第117話「賭場と剃刀」後編(改訂版)
第四話「賭場と剃刀」後編
「若様は十四でしたか?見た感じ、どうやら未だ
切れ長の眼をした色白い優男は、屋敷の中央にドッカリと腰を下ろしたままで、左右に
「かっ……かか……」
「ん?」
その優男は余裕のある表情を浮かべたまま、スッと視線を動かして私の方を見る。
「かかっ!
――その時の行動を私は覚えていないっ!!
「う、うわっ!」
ガキィィン!
――その瞬間の出来事をっ!
私は腰の後ろに携えた二本の特殊短剣から咄嗟に”前鬼”を引き抜いて、
そして思い切り斬りつけていたのだ!!
――抱く!?
――その
――私の
けれど……
ギギ、ギリリッ
怒りにまかせた私の”前鬼”は辛うじて受け止められていた!
「よ、
咄嗟に優男を庇った左脇の女は、
ギギッ……
腰を抜かしたかのように目前で押し合う刃を眺める優男を庇いながら、女は刃を払うため、更に前に出ようとするが……
――ちっ!小賢しいのよ!
「っ!?」
私はそれを一瞬の脱力で誘い受けて相手の力を逃がし、
ドガッ!
「かはっ!」
前のめりに体勢の崩れた相手の首元を、すれ違い様に肘で叩き落とす!
ドサリ
女は床に張り付いて正体を無くし、
私はそのまま手にした”前鬼”で今度こそ優男の首を――
「っ!」
今度は、私の刃の前にまたもその男を庇う丸腰の女の姿があった。
「……」
唯、両手を広げて刃を阻む一人の女。
――死を賭した瞳
見た目から先ほどの女と違い”武”を
「……」
――ちっ、なんでこんな屑男にそこまで……
その女の瞳はまさしく死を賭して主人を護る”武人”のそれであった。
「確か”
こんな屑男には勿体ない。
一応、私は忠告してみるが、
「ご随意に。けれどそれは貴女様の一存ではないですか?」
――素人のくせに……
思ったより生意気な返事が返ってくる。
武術素人の女が!
屑でたらしの優男が
正論を吐いて私の行動を咎めようとしてくる。
「違いますか?」
言葉の中身とは裏腹に、震える白くて細い手を大の字に……
「……そう」
でも私は二度目は躊躇しないっ!
――っ!
私の刃を握る手に再び力が籠もろうとした瞬間だった――
「わ、若さまぁぁっ!!」
女を盾に、その後ろに居る腰抜けが、情けない声を張り上げたのだ。
「……
それを受けて
「で、ですが!?我が君!!」
もちろん私は納得がいかない。
「俺が負けなけりゃ良い話だ。
「うぅ……い、いえ」
――
そういう言い方をされたら私はもう引き下がるしかない。
「…………」
ゆっくりと、女の後ろから情けない
私は”前鬼”を腰の鞘に納めて、渋々と再び
「い、いやぁ……
優男は大げさに冷や汗を拭う仕草を見せつけながらそう言い、自身の前で緊張から固まったままの
そして、気を失って床に倒れたままの女は他の女達に指示して連れて行かせた。
「別にぃ、それより勝負の方法は?」
一応の後始末を見届けた後で、
「ははは、若いのにとんだ”喰わせ者”だなぁ……まぁいい、しっかりと
――っ!
なんと言うことだ。
この無礼者は!!考えるのも
――
つまり、この屑男はあわよくば……
次々代の当主後見人という
その権力を背景に贅沢三昧、やりたい放題しようと画策しているというのだ!!
「……」
そしてその発言には――
私だけでなく、隣の
――それは、
私だって許されるなら今すぐにでもこの無礼者を真っ二つにしたい!
「なら始めるか?さっさと準備しろよ”馬車馬”」
「承知……と言いたいが、それは非道い呼び名だなぁ」
そしてその全ての意図を余裕で聞き流してなおの我が君が言葉に、
無礼者は苦笑いを返しながら女達に用意をさせる。
――
―
「……ぬっ……むむ」
「……」
「ぬぬぬ……」
「唸ってないで早くしろよ”馬車馬”」
そしてその中央には四角い遊戯の盤面と幾つもの駒達が置かれていた。
「うぬぬぬ!」
「だ・か・らぁ、サッサと……」
そう、無礼な優男が指定した賭けの方法は――
――”ロイ・デ・シュヴァリエ”だったのだ!
よりにもよって”
ロイ・デ・シュヴァリエとは……
二つの陣営に別れた白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う定番の盤面
わりかし一般にも普及された
私には”それ”が意外だった。
――何でも指定できる条件なのに、こんな公正な条件を選択するなんて……
「うぅーん、ちょっと今の……”まった”出来ない?」
「真剣勝負だ、あるわけないだろうが!諦めろよ”馬車馬”」
勿論、わざわざ指定するくらいだから、
――こういう頭脳戦で”私の
「く……うう……んんっ!」
「よっと、これで”
――おおぉぉぉぉーー!!
――すげぇ!小僧、最速で決めやがったっ!!
「当然よ」
「当然だ」
それを主君の後ろに控えて静観していた私と
こうして――
大袈裟な雰囲気で始まった大勝負はいともアッサリと決着したのだ。
「俺の勝ちだな、
「……」
「で、どうする?
「……」
けれど、
――スッ
無言のまま静かに立ち上がり、
「貴公!?」
その往生際の悪さに対して、引き留める
「負けたクセに逃げるの!?卑怯者っ!!」
「方々、お待ちください」
私達二人の前には先刻、私の前に立ちはだかった
「
そして商売女とは思えぬほどの美しい姿勢で正座をすると、深く深く頭を下げる。
「そうはいかぬ、目前で易々と……」
「何を勝手なことをっ!!今までの態度を見ればそんな与太話信じられるわけがないでしょ!」
当然私達はそんな言葉を真に受ける訳も無い。
「
「うるさい
未だ頭を下げたままの女を置いて私は屑男の後を追おうとする!
「
――っ!?
でも、女を押しのけて男の後を追おうとした私と
「で、ですが……」
振り返り、我が君の真意を問う私に……
「待とう……俺は”
私は……
「はい…………我が君」
そのままその場で
「……」
――もしあの優男が我が君のお心を裏切るようなことが有るならば……
――地の果てまでも追い詰めて必ず報いをくれてやるっ!!
そういう誓いを胸に。
――
―
「改めまして……
「……」
「……」
私と
正直、面食らっていた。
「赦されるなら
儀式に出席する様なキッチリとした身なり。
長い髪も綺麗に整え後ろで
この優男が元来持つ端整な顔立ちと別人の様な柔らかい所作は――
この人物の身分と見識の高さを現しているようだ。
「……」
こうして改めて見ると、確かに整った容姿で女ウケするのも理解できる
――私はそうでもないけど……
きっと他の女達からみれば実に良い男ぶりなのだろう。
「で?
「はっ!非才のみなれど……
先ほどとは一転、
「
後ろに控えていた
「そうでもないさ……
――わざと?
我が君の後ろに控える私には初耳だ。
そんな事を何故、この男が?
「見た目に翻弄され、呆れて帰るようなら我が主君の資格無し……とはいえ、私はいつ何時も酒も女も
――こ、この優男……
私は絶句する。
私如きには量れないこの男の偉才を、
――さすが私の
後ろから主君を見詰める私の瞳と頬は熱を帯びて……
「っ……」
それを我が君に気づかれて不真面目だと思われてはと、慌てて視線を
ドシャ!
そんな中、
「……」
中身は金塊だ。
額は――
大体、小国の国家予算二月分は用意してあった。
「取りあえずで、それ以外にその十倍ほどはある。当主では無い俺に用意できる軍資金はこの程度だが……これで
資金が潤沢でも、この潜入工作は非常に困難で……
だけど、それでもこの
「我が主よ、お任せ下さい。得意分野なれば……おおっと、一番ですよ?”
「……」
一応は見直したけど……
どうやらこの優男の性格と軽口は生まれ付いたものみたいだった。
――
―
「…………」
休暇中の”
そう、なんとなく……
そんな過ぎ去りし日を思いだしていた。
「……ふぅ」
――なんとなく?
いいえ……違う。
――その”
今更、こんなことを思いだしていたんだと思う。
「…………駄目だ、私」
――あの戦いで私は……
――焦って、想いばかりが先行して……
「……」
それに比べて今回も……
あの人の率いる”
――
彼と彼の統率する部隊は、毎回毎回、我が
――そうだ!だからこそ……
「うぅ……」
――それに比べて
結局、その後お暇を言い渡された私は、
そして、この保養地の別荘にて時間と気持ちを持て余していたのだ。
「…………ほんとうにだめだぁ、わたしぃ」
――
「
――?
そんな涙目で”抜け殻”真っ只中の私を、使用人の声が目覚めさせる。
「客……だれ?」
思わず条件反射にそう聞いた私にその使用人はこう答えたのだ。
「”
第四話「賭場と剃刀」後編 END
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