第102話「翻意の在処」前編(改訂版)

 第六十二話「翻意の在処」前編


 翻意。


 それは決意を翻すこと、心変わりすること。



 ――我が行動の結果は決して”策”であっては成らない!


 ――例え故国に役立つとしても、れは只の結果論


 ――”裏切り”から生まれた偶然の産物


 ――そうで無ければ……


 ――宗三むねみつ いちの行動は只の”恥知らずな裏切り行為”


 ――それが全てで無くては成らないのだ!



 それが宗三むねみつ いちの存在理由、それが宗三むねみつ いちの生き方……


 ――成ればなおのこと、


 ――この”翻意”は”裏切り”として後世に残さなければ成らないのだ!



 翻意……


 それは決意を翻すこと、心変わりすること……”裏切り行為”


 ――

 ―



 「形式張った挨拶は必要ない、それより荒井あらい 又重またしげはどうか?」


 俺は足早に拠点に入ると同時に腰の刀を外して供回りに渡しつつ、最奥にある椅子の前で言った。


 「はい!只今、小津おづ城前の平原にて久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが交戦しております」


 赤目あかめ領、小津おづ城を包囲する我が臨海りんかいの拠点に到着するなりの俺の言葉に、足元にかしずいた黒髪ショートカットの少女は視線を上げて答える。


 「そうか、なら程なく片が着くな」


 「?」


 そして、俺の言葉に若干の疑問を浮かべる黒髪ショートカット少女……鈴原すずはら 真琴まことをそのままに、俺は椅子に腰を下ろすと、先程刀を預けた供回り、付き従って来た人物に視線で促す。


 「はい、先生」


 その人物は……


 くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女。

 聡明そうな瞳に澄んだ叡智が見て取れる、見るからに策士タイプの少女だった。


 「この小津おづ城に進軍中であった杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼうは既に我らが道中にて既に討ちとりました。故に”小津ここ”での杉谷すぎや荒井あらいによる挟撃は成立致しません」


 「……」


 俺の意を汲み、説明する少女を怪訝な瞳で見る鈴原すずはら 真琴まこと


 「真琴まこと、こいつはな、八十やそ……佐和山さわやま 咲季さきといって、紫梗宮しきょうのみやの”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”が一枚で、暫く預かることになった客将であり、俺の臨時参謀だ」


 ――”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”の八枚目、八十神やそがみ 八月はづき


 ――本名、佐和山さわやま 咲季さき


 「……」


 くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女は、少し緊張気味の表情で俺の足元にかしずいたまま、自身に怪訝な視線を向ける黒髪ショートカットの少女にペコリと頭を下げた。


 「臨時……参謀、彼女がですか?」


 そして俺の説明に……


 眉間に明らかな不機嫌を現す影を落とした俺の側近、鈴原すずはら 真琴まことは不満げにそう呟く。


 ――真琴まことが訝しむのも無理は無い


 あれから色々な経緯があって、陽子はるこが俺に貸し与えた……いや、押しつけた部下だ。


 「まぁな、だがそんな事より今は目前の戦場だ。真琴まことも勿論承知だろうが、杉谷すぎや 善十坊ぜんじゅうぼう小津おづ城に籠もる一派の一人、荒井あらい 又重またしげの主君だ。今回の反乱軍の首魁は二人、その一人である杉谷すぎやは俺が小津おづに到着する前に家臣の荒井あらいと合流して体勢を整える算段だったのだろうが、そうは問屋が卸さないってなぁ?」


 俺は真琴まことが不機嫌な意味を知りつつも、あえて無視して話を進める。


 「……はい、流石は最嘉さいかさまです。常に先手を打って相手の出端でばなくじく。我が至高の主、私の最嘉さいかさまです!」


 真琴まことはそんな俺にそれ以上の不平不満をぶつけることは無く、今一度頭を深く下げてから、あからさまに俺を賛美しては、坐した俺の隣に立つ新参者を牽制していた。


 ――まるで忠犬が主を独占する様な仕草だ……


 俺は呆れながらも、そんな相変わらずな真琴まことを見て若干の感慨に耽っていた。


 ――帰ってきた。

 ――俺は臨海りんかいに、在るべき場所に……無事帰ってきたのだ


 「…………」


 「先生?」


 暫し沈黙する俺を見て、八十神やそがみ……もとい佐和山さわやま 咲季さきは不思議そうに声をかけてくる。


 「いや、なんでもない。それより本題は未だ小津おづ城に籠もる反乱軍もう一人の首魁、多羅尾たらお 光俊みつとしとその家臣、松長まつなが 平久ひらひさの二将だ」


 「はい、我が君……多羅尾たらお 光俊みつとしの合流を許しました事、真に申し訳ありません。ですが城に籠もる兵力は既に千に遠く及びません」


 俺の言葉に即座に反応した真琴まことはそう言うと、俺がここに到着するまでに指示していた作戦の状況と敵味方の詳しい被害報告をまとめた書類を差し出す。


 「……」


 俺はそれを受け取り、ざっと目を通した。


 俺達、尾宇美おうみ遠征軍がこの赤目あかめ領に帰還する間、真琴まこと雪白ゆきしろには小津おづ城に籠城した反乱軍に対し、出来るだけの圧力をかけるように命じていた。


 兵で囲んで、水、兵糧を断ち、降伏を促し……時には小競り合いを行い圧迫する。


 あくまで総力戦に発展せぬよう、城に籠もる臨海りんかいの兵と同士討ちが起こらぬよう、真綿で首を絞めて兵力を削る。


 報告書を見る限り……それは先ず先ず上手く運んだようだ。


 降伏する者、逃亡する者……


 欲を言えばその中に……


 「最嘉さいかさま?」


 ――!


 ――おっと、そこまで望んでは都合が良すぎるか、


 「ああ、良くやってくれた、さすが真琴まことだな。仕事が丁寧だ」


 俺はその声で気持ちを引き締め直し、大役を果たした側近を労った。


 「勿体ないお言葉です」


 俺の評価に誇らしげな笑みを浮かべた黒髪ショートカットの少女は再び頭を下げる。


 ――そうだ……後は小津おづ城に残った温森ぬくもり以下臨海りんかいの兵士達……


 どれほどの数が残ってくれたのかは解らないが、城内はその者達に託すしかない。


 ――残ってくれた兵がある程度在れば、指揮官もそう易々と処分はされまい


 そんな事を考えながら俺は書類から目を離し、顔を上げて目の前でかしずいたままの少女を見る。


 「……後は」


 「…………」


 黒髪ショートカット少女の大きめの瞳は不安な色を浮かべて俺を見る。


 「宗三むねみつ いちだ」


 第六十二話「翻意の在処」前編 END

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