第106話「情の深い独裁者」後編(改訂版)

 第六十六話「情の深い独裁者」後編


 ジャキッ!


 妹ともいえる存在の少女が懇願を無視して、事を進める”鈴原 最嘉と宗三 壱おれたち”。


 全うしたと、微塵も揺るがぬ決意でつくばいちに俺は刃を振り上げ……


 振り上げ……


 ――


 「磯の上に……」


 ――っ!!


 小さく呟いた俺の言葉に、鈴原すずはら 真琴まことは……


 彼女だけは……


 俺は頭上で小烏丸こがらすまるの欠けた刀刃を制止させていた。


 「磯の上に……ふる馬酔木あせび手折たおらめど、見すべき君がありと言わなくに……」


 そして独り呟く。


 ――何を手に入れても……


 俺の視界には目の前で裁きを待ついちと、それを見守る真琴まことの姿。


 ……そうだ。


 ――それを一緒に分かち合える相手がいないと意味が無い



 「さい……か……さま……」


 蒼白な顔になっていた少女の胸元に宛てられていた右手は、その時、キュッと強く握りしめられていた。


 ――俺はそういう”在り方”を選んだんだ!



 「もう一度だけ言う、お前が決行した策をお前自身の口で話せ」


 俺はそのままの体勢で今一度問う。


 「その質問には既にお答えしたはずっ!!最嘉さいか様!処断を!早々に……」


 案の定、馬鹿な男からは想定内の返事が返って……


 「そうか、実際に反乱軍の陣容を見て”囮”を用いた策が有効と判断した訳だな、」


 俺はそれに用意した応えを返す。


 「!?」


 「そうかそうか……現場指揮官として臨機応変な対応は認めるが、だが、かといって俺に無断での独断専行は明確な命令違反だ!如何いかに混乱渦中の戦場であっても例外は許されない、俺の側近たるお前でも相応の罰を受けてもらうぞ」


 三文芝居とも言える応えを返す。


 「な……なにを?……ですから……」


 間抜け顔で俺を見上げる宗三むねみつ いち


 何故なら俺が聞く耳を持たないから、

 いや、それどころかいちの返答を堂々と捏造して話を進めるから。


 「…………」


 「せ、せんせい?」


 その様子を見守る雪白ゆきしろと、呆気にとられる咲季さき


 そして……


 「……さいか……さま」


 俺にすがる視線を向けていた少女は、胸の前で握った白い拳をそのままに、瞳を閉じる


 「最嘉さいか様っ!私は謀叛を……」


 俺は足元からの、あくまでも自死を促すクソ真面目男の声に”はぁ”と、心底呆れた溜息を漏らした。


 「ばぁか、そもそもこんな”折れた刀ガラクタ”じゃ斬れるわけないだろうが?」


 そしてそう茶化して、半分程になった刀身をつくばる男の不満顔に突きつける。


 「なっ!?それなら刀を替えて……」


 「だ・か・らぁっ!」


 グイッ!


 「くっ!?」


 俺はいちの言葉の完結を待たずに、哀れな姿に成り果てた小烏丸こがらすまるの折れた先を更に男の鼻先に寄せた。


 「俺は”昊天こうてんへと至る希望の鴻鵠こうこく”だったか?……なら、俺の邪魔するなよ、宗三むねみつ いち


 「!?」


 いちは……状況も、俺の言葉の意味するところも、全く理解していない顔だ。


 「俺はな、戦国の世に生まれてきたからには、もっと高く飛ぶ!」


 「……で、ですから……私は……」


 ――ほんと、クソ真面目な男だ、言わすなよこんな言葉


 「俺は誰よりも高く高く飛ぶ!お前の言うところの”昊天こうてんへと至る希望の鴻鵠こうこく”……つまりはおおとり、鳥だよな?」


 「……」


 俺は察しの悪い……いや、そういう生き方しか選択できない馬鹿で不器用でかけがえのない男に続けた。


 「鳥はなぁ、いち……両翼がなけりゃ昊天こうてんどころか屋根までも飛べない、シャボン玉以下だ。解るだろ?お前は俺のなんだ?俺の右腕だろうが」


 「ですがっ!それでは……」


 「邪魔するなよなぁ、俺の片翼が俺の邪魔をしてどうする?」


 「……」


 床につくばったままのいちは……そこまで聞いて再び項垂うなだれ床を凝視した。


 俺はそんないちの表情を察することは出来ない。


 「……ぐ、軍隊は規律無くしては成り立たない、公平なまつりごとも行えない為政者いせいしゃを民衆は認めることが無い……」


 「……」


 独り言のように床と話す男に俺は答えない。


 「私は……わ、たしは……耐えられないのです……貴方が……最嘉さいか様が……そんな暗君と……世間に誹られ、侮られ……本願に至る道を閉ざされるのが……」


 「……」


 ようやくだ。


 ――そうだな、いち


 ――それが本音だ


 宗三むねみつ いち……俺が苦楽を共にした盟友であり、兄であり……


 「……」


 俺は目前の男から目線だけをチラリと移動して、それを見守る黒髪ショートカットの少女を見る。


 ――”家族”だ


 「さいか……さま……私は……それが、我慢……できないので……」


 途切れ途切れで”くぐもった”声は、宗三むねみつ いちには珍しい種類の感情の発露だろう。


 ――ばぁか……ほんと


 グイッ


 「っ!?」


 俺はその男の前で膝を着き、うつむあごに手をやって強引に目線を合わせた。


 「さい……か様?」


 「余人なんぞ相手に今更惜しむ名かよ、俺の名はなんだ、いち?」


 そして俺は、最早”大の男”としては見られた顔で無い相手に問う。


 「!!……さい……鈴原すずはら 最嘉さいか……最も優れているという意味で……最嘉さいか様です」


 いっぱいいっぱいで……溢れる感情のままに、なんとかそう応えるいちに俺は頷いた。


 「し、しかし……このままでは民も将も納得を……」


 ――ああ、しないだろう


 ――反乱者に死をもって報いない


 京極きょうごく 陽子はるこの言うところの依怙贔屓えこひいきか?


 「最嘉さいか様……」


 ホントに見るに堪えない顔だな、宗三むねみつ いち


 それは、ボコボコに腫らした顔面。


 いや、大の男が人前で”ぽろぽろ”と……


 「……」


 「……」


 ――だから俺は……


 「昊天こうてんへ至るかぁ!上手いこと言うな、いち。歴史上誰も為し得ない偉業の頂きだ、さぞ絶景だろうなぁ?」


 俺は能天気に言う。


 そして不細工に加工された顔の男は……

 なら、どうしたら良いのかと、更にその表情を曇らせたまま……


 「だーかーらっ!お前は”反逆者”じゃなくて”命令違反者”だ!そんでもって、お前は二週間の独房入りと減給三割を六ヶ月……そんな感じだっ!」


 俺はそんな不器用な男に”臨海りんかい王”として最終的な沙汰を言い渡したのだった。


 「……む、無茶苦茶だ」


相変わらず悄悄しおしお宗三むねみつ いちからそんな言葉が漏れる。


 ――そうだな、否定はしない。自分勝手で独善的な支配者だ


 ならばと、俺は丁度良いとばかりに、その場に居合わせた面々に言い放つのだ。


 「無茶苦茶?知らなかったのか?俺は”独裁者”なんだよ!」


 と――


 それを見上げる宗三むねみつ いちはどんな顔だったろう。


 鈴原すずはら 真琴まことは?


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは?


 佐和山さわやま 咲季さきは?


 再びうつむいたいちを見下ろしたままの俺には知りようが無い。


 ただ――


 「いい機会だ!よく聞け、親愛なる我が臨海りんかい国の諸君!”絶対的独裁者”鈴原すずはら 最嘉さいか様は誰の指図も命令も受けない!俺は俺のやりたいようにやるだけだ!」


 俺は揚々と、さも得意げに宣言し、いちに負けず劣らずにボコボコに腫らした顔で高らかに笑っていたの……


 「お、王さまぁぁ!!な、なんで王様は、わ、私との約束を毎回、毎回ぃぃっ!!」


 ――だった……て?


 そこに突然乗り込んで来たのは予想外の人物!


 ”おっとり”お団子髪型ヘアー花房はなふさ 清奈せなだ!!


 「い、伊武いぶ 兵衛ひょうえさんとか言う方との一騎打ちでぇ、ろ、肋骨三本と背骨に損傷あるんですよぉぉっ!!し、死ぬ気ですか?し、死ぬんですか?生きる気皆無なんですかぁぁっ!

 !」


 ――いや……もとい、”鬼”のお団子女子だ!


 鬼気迫る形相で俺に向けて走り寄る女の影!


 「ちがっ……清奈せなさん、これには海より深い理由が……」


 その場を不敵に格好良くまとめようとしていた俺は、彼女の普段は先ず見ない鬼の様相に思わずそのまま後ずさるが……


 「海は死にますかぁ!?山は死にますかぁ!?王様は死……死ぬんですかぁっ!!」


 ズドォォ!!


 「ぐほぉぁっ!!」


 ――意味わかんねぇぇ!!


 後ずさりしようとした俺の胸に、花房はなふさ 清奈せなの素手の前突きが直撃する!


 ――意味が解らん……解らんが……躊躇の無い”鉄の四本貫手”だ


 ヒビの入った肋骨をピンポイントに直撃する医者ならではの精密狙撃!!


 「ぐはぁ……い、いちの……どの拳よりも……効く……」


 すっかりドヤ顔だった”絶対的独裁者”鈴原すずはら 最嘉さいかの体は”くの字”に折れ曲がって、


 ――”地獄突き”とは……よく言ったモノだ……ぐぅぅ……きゅうぅ……


 パタリッ!


 尻だけ高々と残して床にうつ伏せに張り付いた”尺取り虫”の如き無様な格好で崩れ落ちていた。


 「い、医者の言うことには素直に従って下さいぃぃ!王様ぁっ!!」


 「う……うぅ……ごめんなさい、か、勘弁して下さい……」


 誰の指図も命令も受けない”絶対的独裁者”――


 鈴原すずはら 最嘉さいか様は涙目で謝っていたのだった。


 ――

 ―


 花房はなふさ 清奈せなの懸念したように結構な重症を押してこの小津おづ城に来た無茶な俺は、その傷と容赦無くトドメを刺した主治医の手によって意識を緩やかに失っていく。



 「え?え?きゃぁ!最嘉さいかさまぁっ!!」


 「……さいか……ばか?」


 「せ、先生ぃぃっ!!」


 遠のく意識の中で、俺はそんな少女達の声を聞きながら……


 「最嘉さいか様……貴方という主君おかたは……主君おかたは……」


 挙げ句、終始して主君顔あるじづらで偉そうに主導権イニシアティブを握っていた相手、宗三むねみつ いちにさえ心底から呆れられた顔を向けられて眠りについたのだった。


 「……」


 そう――


 ”絶対的独裁者”とやらを気取った男の独裁政権はものの数十秒で崩壊したのだ。


 それはまんま、数ある歴史の教訓、


 ”おごれる者は久しからず”


 を地で行く俺の姿であった……まる。


 第六十六話「情の深い独裁者」後編 END

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