第121話「奥泉行路 弐」(改訂版)

 第八話「奥泉行路おうせんこうろ 弐」


 部屋の手前と奥という位置取りで視線をぶつけ合う鈴原 最嘉オレと恐らくは……


 ――藤堂ふじどう 日出衡ひでひら


 「…………」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらよわい五十をうに越えると聞くが……


 「たけき者も遂には滅びぬ、おごれる人も久しからず」


 しっかり張り出したあごと角張った鼻筋、そして太く上がった眉とギョロリとした四角いまなこで上座から俺を見据える男は精気がみなぎり、とても年相応には見えない。


 ベベンッ!


 「たけき者も遂には滅びぬ!おごれる人も久しからず!」


 「…………」


 ベベベンッ!


 「なお、久しからずやっ!からずやっ!?」


 ――ちっ!


 この男、挨拶も済まさぬうちに早々に俺をはかるか?


 俺は相手の意図を察してあまり乗り気で無いものの一応、応じることにする。


 「なんの余興だ?東奥とうおく奸雄かんゆう、国家間の交渉を行うには少々趣味が過ぎるんじゃな……」


 ベベンッ!


 悪趣味の余興に返す俺の言葉を即座にかき消す弦音!


 「からずやっ!?」


 「…………」


 ――このハゲめ……


 俺と柄の悪い”琵琶法師もどき”は、その距離を満たす両脇の妖美な情婦達を挟んで睨み合う。


 ――ふぅ、だがこれじゃ埒が明かないなぁ


 禅問答の真似事のような出来の悪い演出に俺は渋々と折れて応じる事にする。


 すぅーと息を整え、そして応えた。


 「望月もちづきとていずれは欠けるだろう。一度ひとたびさくに陥ったとしても、未だつる時を諦めぬ者ならば……やがて弦月げんげつを経て再び望月もちづきへと至ることもあるだろうが、なぁ?」


 ”たけき者””おごれる人”とは俺か旺帝おうていか?


 それは後世へと至った歴史のみが知る事だが……


 俺は勿論こう応える。


 ――旺帝おうていという満月を砕くのは鈴原すずはら 最嘉さいかだ!


 その後、敗者が再び日の目を見ることがあるかは……


 それこそ”その者”次第であると。


 「…………」


 俺を試すように見据えていた酔狂人は……


 「考え無しで不相応に獅子に挑む蛮勇の蟻だと、丸切りの”うつけ者”というわけでも無しか」


 独りつぶやき、そして――


 ベベベンッ!!


 「ただ春の世の夢の如し、ひとえに風の前の塵に同じ……否や!興味深おもしろかな臨海りんかい王よ!」


 最後に景気よく弦を鳴らし、大きな口元を緩めて白い歯をニカッと剥き出した。


 「……」


 行き成り試されて俺は面白く無い……


 ――だが


 「改めてよくぞ参られた!!と言いたいが……貴殿は何用で来訪したか?臨海りんかい王よ。この奥泉おくいずみ旺帝おうてい領ぞっ!!」


 割と大柄な体躯。


 金糸銀糸を編み込んだ着物の上半身をはだけた禿げ男は、ばち此方こちらに向けて今度こそ真面まともに俺と言葉を交わそうとする。


 「…………」


 ――これが”藤堂ふじどう 日出衡ひでひら”……


 ――最強国”旺帝おうてい”さえ一目置く”奥泉おくいずみ奸雄かんゆう”か


 俺は薄暗く淫靡に調ととのえられた酒宴の酔狂人を見据え、未だ立っていた。


 「如何いかに?」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは不敵に笑いながら問いかける。


 ――ほんと問答の好きな親父だ


 俺は目前の人物に呆れながらも、れこそが此所ここ態々わざわざと足を運んだ本題であるならば答えねばならないと……頷いた。


 「ちょっとした取引だ。商売に”敵”も”かたき”も”蜂の頭”もないだろう?」


 「……ふっ……かははっ!」


 そして俺の言葉に藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは大口を開けて笑った。


 「取引?かははっ!身も蓋もない事をほざくな若造っ!……だが、儲け話ならば聞かぬでも無い、無いが……」


 そして握ったままのばちをチョイチョイと上下に小刻みに動かし、俺に座れと促す。


 ――ちっ


 ――何様だ、この禿げ親父……


 俺は立っていた入口付近から遠慮無くドスドスと四角いまなこの坊主が座する奥へと踏み込んで……


 「……」


 ――おぉ!おぉ!


 ――左右に並木の如き花を咲かせる女達の殺気立つこと、立つこと、ははは……


 非常の事態に備える華やかなる道中花達の瞳は遊女としては実に勇ましい。


 「……」


 俺はそんな刺々しい視線の中を平然と歩き、


 「……」


 またそれを見届ける禿げ親父も実に不貞不貞ふてぶてしいほどに余裕だ。


 ドスン!


 両脇に二人のしどけない衣装を纏った妖艶な美女達をはべらせて座る”東奥とうおく奸雄かんゆう


 そのの直前にて俺は雑に腰を下ろす。


 「旺帝本国うえから咎められないか心配か?藤堂ふじどう 日出衡ひでひら?それともまさか国家への忠義心だとでも言うかよ奸雄かんゆう?」


 「若造が言いよるわっ!」


 四角いまなこの禿げた男は琵琶びわを手にしたまま俺を見据える。


 「だがそんなモノは黙っておけば良いことだ。旺帝おうていだって奥泉おくいずみを信用しているとは言い難い扱いをしているではないか?」


 そして俺はそんな状況はお構いなしに続けた。


 ”若造”、”奸雄かんゆう”と初対面の元首同士がある意味”ざっくばらん”に応酬する奇特な状況。


 いいや!実の所は”ざっくばらん”では無く、本質は真逆で……


 腹の探り合いの真っ只中。


 口の悪さはお互いにそう言う手法に一致したからだろう。


 「それは理由にならんぞ、臨海りんかい王。貴様の国は現に旺帝おうていに戦を仕掛けているのだ!それを旺帝おうてい領土である我が奥泉おくいずみにその”王”本人が交渉などという前代未聞の命知らず、到底正気の沙汰とは……」


 「本当にそうか?藤堂ふじどう 日出衡ひでひら!」


 「…………」


 俺のあくまでも強気な言葉に奥泉おくいずみの支配者は黙る。


 ――そうだ、そもそも俺は勝算の無い行動はしない


 それは戦であっても外交であっても同様だ。


 当然ながら俺は事前に奥泉おくいずみとの取引材料になる様な情報を掴んでいるのだ。


 そして俺を即座に捕らえて旺帝おうてい本国に引き渡したり、又はあやめたりしないのは……


 奥泉おくいずみの現在置かれた苦しい状況が物語っている。


 ――つまり


 奥泉おくいずみ藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは窮しているのだ!!


 「若造……きさま……この藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの足元を見るか?」


 「それはお互い様だ、奸雄かんゆう。だからこその交渉だろう」


 ――だがその前に……


 「良かろう、臨海りんかいから命の危険を顧みず遠路遙々と足を運んだのだ。話ぐらいは聞いてやる度量はこの日出衡ひでひらも持ち合わせておる、が……先ずその前に」


 「ああ、その前に……必要なモノがあるな」


 俺は藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの威圧的でありながらも、どこか愉しそうな顔を真っ直ぐに見て応える。


 「かははっ!臨海りんかい王よ!貴様は若輩者にしては話が解るなっ!」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは豪快に笑い飛ばすと周りの女達に目配せした。


 ――ササッ


 「さぁ、臨海りんかい王様、先ずは一献」


 「お噂高き”王覇おうはの英雄”様を持て成させて頂けるなんて、光栄ですわ」


 直ぐに控えていた女達が俺の周りに群がり、そして酒や料理を勧めて来る。


 「先ずはゆるりと愉しめ臨海りんかい王。そうだな……十日ほどは供に酒池肉林に溺れようぞ。しかる後にわしが貴様を信用に値すると判断したならば改めて話を聞こうでは無いか」


 禿げ頭の男は脇に控える美女に注がせた酒をグビリとあおった。


 ――やはり一筋縄じゃいかないか?


 最初から解りきったことだったが。


 「……」


 俺は同じく注がれた酒を一気にあおり、そしてこう応える。


 「悪いがそんなに時間が無くてな。奥泉おくいずみには優柔不断をさせてやる余裕は無い!直ぐに決断を下して貰う」


 「っ!?」


 「り、臨海りんかい王様……それは!」


 ――ザワッ!


 俺の返答で途端にその場の空気は凍りつき、女達は一気に色を無くした。


 「……」


 そして正面の藤堂ふじどう 日出衡ひでひらが四角いまなこがぬらりと光った。


 ――俺を暫しとどめて……


 旺帝おうてい本国の動きを確かめる。


 その上で改めて我が臨海りんかいと密かに結ぶのが上策か、それともこのまま俺を本国に売り渡すのが上策か……


 俺が奸雄かんゆうの頭の中を看破し、更にその判断を待つ気が無いと断言したからだ。


 「ならば死だっ!!余裕が無い?即ちその時間とは貴様ら臨海軍よそものが我が旺帝おうてい領土を蹂躙する時間だろう!」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは手にしていた琵琶びわを捨て、両手でパンパンと手を叩く。


 ガラッ!


 「虎十郎こじゅうろう、おそばに……」


 途端に、俺が先程入って来た入口から独りの男が乱入する!


 「……」


 ――おいおい、男子禁制じゃなかったのか?


 俺は坐したまま、ほぼ視線だけで後方の男を推測した。


 ――クセのある黒髪を後頭部の旋毛つむじの位置で結わえた総髪


 ――身長は百八十は在るだろうか?


 ガッシリとした肩幅に背中に太刀を背負った男は、切れ長で吊り目。


 鼻筋は通り口元は真一文字に締まって……


 中々精悍な面魂つらだましいだ。


 「虎十郎こじゅうろう。この者を捕縛しろ、抵抗するようならば斬って構わん!」


 「……承知」


 主人の命令に頷いた男は、背負った刀の柄に手を沿わせて俺の背後から歩み寄る。


 「……」


 ――顎下がくかから首、胸元にかけて古傷があるな……


 衣服に半ば隠れてはいるが、見えている部分から察するに刀傷それは腰まで袈裟斬りに抜けているだろう。


 ――まず、古戦場の傷だろうが……


 治り具合から随分前のものみたいだが、見た感じその深さから死線を彷徨うほどのものだったろう。


 「客人、主命なれば無作法を許されよ」


 ――可成りの男だ


 ――可成り……手強い!


 俺を捕らえるため、場合によっては斬り捨てるために、


 直ぐ背後に立った男は刀を……


 「あの、日出衡ひでひら様。臨海りんかい王様のお連れの方々の準備が整われた様で……」


 ――!?


 ちょうどその瞬間!


 開け放たれたままの同じく入口付近にかしづいた女中の声が響く。


 ――おおっ、ナイスタイミング!


 俺は密かに握った拳を解き、正面の藤堂ふじどう 日出衡ひでひらを見る。


 「…………ふ、かはは……命拾いしたな、臨海りんかい王。一先ずは酒宴の続きだ」


 途端に禿げ親父から殺気は薄れ、そして手を上げて俺の背後に立った物騒な男に促す。


 「……はっ」


 ――チャキ!


 抜きかけた背中の刀を戻す男。


 「本当に運が良いな。虎十郎こじゅうろう戦場いくさばきっての手練れ五人であっても同時に相手を出来る程の強者つわもので在る故なぁ?」


 「……」


 成る程……藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの言い様は嘘ではないだろう。


 納刀と共に波が引く様に消えた威圧感。


 確かに希に見る強者つわものだろう。


 そのまま日出衡ひでひらの後ろに控えて立つ男を見やって俺は苦笑いする。


 「それで……取りあえず俺の話を聞く気にはなったのか?」


 俺の問いかけに”奥泉おくいずみ奸雄かんゆう”は答えた。


 「れはどうか……しかし」


 「しかし?」


 「取りあえずは”花”だっ!!貴様が持参せし臨海りんかい産の花が如何いかほどかっ!?我が奥泉おくいずみが誇るこの花々にどれ程健闘できようかっ!?吟味してやろうではないかっ!!」


 国家の行方より先ずは未だ見ぬ異国の花に興味津々って……


 ――どんだけ女好きなんだよっ!この禿げ親父!


 四角いまなこの禿げた親父は実に愉しみだという口調で笑っていたのだった。


 第八話「奥泉行路おうせんこうろ 弐」END

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