら公……」


 俺は”ややこしいこと”にならないうちに話を進めることにする。


 「ふむ、少しばかり説明が必要ではあるだろうが……ひとず結論を先に言うなれば、わしの知る”魔眼の姫”、つまり伝承では序列五位の慈愛に満ちるあおき”瑠璃ラピスラズリの姫”とはな……」


 しっかり張り出したあごと角張った鼻筋、太く上がった眉とギョロリとした四角いまなこの精気がみなぎりまくった禿げ親父は、ようやくその件について口を開き始めたのだった。


 「……」


 それは、俺が現在いままでで知り得てきたいにしえの姫達が”最後の姫”。


 序列一位、”黄金ゴールドの姫”、正統・旺帝おうていが”黄金竜姫”、燐堂りんどう 雅彌みやび


 序列二位、”黒真珠ブラックパールの姫、”新政・天都原あまつはらが”無垢なる深淵”、京極きょうごく 陽子はるこ


 序列三位、”紅玉ルビーの姫”、長州門ながすどが”焔姫ほのおひめ”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。


 序列四位、”白金プラチナの姫”、臨海りんかいが”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ


 そして序列五位、”瑠璃ラピスラズリの姫”……


 その最後の名が今……


 「それはな……宗教国家”七峰しちほう”第十三代”神代じんだい”である少女……六花むつのはな てるである!」


 第十一話「密談」前編 END

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