第99話「怪人」前編(改訂版)
第五十九話「怪人」前編
「それで……
――
そこを急造の執務室に仕立て戦後処理の事務作業に鋭意努力していた俺だが、
漸くそれも終わりが見えた頃に訪れたのは
「はい、仰せの通りです」
「奪われたのか……この戦の”大義”を」
「申し開きもありません、全て私の失態です。この上は命を
バサッ!
「っ!?」
俺の言葉にそのままの姿勢で応えた女に向けて、俺は数枚の紙切れを投げ捨てる。
「……」
目の前に落ちた何枚かの紙を、頭は伏したままで視線だけを動かし見る
「嘆願書だ、お前を赦して欲しいと……同僚からのな」
「……」
しかし女はその後は紙切れを一瞥さえもせずに首を横に振る。
「他の
「……」
――何故、そのような所に敵の部隊が駐留していたのか?
――俺の策が看破されたのか?
戦の序盤にて先鋒隊として攻勢を仕掛け、
その部隊が何故かそのまま森に潜んだままだった、何日も……
――恐らく、
栄えある一番槍を名乗り出てみたものの、戦に敗れた敵司令官はその
かといって、今更、
そう判断した司令官は今後の方針を決めかね、自部隊ごと姿を眩ませていたのだろう。
――なんて利己的な男だ
俺は溜息を
――だが……
武人として
「……
俺は相変わらず深く
「はい……
「……」
――確かに……情勢を見て王太子、
「あまりに”あからさま”で、意図的な
「……?」
呟いた俺の言葉が聞こえたのだろうか、伏した
「まぁいい……それよりも、これで俺達は”戦の大義”を失った訳だが……どう思う?」
そして俺は――
視線を移動し、室内最奥部に鎮座する”ある人物”に問いかけていた。
――
「…………」
僅かに出来た静寂の間、伏したままの
今の今まで罰を求めていた”
「…………陛下を奪われたのは確かに失態だわ」
静まりかえった空間に、静かな口調が響く。
「それは、まぁなぁ……」
「…………」
そこには――
緩やかにウェーブの掛かった美しい緑の黒髪と、
白い陶器の肌に、それとは対照的な
そして、対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる、恐ろしいまでに
急造の執務室に仕立てあげられてはいるが、元々は国事などの重要会議が開かれる大広間の最奥部に常設された主たる者が座する豪華な椅子に座った希なる美少女が、俺の問いかけに応えたのだった。
「でもそれが失態であるのは間違い無いけれど、それならその部隊を既に”死に隊”だと放置した私は更に重罪……」
――
本州中央南部の大国、
「……」
俺は続く
「……そして作戦を引き継いだ”司令官”は、”
――おいおい……しれっと無茶言うなぁ
俺は苦笑いしながら視線を目前で
「てな訳だ、お前は司令官二人が不甲斐ないばかりに残ってしまった負債に、その身を張って最善を尽くした、なんの咎も無い」
「で、ですがっ!」
慌てて顔を上げてそう食い下がろうとする
「少なくとも”間抜けの総本山”たる俺や
俺はそう言って起立する事を促した。
「……」
――運が悪いと言えばそれまでだが……現実は常に完璧にとはいかないものだ
そして俺は、たとえ綿密な策、周到な用兵を
――ある意味その”教訓”こそが一番の収穫か?
俺がそんな風にここまでの戦に対して総括をしている間に……
「
暗黒の美姫はさも残念そうに俺を見てから、たった今、無罪放免となった部下に指示を出す。
「おい、”
そしてその暗黒の美少女は、そんな台詞とは裏腹に僅かに口元が綻んでいた。
――ちっ
俺は心中で舌打ちする。
「は、はい、畏まりました」
そんなことに関わりの無い
「……」
――”
そして戦後処理のため、
大量の書類と格闘する俺に平然とそう告げると、一番上等な最奥部の椅子に腰掛けたのだった。
因みに後発していた第三隊の
だのに”暗黒の美姫”様は、”いけしゃあしゃあ”とそう言ってのけたのだ。
カチャカチャ……
主命に従い、今さっき赦されたとは言え未だ恐縮が残る
――このように、
とはいえ、
――俺に対する気遣いはナッシングかよっ!
と、あからさまに顔に出す俺だが、このお嬢様は今更気にしないだろう。
「で、
そして気を取り直した俺は、答えが解っていながらも
「…………
「……」
やはり大方の予想通り、最大の窮地かも知れない状況にも落ち着いた彼女の表情。
「いいや、ちっとも」
俺はそうだろうと、笑って返す。
――実に
――惚れ惚れするほどに……
「……」
だが、実際のところ彼女の表情は本当は微妙に硬い。
いや、表面上はそうで無くとも俺には解る。
彼女にとって叔父である
血縁でもあるし、なにより強引過ぎる手段で王位を迫る王太子、
勿論、
断じて無い!
――
緊張で少し固くなったと感じている
「でしょうね……陛下を奪われたのは確かに失策だけれど、
「……」
「ただ……
「……」
――先程より解りやすく、固めの表情になる
「
――っ!
俺は
「あ、ああ、そうだな……で、多分聞いたことが無かったと思うが、
そして話を
事実俺は、十年以上前に発病し不治の病であると噂は聞いてはいるが詳細は知らない。
「……解らないわ」
「病名さえ不明なのかよ?名だたる名医達が診察しても……だよなぁ?」
「……」
――?
気のせいだろうか、一々、
「な、なんだ?おかしいこと聞いたか?」
「…………”医者”には……解らないでしょうね」
――また含んだ言い方を……
「病魔に関連することで医者に解らなきゃ誰にも解らないだろ、普通?」
俺は当然真意を問うが……
「そうね、でも……私と
――?
返って来たのは謎かけのような答え。
――なんだそれ?それこそハテナだ……
「陛下は十年以上前に”在る人物”と
「奇妙な?……なんだそりゃ」
それが謎の病魔と何の関係が……
「相手は
「……」
――突拍子も無い振りだが……正直、心当たりはある
それこそ昔……俺と
「俺と
俺の記憶に間違いが無ければ確かにそうだ。
「そうよ、性別も年齢も似ても似つかない……でも」
――でも……
「顔を覆い隠した怪しい部分……か?」
「ええ、なんの根拠も無いわ、でもどうしてもそう思ってしまう」
共通点はそれだけ……たった”それだけ”なのに
「その”覆面怪人”に会って以降、
そして経緯を更に詳しく聞く俺に彼女は頷いた。
「病名は不明、だけど体中が徐々に死んで……崩壊して
「……」
――なるほど、”俺の右足”とそっくりだ
俺は今日の所は疼くことも無く、問題が無い自身の右膝をチラリと見て再び暗黒の美姫に向き直る。
「あの時……俺は右足を呪いに喰われ、
「ええ、”魔眼”の能力を奪われた」
俺の言っている意味を察し、少女の漆黒の瞳が応える。
それは二年近く前、”
ある日、俺達二人の前に忽然と姿を現した怪人。
両眼の部分だけに歪に穴を開けた汚い布袋を被った幼い少女は、無言で俺達を眺めた後に、現れたときと同じ、空間に同化するかのように消えた。
――まるで最初からそこには何も無かったかのように……
白昼夢か、狐にでもつままれた様な感覚。
だがそれが夢でも幻覚でも無かった事は後日解った。
それ以降……
俺達はその事象が……
その”代償”ともいえる原因が……
あの謎の少女にあると、あの覆面怪人が何かをしたのだと……
何故かお互いにそれだけは確信していたのだ。
――
”
ならば、これはその”呪い”の類いではないのかと。
――
神話や悪魔、魔獣なんてトンデモ話というのは兎も角、現実に俺の足は原因不明の損傷を負い、
ならば”呪い”という程度の”
新種のウィルスか、心理的影響力を何らかの形で肉体にまで及ぼす事が出来る術があるのかも知れない……と。
そして――
全ての鍵は……
一連の”覆面の怪人”であるのだろうと。
第五十九話「怪人」前編 END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます