第102話「翻意の在処」後編(改訂版)
第六十二話「翻意の在処」後編
――
蝋燭の
「……」
一人は石壁に両手を鎖で
「……」
もう一人はその男を見上げるように、正面の粗末な木製椅子に坐した鋭い眼光の老いた男。
その空間は古びた石壁と所々
同じく石で出来た天井の溝からは木の根らしきものが幾本もの
「意外だの……我と共に行くのを拒むのか?」
要はカビ臭い石尽くしの地下の一室で……
そんな陰々滅々とした場所で、老将による尋問が行われていたのだ。
「……」
若い男は答えない。
上半身裸で、両手を鎖で壁に
ただ黙って強固なる否定の意志を示していた。
「我が主、
大方の部下達に離散された若い男だが、それでも数十人が残った。
未だ多少の影響力がある男ならと、攻め来る
この
「
殺害をチラつかせる老いた男の眼光は光り、
「…………」
しかし、その若い男の表情はピクリとも反応しない。
「
諦めず質問する老いた男には、眉間に特徴的な刀傷が刻まれていた。
その者の名は
「……」
そして
黒髪を尻尾のように後ろで結わえたスッキリした顔立ちの青年である。
「貴殿は自らの忠告を無下にした無能な主君に、破滅に向かう母国に見切りをつけ、預かったこの
「……」
「いいや、成る程……はは、まさか……だが、成る程!成る程!」
頑なに従わぬ
眉間に特徴的な刀傷のある老いた男は、相変わらず無言の男の表情を
「成る程……今となっては、だが、こうも考えられるな」
「
「……」
変わらず無反応な男にニヤリと皺を刻んだ口元を上げる。
「個人を捨てて、名誉を捨てて主君に仕えるか?見上げた忠臣よな……だがな、
シャラン!
そして
「……」
しかし、それでも……それでも
――っ!
「ふん、大した度胸だが……
眉間に特徴的な刀傷の老いた男の表情は一瞬だけ曇り、そして垣間見せた苛立ちを覆い隠すかのように口元を歪めて笑う。
「ひとつ……
ググ……
「ふたつ……例えそれを撃破できうる力が
グググ……
「……」
それは抵抗できない
やがてそこから赤い筋が一本、ツゥと鎖骨に向けて流れ落ちる。
「みっつ……例え万事上手く事が運んで反乱を鎮圧出来たとして、そのような捨て石の如き部下の使い方をする王に誰もついては来ぬ!」
グググ……
「……」
ズブリと数センチ刃先が沈み、そこで
「ふふん、部下共は表面上は忠臣を装ってはいても明日は我が身、古くからの功臣、莫逆の友を切り捨てた王、しかもその原因は王自らが作った愚かな選択の代償というのだから笑い話にもならぬ……」
「……」
「くくく、かははっ……大した王じゃなぁ?“
「っ!」
しかし、刃に串刺される男が反応したのは痛みでも死の恐怖でも無い!
「…………」
皺を刻んだ顔で歪んだ笑い声を響かせる老いた男を、初めて感情を剥き出しにした鋭い瞳で睨み付ける
「なんじゃ?
「勘違いするな
「……」
自身の身を犠牲にしてまで行った忠義を謀叛を言い切る
その顔を坐したままの老将は鋭い視線で眺めていた。
「謀叛じゃ……と?馬鹿を言うな、主君のために行動する、それのどこに翻意がある?」
そして再び握った刀の柄に力を入れ、
ズブリと切っ先は更に血を吸ってめり込む。
「……主君を……信じられないのは翻意だ」
突き刺さった切っ先。
「主君を?信じられない?」
主君の行動により引き起こされる危機、それに対応するため独断にて身を捨てる……
それはつまり、主君がその危機に対応できないと判断したが故の独断であり命令違反。
主君を想っての行動であろうと主命に背く行為は、主君を心底から信じられない故の翻意の行動だと……
――この
暫し思考し、そういう推測に至っても……矢張り
――しかし……この”
「…………」
微塵も揺るがない力ある瞳。
――!
その瞬間、
「ふ、ふふ……不憫よなぁ、
「……?」
歪んだ顔、不格好に
異質すぎる老将の
「かははっ、
そのまま
――スチャ、ガシャリ……
「……」
虜囚の首元から刀を
老将は
カサカサで枯れ木のような両の指先を顔の前で搦めて合わせ、その上から歪な視線を虜囚に向ける。
「
「……」
口元に歪んだ笑みを浮かべた老将は語りを始め、虜囚の
「当時の
「……」
「解るか?正義感と言うヤツじゃ……ははっ……で、それを他の
昔語りをする
「ははは、解るかよ?我が一族郎党は生活の糧を全て取り上げられ野に捨てられたのだ」
「……」
「家族は離散し、
「……」
「それが
「
思わず疑問を返す
「そうじゃ、
「……」
「それを長らく知らなんだ
そうして老将は自身の眉間の一際目立つ刀傷を指さして、より一層に
「……」
「こういった具合に羞恥を刻まれたのじゃ」
黙って目前の老将を見ていた。
「今思えばのぅ……
「……なんの」
「なんの為か?はははっ」
「それは
――偶然……?
「その後はのぉ……
「……」
――怨嗟だろう
だが、だとしても誰に?
「なんじゃ?その目は?
「……」
異様なほど鬼気迫る謀将に詰め寄られ、
「それが……”
「ほぅ?……違う?……ほほう、なればこそこの貴様の
「……」
「無理をするな
「無駄だ、
「……ぬぅ」
再三に渡り甘言で誘う相手と、微塵も揺るがない真面目な男。
睨み合う視線の二人は永遠に平行線だろう。
「殺せ……我が役目は終わった」
そう言ったのが最後、虜囚の
「……」
歪んだままの顔の老将は……
歪んだままの口元を、僅かに苛立たしげに変形させ……
チャッ!
再び、今度は切っ先に
第六十二話「翻意の在処」後編 END
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