第116話「白金姫の焦燥」(改訂版)

 第三話「白金プラチナ姫の焦燥」


 旺帝おうてい領”那古葉なごは”は東の最強国にとって領土の西側を支える最重要拠点である。


 同じく旺帝おうてい領最西端に位置していた嘗ての旺帝おうてい領”香賀美かがみ領”と並ぶほど屈指の商業都市であって、”香賀美かがみ”が本州北のあかつき海に面する海上交易盛んな都市なれば、”那古葉なごは”は本州南側の太平おおだいら海を舞台に交易で栄える大都市だった。


 そして”那古葉なごは”は――


 大要塞とも呼ぶべき巨城、那古葉なごは城を擁する事でも察せられる様に、東の最強国である旺帝おうていが西の大国である天都原あまつはらを筆頭とする敵対国達を牽制する最重要軍事拠点でもあることは周知であった。


 例えば、”蟹甲楼かいこうろう”なる偉築物は、かつて存在した最強海洋国家、南阿なんあが誇りし小幅轟おのごう島の海上大要塞……


 荒波の最中に天を貫くが如くそそり立つ黒き鋼鉄の壁!


 堅き黒甲羅をまと大蟹だいかい、”蟹甲楼かいこうろう”!


 その化物と並び立つ地上の大要塞がこの地の”那古葉なごは城”で間違い無いとうたわれる!


 ――方や海の”黒き鋼鉄の大蟹だいかい蟹甲楼かいこうろう


 ――方や陸の”黄金のさかまた那古葉なごは城”


 この二物に世の誰もが共通させられる認識は……


 真に”難攻不落”!!


 この一言のみだ。


 ――

 ―


 その那古葉なごは領の領都である”境会さかえ”から離れること数十キロメートル西の地、”真隅田ますみだ”の城にてある軍議が行われていた――


 「はいはい、確かにここまでは順調ですよ?ええ、順調ですとも!けど、ここから先は旺帝おうていも完全本気モードですし、境会さかえには名高き旺帝おうてい八竜の甘城あまぎ 寅保ともやすが居ますしねえ!あ、あと……なにより攻略対象はあの”那古葉なごは城”ですよ!?この先はそう簡単には……」


 眼鏡をかけた、少し小太りした青年が唾を飛ばして必死に主張する。


 「それもそうだが……境会さかえを攻略しないことには那古葉なごは領の制圧は完了しないだろう?どちらにしてもだ、そろそろ動かない訳にはいかないんじゃないか?ええと……ウチワ君?」


 眼鏡をかけた小太り青年に反論したのはこれまた眼鏡をかけた中々容姿の整った青年。


 ただ此方こちらの眼鏡はどうも伊達らしく、また右側の瞳が微妙に不自然な光りを放っていた。


 「……」


 ”良く出来て”はいるが……


 その青年の右目は義眼であり、間近で観察すると義眼の目尻には小さい傷もある。


 「だろ?ウチワ君」


 右目が義眼である青年の名は”穂邑ほむら はがね


 もとは東の最強国”旺帝おうてい”の人間ではあるが、現在の旺帝おうてい王”燐堂りんどう 天成あまなり”にではなく……


 新しく”正統・旺帝おうてい”を名乗る国家元首、”燐堂りんどう 雅彌みやび”姫に仕える将軍だ。


 「確かにそうですがねぇ、穂邑ほむらさん。僕としては時期尚早だと思うんですよ。もっとこう、万全な準備を整えて…………って!あと、僕は”ウチワ”でなく内谷うちや!だれが夏の送風具ですか!?」


 自身の名を訂正した眼鏡で小太りの青年は、大テーブル上に広げた那古葉なごは領地図の上へと木製の駒を複数個、サッサと忙しく器用に動かして、そして戦の陣容を提示してみせる。


 「……ううん、というか確かに手堅いが……これだと開戦までの用意に三ヶ月はかかるんじゃないか?」


 「……」


 「う!?……ま、まぁ……それだけあの城は強固で、攻略は難しいってことで……」


 穂邑ほむら はがねの指摘に内谷うちやは一瞬ギクリとした表情を見せた後、額の脂汗を拭って明後日の方向を向く。


 ――難攻不落の”那古葉なごは城”攻略……


 この小太り男は暗にそれは不可能であり、ここは諦めて撤退をと言っているのだ。


 「ええと、つまりですねぇ、ここは鈴原すずはら君の援軍を待って、後はそちらに任せるっていうか……」


 「おいおい、それは……」


 バンッ!


 その場にテーブルを激しく叩く音が響く!


 それは内谷うちやの消極的な作戦に呆れた”正統・旺帝おうてい”の穂邑ほむら はがねが反応したので無く……


 「ウッチー?問題外!別の作戦!!」


 作戦テーブルを叩いて立ち上がったのは――


 「う……く、久井瀬くいぜさん」


 おどおどとした様子でその声の主に視線を送る内谷うちや


 「別の!」


 それを受けるのは先ほどまで二人のやり取りを黙って聞いていた少女、少しばかり表情乏しいが抜群に整った容姿の美少女である。


 「け、けど……やっぱ危険だし……」


 少女の険のある視線を受けながらも逃げ腰で怖ず怖ずと立ち上がる小太り青年。


 バンッ!


 「うひっ!」


 美少女は、あわよくばそのまま作戦会議場を後にしようとする内谷うちやに対しさらにテーブルを叩いて威嚇する。


 「……」


 抜きん出た美貌を所持するも、表情乏しいのが玉に瑕な美少女も、今回ばかりはそのリアクションからご機嫌麗しくないのは確かだった。


 「く、久井瀬くいぜさん」


 白磁のようなきめ細かい白い肌。


 整った輪郭に、それに応じる以上の美しい目鼻パーツ、白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。


 そして特筆するべきはその双瞳ひとみ……


 プラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳……


 それはまさに幾万の星の大河の双瞳ひとみだった。


 「隊長命令!ウッチー!」


 その至宝の双瞳ひとみで突き刺すように、部下である小太り青年を追い立てる。


 白金プラチナの軽装鎧を身にまとった紛れもない美少女の名は久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろだ。


 「”さいか”が言ってたわ、作戦面はウッチーに任せておけば取りあえずオッケーだって」


 「う……す、鈴原すずはら君が?」


 その久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが率いる臨海りんかい軍、那古葉なごは攻略部隊の副官を務めるのが、この眼鏡で小太りの青年……内谷うちや 高史たかふみだった。


 彼は”近代国家世界”では臨海りんかい高校三年で、鈴原すずはら 最嘉さいか久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの同級生であり、この”戦国世界”では最近まで”元軍人”であった。


 「ウッチー!」


 「う……はい」


 つまり、既に除隊していたのをつい二ヶ月程前に鈴原すずはら 最嘉さいかの強引な手法で軍復帰させられた不幸な男である。


 「俺からも頼むよ、ウッチー。那古葉なごは制圧は俺達、正統・旺帝おうていの絶対条件だからな」


 「いやいや!穂邑 鋼アンタさんに”ウッチー”呼ばれる筋合いは無いっしょ!」


 不服そうにそうツッコミながらも、ウッチーこと内谷うちや 高史たかふみは頭を抱え再び作戦テーブルの席に腰を下ろす。


 「なんでこんなことに……だいたい僕は……うう……あれがこうなって……それで……」


 グチグチと泣き言を言いながらも作戦図と格闘を始める内谷うちや 高史たかふみ


 そしてそれを確認した臨海りんかい軍指揮官の久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろと正統・旺帝おうてい軍指揮官、穂邑ほむら はがねは打ち合わせを続けるのだった。


 ――

 ―


 ――この状況から遡ること二ヶ月とちょっと前のこと


 大きな時系列では、天都原あまつはらで勃発した”尾宇美おうみ城大包囲網戦”の後、臨海りんかい領内での赤目あかめ反乱鎮圧直後の話になる。


 「ウッチーなら問題無いだろ?雪白ゆきしろの副官として丁度いい」


 長州門ながすどと共闘して七峰しちほう領土内”坂居湊さかいみなと”攻略へと進発する前に、


 俺は並行して進めていた軍事作戦、正統・旺帝おうていとの旺帝おうてい領”那古葉なごは”攻略作戦の部隊編成を旧赤目あかめ領にある小津おづ城にて進めていた。


 「”内谷うちや 高史たかふみ”ですか?確かに才能は認めますが、軍人としては慎重に期過ぎ、精気の無さも顕著でありますし少々適正に欠けるかと……」


 側近である宗三むねみつ いちは俺の提案にそう返す。


 「ウッチーはやる気無しで超堅実だからなぁ」


 「では、やはり別の人選を……」


 「けど有能だ」


 その言には同意しつつも俺は意思を変えない。


 「……」


 呟いた俺の言葉にいちが無言を返す。


 「最嘉さいか様の中ではもう決められている事なのですね」


 特に不満無く納得した顔でそう言ういち


 「ていうか、なぁ?もう既に軍に復帰させた」


 「っ!?」


 さらに俺はアッサリとそう続ける。


 これには流石の宗三むねみつ いちも少し呆れた様な顔をしたが、再び俺に問う。


 「そういう事ならば……しかし、よくもあの”面倒くさがりな臆病者が”それ”を承諾したものですね」


 「…………」


 ――おいおい、いちさんや


 もうちょっとオブラートに……


 というか、悲しくもその表現がピッタリなのがウッチーのチャームポイントだ。


 「それはな……”美女と長時間過ごせてハラハラドキドキの高給バイト!”があるって釣り上げてだな、実は軍の仕事だと分かって後でグダグダ言う奴に、それじゃあと……強引に賭け事に持ち込んで無理矢理了承させたってわけだ」


 「…………」


 俺の回答にいちは無言で頭を抱える。


 「どうしたいち?別に俺は奴に対して嘘は言ってないし賭けも真っ当な……」


 そうだ、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは正真正銘”超美少女”だし、戦場はハラハラドキドキの連続だ!


 「…………賭けには何を用いて?」


 盗人猛々しく主張する俺に、いちは半ばあきらめ顔にて溜息交じりに聞いてくる。


 「ああ?言っただろ?真っ当な方法……”五分ごぶ”の条件だって」


 そう、著しく優劣の差があるものでは賭けとは言えない。


 俺の言葉に宗三むねみつ いちは直ぐにピンときたようだった。


 「ロイ・デ・シュヴァリエ……ですか」


 ――ロイ・デ・シュヴァリエ


 それは二つの陣営に別れた白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う盤面遊戯ゲームだ。


 縦十六マス、横十六マスの戦場で、ロワ騎士シュヴァリエ槍兵ランス弓兵アルク斥候エスピオン歩兵ファンタサン市民ナシオン という七種類の駒を操り、基本的にはロワを討ち取るのが最終目的である。


 簡単に言うと、白陣営ブラン黒陣営ノワルに別れたチェスのような駒取りゲームだが、色々なルールが加味されてより複雑且つ実戦重視で戦略的に仕上がっているせいか、この世界では一般市民から指揮官、将軍、王侯貴族まで広く普及していた。


 そして俺は、この戦略遊戯シミュレーションでは天都原あまつはらの天才、無垢なる深淵ダーク・ビューティーの”京極きょうごく 陽子はるこ”嬢以外には負けたことが無いのだ。


 ――とはいえ……


 くだんの”内谷うちや 高史たかふみ”とは比較的良い勝負をする。


 というか、我が臨海りんかいに於いて鈴原 最嘉オレに匹敵するのは内谷 高史ヤツぐらいなのだ。


 「まぁ……最嘉さいか様が既にお決めになった事ならば私がとやかく言うことでは無いですが、那古葉なごは攻略は決して失敗の許されない戦です」


 そして切り替えた宗三むねみつ いちが向ける真剣な瞳に対して俺はニヤリと笑ったのだった。


 「だから……”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ”と”内谷うちや 高史たかふみ”の組み合わせなんだよ」


 ――


 再び時は進み、場所は那古葉なごは領都”境会さかえ”から数十キロメートル西の地にある臨海勢力下の真隅田ますみだ城に戻る――


 「わ、わかりましたって……うう……一応、那古葉なごは城に対峙するまでは御膳立て出来るかなぁとは思うんだけど……けど、やっぱりあの城はなぁ……」


 暫し作戦図と睨めっこし、軍部隊を象った駒をあーでもないこーでもないと不気味な独り言と共に動かしていた内谷うちや 高史たかふみは、やがて視線を上げてから……


 共同軍事作戦遂行中の同盟国である”独眼竜”と、自陣営の上官である”白金プラチナの騎士姫”に訴える。


 「……」


 「……」


 そしてそれを受け――


 二人の将軍は無言ながら同時に小さく頷いた。


 流石はすずはら 最嘉さいかに見込まれた逸材、内谷うちや 高史たかふみ


 無理難題を押しつけられ、イヤイヤに対応策を模索していた割には迅速で優秀な対応だ。


 「そうだな、とりあえずはそれで上出来とするか」


 ”独眼竜”穂邑ほむら はがねは立ち上がり、


 「……」


 ”白金プラチナの騎士姫”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろも同様に席を立つ。


 「だったら直ぐに取りかかるから、穂邑ほむらもウッチーも準備をして」


 そして雪白ゆきしろは素っ気なく言うと、足早にその場を退出して行く。


 「…………」


 「なんだか忙しないな?臨海そっちの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”殿は」


 穂邑ほむら はがねの感想に内谷うちや 高史たかふみは、あからさまに”はぁっ”と溜息を吐いてから作戦テーブルに”ぐでっ”と突っ伏した。


 「色々とあるんスよ、多分……てか、ほんっと!鈴原すずはら君は超超可愛い達にモテモテでぇーー羨ましいなぁぁーー!!」


 ――

 ―


 一方、真隅田ますみだ城の会議室を出た白金プラチナの騎士姫は……


 「…………」


 独り硬い表情、愛らしい桜色の唇を引き締めて歩いていた。


 「まだ……まだ、那古葉なごは城を落とさないと、さいかには……」


 腰に装備した精巧な飾り細工の施された、白漆の鞘が艶っぽく輝く見目麗しき純白の佳人……


 本人も意識してないだろう彼女は、愛刀”白鷺しらさぎ”の柄をグッと握っていた。


 ――旺帝おうてい領、那古葉なごは攻略に入ってから真隅田ますみだ瀬陶せとう安成あんじょう


 瞬く間に各地を制圧した臨海りんかいと正統・旺帝おうてい連合軍の快進撃は続く。


 「……」


 だがそれでも、臨海りんかい軍司令官、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろはそれでも足りないと先を急いでいた。


 「……」


 今まで見せたことの無い彼女の焦り……


 今まで皆無だった手柄への執着……


 臨海りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”と畏怖される白金プラチナの騎士姫が澄んだ”星の大河の双瞳ひとみ”には、


 「……ぜったいに……わたしが落とすから……」


 最早、那古葉なごは領都”境会さかえ”にそびえ立つ巨城攻略しか入っていなかった。


 「わたしが一番役に立つの……さいかの……」


 幾度も幾度も当然の如く戦場そこに立ち、


 当然の如く死線それを乗り越えてきた少女の存在シルエットは、


 此度だけは――


 「ぜったいに……」


 過去いままでに無い”危うさ”であった。


 第三話「白金プラチナ姫の焦燥」 END

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