第103話「策士の智」(改訂版)
第六十三話「策士の智」
――
「あれ如き輩にここまで追い詰められていたのか?ふん!
「……」
その足下に
眉間に特徴的な刀傷のある老将、
「
今より少し前、手勢を率いて
「……して、殿は何故に再び鎧を?」
「はぁぁ?」
「解らんのか?本当に
「……」
主君の自分を馬鹿にした態度を受け、
「……うっ」
老将と思えぬ鋭い眼光……
――
老将の顔は確かに年相応の年輪を刻んではいたが、その目には間違い無く”現役”であるという光りが宿る。
そう、”現役”の
「あのようにチョロチョロと動き回るのは明らかな挑発……誘いである可能性が高いと、”老いぼれ”たるこの
「ぬ……うぅ……だから何だと言うのだ!アレは確か
主君が放った侮蔑、”老いぼれ”と皮肉を込めた言葉を、
「……」
そして実は”それこそ”が
”
「はははっ、地下牢には毛ほどの役にも立たなんだ裏切り者の
「……」
「ふ、ふん……冗談だ、俺もそこまで事が上手く運ぶとは思っていない、だが我が軍の精強さは思い知ったであろう?目前の小娘の隊などに後れを取るとはお前も思うまい」
「……」
「ひ、
自身が向ける無言の視線による圧力に
「……そこまでお考えなら、老兵は何も言いますまい」
再び年輪を刻んだ顔を地面に向け、表情が見えなくなった
それを見下ろす
「ふ……ふんっ!」
すっかり着替えが終わり、調った鎧姿の
「
部下の前で一度情けない態度を垣間見せてしまった男は、形だけは無理矢理に威厳をまき散らして宣言する。
ザッ!
「お、お待ちを……」
「殿……」
その後に兵士達が慌てて続いた。
「…………恐れながら殿、
「……ぬっ!?」
気を取り直し、
――
そして、一瞬だけ露骨に顔を歪めはしたが……
「ふん、勝手にせいっ!」
結局はそう吐き捨てて兵を引き連れ出て行ったのだった。
「…………」
果たして、
「…………」
――”
「くくっ……ははっ」
――勝てぬ戦ならば、譲歩を引き出すための”駒”を手に入れる
誰も居なくなった部屋で……
頭を垂れたままの老将の肩が小刻みに震えていた。
「じゃが……その”
床に視線を落とし、顔を伏せた老将の口元が”その時”からずっと歪んでいたことに。
「く……ははっ……」
そして老将は――
「我が策は成れり……かははっ!はぁーはっはっはぁぁーー!!」
ゆっくりと年輪を刻んだ顔を上げて、今度は
「くくっ、ははっ!はははぁぁーー!!」
そうやって壊れたように笑い続ける”
さも愉しそうに揺れていたのだった。
――
―
――そして、
「
俺の
「御し易いな、
報告に率直な感想を述べる俺に、”
「ここに来ても戦場で
「……」
――
「先生?」
少しだけ考えこんだ俺の顔を
「ん?ああ、そうだな……虎を
「”
俺の言葉に対する素早い
「ここまで易く敵を引っかけるには多少の工夫が要る、つまりは状況だ」
「状況……」
その少女は俺の言葉を一言一句も聞き逃さないといった殊勝な顔つきであった。
――戦場では騙す者と騙される者の二通りしかいない
「そう、状況だ。自軍が圧倒的優勢な時、仲間内で手柄を競った時、その逆に窮地に陥り起死回生を切望している時……」
俺は胸中にそんな思いを秘めながら説明しつつ、
「ええと……今回は後者、敗色濃厚な敵に希望を見せて、それを餌に誘き寄せた訳ですね」
満足のいく答えを少女から得た俺は更に頷く。
――そう……そして俺は、”
「兵法自体はこの戦国の世では誰でもが学んでいるありきたりの
俺は聡明な光りを宿す策士の卵に手解きしていた。
「はい、それを作り出すのが”状況”なんですねっ!」
それは尊敬の輝きに満ちた瞳だ。
そして、”
とどのつまり、一人前の策士とは、謀将とは……
どう言い繕っても”そういう”側の人間なのだと。
――
我が愛しの”暗黒姫様”は、そう言って事も無げに、俺が
確かに……
とはいえ……
よくも自分の部下をこうもアッサリと貸し与え、
――で、それなりに成ったら帰してもらえるかしら?その手の人材はまだまだ必要なのよ
とまで言いやがった。
なんの遠慮も無く、
「…………俺は
「先生?」
「ああ……そうだな、こうしている暇は無いな」
色々思いだしていた俺は、ついつい、愚痴が口に出てしまっていたようだ。
つまりだ、
「では、
俺の手解きを受けながら、
嬉々とした様子の彼女を見ていると……
とは言っても俺に師らしい師は居なかったが、それでも学んだ策や考案した戦術が実戦で効果を得た時、当時の
得る者が居れば、当然、
「進路上の
「はい、先生!」
――はは、今更綺麗事を……
――策士の”智”とは元来そういう類いの”智”なのだ
本当の穢れを知らない無垢なる叡智に効率よい人殺しを手解きし、
結局俺は、色々と複雑な思いを抱きながらもそう指示していたのだった。
第六十三話「策士の智」END
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