第98話「気怠げ(アンニュイ)な午後の病室と企む女」後編(改訂版)

 第五十八話「気怠げアンニュイな午後の病室と企む女」後編


 ――宮郷みやごう領主代理……宮郷みやざと 弥代やしろ


 女性としては高めの身長と豊満な身体グラマラス・ボディ

 薄くあかい唇と少し垂れ気味の瞳が年齢以上に色っぽい、


 終日だるげな空気をまとった俺より五つほど年上の女だ。


 俺の所領である”臨海りんかい”のお隣、”宮郷みやごう領”を治める領主の娘であり、その宮郷みやごうの将軍でもある彼女は、深紅の弓を用いた戦闘スタイルでは”紅の射手クリムゾン・シューター”の異名を持つほどの弓の達人であり、両手に剣を握らせれば”紅夜叉くれないやしゃ”の二つ名で恐れられる狂戦士バーサーカーだった。



 大国”天都原あまつはら”と最強国”旺帝おうてい”の狭間で右往左往する小国群のひとつである”宮郷みやごう”。


 一つの選択ミス、至らぬ判断で国が滅び領民は生活基盤……ヘタをすると命を失う。


 その重責から逃れたいが為に彼女の父や兄達は優柔不断、日和見主義を貫いていた。


 それは俺に言わせれば”領主として自身が生まれ持った運命から逃げ出しただけ”だ。


 ――だから……


 ――”一番能力のある者が責任を持つ、それだけよ”


 俺の興味本位な質問にも、宮郷 弥代かのじょは大真面目にそう答えたのだ。


 家中の誰もが”国家の重責それ”から目をらす中、只独りそれを背負って只管ひたすらその身に武芸を刻み、宮郷みやごうの為に理不尽を背負い続ける……


 思えば……


 盟主国である天都原あまつはらに敗色濃厚の戦に駆り出されても、

 義理の無い臨海りんかい討伐に出兵させられても、

 危険極まりない俺の暗殺指令や交渉を指示されても……


 そして、今回の様に天都原あまつはら国内の権力闘争に巻き込まれても……


 彼女は黙々と従ってきた。


 ――全ては……故国”宮郷みやごう”のため


 だるげでやる気のない女?


 いいや、他の誰よりも”領主”を全うしているクソ真面目な女だ。


 俺はそれらをっているため……


 終始だるげで、人を食った態度で、俺は正直ちょっと苦手だが……


 誰よりも……そう、実は俺が知る誰よりも真面目なこの女を、俺はあの”尾宇美城戦ばしょ”で死なせたくないと思った。


 ――”宮郷みやざと 弥代やしろ”はこんな場所でこんな死に方をするべき女ではないと、な



 「終わりのはずだったのよ……力及ばずこの身は尾宇美おうみの地に散る。宮郷みやざと 弥代やしろの生涯はそう幕を閉じるはずだったのに、何処どこかの誰かさんがね……」


 「……」


 宮郷みやざと 弥代やしろの指す”誰かさん”とは、言わずもがなだ。


 「でも、生き残ってしまった以上は……責任を持た無ければならないのよ」


 「……」


 ――”宮郷みやごう”の未来……か


 俺は彼女の宿業しゅくごうともいえる重責を考える。


 そしてそれが彼女の”矜恃”というなら……


 この先の困難、十中八九起こるであろう命を賭した骨肉の争いは、部外者の俺がとやかく言うことでは無いだろう。


 弥代やしろが身を削って理不尽とも言える天都原あまつはらに仕えてきたのも全て宮郷みやごうの存続のため。


 ”宮郷みやごう”は天都原あまつはら周辺の小国群中でも俺の”臨海りんかい”や熊谷くまがや 住吉すみよしの”日限ひぎり”と比べても明らかに弱小で戦力的にも劣る。


 だからこそ、今日までより一層の理不尽に耐えてきたのだろう。


 しかし今回、京極きょうごく 陽子はるこに味方した以上は……


 弥代やしろのあの弓の腕前と狂気染みた剣技は彼女の血の滲むような努力の結晶だ。


 普段の気怠けだるそうな彼女からは解りにくいが、彼女ほど祖国へ尽くした女もいないだろう。


 「弥代やしろ……」


 「同情はいいわ、私は失敗したのだから……戦国の世では敗者が滅びるのは当然でしょう」


 「……」


 「強国に従う事しかできない弱小国は選択肢を誤れば即滅亡……」


 「……」


 そうだ、それに関しては同じく国を代表する者として俺は……何も言えない。


 「だから……新たな主に従って再出発リベンジする事にしたのよ」


 「…………そうか残念だな……って、は?」


 俺はしんみりと頷きかけてから、間抜け顔になっていた。


 「…………あるじ?……新たな?」


 てっきり俺は弥代やしろの”覚悟”というか決意を聞くものだと……


 生き残りと滅亡の狭間で、これから宮郷みやごうで繰り広げられるだろう修羅の戦いに身を投じる彼女の、ある意味”別離の言葉”のようなものを聞かされると思い込んでいた。


 だが実際は……その言葉にポカンと間抜けに口を開ける。


 「だからぁ……この状況下でもしつこく生き延びていて、あまつさえ領土を拡大しつつある、食わせ物で、詐欺ペテン師の領主が治める……なんて言ったかしら?サイカくん心当たりあるかしら?」


 「……………………ある」


 俺は……もう、不承不承にそう応える。


 「そう、良かった……で、その国の王はワタシと宮郷みやごうの帰順を断れるかしら?」


 「…………」


 ――断れません


 「終わっていたものを無理矢理、自身のロマンチシズムでお節介にも延命させておいて、後は知らないって言えるかしら?」


 「…………」


 ――言えません


 「そうそう、あとね……一応腐れ縁もあって、命懸けで一騎打ちしてくれてまで助けた女を見捨てるような男だと……」


 「もういい……勘弁してくれ」


 真綿で首を絞め続けられ、鈴原 最嘉オレは降参した。


 「そう?でも何をかしら?……この情勢下でしつこく生き延び、あまつさえ領土を拡大する”臨海りんかい国”の詐欺ペテン師とか呼ばれてる割には意外とお節介でロマンチストでフェミニンな“鈴原すずはら 最嘉さいか“さま?」


 ――この女は……やっぱりこの宮郷みやざと 弥代やしろという女は……苦手だ


 「わかった……解ったからもう勘弁してくれ、宮郷みやごうはこれ以降、我が臨海りんかいの傘下として俺が面倒見てやる」


 「……」


 諦めて相手の要求を丸呑みする俺だが、目前の女の顔はまだ足りなさそうだった。


 ――鬼めっ!この紅夜叉くれないやしゃっ!ええいっ!わかったよ!出血大サービスだ!!


 「……も、勿論、自治権は今まで通り保証するし、領主は元より家臣団もそのままで良い……う……うぐぐ」


 俺はこの宮郷みやざと 弥代やしろという女を苦手としている……


 故に、俺は……信じられないほど大幅に譲歩していた。


 「……ふふ、浪花節ね、サイカくん」


 ――どの口がっ!!


 「……ふふ」


 「……」


 ――ちっ……まぁ良いけどな


 直後、思わずほころんだ宮郷みやざと 弥代やしろの口元……


 実は先程まで終始……普段の気怠けだるげさは”なりを潜め”、終始緊張しがちだった彼女の口元がここにきてやっと安堵に緩む瞬間を見て……


 迂闊にも俺はそう思ってしまったのだった。


 「ありがとうサイカくん……そうね、だったらケジメは必要ね……」


 この顛末を臨海りんかいの重臣達に如何いかに説明するか……頭が痛い俺を見詰めた気怠げ女は、そっと身体からだに掛かったタオルケットをけて白い素足を病院の冷たい床に下ろす。


 「お、おい……」


 薄い入院着を一枚まとっただけの女の身体シルエット


 スラリと背が高く、豊かな胸の膨らみと見事に括れた腰、そして形の良いヒップライン……


 こうして改めて見る宮郷みやざと 弥代やしろ体付きプロポーションは、その容姿も含めて絶品、二十二歳の女性としては破格の色香を漂わせる美女だ。


 「弥代やしろ、別にいから体を休め……」


 思わずドキリとしてしまった俺だが、直ぐにそれは必要ないと彼女の行動を留めようとするが……


 ――スッ


 女はそのままその場に膝をつきこうべを垂れた。


 「……」


 長い髪を編んでまとめた彼女のつむじを見下ろし俺は黙る。


 「宮郷みやごう領主代理、宮郷みやざと 弥代やしろ……鈴原すずはら 最嘉さいか様に生涯の忠誠と……」


 「……」


 「……”純潔”を捧げます」


 「………………は?……て、おいおい、忠誠はともかく”純潔”って……おい?」


 俺は面食らった。


 いや、食らうだろ?


 この状況、この雰囲気でボケるか?


 「サイカくん、”臨海への従属これ”はワタシの一存で、父と兄たちにはもしかしたら、天都原あまつはら藤桐ふじきりから調略があるかもしれないから、諸々よろしくね」


 「…………」


 ――やられた!


 ――この……この……女狐め!


 小国領”宮郷みやごう”の後事を丸投げされ、俺の握った拳は小刻みに震える。


 ――この女……俺の良心を……この……


 「あ、あと、ワタシ怪我で武将としては暫く役に立たないから、それまではこの身体からだでご奉仕を……」


 「なんでそうなるっ!」


 「だって、宮郷みやごうを庇護下にってサイカくん言ったでしょ?」


 「っ!?」


 ――ああ、そう言った確かに……っ!?


 そ、そうか……つまり俺は宮郷みやごうを庇護下に置く……イコール宮郷みやごう領主の娘、弥代やしろを?


 ――いやいや、あり得ないって!俺はそんな人質のような人道にもとることは……


 「……」


 俺の頭に色々と過去にしでかしてきた事が浮んでいた。


 ――いいやっ!”人質とかそういうこと”をしてきたことも無いとも言い切れんが……それでも今回俺はそんなことは……


 「ふふ、現状は臨海りんかい宮郷みやごうと比べるべくも無い大国、ワタシもそこはわきまえているつもりよ、小国の姫として”側女そばめ”として、誠心誠意ご奉仕致しますわ、サ・イ・カ・さ・ま」


 「…………」


 「……ふふ」


 思わず見つめ合う俺達。


 だが勿論、色気のあるものとは程遠い。


 「……本気マジ?」


 「ええ、本気マジ


 「う……」


 「ふつつか者ですが、可愛がってあげてね、サイカくん」


 「うわぁぁぁっ!!」


 俺は叫んだ!おうさ!叫ばいでかっ!この理不尽にっ!!


 「ごめんね、サイカくんに意中の女性が既に居るのは知っているけど、宮郷みやごうとしても信頼に足る保証が欲しいのよ……」


 「う……う……」


 一転、もの凄く殊勝に詫びる女は……これも彼女の”本心”なんだろう。


 ――ときどき可愛いのは……反則だと思う


 「保証……俺が宮郷みやごうを見捨てない保証……つまり領主の娘である弥代やしろを俺の側女そばめに……か」


 考えてみれば宮郷みやざと 弥代やしろだって本当は惚れた男に嫁ぎたいだろうに……


 これは彼女にとっても苦渋の決断と言うことか?


 なら俺は尚更この話を呑むわけにはいかない。


 「弥代やしろ……俺はそんな事しなくても約束は……」


 目前の女を実は真面目な女だと認識する俺は、真剣に悩んだ末に答えようと……


 「あ、あと意外かもだけど、ワタシ”初モノ”なのよ、ふふふ、楽しみが増して良かったわねサイカくん」


 宮郷みやざと 弥代やしろは垂れ気味の瞳でウィンクし、必要以上に妖艶なあかい唇からどうでも良い情報を付け足したのだった。


 「……」


 「ふふっ」


 「おま……ぜ、ぜぇっーーたい!!確信犯だろぉぉーー!!」


 ”宮郷みやごう”の宮郷みやざと 弥代やしろは……


 やっぱり俺には苦手な女だった。


 第五十八話「気怠げアンニュイな午後の病室と企む女」後編 END

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