第106話「情の深い独裁者」前編(改訂版)

↓最嘉と壱と真琴、スリーショットです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892613288


  第六十六話「情の深い独裁者」前編


 「何時いつ何時いつ何時いつも貴方はっ!!なんの事前説明も無く方針転換をっ!!」



  ガツッ!


 「ぐはっ!って……毎回毎回毎回、俺にはなっ!!ちゃんとした理由があるんだよっ!!」


 ドカッ!


 「がはっ!く……四年前、大夫たいふ様に許可を得ること無く盗賊退治を強行した時もそうだった。廃村に追い込む予定が急に変更だと、近くの砦に!」


 ガキィッ!


 「そ、それがどうした!?その方が効率が良かったんだよっ!」


 ドカァッ!


 ――俺といちは殴り合っていた



 「ま、真琴まこと様……これは止めた方が?」


 佐和山さわやま 咲季さきがオロオロとしながら、殴り合う俺達と自身の隣で静観する鈴原すずはら 真琴まことを交互に見て問いかけるが、黒髪ショートカット少女は視線は殴り合う男達に向けたままで、無言で首を横に振る。


 「で、ですがっ!」


 「……だいじょうぶ……あれ、は……ただの喧嘩だから」


 「っ!?」


 なおも食い下がる咲季さきに、反対側の隣から諭したのは白金プラチナの騎士姫、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろだった。


 ――


 ――そうだ。これは喧嘩……


 俺といちは激しく殴り合ってはいるが、これは”殺し合い”で無く”ただの喧嘩”だ。


 ドカッ!


 「がはっ!」


 ――とは言っても、勿論お互いに手加減など微塵も無い!


 ガツッ!


 「ぐはっ!」


 ドカッ!


 「ぐぅっ!」


 ――だが、その殴り合いは奇妙なことに……



 「効率?あの後、大夫たいふ様からお咎めを……只でさえ命令違反の勝手な行動だったというのに、よりによって無人だったとはいえど自軍の砦を盗賊ごと全焼させ、結果的に最嘉さいか様は降格処分と、ひと月以上独房入りだったではないですかっ!!」


 ガシィィ!


 「ぐっ……は……そ、それも計算の内だ!俺のやることには何時いつもちゃんとした理由があるんだよっ!!」


 バキィィッ!


 永遠に続くかとさえ思われる殴り合いと口喧嘩。



 「で、ですが!このままでは!」


 佐和山さわやま 咲季さきは涙目のまま、今度は久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろを見ていた。


 「……」


 だが、輝く白金プラチナの銀河の瞳が見るのは、問いかけた咲季さきで無く、殴り合う男達でも無い。


 「…………」


 その美しい”魔眼”が厳しい視線を向けるのは、咲季さきを挟んで並び立つ鈴原すずはら 真琴まこと


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは、まるで敵を見る様な厳しい視線で鈴原すずはら 真琴まことを睨んでいたのだ。


 「あの?雪白ゆきしろさ……」


 バキィィッ!


 「っ!?」


 白金プラチナ姫の視線に疑問を浮かべた咲季さきだが、それは目前で続行される殴り合いの打撃音により、彼女の意識は再び”喧嘩そこ””に戻されたのだった。


 ドカァァ!


 ガスゥゥ!


 「…………」


 そして……確かにその殴り合いは何処どこか少しおかしかった。


 お互いが容赦無く拳をぶつけ合ってはいるが、攻撃はあくまで顔面と腹部に集中し、急所などを狙うことは全くない。


 「では、三年前っ!夕食の盛り付けが多い皿をジャンケンで決めようとした時、最嘉さいか様は私に負けたにも拘わらず、実は三回勝負だと後付けでルールを……」


 「うっ!……あれにもちゃんとした理由が……」


 会得した体術や格闘術をお互い一切使わない只の殴り合い。


 「無いでしょうっ!?ジャンケンに理由なんて!」


 バキィィッ!


 「ぐっ……てか……お前は……三年も前の夕飯のこと根に持ってんじゃねぇっ!!」


 ドカァァ!!


 「ぐはぁっ!」


 殴り合うのも何故か交互。


 必ず交互に、しかも相手の拳撃をかわす事無く受けている。


 「あの……これって……?」


 荒事に疎い少女でも流石に気付く不自然さと、続けるごとに低レベルになる口論の内容に、咲季さきの取り乱していた心も少しだけ落ち着き、彼女は再度、真琴まことに尋ねていた。


 「だから喧嘩よ……真剣勝負のね」


 「……」


 ――暗黙の了解が存在する喧嘩


 阿吽の呼吸で、お互いがまるでルールに沿っているかの様な殴り合い。


 しかしそうは言っても……


 バキィィッ!


 ガスゥゥ!!


 正面切って殴り合っているのだから、そのダメージはお互いに甚大だ。


 「はぁはぁはぁはぁ……」


 「くっ……はぁはぁはぁ……」


 二人の男の無惨に腫れ上がった血塗れの顔。


 握った拳を構えたまま粗い呼吸を繰り返す男達はもうボロボロだ。


 「さ、流石に、このままでは……」


 「もうすぐ……終わるわ」


 心配で涙目になった咲季さきに、真琴まことは言う。


 「え?」


 そして……その言葉から間を置かず、


 「…………」


 宗三むねみつ いちはいつの間にか拳を解き、腰を屈めた状態で両膝に両手を着いてうつむき、肩で大きく息をしていた。


 「はぁはぁ……わ、解っていたのです……四年前の盗賊退治……直前に、追い込む予定だった廃村に流入した難民が居るという噂レベルの情報が……貴方はそれで、大夫たいふ様から処罰を受けることを承知で、殲滅先を近隣の砦に急遽変更を……」


 「……」


 ボロボロになった腹心の部下が話す言葉を聞きながら、拳を握ったまま無言で立つ俺。


 目前で項垂うなだれるいちの肩から、スッと力が抜けた様に見えた。


 「最嘉様あなたはいつもそうだ……そういう方で……」


 「いち……」


 闘争心がすっかり消えた男の呟きを受け、真琴まことが小さくその名を呼ぶ。


 「……」


 うつむいたままのいち表情かおは俺の角度からは見えなくて……


 だが、聞こえて来る穏やかな声から多分……もういちは……


 「最嘉さいか様が誰よりも高く飛ばれるのなら、従者である私はそれを地上を這いずり回ってでも必ずや受け止め、くだされる天罰を代わりにこの身に刻みましょう」


 「…………」


 ――俺には懐かしい宗三むねみつ いちの台詞


 だが……


 激しい殴り合いと口論から一転、しんみりとした口調に変わった宗三むねみつ いちに、その場の者達はその意図を予見する。


 「……」


 「……」


 「……」


 ――すっかり静まりかえる広間で……


 「何処どこまでも……どこまでも高く昊天こうてんへと至る希望の鴻鵠こうこく……鈴原すずはら 最嘉さいか現在いま臨海りんかい国全ての希望であり、この私の……我が憧憬の……」


 この瞬間、まさに!


 衆人に対し、宗三むねみつ いちの覚悟が示されようとしていた。


 「最嘉さいか様……この身を処断し、軍の一層の引き締めを!臨海りんかいの未来の為、なにより最嘉さいか様の本願のため、そして私が貴方と共に見た夢の為、この身を……」


 ――ガクン


 そして男はそのまま……床に膝を落とした。


 ――


 たちまち広間に走る緊張っ!!


 「い、いちっ!!駄目よ!その先は……言ってはだめっ!!いち兄さんっ!!」


 それまでなんとか感情を抑え静観していた鈴原すずはら 真琴まことが顔色を変え、身を乗り出して叫ぶ!


 「……」


 雪白ゆきしろも言葉無く……


 「こ、こんな……こんな結末……」


 咲季さきも視線を落とす。


 その言葉が完結する事の意味を知るが故に、

 諦めと悲しみで誰もが表情を深く沈ませていた。


 ――そうかよ……


 「……」


 宗三むねみつ いちを見下ろす俺は……


 ――どうあっても”死ぬ”のか宗三 壱おまえ


 この男の憧憬に値するらしい鈴原すずはら 最嘉さいかと言うご立派な男は……


 「……」


 ガギィィン!


 丁度、足元に転がっていた愛刀の残骸を踏みつけた!


 ヒュオン、ヒュオン……


 鍔を起点にしたシーソーの様な動き、その反動で舞い上がった”小烏丸こがらすまる”が、俺の胸の高さでクルクルと回転する。


 「……幕です最嘉さいか様、決着を」


 「いち兄さんっ!!」


 既に心中を隠す術無く悲痛な声を上げる真琴まことを尻目に……


 ――パシィ!


 回転まわ小烏丸こがらすまるの柄を雑に、水平に払うように無造作に掴む俺。


 「…………」


 とっくに覚悟を決めたろう、項垂うなだれたいちの表情は俺からは確認することが出来ない。


 「……」


 ヒュォッ!


 そして俺は感情を深く沈めた無機質な表情かおで手にした刀を振り上げたのだ。


 第六十六話「情の深い独裁者」前編 END

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