第98話「気怠げ(アンニュイ)な午後の病室と企む女」前編(改訂版)

 第五十八話「気怠げアンニュイな午後の病室と企む女」前編


 「清奈せなさん、書類仕事がまだなんで出来たら急ぎでお願いした……」


 「……」


 「いえ、なんでもないです!」


 上半身裸になった俺の背後に回り、手際よく傷の手当てを施してくれている女性に睨まれた俺は、要求を言葉途中で呑み込んで大人しく従う。


 ――いやいや、だってな、涙目なんだぜ?これってある意味最強だよなぁ……


 どれだけ口うるさく言われても一向に留意しない俺に、医者であるお団子髪型ヘアーのおっとり娘は、最終兵器とでも言える武器で俺に抗議中なのだ。


 「…………」


 ――花房はなふさ 清奈せなは……


 丸く愛嬌のある瞳とおっとりした口元が特徴の、長い髪を後頭部で団子にまとめた可愛らしい女性だが、臨海りんかい軍内では、


 臨海りんかい軍特務諜報部隊、通称“かげろう”の隊長。


 つまり、情報収集の専門家エキスパートにして、我が臨海りんかいの縁の下の力持ち。


 そんな花房はなふさ 清奈せなのもう一つの顔は医者だった。


 それも”とびきり”凄腕の外科医である。


 「た、確かに、命の危険は無いです……けど……こ、こんな重傷で仕事なんて……」


 清奈せなは床に放置してある、”バラした酒樽の木片”と”それを固定するのに使った組紐”を見ながら……相も変わらず、俺に抗議の視線を向けてくる。


 「いや……あれだ……あの……ごめんなさい」


 因みに、”酒樽”と”組紐”は倉庫から自身で調達した。


 それは、肋骨ろっこつと背骨を痛めた俺が自身で簡易的なギプスとして巻いて使うためだ。


 十三院じゅそういん 十三子とみこ八十神やそがみ 八月はづきなど、天都原あまつはらの者達に怪我の具合がバレようものなら、こんな書類仕事をする事も止められるだろうと、俺は大丈夫なフリをしていた訳だ。


 ――と、言っても……かなり怪しまれていたのだが……


 「お、応急処置としては間違っていませんが……て、適当すぎま……す」


 「……」


 全くもって返す言葉が無い。


 そうして固定しなければ真面まともに座ることさえ出来なかった俺がとった対処は、自傷癖があるか、マゾヒストかと疑われても仕方が無い愚行だろう。


 「ええと……ほっとけば治るかなぁ?とか」


 ギュッ!


 「いてっ!」


 恐る恐ると巫山戯た返答をする俺に、清奈せなの治療の意図して手は粗くなる!


 「と、十三子とみこさんにも、は、八月はづきちゃんにも、ほ、穂邑ほむらさんにも……お、教えて頂いたから良かったものの……お、王様はほんとうに……」


 ――ちっ、三人ともグルかよ……


 花房はなふさ 清奈せなに延々と泣き言のような小言を言われながら治療を受ける俺は、普段から多少秘密主義的な所がある自分は棚に上げて心中で愚痴を零す。


 「お。王さまっ!」


 「うっ!はい反省してますっ!」


 と、まぁ……こういう感じで、普段は”おっとり”さんだが俺がこんな無謀を行うと、彼女の機嫌はすこぶる悪くなって怖いことこの上ない。


 とはいえ、花房はなふさ 清奈せなは医者であるが軍医というわけで無く、実行部隊の現役将校であるから、軍の最高責任者たる鈴原すずはら 最嘉さいかが体を張ったり、その結果多少の怪我をする事全てに否定的という訳では無い。


 だから、彼女が涙目になってまで抗議するのは今回の様な場合事……


 俺が結構やりがちな、こう言った無理を継続し続ける事による病状の悪化に結びつくような行為であった。


 「……」


 「……」


 暫く黙々と治療に専念する花房はなふさ 清奈せなとそれを受ける俺。


 「……」


 「……」


 因みに穂邑ほむら はがねは……この雲行きを読み取ってか既に部屋には居ない。


 ――目端の利くヤツだ、ちっ!忌忌しい


 「……」


 「……せ、清奈せなさん……そういえば清奈せなさんは第二隊と同行してたと思うけど?」


 少しばかりして、彼女の怒りが治まって来るだろう頃合いをみて、俺は尋ねた。


 「はい、い、一原いちはら 一枝かずえさんという方と一緒に先行して来ました……か、香賀美かがみ領攻略がどういう状況か事前に、か、確認するために……」


 「そうか……」


 ――なるほど、情報収集を兼ねた行路の安全確保か……慎重な陽子はるこの考えそうな事だ


 俺は花房はなふさ 清奈せなの返事に独り納得し、だったら京極きょうごく 陽子はるこの本隊である第二隊もそれほど間を置かずに到着するだろうと安堵していた。


 「……」


 「……」


 一方的に受け手な患者の手持ち無沙汰な時間……


 「…………」


 ――そういえば、宮郷みやざと 弥代やしろ……


 ――アイツも今回、尾宇美おうみでの一連の戦で負傷し、こうやって花房はなふさ 清奈せなに治療を受けたんだったなぁ……


 俺はこの間に、つい先程まで振り返っていた案件の二件目、この時点で一応の解決をしている案件のうち残る一件を状況整理の意味も兼ね、改めて心中で振り返ってみることにした。


 ――それは”近代国家世界”で花房はなふさ 清奈せなから報告のあった”宮郷みやざと 弥代やしろ絡みの一件”だ


 ―


 「宮郷みやごう領主代理の宮郷みやざと 弥代やしろ様が王様にお会いして話したいと……あの、連絡がありました」


 そう報告された俺は……


 結局、近代国家世界での超過密予定ハードスケジュールをなんとか遣り繰りして、その日の午後には彼女の入院したという宮郷みやごう市の病院に足を運んだのだった。


 「…………」


 ――弥代やしろか、あの救出劇での”礼”……って訳じゃないだろうなぁ


 俺は”面倒くさい事じゃなけりゃ良いが”と心配しながらも、気怠けだるげでやる気無い垂れ目女を訪ねるため、病院の廊下を独り歩いていた。


 「…………」


 この世界での常識……


 ”近代国家”側での傷は、一度”戦国世界”側に戻ると綺麗さっぱり無くなる。


 それどころか”死さえもリセットされるのだが、逆に”戦国世界”での傷や死は近代国家世界にも適用されてしまう。


 だが、花房はなふさ 清奈せなが施術した”戦国世界”での応急処置が功を奏して、後遺症の残るような大きな怪我は未然に防げたと、オレは報告を受けていた。


 で、俺は当然、そのお団子女子を称えたのだが……


 「い、いえ……わ、私は最善を尽くした……だけですので……」


 とか、当の本人は少し照れくさそうに頬を赤らめ”はにかんで”いたが、若いのに実際ホントに大した名医だ。


 「…………っ!」


 とか、そんなことを考えて居る間にも、俺は目当てである”気怠けだるげ女”の病室前に到着していたのだった。


 「…………」


 ――ええい、考えていても仕方が無いっ!


 そうだ、幾ら弥代やしろでも、まさか恩人の俺に難癖をつけるような常識無しでは無いだろう!


 ――コンコン……


 ガチャッ!


 「弥代やしろ、入るぞ!」


 俺はノックの後、思いきってドアを開け病室の中に……


 「サイカくん遅いわよっ!淑女レディを待たせるなんてなってないわ」


 「…………」


 ――宮郷みやざと 弥代やしろは俺の予想を超越した、キング……いや、クイーンオブマイペース女だった


 「……えと……あのだな……お前何言ってんの?」


 宮郷みやごう領主の娘、一応お嬢様な弥代やしろは上等な個室病室のベッドに横になった状態で、理解不能の言い分をもって俺を迎えた訳だが……


 彼女はそんな、ドン引きな俺の問いかけは一切気にも留めないで、


 「宮郷みやごうは今大変なのよ、天都原あまつはらの権力体制が大きく変化して……」


 溜息を一ついてから、これまた勝手に話を進めたのだった。


 ――ほんと、マイペースだな……この”毎日エブリデイ気怠げ女”


 大国、天都原あまつはらの時期支配権を巡って、王位継承権第一位である王太子、藤桐ふじきり 光友みつともと王位継承権第六位、京極きょうごく 陽子はるこの争いは、どうやら手段を選ばない光友みつともの勝利で終わりそうだ。


 そして、陽子はるこ側に属した小国、宮郷みやごうは今は蜂の巣をつついたような混乱であるそうだ。


 このままでは”宮郷みやごう領”は攻め滅ぼされるか、とんでもない悪条件で支配下に置かれると。


 その焦りが領主である弥代やしろの父や兄達の正常な判断能力を失わせ、国内は分裂の危機にさえあるという。


 あと……弥代やしろは一言も言わないが、実際に陽子はるこの元で将として戦った弥代やしろに向けた風当たりは相当に強いらしい。


 と、俺は花房はなふさ 清奈せなから情報を入手済みだった。


 勝手な話だ。今まで全て国事の厄介ごとを弥代やしろに押しつけて置いて、状況が悪くなると全責任をも背負わせる。


 兎に角、そう言った理由で小国領、宮郷みやごう弥代かのじょの言うように”大変な状況”らしい。


 「お前の”宮郷みやごう”の窮状は解ったが……それと俺にどんな関係が?」


 臨海こっちだって、この殺人的に忙しい時に呼び出しておいて、一方的に話し出す。


 ベッドに横になって上半身のみ起こした女、その横に置いたパイプ椅子に腰掛けた俺は大いに不服だったから、わざと素っ気なく返す。


 「終わりのつもりだったのよ……」


 そんな俺のあからさまな態度に、てっきり軽口が返ってくると思っていた俺。


 「……」


 だが女の言葉と表情は、予想外な真剣シリアスさだった。


 いつもは後ろで束ねて垂らした長い黒髪を編み込んでまとめた宮郷みやざと 弥代やしろの横顔は儚げで、垂れ目気味な瞳は愁いを帯び、なんというか……ずっと遠くを見ているようだ。


 「おわ……り?」


 俺は驚きで一呼吸遅れて返す。


 「そうよ、やるだけのことは十分やったと自負しているから、宮郷みやごうでのワタシの役割は終わりを迎えると……そんなつもりで最後は戦場に立っていたのよ」


 「……」


 そこで俺は心当たりを思い出す。


 ――”ワタシが代表を続ける理由?


 ――”一番能力のある者が責任を持つ、それだけよ”


 在る時、戦場で俺がなんと言うこと無く質問した時の彼女の答えだ。


 宮郷みやごう領主……つまり彼女の父は健在で、腹違いの兄も二人ばかり居るという。


 だが、女だてらに武器を持ち、先頭きって戦う彼女を、

 宮郷みやごうの領主代理として政治の全般までこなす彼女に、


 かつての俺が野次馬的な興味を抱いて、なんとなく交わした会話であった。


 第五十八話「気怠げアンニュイな午後の病室と企む女」前編 END

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