第120話「奥泉行路 壱」(改訂版)

 第七話「奥泉行路おうせんこうろ 壱」


 旧赤目あかめ領土内の最東端”那原なばる”を出発した鈴原 最嘉オレとその一行。


 護衛も含めた総勢十五人は隣接する独立小国家”見能みのう領”を通り、京極きょうごく 陽子はるこの治める新政・天都原あまつはら領土内”尾宇美おうみ領”、”香賀美かがみ領”と北上しあかつき海へと抜けた。


 ――その後、そのまま海岸線を東進……旺帝おうてい領土内に入った


 細心の注意を払いつつ旺帝おうてい領土”越籠こしご”経由にて、目的地である同じく旺帝おうてい領土”特別行政区、奥泉おくいずみ領土”へと至った。


 総行程日数は五日ほど……


 それは神反かんぞり 陽之亮ようのすけが率いる”闇刀やみかたな”が部隊、”花園警護隊ガーデンズ”の緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんとペオニア=カートライトが進言した内容の大凡おおよそ中間案であった。


 ――つまり


 結果的に俺は当初の予定よりも少々急いだのだ。


 その理由は……


 那古葉なごはを守る旺帝おうていの猛将”甘城あまぎ 寅保ともやす”が、志那野しなのの武将”木場きば 武春たけはる”に援軍要請の使者を送ったという情報を入手したからだ。


 甘城あまぎ 寅保ともやすが守護する那古葉なごは城は旺帝おうていでも最強の防御を誇る大要塞である。


 かつての南阿なんあが誇った”黒き鋼鉄の大蟹だいかい”、浮沈要塞”蟹甲楼かいこうろう”と並び称されるほどの城、”黄金のさかまた那古葉なごは城……


 難攻不落の巨城攻略だけでさえ困難だというのに、その那古葉なごは城が在る”境会さかえ”という地は、旺帝おうてい八竜の甘城あまぎ 寅保ともやすが守護をする地なのだ。


 其所そこに更に最強無敗の”咲き誇る武神”と称えられし木場きば 武春たけはるが参戦する……


 予測済みであったとは言え、この展開の早さは俺の予測の更に上を行っていた。


 「ちっ、紗句遮允シャクシャインの奴……サボりやがって」


 俺は独りごちた。


 ”あかつき”最北の海に浮かぶ島、北来ほらい――


 その地を制覇した”可夢偉かむい”連合部族王、紗句遮允シャクシャインは、あかつき最大の勢力を誇る旺帝おうてい軍の侵攻に対し北の地を一歩も踏ませぬ戦術と統率力を備える群を抜いた傑物だ。


 の辺境部族王の将才は有能なる人材を多数抱える強大国”旺帝おうてい”にして”王狼おうろう”と呼ばしめる程である。


 それ故に北の備えを一瞬たりとも怠れない旺帝おうていとしては、可夢偉かむい連合部族国の備えとして軍部の要で在り、北方の最前線を支える後方支援地である志那野しなの領領主の木場きば 武春たけはるを軽々に動かせないだろうと……


 そう俺は踏んでいたのだ。


 ――百戦錬磨の”魔人”伊武いぶ 兵衛ひょうえが亡き後、最強無敗”咲き誇る武神”と称えられし木場きば 武春たけはるをこんなにも易々やすやすと動かすとは……


 「あと数週間は猶予があると思ってたんだけどなぁ……」


 それは”鈴原 最嘉オレ”にとって結構な誤算であった。


 ――


 「御館おやかた様。ただいま磐猪川いわいかわから使者が戻り、藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは会談に応じるとの事でございます」


 待つこと暫し――


 少し離れた場所で、眼だけを出した白装束の臨海りんかい兵士と話していた”花園警護隊ガーデンズ”の筆頭、緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんが思案中の俺の元に駆け寄り、その場にかしづいてそう伝えてくる。


 「そうか、大義だった」


 彼女の報告に短く答えた俺の視線は離れた位置でかしづいた状態の白装束に、


 そしてその白装束は深く頭を下げ直ぐにその場から消えた。


 白装束の臨海りんかい兵士、


 この案件にあたって先に奥泉おくいずみに潜入し、下準備に尽力した臨海りんかい軍特務諜報部隊……


 通称“蜻蛉かげろう”の手の者である。


 ――さすが花房はなふさ 清奈せなの直属だ、蜻蛉かげろう闇刀やみかたなにも引けを取らない部隊だな


 俺は熟々つくづく花房はなふさ 清奈せな神反かんぞり 陽之亮ようのすけの存在価値に頷かされる。


 「御館おやかた様……」


 「ああ、そうだな、一時でも時は惜しい。直ぐに藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの居城に向かうか」


 俺は緋沙樹ひさき 牡丹ぼたんにそう言うと、磐猪川いわいかわに在る奥泉おくいずみの領都、そして藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの居城に向けて進発を促した。


 「はい!此所ここから磐猪川いわいかわの”金色こんじき御殿”は大凡おおよそ半日の距離です。その間に奥様方にも準備をして頂きますか?」


 「…………」


 ”金色こんじき御殿”とは奥泉おくいずみの領都、磐猪川いわいかわに在る藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの居城を指し示す俗称で、建造物の全てに黄金を使用しているとうたわれるほどの豪勢な城らしい。


 そして問題の”奥様方”の準備とは――


 「御館おやかた様?」


 「あ、ああ……そうだな」


 俺は歯切れ悪く頷く。


 「宮郷みやざと 弥代やしろと……鈴原すずはら 真琴まことに準備をさせておけ」


 ――そうだ……


 この奥泉おくいずみへの極秘訪問に……


 俺の腹心であるところの鈴原すずはら 真琴まことが参加することになったのだ。


 直前に、強引に……


 しかも俺の側女そばめ役として。


 「……」


 それを俺が断れなかった理由は……


 ――まぁ……色々とだけ言っておこう


 「と、かく!この先は正念場だ。表向きは表敬訪問としているが、その実は戦だ!相手は”奥泉おくいずみ十七万騎”のあるじにして悪評高い比類無い好色漢の奸雄かんゆう、一瞬たりとも油断は禁物だ!」


 俺は気持ちを引き締め直し、全体にそう告げて馬を出したのだった。


 ――

 ―


 ――北の果ての王国に”黄金郷”在りなん


 ――文化の都、権威の都、あかつきに都は多々在れど、


 ――花と黄金に浸りし都は他にあら


 ――”極楽浄土”は天上に在らず


 ――旭光きょっこう


 ――或いは黄昏たそがれ


 ――繁栄と快楽にまみれし始まりと終わりの都成り


 ――と、


 「うたわれる通りの悪趣味だなぁ……」


 最初に度肝を抜かれたのは、やはりこの黄金を塗りたくった大層な御殿だろう。


 俺たちが見上げるのは、藤堂ふじどう 日出衡ひでひらが治める奥泉おくいずみ領の居城、泉尊夷せんそんい大寺院だ。


 未だ旺帝おうてい燐堂りんどう家が天都原あまつはら家臣で在った頃に――


 あかつき本州の北方未開地に点在した夷狄いてき討伐の勅命を受けた燐堂りんどう 珠生たまきが異部族の尽くを平定し、帰順させたという。


 そしてその地を無事治めるため、大量の死者を出した戦いの遺恨を残さぬよう、異部族の屍を一箇所に集めて弔ったのが泉尊夷せんそんい大寺院建立のあらましだという。


 時は流れ――


 燐堂りんどう家が率いる旺帝おうていは中央政府たる天都原あまつはらから独立し、あかつき東部に巨大な勢力圏を築いた。


 そして更に時は進み、”奥泉おくいずみ”は旺帝おうてい勢力内で独立した自治を認めさせた。


 その特別行政区の中心地に定められたのは東奥とうおく部族の鎮魂の象徴、泉尊夷せんそんい大寺院だ。


 それは奥泉おくいずみ領、現在の支配者たる藤堂ふじどう 日出衡ひでひらが居城を示す。


 金、銀の鉱山を擁する地の利と、何代にも及ぶ執拗な蓄財をつぎ込んで姿を変貌させた黄金郷エルドラド……


 殆どの民衆はれを”泉尊夷大寺院せいしきめいしょう”で無く、俗称の”金色こんじき御殿”と呼ぶ。


 「……」


 柱、床、調度品に至るまで金箔、銀箔の大サービス……


 最奥の部屋まで案内された俺は、その桁違いな税金の無駄遣いぶりに辟易していた。


 「此方こちらでございます」


 案内役の女に先導されて長い廊下を歩く鈴原 最嘉よそもの


 到着時に供の者達は別室に控えるよう要請された。


 そして真琴まこと弥代やしろは御殿の一部屋を借りて準備を整えたいという此方こちらの申し出が許可され、俺が向かう場所へは少し遅れてくる予定だった。


 だから現在いまは俺のみが、奥座敷に案内されていたのだ。


 ”金色こんじき御殿”の最奥の部屋が在るその場所は、奥泉おくいずみでも主たる藤堂ふじどう 日出衡ひでひら以外の男は禁制の場所で尚且なおかつ武器の一切は持ち込み禁止だと、俺も刀類は全て取り上げられたのだった。


 ――敵地のど真ん中、”小烏丸あいぼう”が無いのは少々心許ない気がしないでもない


 「この先は地上にして地上にあらず、現世の浄土なれば世情のけがれは無粋でございます」


 そう説明する女の言葉に一応は納得したのだが……。


 ――まぁ、言い方は回りくどいが何が言いたいかというと


 ”この先は男女が睦む”後宮ハーレム”だから無粋は止めてね”


 ”裸の付き合いをして、腹を割って話そうじゃ無いか!”


 という――


 ”藤堂ふじどう 日出衡ひでひら”流の申し出だろうから、会見を申し込んだ臨海こちらとしては異を唱えるのはお門違いだろう。


 「では臨海りんかい王様、奥泉おくいずみの夜をごゆるりとお愉しみ下さい」


 目的地に到着した後、案内役の女は頭を下げると――


 扉前を守護する二人の武装した女性兵士に開場を命じた。


 ガララ――


 豪奢な引き戸が左右から同時に引き開けられて……


 ――っ!


 一瞬、ムワッと思わずせてしまうくらいの甘味的な香料とさがくすぐるかの如き淫靡な薫りが廊下に流れ出て俺を圧倒する!


 「……」


 入口から縦長に広がる五十畳以上はある部屋。


 部屋の両端に正座にて頭を深く下げた女達がズラリと並ぶ光景は中々圧巻だ。


 「……!」


 その最奥部正面に鎮座する人物。


 ――ベベン!


 此所ここから確認するに、年の割にわりと引き締まった肉体の男はどうやら上半身の着物をはだけた半裸で……


 ――ベベベン!


 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」


 年代物らしき琵琶びわを爪弾いていた。


 「…………」


 男の両脇には左右に二人づつ、しどけない衣装の妖艶な美女達。


 「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす……おごれる人も久しからず」


 ギロリ!


 女達をはべらせた剃髪の男は、ここに来てゆっくりと入口の俺を見た。


 第七話「奥泉行路おうせんこうろ 壱」END

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