第90話「実力と証」後編(改訂版)

 第五十話「実力と証」後編


 「よう独眼竜、首尾はどうだ?」


 俺達三人がくつわを並べる丘まで駆け上って来た馬上の男に、俺は軽く声をかける。


 「上々だ。城に残る将兵の三分の二以上が領土の明け渡しを承諾したと言っても良い」


 説得工作の成功を意気揚々と語る右目が義眼の男、穂邑ほむら はがね


 「そうか、天成あまなりの評判の悪さと、それに輪をかけた天房あまふさの評判の悪さと無能から可能性は十分に在るとは思っていたが、流石にアッサリ過ぎる気もするな……」


 「まぁな、だが、それもこれも本来領地を守備する天房あまふさの……いや、天成あまなりが子飼いの将兵達の半数以上が戦で不在なうえに、俺達が提示した”領土の明け渡し条件”がこの地の家臣、領民が本心では待ち望んでいた切実な願いと一致した事が大きいだろうな」


 ――穂邑ほむら はがねの言う、”家臣、領民の切実な願い”とは


 旺帝おうてい本来の王家が正統なる血筋にして公明正大、聡明で慈悲深い名君であった”黄金竜姫おうごんりゅうき”、燐堂りんどう 雅彌みやびを追い落とした謀叛者にして、悪政で民を苦しめる燐堂りんどう 天成あまなりからの独立……だ。


 旺帝おうてい王家の血を引き、燐堂りんどう 雅彌みやびの推薦であり、従妹いとこである京極きょうごく 陽子はるこにならと。



 「陽子はるこ旺帝おうていの宿敵、天都原あまつはらの王位継承候補、つまり敵国の王族でもあるのに、随分と香賀美かがみ領の臣民は心が広いというか融通が利くものだな」


 それはあの時、目前のこの穂邑ほむら はがねと二人で画策した計略でもあるが、あまりに簡単に事が運びすぎると、一応の警戒を示してみせる。


 「そう言うなって、元々、香賀美かがみ領は地理的なこともあって、歴史的にも天都原あまつはら領土で在ったり旺帝おうてい領土で在ったりと色々複雑な土地なんだって……というか、確かにまでは俺達の思い通りだが、問題が無いわけでも無いぞ?鈴原すずはら


 意地の悪い俺の言い様に苦笑いしながら答えた穂邑ほむら はがねは一転、真剣な顔で俺を見る。


 ――香賀美かがみ領土奪取の工作で残った問題


 それは――


 天都原あまつはらの王弟令嬢であり、この旺帝おうてい王家の血をもを受け継いだ少女。


 黄金竜姫おうごんりゅうきと称えられる旺帝おうてい前女王、燐堂りんどう 雅彌みやび従妹いとこである京極きょうごく 陽子はるこ本人による入城だ。


 つまり、香賀美かがみ領の臣民に”実力”と同時に”証”を示せと言うことだ。


 そして、実力はここに陣取る、俺が率いて来た先遣部隊で示すつもりであるが……


 問題は”証”である陽子はるこだった。


 俺達は尾宇美おうみを脱出した時、道中の安全を確保するため隊を四隊に分けた。


 一隊は、旺帝おうてい領内を先行し、危険を確認して必要なら排除する俺の先遣部隊。


 次に先遣部隊により確保された経路を通って香賀美かがみ領土入りする予定の京極きょうごく 陽子はるこを護衛する部隊。


 更にそれに続く、現在もやまいに伏せる天都原あまつはら王、藤桐ふじきり 光興みつおきを守護する部隊。


 最後に四大……いや三大国家の連合軍による追撃があった場合、それに対処するための殿しんがり部隊。


 つまり、現時点ではまだこの地に京極きょうごく 陽子はるこの隊は到着していないという事実。


 「どうする?香賀美かがみ領の者達にその旨を伝えて暫く待つか?」


 状況を察して確認する穂邑ほむら はがねに対して俺は首を横に振った。


 「いや、交渉相手に時間を与えるのは良くない。お前の話では大多数の将兵は条件を飲んだそうだが、裏を返せば城に残る将兵の三分の一程は天房あまふさ、いや、旺帝おうてい王である天成あまなりの息のかかった者達がそれを阻もうと現在いまも暗躍しているだろうからな」


 ――そうだ、時間をかけるのは下策だ


 敵の追撃軍に中冨なかとみ 星志朗せいしろうが居るからには、ちらの意図を看破し、必ずこの地に追撃を仕掛けて来るであろう。


 となると、その三大国家連合軍を長州門ながすどの”覇王姫”が何時いつまで抑えられるかも不確かな状況だ。


 「大丈夫だ……一応用意はしている」


 俺は真顔の男を前に頷くと”そっと”左隣に控える、細い銀縁フレームの眼鏡をかけた十三院じゅそういん 十三子とみこに目配せをした。


 「畏まりました」


 恐らく初対面であろう、旺帝おうていの独眼竜に馬上で綺麗なお辞儀をする十三子とみこ


 「……彼女は?」


 それに会釈を返しながら聞いてくる義眼の男に、俺は答えた。


 「京極きょうごく 陽子はるこ王族特別親衛隊プリンセス・ガードが一枚、十三院じゅそういん 十三子とみこ。で、本名は近衛このえ 紗綾香さやかといって天都原あまつはら王家……藤桐ふじきり家の遠縁にあたる家柄で陽子はることも血の繋がりのある名家のお嬢様だ」


 「藤桐ふじきりの……”歪な英雄”の遠縁」


 穂邑ほむらはマジマジと十三子とみこの顔を見る。


 「鈴原すずはら様、お嬢様はお止め下さい。私は陽子はるこ様にお仕えする唯独りの女、そして現在は我が姫に助力して下さっている鈴原すずはら 最嘉さいか様の部下ですから」


 十三院じゅそういん 十三子とみこ……近衛このえ 紗綾香さやかはそう言って、俺と独眼竜に微笑む。


 「……」


 ――素敵な笑顔だ……


 笑顔だが、中々どうして……この”得体が知れない感”は姉譲りなのだろうか?


 俺は、あくまでも俺の部下を強調する物腰の柔らかい女性を見ながら、そんなことを考える。


 ――そうだ、この十三院じゅそういん 十三子とみこ……近衛このえ 紗綾香さやかにはもう一つ驚くべき事実があるのだ!


 つい二日ほど前にそれを知った俺は、驚いたと言うべきか、妙に納得したと言うべきか……


 「鈴原すずはら、それで……この近衛このえ 紗綾香さやかさんを”証”にと?」


 ちょっとばかり思考がお留守になっていた俺に、穂邑ほむら はがねはそう問いかけ、再び話題に戻る。


 「ああ、そうだ。彼女の家は天都原あまつはらの大使を仰せつかる家系で、かつ天都原あまつはら旺帝おうていが結んだ短い同盟期間にはこの地の、在”香賀美かがみ”大使を努めていたんだそうだ」


 気を持ち直し、ニヤリと笑う俺と横で微笑む眼鏡の美女。


 「あう?あうぅ……」


 慌てているのは、今の今まで聞いていなかった八十神やそがみ 八月はづきだ。


 「どうだ持って来いだろう?」


 俺の問いかけに旺帝おうていの独眼竜は苦笑いを返す。


 「さすが悪名高い臨海りんかい詐欺ペテン師、周到だなぁ……」


 本人を前に失礼な事を言う義眼男に対して俺は、まこと好時期タイムリー人材カードを手に、旺帝おうていが誇る大都市を眼下に見下ろした状況で、多少……邪悪な笑みで応えたのだった。


 第五十話「実力と証」後編 END

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