第122話「奥泉行路 参」(改訂版)

 第九話「奥泉行路おうせんこうろ 参」


 ――今回の”奥泉おくいずみ”への電撃訪問に関して俺は少々の小細工を弄した


 状況としては交渉の余地は充分に在る。


 あらかじ花房はなふさ 清奈せなの”蜻蛉かげろう”からもたらされた情報で俺はそう分析し、この交渉を考えたのだ。


 ――だが”それだけ”では弱いかもしれない


 なんと言っても我が臨海りんかいは、奥泉おくいずみ領が所属する旺帝おうていとは戦争状態なのだ。


 如何いかな交渉材料を揃えても門前払いでは意味が無い。


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらという人物は後宮ハーレムに入り浸る好色家との世間の噂だが、俺は少し違うだろうと踏んでいた。


 ――”歴史は夜作られる”と言う言葉もある


 色々な意味で言うなればそれは的を射ており、そういう”世の裏道”や”人の欲望”を駆使して生き残ってきたのが”奥泉おくいずみ”という東奥とうおくの都だろう。


 の人物を量る基準の一つには正にそれが欠かせないはずで……


 だからこそ俺は今回、事前に”それ”を刺激した。


 ――どうやって?


 遙か離れた敵国の領主に、一瞥もせずに我が臨海りんかい鈴原すずはら 最嘉さいか売り込むアピールする方法。


 それは”戦国世界”では難しいだろう。


 ――だから


 テレビ番組のインタビューを利用した!


 全国放送である”情熱島国”とかいう密着型の人気ドキュメンタリー番組で、とびきりの美少女であり、最強格の白金プラチナの騎士姫、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろを出演させたのはそれが理由だ。


 戦国世界側で蜻蛉かげろうを使い藤堂ふじどう 日出衡ひでひらに極秘接触し、その後に切り替わった近代国家世界側で放送が公開される……


 事前に接触してきた臨海りんかいに多少なりとも興味を持った藤堂ふじどう 日出衡ひでひらという男は、必ずそれを視聴すると予測できた。


 そして好色家と噂高い藤堂ふじどう 日出衡ひでひらが、雪白ゆきしろほどの異色の美少女に興味を惹かれぬ訳もあるまいと。


 ――臨海りんかいという国は、鈴原すずはら 最嘉さいかとは、如何いかなる国と人物で何を成そうとしているのか?


 ――それは自身の治める”奥泉おくいずみ”にとって現状の窮地を打破出来うるきっかけに成り得るのか?


 恐らく藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは少なからず頭を悩ませただろう。


 そして……


 相手を悩ませる事ができればそれはもう”交渉”の始まりだ。


 ”気にかける”という事は、既に選択肢の一つに入っているという事だからだ。


 ――

 ―



 「お……おおっ!!」


 両隣にはべらせた女達を押しやって立ち上がる意外とガタイの良い禿げ親父。


 「おおぉぉっっ!なんという!なんという名花!!」


 ――藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは興奮しきっていた


 「……」


 少々大袈裟な反応に見えない事も無いが……


 正直、見慣れたはずの俺も思わず魅入ってしまう”その光景”だから無理も無い。


 ――臨海りんかいが誇る二輪の名花


 「!?」


 「!!」


 その存在感に気圧されたのだろう、臨海りんかいの美女二人が入室したと同時に俺の傍から波が引く様に下がる奥泉おくいずみの女達。


 ――まぁ、この二人は中々の別格だからなぁ……


 隣国の姫武者にして今は我が臨海りんかいに属する宮郷みやごうの弓姫。今日の会見に挑む彼女の装いは黒い袖無しノースリーブのロングドレスだ。


 落ち着いた雰囲気をまとった、女性としては高めの身長と彼女の絶品な豊満な身体グラマラス・ボディを際立たせる流麗なマーメイドラインの婦人正装フォーマル・ドレス姿。


 美しい宝石の施された髪飾りでまとめられた長い黒髪は緩やかに巻いたボリューム感のあるポニーテールアレンジで、どうしても大人の色香が先行する弥代やしろに可愛らしい一面を絶妙に演出している。


 「準備に手間取り、遅くなってしまい申し訳ありません。臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいかしつ弥代やしろです」


 シャナリシャナリと緩やかなる歩みを止めて優雅な所作で俺の後ろに坐した女は、床に三つ指を着いて深々と頭を下げて挨拶する。


 「……」


 言葉を発する薄くあかい唇と少し垂れ気味の瞳、彼女の特徴シンボルたる終日だるげな空気さえもがその色香を演出する。


 ――完璧だ……


 ――完璧なる淑女を演じきっているな、弥代やしろ


 宮郷みやごうの将軍でもあった彼女は、深紅の弓を用いた戦闘スタイルでは”紅の射手クリムゾン・シューター”の異名を、両手に剣を握らせれば”紅夜叉くれないやしゃ”の二つ名で恐れられる狂戦士バーサーカーだというのに……


 それを微塵も感じさせぬ淑やかさ!


 ――つかみ所のない彼女ならではの流石の”化け様”だ!


 「同じく……真琴まことです」


 だが本当の意味で俺を予定外に魅入らせたのはこの少女……


 ショートカットの毛先をふわりと巻いて細やかなワイヤーワークに色取り取りのビーズが施された髪飾りを艶やかな黒髪にはわせた装い。


 黒髪との色彩のコントラストがよく映えて申し分ない可愛らしさである。


 一転、華奢な少女の身体からだまとった淡いベージュのドレスは……


 白い肩も露わなオフショルダーで少し大胆であるがウエストラインやバストラインにフラワーモチーフをアクセントにしたフィッシュテールシルエットの可愛らしい膝丈ドレスで、全体的には華美過ぎない上品さを総合演出することに成功している。


 ”少しだけ冒険をしながらも少女の清楚可憐な魅力を引き出した”というようなその装いは……本当に鈴原すずはら 真琴まことという美少女に良く似合っていた。


 「……」


 宮郷みやざと 弥代やしろに続いて俺の後ろに控え、奥泉おくいずみの主に頭を下げて形式的な挨拶を済ませる真琴まこと


 その直後、彼女は一瞬だけ俺に視線を移したが、


 「……」


 「……ぁ」


 その瞬間に背後を見ていた俺と視線が鉢合わさってしまい……


 少女は慌てて大きめの黒い瞳を伏せた。


 「……」


 良く知った少女の、恥ずかしげに頬を染めた姿は――


 俺のらない魅力に溢れた美少女だった。


 「……」


 ――いやいや、鈴原すずはら 真琴まことは一つ年下の俺の従妹いとこで幼馴染み、そしてあくまで側近で……


 「おおおおっ!!片や奥底に確固たる意志を秘めながらに、その女性にょしょうたるを磨き上げしつややかなる薫りの女王、耶悉茗ジャスミン!」


 興奮しきった藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの太くゴツゴツとした指が俺の後ろに控える正装ドレス姿の弥代やしろを指さしていた。


 「片や清楚可憐な器にして、母性をも内包せし秋桜コスモスの如き美少!」


 続いてその指が同様に、俺の後ろで控える清楚な正装ドレス姿の真琴まことを指さす。


 「おおうっ!!なんともあでやかで!なんとも初々しい!しいぞっ!!臨海りんかい王よ、それらの女性にょしょう達は貴様……否、御許おもとの所有物かっ!?」


 「…………」


 ――二人の姿を目の当たりにして豹変したな、なんて分かり易い……


 俺は自身で計っておいてなんだが、如何いかにも難物だった禿げ親父のあまりにも素直な変貌ぶりに呆れていた。


 ――まぁ確かに、めかし込んだ二人の姿には俺も内心戸惑っている


 真琴まこと弥代やしろが美人なのは知っていたが……


 特に真琴まことには本当に……


 驚いた。


 俺は目前の禿げ親父と全くの同意見だったのだ。


 ――しかし藤堂ふじどう 日出衡ひでひら


 確か耶悉茗ジャスミンの花言葉は官能、秋桜コスモスの花言葉は乙女の純真、純潔。


 まさかこんな禿げ親父が、そういう乙女チックな情報を所持しているとは思わなかった。


 一目見て弥代やしろを”奥底に確固たる意志を秘めながら……”と称し、


 真琴まことを”母性をも内包せし”と彼女らの本質を見抜いて見せたのは偶然なのか?


 「どうだ?教えてくれ、臨海りんかい王よっ!」


 「……」


 ――天性の才能モノか、


 本質を見抜く眼力……


 やはり侮り難し、藤堂ふじどう 日出衡ひでひら


 「真琴まこと弥代やしろは俺にとって無くてはならない存在だ。”所有物”という言い方は控えて貰おう」


 ――ならばやはりこの機に話を進めない手はないだろう!


 俺は当初の予定通り、このままの流れで交渉に入る算段だった。


 「おぉそうか!?御許おもとの!……ささ、此方こちらへ参られよ臨海りんかい王、鈴原すずはら……なにがし殿、ささ! 真琴まこと嬢と弥代やしろ嬢も!」


 四角いまなこの禿げ親父はスッと立ち上がり、はべらせた四人の女共々に壇上の左端に座り直した。


 「……」


 ――いやオッサン!従者じゃなくて”主賓”の名を覚えろよっ!!


 色々気になる箇所はあるにはあるが……


 それを素直に受け、俺は真琴まこと弥代やしろの二人共々に立ち上がってから、奥泉おくいずみが領主である藤堂ふじどう 日出衡ひでひらと同じ壇上に登り、空けられた右側……つまり今の奴の正面に座った。


 「……」


 「……」


 噂に高き東奥の金色こんじき堂が奥座敷。


 その最奥の場所でお互いに美女をはべらせ対峙する男二人。


 ――鈴原 最嘉オレが思い描いた図がここに在る


 カタン、カタッ


 直ぐに所狭しと酒と料理が運び込まれ、俺と藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの間を埋め尽くしてゆく。


 ――


 そしてものの数分もしないうちに、其所そこは交渉場と言うには華やかすぎる場所となったのだ。


 「早速で悪いが日出衡ひでひら公、俺達がこの”奥泉おくいずみ”の地に来たのは貴殿とある条約を結びたいが為だ」


 ”奸雄かんゆう”という言葉がピッタリの男を前に、俺は一先ず単刀直入に切り出してみる。


 「うむ、成る程!!時に臨海りんかい王!鈴原すずはら なにがし殿!臨海りんかいという地ではそのような美女達が大勢いるのか?」


 「いや、それは解りかねるが……でだ、そう言った交渉を極秘裏に行いたいのだが……」


 「うむ、成る程!!ちなみに御許おもとの所有物……いや、その女性にょしょう達をわしに譲る気はないか?」


 「…………」


 ――聞いてないな……全く


 俺は溜息をきながら首を横に振る。


 見た目上は真琴まこと弥代やしろも、この好色漢の失礼な言い様に眉一つ動かす事は無く澄まし顔のままだ。


 やはりそれは――


 これが重要な会合だから我慢しているのだろうか、それとも”おめかし衣装”だと自然としとやかに磨きがかかるものなのか……


 俺にはそんな高度な女心は察しもつかないが、それとは別に”これは難儀をしそうだ”と考えながらも取りあえずは話を続ける事にする。


 「さっきも言ったが彼女たちは物じゃない、不可能だ。あと、いい加減に主題に……」


 「ほほぅ!?不可能とな?しかしそれは……」


 ――?


 途端に日出衡ひでひらはニヤリと口元を上げて……


 「この”奥泉おくいずみ十七万騎”のあるじにして強国”旺帝おうてい”さえもが一目を置く比類無き”東奥とうおくの王”藤堂ふじどう 日出衡ひでひらとの交渉という不可能に挑もうという男が……如何いかな佳人とて、たかが二人ばかりの女性にょしょう如き扱いが不可能と?」


 「……っ!?」


 自信に満ちた眼光!自信に溢れる口元!


 ――不可能な需要には先ず不可能な供給をもって応えてみよ!


 ――そうきたか!!


 成る程、本来”取引”とはく在るべし……


 ――だが藤堂ふじどう 日出衡ひでひら、俺はその手には……


 俺は埋め尽くされた酒池肉林を前に”東奥とうおくの王”と視線をぶつけ合う。


 「金脈、銀脈、山の幸に美女達……奥泉おくいずみには一見なんでも在り余って見えるがあらず」


 「…………」


 俺の突然の切り出しに、視線でしのぎを削る相手である禿げ頭の四角いまなこはイチミリも動じない。


 ――まだまだこれからだ


 「一つ言おう!奥泉おくいずみの地には”海”が無い!!海からもたらされる恩恵、魚介類も塩も無い!……違うか?」


 「……………………ほぅ、で?」


 構わず続ける俺に日出衡ひでひらは角張った鼻筋の下で口元に笑みを浮かべたまま応える。


 「で……何だというのだ?無い物は買えば良い。金は十二分に在るのだ、余った物は売り、足らぬ物は買う、市場とはそういうものぞ」


 しっかり張り出したあごと角張った鼻筋、そして太く上がった眉とギョロリとした四角いまなこ


 正面から俺を見据える男には精気がみなぎり、とても年相応には見えないギラついた男である。


 ――古狸め、やはり一筋縄では行かないか


 「ならば更に言おう!交易は道を経て行われる。奥泉には”道”も無い!生活のいしずえとなるべき道が無いのはどうしたものだ!?」


 「…………」


 その指摘にも日出衡ひでひら表情かおは笑ったまま……


 ――!?


 いや!四角いまなこちっとも笑っていなかった!


 ――奥泉おくいずみには”海”が無い!


 これは地形的なもので誰にでも解ることだ。


 では……


 ――奥泉おくいずみには”道”も無い!


 これは……


 領土をグルリと旺帝おうてい領土に囲まれた奥泉おくいずみには旺帝おうてい以外へと繋がる道が無い。


 それに何か問題があるのか?


 それが大有りだ!


 旺帝おうてい領土である奥泉おくいずみ旺帝おうていの中に在るのは特殊なことでは無いが、それでも奥泉おくいずみは特別な地だ。


 ”あかつき”東部を絶対的支配下に置く最強国”旺帝おうてい”の中に在って一際異彩を放つ領土、”奥泉おくいずみ”。


 この地は旺帝おうてい領土には違いないが、その旺帝おうていに独自の裁量権……


 つまり領主である藤堂ふじどう家が人事権、立法・行政権、兵権を有することを認めさせた”独立行政特区”として存在する唯一の領土である。


 そして永年の歴史から蓄えられた豊富な資金と強固な独立軍”奥泉おくいずみ十七万騎”と称される軍勢は主君である燐堂りんどう家でさえも迂闊に手を出せない存在であった。


 ――だが最強国旺帝おうていがそんな事実に何時いつまでも甘んじているわけが無い!


 訳が無いが……


 北の北来ほらい……”可夢偉かむい連合部族国”と西の大国”天都原あまつはら”と常に対峙することを強要される旺帝おうていはその内部にまで大敵を作るわけにもいかず、また歴代の王が許可した“独立行政特区”を一方的に反故にする様な蛮行は他の所領の統治にも少なからず悪影響を及ぼすだろう。


 ――故に……行うのは”輸出入の制限”


 色々と難癖を付けて物流を阻害して徐々に国力を落とさせ、最終的には根を上げさせる。


 ――奥泉おくいずみには”陸道””海道”も無い!


 ――れは戦場で籠城ろうじょうする状況に酷似する


 物資の不足で軍は有名無実、民に不満は募ってゆく……


 事に海の無い”奥泉おくいずみ”にとって海産物……特に”塩”の不足は致命的だ。


 大軍はあっても兵糧が不足しては戦は出来ない。


 金はあっても民を餓えさせては王としては落第だ。


 そうして”奥泉おくいずみ”自ら”独立行政特区”の返上をさせるための長期的な策は徐々に、だが着実に功を奏して……


 「確か”国内安保”の名の下に奥泉おくいずみが課された極端な輸出入の制限を受けてから十年余、実の所ではそろそろ限界が近いだろう?そして俺の提案は相互利益ギブアンドテイクだ。奥泉おくいずみにとっても悪い話じゃ……」


 俺は”東奥とうおくの奸雄”の沈黙を肯定と受け取って予定通り交渉を進めようとしていた。


 「時に臨海りんかい王よ……あの白金プラチナの美女は……」


 だが、畳みかける機会とばかり俺が発する言葉を遮るように、日出衡ひでひらは満を持して口を開く。


 「……”魔眼まがんの姫”か?」


 ――っ!?


 俺の優位性はその一言で停滞した。


 「…………」


 「図星か?かははっ!ならばだ、この件は知っておるか?あざとき臨海りんかい王よ」


 「…………この……件」


 相手のペースに持ち込まれようとしていると知りつつも、俺はどうしても興味を隠せない。


 「そうだ。在る界隈で語り継がれる”魔眼まがんの姫”……その一人である序列五位、慈愛に満ちるあおき”瑠璃ラピスラズリの姫”が居所を……このわしが知っておるという事実だ」


 第九話「奥泉行路おうせんこうろ 参」END

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