第104話「怜悧狡猾」(改訂版)

 第六十四話「怜悧狡猾」


 「きっ貴様ぁっ!裏切る……ぐはぁぁっ!!」


 如何いかにも小物の形相で男は城から降り注ぐ弓矢の雨に全身を貫かれて落馬した。


 「うわぁぁっ!!」


 「ぎゃはぁっ!!」


 そしてその男の周りに居た兵士達も次々と巻き添えに絶命してゆく。


 ――

 ―


 「容赦無いな……」


 俺はその一部始終を少し距離を置いた後方で、馬上にて眺めていた。


 「遁走した多羅尾たらお 光俊みつとしは死亡しましたが……どう致しましょう?我が君」


 俺の横に馬を着けた黒髪ショートカットの美少女が、困惑気味の表情で尋ねてくる。


 「……そうだな」


 俺は思考する。


 俺の策に乗せられ、まんまと小津おづ城から出陣てきた多羅尾たらお 光俊みつとしとその軍は、敗走を装った鈴原すずはら 真琴まことの隊を深追いしたことにより、あらかじめ進路上のざんごうに伏せさせていた久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの部隊と頃合いを見て反転攻勢に出た真琴まことの隊にいとも容易く挟撃されて壊滅した。


 だが……


 火事場の馬鹿力というか、ある意味、驚愕に値する往生際の悪さというか……


 自らが命に異常に執着する多羅尾たらお 光俊みつとしという男は、部下を盾に、部下を踏み台に……兎に角、恥も外聞も無い醜態を晒しながらもその包囲網から城へと逃れていったのだった。


 「……」


 ――そしてこの惨状だ


 なんとか小津おづ城前まで逃げ延びた多羅尾たらお 光俊みつとしと数名の護衛兵士は……


 「ほほぅ?大したモノですなぁ殿、それほどまでにして我が命が大事か?」


 「なっ!……なんのつもりだ!平久ひらひさぁっ!」


 城壁には弓矢を構えた兵士がズラリと並ぶ。


 そしてそのどれもが狙うのは、追ってきた俺達”臨海りんかい軍”では無くて、この城の現在の主であるはずの多羅尾たらお 光俊みつとし


 総大将であるはずの多羅尾たらお 光俊みつとしだったのだ。


 「虎の威を借る狐どころか野鼠がっ!それほどまでに執着するほどの命か!価値無き男は矢張り自身の価値も量れぬか?ふふん、道理よなぁっ!」


 眉間に特徴的な刀傷を刻んだ老将は、歪んだ笑みを浮かべたままで城下の主君を嘲笑い、そしてサッと右手を挙げる。


 「ま、待てっ!?平久ひらひさっ!ひらひさぁぁーー!!」


 ――そして


 主たるはずの男の言に微塵も聞く耳を持たず、その手を勢いよく振り降ろす!


 ドスッ!

 ドスッ!

 ドスッ!

 ドスッ!


 「ぎゃっ!」


 「ぐはっ!」


 眉間に刀傷の老将は、容赦無く城下の自軍に弓の雨を降らせたのだ。


 「きっ貴様ぁっーー!!裏切る……ぐはぁぁっ!!」


 断末魔の叫び声を上げて絶命していった多羅尾たらお 光俊みつとしとその取り巻きの兵士達。


 ――


 「……真琴まこと


 「はい、我が君」


 俺はその一部始終を見届けた後で自軍を少し前に出すように指示を出し、苦悶の表情で息絶えた屍達が散乱する場所にて城壁の老将を見上げた。


 「裏切る?……ふん、光俊みつとしよ、貴様には……いや、貴様ら多羅尾たらお一族になど、そもそも忠誠の欠片も所持しておらぬわ……ふふふ……ははは……」


 「……」


 城壁上にて、なにやらボソボソと呟く空虚な目の老将を俺は馬上から睨み上げる。


 ――狂人か復讐鬼か……どちらにしても見るに堪えない面構えの男だな


 俺はそんな老将を見上げながらも、気持ちを切り替えた。


 ――すぅ


 軽く肺に空気を送り込み、そのまま高らかに降伏を勧告する!


 「未だ小津おづ城に籠もる赤目あかめ兵共っ!!貴様らは既に我が軍の包囲下だ、兵も数えるほどにて総大将さえ失った。このうえ無益な抵抗を続けるかそれとも……」


 既に殆ど無力化した敵に、そう告げながらも俺は考えていた。


 ――総大将を失う……というか、其の行為はあの老将が行った。


 ――それはどういう事だ?この期に及んで何を企んでの行為だ?


 と……


 「おおっ!その聡明な眼光、覇者たる風格!この戦国の世に新風を巻き起こす稀代の智将にして破格なる名将、臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか殿とお見受けするっ!!」


 そして俺の勧告に応えたのは、やはりその老将であった。


 内容は……


 俺に対しての背中がむず痒くなる様な賛辞。


 白々しいまでの持ち上げ方であったが……


 「……」


 城壁下にて俺は、その老将を無言で睨んだまま続きの言葉を待つ。


 「これは申し遅れた、我が名は平久ひらひさ松長まつなが 平久ひらひさ……暴君、多羅尾たらお 光俊みつとしに支配されし、この小津おづ城を解放して頂き感謝の言葉もない」


 「最嘉さいかさま……」


 「……」


 怪しい雲行きに警戒の声をかけてくる傍らの真琴まことに対し、俺は”解っている”と頷いてみせる。


 ――暴君の支配から解放……


 あくまでも自分達は無理矢理この反乱に付き合わされていたと、そういう言い逃れに終始するつもりか?


 ――しかし、今更そんな言い訳が通用するとは……


 「臨海りんかい国への翻意は我らが本心ではありませなんだが、しかし我と我が手の者が鈴原様に逆らったのは事実。厚顔にもこの地に糧を得ようとは思いませぬ、この上は我と我が部下は野に下り、現世から距離を置くことお認め頂きたい」


 「……」


 ――成る程ね


 ――そう言ってのけるか?


 ――そういう風に逃れるか……松長まつなが 平久ひらひさ


 「…………」


 「伏してお願い申し上げる!」


 城壁上で両膝を折って土下座する老将。


 「……」


 ――土下座してもその位置取りじゃ肝心の目線は上からだろうに……


 そして俺の考え通り、


 ――


 城壁から見下ろす老将の眼は笑っていた。


 態度は平身低頭。

 腹を見せて屈服した畜生の態度だが、その実あの男は笑っているのだ。


 ――ぬしに今の儂は斬れまい……と


 この距離では表情まで見て取れぬと踏んでか、それとも……


 これには流石の俺もカチンと来る。


 「……」


 だが、これは交渉だ!


 全面降伏のていを装った老練な交渉術。


 条件を受け入れれば城は無傷で開城する。


 宗三むねみつ いちとその部下、温森ぬくもり達捕虜も引き渡す。


 だが、それが成らぬなら城ごと灰燼に帰させ、諸共に果てると……


 ”アレ”はそう言う類いの異質な覚悟を内包した眼光だ。


 「最嘉さいかさま……」


 それ故俺は、もの言いたげな真琴まことを制して返答する。


「合い分かった!」


 と……


 ――

 ―



 程なく城は解放され、一連の赤目あかめ反乱はこの日をもっようやく決着が着いた。



 カッカッ……


 ザッザッザッ……


 臨海りんかい軍が監視する中、数十騎の騎馬を先頭に二百、三百程の兵士達が門から外へと歩いて行く。


 「……」


 数週間の激戦を経た赤目あかめ兵士達の顔はどれも憔悴しきっていた。


 「真琴まこと清奈せなさんの部隊に……」


 俺が側近の鈴原すずはら 真琴まことに伝えようとした時、ザッと俺と真琴まことが乗る馬の前に一人の臨海りんかい兵士がかしずいた。


 「我が偉大なる王、最嘉さいか様、花房はなふさ 清奈せなからの報告です。敗残兵に間者を仕込みました故、情報のがお入り用の折は何時でも……」


 眼だけを出した白装束の臨海りんかい兵士……


 臨海りんかい軍特務諜報部隊、通称“蜻蛉かげろう”の手の者だ。


 ――さすが花房はなふさ 清奈せな、こと情報収集に関連しては俺なんかの出る幕じゃないな


 頷いた俺に一礼し、白装束の兵士は姿を消す。


 「……」


 そして俺は再び、去って行く敗者に視線を向ける。


 赤目あかめ四十八家の杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼう多羅尾たらお 光俊みつとし。その部下の荒井あらい 又重またしげ有村ありむら 楽道斎らくどうさい、名だたる将帥と多くの同胞を失い、寄る辺を失った兵士達の顔に生気など在ろうはずも無い。


 「……」


 ――”唯独り”を除いては……


 カッ、カッ


 隊列の中で一人異彩を放つ眼光。


 城門をくぐって現れた騎馬の老将は、表面上はそう演技していても爛爛らんらんと野望にまみれるまなこだけは誤魔化しようが無い。


 カッ、カッ……


 言うまでも無い、まんまと見逃されることになった松長まつなが 平久ひらひさだ。


 「……」


 「……」


 城門にてすれ違うかの老将と俺。


 馬上の、眉間に特徴的な刀傷を揺らせた男は敗残の身にしてはヤケにスッキリとした表情かおだった。


 「抜け抜けと、大した性根タマだな”赤目あかめ梟雄きょうゆう”」


 すれ違い様の俺の言葉に、老将は立場も年齢からも不相応な鋭い視線向ける。


 「わしは”赤目あかめ”をり損ねた……おぬしのせいじゃ」


 ――


 「……」


 「このっ!」


 俺にだけ聞こえるような小声で囁いたその言葉を、俺は平然と聞き流したが、傍に居た真琴まことは殺気を向けて腰に装備そうびした特殊短剣に手を添える。


 「真琴まこと!」


 しかし俺はそれを制した。


 理由は簡単。


 相手がどういう手合いだろうと、将として戦場で交わした約束を違えるのは禁忌だからだ。


 「くく……何をかもをも失ったわしの命まで所望するのは欲張りすぎだて臨海りんかい王よ。老い先短い老人に幾つかの老後の楽しみくらい残して置いてやるのが人情というものよ」


 そして、その真琴まことの殺気を何食わぬ顔で流した老将は、そのまま背を向けて去って行く。


 「……」


 ――


 「そうそう、ぬしの右腕。あれをどう処するのか、わしにはそれも楽しみの一つじゃ」


 態々わざわざと馬を止め、そんな捨て台詞を残して老将、松長まつなが 平久ひらひさ赤目あかめを去った。


 僅かな部下を引き連れ、消えたのだ。


 「……」


 ――宗三むねみつ いち……俺に、側近で在り、友であり、兄である存在を裁かせる……


 捕らえたいちの命を奪わなかったのは交渉条件としてだけで無く、そう言った個人的趣味もあったのだろう。


 そういう悪趣味な宿題を残して去りゆく赤目あかめの謀将は、全くもって不愉快極まる相手だった。


 「最嘉さいかさま……」


 そんな事を考えていた俺を、いつの間にか心配そうな瞳で見上げている真琴まこと


 「”赤目あかめ梟雄きょゆう”か……妖怪ジジイといい、赤目あかめの年寄りはな奴ばかりだなぁ」


 真琴まことを心配させまいと咄嗟に冗談めかして呟いた俺だが、その言葉は結構本気であった。


 ダダダッ……


 ――!?


 城門で小津おづ城を出て行く松長まつなが 平久ひらひさ達を確認して直ぐに、その場に兵士が慌ただしく駆け寄って来る。


 「最嘉さいか様、城内地下牢にて温森ぬくもり様以下、三十二名全員の身柄を保護致しました!同じく地下牢にて発見されました宗三むねみつ いちさ……宗三むねみつ いちを確保したと……」


 息を切らせた兵士の報告に――


 俺も、俺の傍で控える黒髪ショートカットの少女の顔にも、ピリリと緊張が走る。


 「……そうか、三十二名というのは全員か?」


 少しだけ間を置いて俺はそう確認する。


 「はい、温森ぬくもり様の指揮の下、小津おづ城に残った全員になります」


 俺は自身の無理な命令で城に残ってくれた全員が無事であったことに胸をなで下ろす。


 そして直ぐに表情を引き締めると、もう一度その兵士に問うた。


 「宗三むねみつ いちは……今何処どこに?」


 ――っ!


 意図して感情を抑えた口調の問いかけ。


 しかし、傍らの少女の口元はキリリと引き絞まり、目前の兵士はビクリと背筋を一瞬震わせて直立不動に固まる。


 「は、はい!間際まで敵に尋問を受けていたらしく疲労が激しい様子ですが、特に重傷などは負われていない様子で……」


 「何処どこだ?」


 「うっ!は、はい……」


 緊張のあまりか、受け答えを少しばかり違えた兵士は改めて背筋をピンと張って答え直す。


 「城の二階広間にて……久井瀬くいぜ様が直々に監視の下、身柄を抑えております」


 ――雪白ゆきしろが……か


 俺はあの天然直情娘が先の戦の時のように先走らないだろうかと、一抹の不安が頭を過るが……


 「わかった、ご苦労」


 短く応えてから馬を降り、そのまま城内へ足を向けた。


 「あ!最嘉さいかさまっ!?」


 直ぐに真琴まことも馬から飛び降り俺の後を追う。


 ――

 ―


 「……」


 戦後処理に忙しくも慌ただしい小津おづ城内を足早に歩く俺。


 冷静に、冷静にと……心で呟きながらも、俺の足は自然にドンドンと速くなる。


 「さ、最嘉さいかさま……あの……」


 ――!?


 そして俺は、城内に入って、報告にあった二階広間前で立ち止まった。


 直前に俺に必死に付いて来た真琴まことが声をかけて来たが……

 俺が立ち止まったのは別の理由だ。


 「佐和山さわやま 咲季さき……か」


 俺の目指す先、広間前の入り口に、一人のくせっ毛でショートカット、快活そうな顔立ちの少女が俺の到着を待っていたのだ。


 佐和山さわやま 咲季さき……


 京極きょうごく 陽子はるこの”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が八枚目、八十神やそがみ 八月はづきで、現在は本名の佐和山さわやま 咲季さきを名乗っている俺の臨時参謀だ。


 「先生、捕虜となっていた味方の救出は全て済みました。今は治療と休息を与えております」


 ペコリと頭を下げた咲季さきはそう報告すると、スッと黒い鞘に納められた刀を差し出す。


 ――それは宗三むねみつ いちの愛刀、”鵜丸うまる”だった


 「そうか、ご苦労だった。速やかな手並み、合格点だ」


 それを受け取りつつ返した言葉に、軍師見習いの少女は口元を綻ばせて再び頭を下げる。


 「さて……」


 俺は腰に自らの愛刀”小烏丸こがらすまる”を下げ、右手に宗三むねみつ いちの愛刀”鵜丸うまる”を持って、広間の入り口を改めて見る。


 「最嘉さいかさま……」


 「先生……」


 そうして、二人の少女の心配そうな視線を背に受けながら、俺はその場所への扉をくぐった。


 「…………」


 ――そうだ……他の誰でも無い


 「“宗三 壱ヤツ”を裁くのは“鈴原 最嘉オレ”だっ!!」


 第六十四話「怜悧狡猾」END 

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